助っ人
動けない俺に邪念獣の無慈悲な凶撃が襲う。
「やめろーー!」
そのとき、声を上げてアムサリアが俺の前に立ち
アムサリアの眼前に赤黒く光る障壁が現れ、いかなる物も粉砕しそうな剛腕と法術障壁がぶつかり、障壁が爆散し邪念獣を押し返したのだ。
邪念獣は大きく弾かれた後方にたたらを踏み、ひっくり返りそうになるのを耐えたが、背部になにかが衝突して今度は前方へ倒れそうになる。フラフラとよろけたその背中に圧縮空気弾の炸裂音と衝撃が追い打ちをかけた。
いったいなにが起こっているのか状況把握が追い付かない。ひとつわかったことは邪念獣の巨体の向こう側にいる黄緑色の獣が助けに入ったらしいということだ。
「グラ……チェ?」
見たことのない獣だ。その
邪念獣は振り返って新たに現れた低く身構える黄緑色の獣を視認すると、怒りに任せ雄叫びを上げると思いきや、グルグルと唸る声が小さく消え、立ち尽くしていた。
数秒の間を置くと、黄緑色の獣はひと声上げ、邪念獣に向けて火球弾を三発吐き出す。だが、邪念獣は防ぐようなそぶりも見せず、その火球弾をただ受け止めた。
この行動の意味はなんなのだろう? そんな攻撃は防ぐまでもないってことなのか? 謎の行動に疑問を感じていると、邪念獣が振り向き俺を見下ろし激しい殺気を発してきた。
突然の状況変化に不意を突かれた俺は、まだ自由に動かない体で逃げようともがく。
「ガァー」「ラグナっ」
黄緑色の獣とアムサリアの声のあとを追うように法文が唱えられた。
「セイング・ファイム・ボマー」
赤黒い剛毛の背中で突如巨大な爆発が起こると、爆発を受けてバランスを
「エクス・ファイム・ジャベリアーラ」
上級法術が聞き覚えのある声で叫ばれ、倒れ込んだ背中に複数の炎の槍が突き刺さり、大火炎を巻き上げて邪念獣を焼き焦がす。
「セイング・ロッグ・ハンバー」
炎に巻かれ苦しむ邪念獣に、床から隆起した巨大な岩石の
断末魔の叫びをも許さない強力な三連撃を受けて、俺を追い詰めた邪念獣はあっと言う間に黒い霧となって消滅した。
バサバサと尻尾をバタつかせながら、俺の助けに入った黄緑色の獣が駆け寄ってくる。
鋭い牙と鋭利な爪と毛筆のように綺麗でムチの
尻尾を左右に振りつつ、俺の前、というよりアムサリアの前で止まった。
「こいつは?」
「聖都周辺に生息する四聖獣の一種でエルライドキャルトという獣だ」
なんとなく出た俺の質問に彼女は答えた。
黄緑色の獣はアムサリアが差し出した手に
「グラチェなわけはないな。あの子はふた回りは大きかったし、それにもう……」
「そいつの名はグラチェだ。私が名付けたんだがな」
それは、彼女の尻切れになった言葉に被せられた。
巻き上がる黒煙の向こうから混乱する俺たちに向かって歩いてくる人影がふたつ。ひとつはここを脱出したはずのリナさん。そして、もうひとつは
上級法術三連撃なんてとんでもないことができるのは、俺の知る限りふたりだけだ。
ひとりは夢でその強さを見せつけた聖闘女アムサリア。そして、もうひとり……
「新開発のこの法具はやはり一度使うと術式回路が壊れてしまうな。改良の余地ありだ」
この人、クレイバー=ドルス。元|
その後ろには涙で瞳を
「危なかったなラグナ」
「おじさんありがとう、助かったよ」
俺は激痛の残る上体を起こしながらお礼を言った。
「お前をかばって飛び出したアムにも感謝するんだな」
実態のない彼女が身を
「ありがとう、アムサリ……ア?!」
ここで重大なことに俺は気が付いた。
「おじさん、アムサリアが見えてるの?!」
「あぁ見えている」
クレイバーさんは当然のように答え、今まで誰にも見えていなかったアムサリアに視線を送っている。視認どころか気配さえ感じることができなかった彼女が、クレイバーさんには見えている。さすがは国が誇る勇闘士ということなのか?
「そんなことより、この子がグラチェとはどういうことなんだ?!」
自分自身の大問題を『そんなこと』と言ってしまう彼女は、クレイバーさんに詰め寄った。
「いや、君が可愛がっていた守護獣に似ていたんでな、同じグラチェと名付けさせてもらったんだ。生まれたのは三日ほど前だから、まだ幼獣さ」
「そうか、そうだよな。グラチェが生きているはずはないよな」
悲しそうな声でそう言いつつ、エルライドキャルトの頭を
「その話も後々するとして……」
「そうだよ、まずはアムサリアのことだろ!」
話が途切れたところで俺は話題を戻した。
「アムサリアのことでおじさんに相談しに来たんだ。信じてもらえるかが一番の問題だったんだけど、おじさんには見えてるなら話が早い」
「んっんっ! あぁそのことだが……」
「ラグナが気を失っているときにリナとも話をしたんだが……」
その言葉を聞きリナさんを見て声を被せた。
「リナさんにも見えているの?!」
彼女はこくりとうなずく。
そういえば俺が邪念獣と闘っているとき、アムサリアがリナさんに「走れ」とか「逃げろ」って叫んでいたけど。
「久しぶりだなクレイバー。ラグナを助けてくれてありがとう」
なにがどういうことだと俺が考えているあいだに、アムサリアとクレイバーさんは再会の挨拶を交わす。
「礼には及ばんさ。私の研究所で起こった事故を処理したに過ぎない」
「あれから二十年ほど経っているらしいが、あなたはあまり変わらないな」
「その言い方だとタウザンとクランにはもう会ったということか?」
「あぁそうだ。とは言っても、そのとき彼らにはわたしの姿どころか声も届かなかったがな」
アムサリアは両手を腰に当ててため息まじりに言った。
「そうだよ、お父さんたちには見えなかったのになんでおじさんには見えるんだ?」
俺はそれが気になってしょうがない。
「それについてなんだが……」
アムサリアがさきほどの続きを話そうとしたところでおじさんが腕を横に振り会話を切った。
「まぁ待て。ラグナと生きている所員の
クレイバーさんは自分が着ている白衣をリナさんの頭から被せてから、倒れている所員を抱き上げた。
「リナ、ラグナに肩を貸してあげなさい」
「あ、はい」
リナさんは俺の手を取って立ち上がらせてくれた。
クレイバーさんの白衣は俺を支えるリナさんに俺の血が付かないようにする配慮だった。
白衣越しながらも肩を組まれることを気恥ずかしく思いつつ、それを遠慮できないくらいのダメージがあるため、俺はそのまま彼女に体をゆだねる。
「では行こう」
おじさんは俺を見てウインクすると出口に向かった。
肩を貸してくれている彼女は心配そうに俺を見ているが、俺はリナさんの顔を見ることができず、うつむきつつお礼を言った。
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