決意
わたしが壇上中央に立つと、向かって左側の舞台袖からふたりの巫女が布包みと台車に乗せた木箱をそれぞれ持って現れた。
「アムサリア、君のために多くの人々が集まってくれた。そして、とても素晴らしい贈り物を用意してくれたんだ」
ライヤ様がふたりの巫女に目で合図すると、ひとりは布包みを、もうひとりは木箱を開けた。その台車の上には
巫女から剣を手渡されると、それだけでこの剣の等級が並みでないことが伝わってくる。鞘から剣を引き抜けば、さらなる存在感を
「アムサリアに贈られた武具を作るために頑張ってくれたみなさまに、この武具について説明いたします」
一歩前に出たライヤ様は音声拡張法具を握り満面の笑みのまま、この武具を作るに至った経緯、錬金鍛冶職人であるクレイバー=ドルスの紹介、国民たちによる希少鉱石入手と錬金設備への投資、そして、聞く人が聞けばわかる素晴らしい性能の解説をしていた。
そんな話がされる中で、巫女たちがわたしに防具を着せ始める。
(なるほど、このために
今までの鎧から寸法を取ったのか鎧のサイズは微調整が不要なほどピッタリだった。
闘女の鎧はブレストプレートとスカートアーマーという軽量装備で、上級闘女も同じ感じだが簡素な手甲と脚甲があり、上位素材を使った物だ。
頭にハーフヘルムのような額当てを被り、最後に法剣が背負わされた。
「皆さんの彼女を想う気持ちによって作られたこの法具によって、アムサリアの攻防力はひと回りもふた回りも上昇しました。そして聖闘女リプティがそうだったように、今度はアムサリアがみなさまの真の英雄となるのです」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
何度目かの大歓声が巻き起こった。
「英雄か」
歓声の中でわたしの口から不意にそんな言葉が漏れた。
子どもの頃から多くの巫女たちが思うこと。聖闘女リプティのような人々を導き助ける英雄になりたい。わたしもそのひとりである。誰よりも強く思っていると自負するほどリプティに憧れていた。
今その憧れの存在になっている。だがそれは作られた偽りの英雄なのだ。それがずっと心に引っかかっている。
「それではこの時代の英雄、聖闘女リプティの生まれ変わりであるアムサリアから、愛する国民のみなさまにひと言いただきましょう」
そう促されてわたしは壇上の一番前まで歩み出ると、ライヤ様とふたりの巫女は壇上袖に下がった。
ざわついていた場内が少しずつ静かになっていく。ひとつ大きな呼吸をしてから息を吐き、そのまましばし下を向いて呼吸を整えたあと、ゆっくりと顔を上げて辺りを見回しわたしは話し出した。
「わたしは、みなさんの期待に応えられていますか?」
思いもよらなかったであろう言葉に場内がさらに静まる。
「聖闘女と持ち上げられ闘いに身を投じて一年が経ちました。わたしの力が足りないばかりに多くの人々が家族や家を失ったことでしょう。聖闘女の生まれ変わりなどと言われたわたしの心は闘いの苦しさを感じる反面、英雄視された喜びも抱いています。わたしの心などみなさんと大きく変わらない未熟な巫女なのです」
ざわざわと静かに騒ぎ始める場内を見て、壇上袖で見守っていたシエラさんが驚き足を一歩踏み出した。わたしが教団の嘘を暴露しようとしていると思ったからだろう。今にも飛び出してきそうな彼女をハルが前に出て制する。
そんなことを語るわたしの目からは涙が溢れていた。
不安な気持ちを使命という殻で覆い、いつ割れるともわからない殻を抱えることでの不安がさらに自分を襲う。闘いの恐怖よりも期待に応えられないのではないかという恐怖の方が何倍も大きいのだと、わたしは涙ながらに人々に
涙を流し言葉に詰まるそんなわたしに声が届く。
その声はわたしに対する信頼、応援、謝罪、そして感謝といったモノだった。
声はどんどん増えていき波紋のように場内に広がった。多くの人々の声が大聖堂を震わせ、偽りの英雄であるわたしの心に
「ありがとう……、ありがとう……」
人々の声にかき消されてしまう声だが、何度も繰り返した。
偽りの英雄になった日から溜めていた思いを吐き出し、今までやってきたことへの感謝や励ましの言葉を貰ったことで、やっと自分と人々が繋がったように思えた。
これまでのことは人々に届いていた。例えみんなを騙していても、力の足りないわたしでも、人々の支えになっていた。そんなわたしを応援してくれる人がいる。
そういったことを実感して本当の意味での覚悟ができた。人々の真の英雄となるために最後まで全力で偽りの英雄を演じる覚悟が。
「わたしはここに誓う!」
さっきまでの弱さを隠したアムサリアではなく、弱さを持ったまま勇気を絞り出した新生アムサリアとして、人々の声をも上回る強い意志を込めて叫ぶ。
「わたしの不安を覆っていた聖闘女の使命と言う名の殻は、今日この場でどんなことがあっても割れない強固な物となった。その不安は決してなくなりはしないが、内に秘めた不安に負けることはない」
わたしは背中に背負った剣を引き抜いた。
「平和への願いやわたしへの期待は、聖闘女の生まれ変わりが持つ神聖な力などというあやふやなモノではなく、確かな力となってわたしを生かし、必ず破壊魔獣を討ち倒すだろう」
今までで一番の声援や拍手が注がれた。
「十八歳を迎え、こうして多くの人に祝って貰えたことを誇りに思う。同じようにみんなが素晴らしい誕生日を迎えられるように、そして、みんなの望む英雄となれるように、わたしは全力で闘う」
そう宣言した瞬間、声援を上げる人々の声が恐怖と狂気に一変。同時に辺りの空気が変質したように感じた。
背後にあり得ないほどの殺気を持ったなにかを感じ、ゾクリと悪寒が全身を走り冷汗が噴き出す。
「エアロ・シルド」
振り向くのも惜しんで空圧の盾を背後に展開すると、熱風の衝撃が壇上から飛び去るわたしもろとも防御法術を吹き飛ばした。
激しい衝撃を受けたわたしはその勢いのまま人々の列に飛び込む。
(そんなばかなっ!)
壇上に
ほんの十数秒前まで歓喜の声援に包まれたわたしの誕生祭の会場は、死と隣り合わせの処刑場に成り変った。
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