親友

「村や町を荒らす魔獣と闘いながらも、普段わたしは大聖法教会で通常業務をおこなっていた。今までとは比べものにならないくらい忙しい日々の中でまた悲劇が起こったんだ」


「大聖堂に奴が現れたんだよな」


「そうだ。人々が小さな幸せを願い、けがれをはらうために訪れる大聖堂に奴が再び現れた」


 彼女はそこでひと息つく。


「その日はわたしの誕生日で、大聖堂で聖闘女の誕生祭がおこなわれたんだ。ありがたいことに、わたしのために多くの人が誕生日を祝いに集まってくれた。そして、それは起こった……」


 アムサリアは声のトーンを今までより少し下げ、偽りの英雄だった自分がどうやって凶悪な破壊魔獣と闘えるほどの闘女になれたのか語ってくれた。


「それはわたしが聖闘女となってから一年が経とうかという頃だ。努力と根性によってそれなりの戦闘能力を身に付けたが、まだまだ護られている立場のわたしに、その誕生祭で国民から贈り物をされることになっていたんだ」


 アムサリアが語ったのは喜ばしくも恐ろしい、彼女の十八歳の記念日に起こった出来事だった。



   ***



「そろそろ出番だよアム、準備はできてる?」


「あ、あぁできているが……、本当にわたしがこんな大きな舞台で誕生日を祝ってもらっていいのだろうか」


「当たり前でしょ。聖闘女リプティの生まれ変わりでみんなの希望の星なんだから、そんな大切なことを国民が放っておくわけないじゃない」


 小憎たらしい言い方で茶化すのは、わたしがハルと呼んでいるひとつ年下の女の子。短く切りそろえた髪とハツラツとした表情としゃべり方が可愛い、元気のかたまりのような子だ。幼い頃から一緒に聖シルン教団で巫女として暮らしてきた大切な親友である。


「偽りの英雄の誕生日をこんな大きな行事にして祝って貰うなんて気が引けるに決まっている」


「気にしない気にしない、みんなが祝いたいって思ってるわけだし、あなたがみんなのために体を張って闘っていることは本当のことなんだから。私だったらこれ見よがしにお祝いの品をおねだりしちゃうところだけどなぁ」


 本気で羨ましそうに言うところがなんとも太々しい。


「その神経の太さを少し分けてもらいたいよ」


「私だってアムの努力家なところ分けてほしいな。その立場になってから一気に私を突き放して闘女になっちゃうんだもん。少し前までどっこいどっこいで一緒に闘女になるために頑張ってたはずなのに」


 ほっぺたを膨らませて可愛らしく愚痴るハル。


「今度の闘女の試験受けるんだろ? わたしが闘女になったのが半年前。ひとつ年下なんだから、わたしに遅れを取っているわけじゃないよ」


「う~ん、かなりギリギリなんだよね。剣術試験が一番心配よ」


「だから普段からしっかりご飯を食べて体を鍛えろと言っただろ。体作りは剣術体術の基本だぞ」


 わたしは片腕をまくり上げて力こぶを作って彼女に見せた。彼女と切羽琢磨せっぱたくましていた頃の自分とは大きく違う、たくましい力こぶが顔を出す。


「いいのよ、私の持ち味は華麗なる舞と剣速だもの。蝶のように舞って蜂のように刺すわ!」


 ヒラヒラと跳び回りながらかろやかなステップを踏んで見せた。


「剣術よりも巫女としての考え方や品位の方が心配なんだが」


「あなたが巫女の品位を言えた義理? でも私は平気。人前ではちゃんと振る舞うわ」


「いや、だからその考え方がな……」


「そんなことより闘女になったら絶対に零番討伐隊に入ってあなたと一緒に闘うんだからね」


「あぁ、楽しみにしているぞ。と言いたいところだが、知っての通り零番討伐隊はこの国一番の精鋭部隊だからな。何年後になることやら」


「すぐになってやるわよ、そしてあなたみたいにみんなからお祝いされるくらいの闘女になって素敵な贈り物を貰うんだから」


 巫女とは思えない私利私欲を声を大にして言う正直者のハル。


「小耳に挟んだのだが、わたしへの贈り物はとんでもなく高価で手間のかかった物らしい。そんな大層な物を貰っていいのだろうか……」


「まだ言ってるの? 高価だろうがなんだろうがくれる物は貰っときなさい。あなたはその贈り物に応えるだけの努力ができる人だもの。きっとそれ以上のモノをみんなに返せるわ」


 さきほどと違って無邪気な笑顔でそう言った。


 この誕生祭でわたしに贈られるのは国民が頑張って用意してくれた物らしい。それを使って十大勇闘士に名をせる、闘士にして錬金鍛冶師、そして創作法術士という様々な法術を編み出す天才であり、ちょっとその性格に難があるらしく、一部では奇人とも呼ばれるクレイバー=ドルスが作った逸品だとか。


 そんな彼が作った物に国民の願いまでも込められているとなれば、あの伝説の聖闘女にふさわしいと言わざるを得ない物なんだろう。


 だが、それを授けられる者はあの聖闘女ではなく、この聖闘女なのだ……。


「励ましてくれているんだろうけど、やる気と同じくらい期待の重圧も感じているぞ。しかし、ハルの言う通りみんなの期待に応えられるように少しでも本物の聖闘女に近付ける努力はしていこうと思う」


「そうね、その努力は認めるわ。最近言葉遣いが堅くなってきたのも自覚の表れかしら?」


「そうか? 昔からこんなもんだと思うのだけれど」


「ともかくその気持ちが本物かどうか、このあとの演説で確認させてもらうわ」


 目の笑ってない笑いをわたしに向けて彼女は部屋を出て行く。そして、数分すると誕生祭が始まった。


 人々が集まる大聖堂の壇上で挨拶するのはこの教団の大司教のひとりであるライヤ=ブラッフ様だ。


 ライヤ様はエイザーグにおびえる人々に向かって必ずエイザーグを討ち倒し、平和な世の中にしてみせると力強く誓っていた。もちろんその誓いを果たすのはライヤ様ではなく聖闘女だ。


 そんな演説に怒涛のような歓声が上がり、控室まで聞こえてくる。


(これがわたしにかかる期待なのだな)


 と思うと、手足の震えが止まらない。この歓声は数十秒に渡り続いた。


 続けてわたしの出生と教団に入信した理由について語られた。もちろんそれはでっち上げである。


「あんな嘘を並べてまでわたしを英雄に仕立てたいのか」


 控え室まで聞こえるライヤ様の演説を聞いて、わたしはうんざりしながらひとりつぶやく。利用されているとは言え、今まで育ててもらった恩もあり、今語られている偽りの聖闘女再誕物語も国民のためにあると思えば我慢できないことはない。


 そして、憧れの聖闘女になったことや、人々に期待されることに少なからず嬉しく思う自分がいる。


 こんなふうに思う自分も教団の企てに乗っているのと同じことだろう。


 トントン


「アム、そろそろ壇上袖に移動だよ」


 さきほど出て行ったハルが戻ってきてドアを開け顔だけ覗かせる。


「まだ悩んでるの?」


「うーん、この演説に乗っかってわたしも話をしなければならないと思うとな」


 彼女は教団の演説が嘘であることを知る数少ない者のひとりだ。この脚本を知っているのは大司教以上の者、そして上級闘女数名と友人のハル。誰にも言えない苦しさからハルに話してしまったと司教様に正直に言ったことで、ハルはわたしの身の回りの世話係という役職を得たのだ。当然それ以上この話を漏らさないという条件のもとである。


「でも、多くの人たちに祝って貰えるんだから、心からのお礼を述べることにかんしては本心で話せるさ」


 わたしは扉の先から聞こえる歓声に向かっていった。


 通路を進み蒼天至光そうてんしこうまつられる壇上の袖に出ると、わたしを確認した上級闘女のシエラさんが大司教ライヤ様に合図を送った。


 ライヤ様は横目でそれを確認すると小さくうなずき視線を人々に戻す。


「……そう遠くない未来に必ず破壊魔獣は討ち倒されることでしょう。その日まで、大聖法教会の聖闘女アムサリアの力になってやって下さい」


 ライヤ様は深々と頭を下げると大きな拍手が巻き起こり大聖堂内に響き渡った。喝采かっさいが落ち着いてきた頃合いでライヤ様は左手を軽く上げる。


「ではみなさまお待ちかねのアムサリアの準備が整ったようです。本日十八歳を迎えた彼女に登場してもらいましょう」


 ライヤ様は壇上袖に待機しているわたしの方に腕を差しだし、そのまま舞台の反対側に数メートル下がった。


「行ってらっしゃい」


 笑顔のハルに見送られ、わたしは少しだけ背筋を伸ばして壇上中央へと向かう。


 ハルの存在があってこそ、わたしは偽りの英雄を演じてこられた。彼女なくして人々を偽り、実力のともなわない聖闘女の称号をかんされた重圧に耐えられはしなかったのは間違いない。


 そう思いながら壇上に向かうわたしの視界に入る蒼天至光そうてんしこうが、いつもより強く輝いているように感じるのは気のせいだろうか。


 わたしの登場にまたしても大きな拍手が巻き起こる。その拍手を受けながら壇上中央で足を止め、わたしの言葉を待つ人々の方に体と意識を向けた。

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