ホシウマ

如空

「何となく生きていた」友人編

第1話 都市伝説「干し馬」と友人

「ねえ、知ってる?干し馬って都市伝説」

「あれだろ?チャットアプリ上で、やせ細った未来の自分からのメッセージが来て、それを見てしまうと、バイトや就活でことごとく失敗した挙句に、本当にやせ細って、死ぬってやつ」

「そうそう。それがね…」

「それが?」

「私のところに来たのよ」

「は?」

「いや、マジで。もう、あの動画見たら、マジトラウマだわ」

「おいおい、質の悪い冗談か何かだろう?」

「そうね、ただのいたずらだと思いたかった。

 でもね、それが1か月前のことで、それ以降、就活面接は全落ちしてるのよ。しかも、既に内々定もらっていた会社からも、唐突な取り消し通知が来たし」

「まあ、それは単なる偶然だろう。それか、マジに取り過ぎて自己暗示にかかったか。ところで、最近、君痩せたね。ダイエット中なのか?」

「いいえ、むしろ今までよりも食事量を増やしているのに、何故かどんどん体重が減っているの」

「それは、医者に診てもらった方がいいかもな」

「考えておくわ」


 彼女が亡くなったのは、それからわずか2日後だった。


 ふらつきながら歩いているうちに、橋から転落死したのだという。


 あの時、もう少し真剣に話を聞いておけば、こんなことにはならなかったかもしれない。


 ふと頭をよぎったその思いから、私は、この都市伝説「干し馬」の謎を追うこととしたのである。


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「あれから、一年が経つのか…」


 ふと頭をよぎった、あの時の会話。彼女が死んでから、もう一年になることに気付き、私は焦りを感じる。


 干し馬研究サークルを立ち上げ、情報収集に当たったところまではよかった。何人かの遺族からインタビューを行ったり、被害者の手記を見たりすることで、干し馬の性質を、少しだけ知ることができたような気がする。


 しかしながら、未だに干し馬の問題を解決する方法は、どうしても見出せないでいる。


「それなら、今一度思い返してみるか。情報の整理もできるかもしれないし」


 幸い、休学中の私には、時間はいくらでもある。


 私は、全国を旅して集めた情報をまとめた何冊かの分厚いファイルのうちの、一冊を取り出す。


 そして、幸いにもこの建物が禁煙ではないので、メビウスを一本取りだし、コンビニの100円ライターで点火したものを口にくわえながら、私はこれを見返す。


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 最初に調べた干し馬の被害者は、もちろん、友人だった彼女であった。


 彼女とは、遂に恋愛関係に至ることこそなかったものの、ここだけの話、あのまま彼女が生きていれば、今頃は付き合っていたという自信を持っていい程度には、仲が良かった。


 それだけに、私は、彼女の葬式の日、恐らく親族の人たちよりもひどく、ボロボロに泣いてしまった。


 それを見た彼女のご両親が、これまた泣いて、こんなにも娘を想ってくれる友人がいて、娘はさぞかし幸せに違いない、と喜んでくれたのは覚えているが、どうもそれ以外のことはあまり思い出せない。


 涙は、視界だけでなく、記憶も霞ませてしまうのかもしれない。


 しかし、そんな姿、正直に言えば見苦しいほどの姿を晒したことが、干し馬の謎を調べるにあたっては、かえって幸いしたのかもしれなかった。


 後日、彼女のご両親が、彼女の手記を見つけたとき、彼らは、真っ先に私にそれを読ませてくださったからである。


 まずは、この最初の話を、私の記憶と、彼女の手記をもとに、再構成していくとしよう。


 ただ手記を眺めるだけ、記憶をたどるだけでは見えてこない干し馬の謎への答えが、両方を組み合わせて、彼女の苦しみをイメージしなおすことで、理解できるかもしれないからだ。


 所々に涙の滲んだ跡のある彼女の手記を、もう一度読み返すのはつらい。


 今までは貴重な資料として、何とか汚さないようにしてきたが、読み返すたびに毎回思う。今度こそ、うっかり私の涙で資料を汚してしまうかもしれない。


 でも、それでも、謎を解き明かす為には、いま一度読み直さなければならない。


 半ば衝動のような確信に駆られて、私は、ファイルの中に入れられた一冊のノートを取り出して、ページをめくり始めた。


 ああ、ダメだ。もうすでに、加えたタバコの先が小刻みに震えているのが視野に入る。

 落ち着かなければ…。

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