第252話 カノジョに発情期が来たらしい。

 今日は3月9日。

 水曜日なので、例によって部活を早々と切り上げ、101号室に戻って来た。


 管理部の仕事は「授業が無くてヒマだった」というカンナ副店長が、ほとんど終わらせてくれていたので、僕は感謝と称賛の言葉を贈り、おやつを用意するだけ。


 3人の後輩達は4人分のおやつを3人で分けながら、快く僕を釈放してくれた。


「ネネコさん、ただいま!」

「おかえり。今日は、いつもより早くね?」


 ネネコさんは制服のままコタツに入り、僕の帰りを待っていてくれたようだ。

 少し眠そうな感じにも見えるが、これは、いつもの事である。


「一刻も早く、ネネコさんに会いたかったからね」

「なに言ってんの? 今日も朝起こしてくれたし、お昼も一緒だったじゃん」


「最近、ネネコさんの事ばっかり考えちゃってさ。『恋の病』ってやつかな?」

「夜、ジャイコ先輩が隣で寝てるから、いろいろ溜まってるだけじゃね?」

「あっはっはっ、さすがネネコさん。まあ、それは、その通りなんだけどね」


 毎週水曜日の午後は、ネネコさんと2人きりのお楽しみタイム。

 これは、3学期に入ってから確立した、僕達の性活スタイルだ。


 週に1回で足りない分は、毎晩こっそりと1人で処理していたのだが、今週は僕のすぐ隣でジャイコさんが寝ている為、性欲は溜まる一方である。


「最近ずっと部屋の中だったじゃん。今日は2人で外に遊びに行こうよ」

「珍しいね。僕は、ネネコさんがコタツから出たくないのかと思ってたよ」


「今日は、いい天気だし、たまには部屋の外も良くね?」

「そうだね。ネネコさんが外のほうがいいなら、特に反対する理由もないよ」


「じゃあ、今日は外ね。制服のままでいいよね?」

「うん。制服なら、僕も着替えなくていいからね」


 こうして僕達は寮の部屋を出て、外に遊びに行くことにした。

 外と言っても学園の敷地内だから、服装は制服かジャージの2択だ。


「どこに連れてってくれるの?」

「ネネコさんは、どこがいい? 僕は、ネネコさんの行きたい場所でいいよ」


 ネネコさんと2人きりになれるのなら、場所なんて正直どこでもいい。

 僕にとって重要なのは、なるべく人がいないところがいいという事だ。


「そういうのって、普通、カレシが考えるんじゃね?」

「えっ? 僕が決めていいの?」

「ミッチーの行きたいところでいいからさ」


 最近、ネネコさんの中では、この呼び方が定着しつつあるようだ。

 僕が起こしてあげる時に「ネーちゃん」と呼び続けているからだろうか。


「うーん、今なら3階の生徒がいないから、寮の屋上がいいかな?」

「去年、4人で流れ星を見た場所か。あの時は、チョー寒かったよね」


「今日なら暖かいだろうし、もし寒かったら僕が温めてあげるから」

「マジ? もしかして屋上でヤルつもりなの?」


「あっはっはっ、それはネネコさん次第だけど、ヤリ過ぎると無かった事にされちゃうかもしれないから、お互いに気を付けないとね」




 ネネコさんと仲良く手を繋ぎながら階段を3階まで上り、301号室の向かい側にあるドアを開ける。この鉄のドアが寮の屋上へ出るドアである。


「良かった。誰もいないじゃん」

「うん。それに、結構あったかいね」


 屋上は日当たりも良く、かなり暖かかった。

 遠くの山の上には、まだ雪が残ってはいるが、もうすっかり春である。


「あっちに、まだ洗濯物が干してあるけど、誰かの忘れ物かな?」 

「あー、ホントだ。ちょっと見に行ってみようか」


 ネネコさんが指差したのは、ここから最も遠い場所にある物干しだった。


 卒業生の忘れ物だったら、3年生に渡してあげないといけない――そう思いながら近付いて、洗濯物を確認する。


 干してあったものは、スポブラとパンツ。こちらは上下セットで2組。

 その隣には、短めの靴下や、見覚えのあるレオタードが干してあった。


「これって、ココロちゃんのじゃね?」

「そういえば、長内おさない先生の部屋も3階だったね」

「もう乾いてるみたいだから、取り込んであげようよ」 

「さすがに洗濯物を勝手に取り込むのはマズイんじゃないかな?」

「なんで? べつにいいじゃん。ココロちゃんなら、きっと喜ぶと思うよ」

「そうかな? ネネコさんがそう言うなら……」


 常識で考えたら下着泥棒の容疑者になってしまいそうな状況だが――


 1.ここは優嬢学園の敷地内で、僕は「花婿修業中の生徒」である。

 2.先生の為に「洗濯物を取り込んで差し上げる」という大義名分がある。

 3.女子生徒が同伴し、洗濯物を一緒に取り込んでくれている。


 ――以上の条件がそろっているので、きっと問題はないはずだ。




 ネネコさんと一緒に、長内先生の部屋まで洗濯物をお届けする。

 屋上の出入り口は、もう1か所あり、そちらは先生の部屋の向かい側だ。


【312号室】

【長内 心炉】


 ――トントントン。


「はーい!」

 

 ドアをノックすると、長内先生の大きな声が聞こえ、ドアはすぐに開いた。


「長内先生、洗濯物が乾いていたようですので、取り込んでお持ち致しました」

「甘井さんとネコちゃん! もしかして、屋上でデートしてたの?」

「まあ、そんなところです」

「洗濯物は、そろそろ取りに行こうと思ってたの。ありがとう」

「どういたしまして。それでは、失礼致します」

「ココロちゃん、またねっ」

「あっ! 2人とも、ちょっと待ってて!」


 僕達が屋上へ戻ろうとすると、長内先生は、僕達を引き留めてから部屋の奥へ行かれて、すぐに戻って来られた。


「――これ、余っちゃったから、2人で使って」

「マジ? これ、1箱くれるの?」

「うん。説明会の為に用意した避妊具が、ちょうど1箱余っちゃったの」


 以前、長内先生が売店で購入して下さったコンドームは、全部で120個。

(第207話参照)


 協力者へのお礼として僕に1箱くれた後、講習を受けた生徒全員に1つずつ配ったとしても100個あれば十分だ。ちょうど1箱余ったという事は、説明に使用したコンドームは、各学年で2つくらいだったという事か。


「いいんですか? こんなに沢山もらっちゃって。ありがたく使わせて頂きます」

「いいのよ。バレンタインの時は、立場上チョコをあげられなかったんだから」


「ココロちゃん、もしかして、ミチノリ先輩の事、好きなの?」

「そうね。ネコちゃんも同じくらい好きよ。だから、2人でお幸せにね」

「ありがとうございます。それでは、失礼致します」






「ココロちゃんって、チョー優しいよね」

「うん、僕もそう思う。1年生に人気なのも、よく分かるよ」

「じゃあ、早速、それ使ってみようよ!」


 ネネコさんはコンドームを見ると条件反射でエッチな気分になるらしい。

 僕は心の中でこの現象を「パブロフの猫」と呼んでいる。


「ここで? ちょっと見通しが良すぎない?」


 青空の下で「仲良し」するのも悪くないが、これは勇者でないと無理だと思う。


「じゃあ、あっちならどう?」

「なるほど。あそこならいいかもね」


 ネネコさんが指差したのは、屋上の北西の隅にある非常階段だった。

 僕は、そのままネネコさんに手を引かれて、2人で非常階段へ向かう。


 非常階段は、体育館や校庭を上から見渡せる位置にあり、なかなかいい景色だ。


「あそこで走ってるの、ウサイン先輩とハシモト先輩じゃね?」

「そうみたいだね」


 しかし、こちらから良く見えるという事は、向こうからもこちらが見えるわけで、2人で景色を眺めていたら、当然のように見つかってしまった。


「あー、これは完全に見つかっちゃったね」


 校庭の外回りコースを走る宇佐院うさいんさんと橋下はしもとさんが、こちらを見上げながら、大きく手を振っている。


 ネネコさんと僕は踊り場まで階段を下り、陸上部の2人に手を振り返す。

 宇佐院さんと橋下さんは、僕達のすぐ下を通り、西から東へと走って行った。


「水曜日って、陸上部はお休みじゃなかったっけ?」

「ウサイン先輩は、部活に関係なくヒマな時はいつも走ってるみたい」

「そういえば、陸上部の部長さんって誰になったの? もしかして宇佐院さん?」

「ウサイン先輩は副部長だから、部長は幽霊部員なんじゃね?」

「部長さんが幽霊部員って、つまり幽霊部長って事?」

「うん。ボク、部長が誰かなんて興味ないし」


 誰が部長か分からないって「問題あり」な気がするけど、まあいいか。


「ネネコさん、そろそろ場所を変える?」

「なんで? まだ『仲良し』してもらってないし。場所ならここでいいじゃん」


 ネネコさんが「ここ」と言ったのは、踊り場から、さらに下に降りる階段。

 たしかに、ここなら外から見えないし、こちらからも空しか見えない。


「そうだね。ここでしようか?」

「コンドームは10個もあるんだから、3個ぐらいは余裕だよね?」

「あっはっはっ、ネーちゃん、ヤル気満々だね」




 ――ここから先は「大人の事情」で詳しくお伝えする事が出来ません。


 読者様のご想像に全てお任せ致しますので、読者様1人1人の理想のネネコさんを想像して、2人きりの時間をお楽しみ下さい。






 ――という訳で、今日はかわいいカノジョと充実した1日を送ることが出来た。


 ネネコさんは、僕の愛情表現に満足してくれたようで、明日も2人きりで遊ぶ事になったのだが、ネネコさんが「仲良し」におぼれてしまわないか少し心配である。

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