第250話 卒業式は涙で世界が歪むらしい。

 本日、3月6日は、優嬢学園の卒業式。

 僕達在校生は、先に体育館に入り、卒業生の入場を待っている。


 入学式と同様に保護者の来場は許されておらず、参加は生徒と教師のみだが、これは新型コロナウイルス対策という事ではなく、昔からの伝統らしい。


 在校生の座席は、卒業生の姉妹学年である3年生が最前列で、5年生が2列目。

 僕達4年生は3列目で、2年生が4列目。1年生は最後列だ。


 各学年は出席番号順に並んでいる為、僕の席は列の左端で、右隣に天ノ川さん。


 目の前には5年生の出席番号1番である足利あしかが先輩が座っていて、その右にはハナ先輩、チカ先輩、ユウナ先輩と美術部の3名が並んで座っている。


 僕の真後ろの席に座る、2年生の出席番号1番である浅田あさださんからは、軽く背中をつっつかれて「ダビデ先輩、ちわっす!」と挨拶あいさつされた。


 笑顔で振り返ると、その隣には入部いりべさんが座っていて、浅田さんの肩越しには有馬城ありまじょうさんとネネコさんの顔も見える。


 ネネコさんとは自然に目が合ったが、とても眠そうな顔だった。

 おそらく、卒業式という行事自体に、あまり興味が無いのだろう。


 僕も、中学生の頃、つまり去年の卒業式までは、そう思っていた。

 しかし、今日の卒業式は、今の僕にとって重大なイベントだ。


 卒業生の皆さんとは一緒に授業を受けることも無く、部活動以外では、ほとんど会話をしたことも無かったのに、それでも、その存在感は圧倒的で、僕にとっては全員あこがれの先輩方なのである。


 身近に存在する、僕が目標とすべき偉大なる存在。

 昨日、下高したたか先輩と鹿跳しかばね先輩に大浴場まで連行され、改めてそう思った。






「――卒業生の入場です。拍手でお迎えください」


 体育館が拍手に包まれ、相田あいだ先輩を先頭に、卒業生が入場を開始する。

 卒業生の皆さんは、とても堂々としていて、上品で美しい歩き方だ。




「――只今より、令和3年度の卒業式を始めます」


 卒業生の先輩方が、3年生達のすぐ前の席に座り、卒業式が始まる。

 司会は入学式の時と同じ、広報部のヨシノさんだ。


「――国歌斉唱に伴い、全員ご起立をお願い致します」


 まずは、全員起立し、「君が代」斉唱。

 ステージの左手に置かれているピアノは、声楽部の馬場ばばさんが演奏している。


 男声は僕1人なので目立ってしまうが、その事については、もう慣れた。

 ここでは、女声の美しさを引き立てるのが、僕の役目である。






 国歌斉唱が終わり、厳かな雰囲気になった所で、卒業証書の授与。

 当学園では校長先生が卒業生全員に手渡すらしい。




「卒業証書。相田美魚みうお、本校の課程を修了したことを証します。

 令和4年3月6日。優嬢学園校長、水戸みと光子みつこ。――おめでとうございます」


 相田先輩が両手で証書を受け取り、校長先生に頭を下げる。

 観客は拍手などをせず、静かに見届けるのが、卒業式における礼儀作法である。


 ――相田先輩、おめでとうございます。


 相田先輩と初めて会話をしたのは、僕が食堂で配膳係をしていた時でしたね。


「ミオじゃなくて、ミウオだよ」と言われて、オムライスに「みうおさん♥」と書いて差し上げた事を、僕は今でも覚えています。 (第66話参照)




「卒業証書。犬飼いぬかいきずな、以下同文。――おめでとうございます」


 ――犬飼先輩、おめでとうございます。


 犬飼先輩と初めて会話をしたのも、同じ日でしたね。


「私はキズナ。よろしくね!」と挨拶されて、オムライスに「きずなさん♥」と書いて差し上げた事も、よく覚えています。




「卒業証書。草津くさつてる、以下同文。――おめでとうございます」


 ――草津先輩、おめでとうございます。


 草津先輩は、僕に座薬を入れてくれるとおっしゃっていましたね。

 あのときは、嫌な顔をしてしまってごめんなさい。 (第75話参照)




「卒業証書。口車くちぐるまはかり、以下同文。――おめでとうございます」


 ――口車先輩、おめでとうございます。


 僕は先輩のお陰で、この場所に馴染なじむことが出来ました。 (第20話参照)

 やっと身長で追いついたのに、もうお別れだなんて、とても残念です。




「卒業証書。くろがね亜鈴あれい、以下同文。――おめでとうございます」


 ――鉄先輩、おめでとうございます。


 一緒に歌の練習をしたときには、大変お世話になりました。

 クリスマスパーティーは、とても楽しかったです。 (第191話参照)




「卒業証書。心野こころの智代ともよ、以下同文。――おめでとうございます」


 ――ジャイアン先輩、おめでとうございます。


 ご卒業されても、ジャイアン先輩とは、またお会いできそうですね。

 ポロリちゃんの従妹いとこが生まれたら、僕にも紹介して下さい。




「卒業証書。鹿跳存美ありみ、以下同文。――おめでとうございます」


 ――鹿跳先輩、おめでとうございます。


 寮の運動会の100m走は、僕の完敗でした。 (第137話参照)

 今なら僕が勝てそうなのに、もう一緒に走れないなんて、とても残念です。




「卒業証書。下高音奈おとな、以下同文。――おめでとうございます」


 ――下高先輩、おめでとうございます。


 下高先輩は、僕が最も尊敬している先輩です。

 もし、またお会いする機会があったら、一緒に卓を囲んでください。




「卒業証書。針生はりうねる、以下同文。――おめでとうございます」


 ――針生先輩、おめでとうございます。


 いきなり採寸されてしまった時は、とても驚きましたが、あの着ぐるみを着て、性交演習の授業を受ける事を楽しみにしています。 (第65話参照)


 素敵な浴衣ゆかたも、ありがとうございました。 (第131話参照)




「卒業証書。百川ももかわ肚身はらみ、以下同文。――おめでとうございます」


 ――女将おかみ先輩、おめでとうございます。


 女将先輩は、温泉旅館の女将になられるそうですね。

 僕もいつか、その温泉旅館に泊まりに行きたいです。


 証書を受け取る先輩方の背中を見ながら、心の中で、お祝いの言葉を贈る。


 ――その他の卒業生の皆さんも、ご卒業、おめでとうございます。






 続いて、校長先生のお話。


「18名の卒業生の皆さん、卒業、おめでとうございます。

 本年度も、全員無事に嫁ぎ先が決まりまして、教職員一同、安心しております。


 皆さんは『良妻賢母』となる事が既に確定している優秀な、お嬢様方です。


 私が今から話す事は、学園からの最後のお願いであると同時に、少子化対策に関わる全ての人達からのお願いでもあります。


 入学式でも述べました通り、我が国の少子高齢化はとても深刻です。


 このまま日本の人口がどんどん減少した場合、近い将来に、早ければ、あなた方が生きている間にも、日本という国がなくなり、日本語を母国語とする日本民族が滅亡してしまう可能性すらあると、私は危惧きぐしております。


 そうならない為にも、どうか、1人当たり3人以上、若いうちに可能な限り元気な赤ちゃんを産んで、立派な日本人を育てて下さい。


 今の日本の危機的な状況を救えるのは、政治家ではなく、あなた方だけです。


 そして、あなた方のような若い世代にとっての幸せな未来が、千代ちよ八千代やちよに続きますよう、心から願っております。


 ――以上、私からのお祝いの言葉とさせて頂きます」


 校長先生の話は、一貫して少子化対策だ。卒業生が、たった18名では焼け石に水のような気もするが、何も努力しないよりは、ずっとましだろう。




 送辞と答辞は、優嬢学園が全寮制になった頃に廃止となったらしい。

 理由は、誰も最後まで泣かずにやり遂げる事が出来ないからだそうだ。


 全寮制の学園では、生徒達は全員家族も同然なので、それは仕方ない事だろう。


 まだ1年弱しか寮で暮らしていない僕ですら、卒業生との別れがつらいのに、3年間も一緒に暮らしていた姉妹が別れる日に、涙をこらえられるわけがない。




「――続きましては、卒業生の皆さんによる卒業式歌斉唱です。在校生の皆さんは、座ったまま、お聴きください」


 卒業式歌は『仰げば尊し』だ。

 この古臭さは、うちの学園の地味な制服にピッタリな気がする。




  仰げば尊し  作詞作曲  不詳


1.仰げば尊し 我が師の恩

  教えの庭にも はや幾年

  思えばいと疾し この年月

  今こそ別れめ いざさらば


2.互いに睦みし 日ごろの恩

  別るる後にも やよ忘るな

  身を立て名をあげ やよ励めよ

  今こそ別れめ いざさらば


3.朝夕馴れにし 学びの窓

  蛍の灯火 積む白雪

  忘るる間ぞなき ゆく年月

  今こそ別れめ いざさらば




 卒業生の歌声に混じって、あちこちから、すすり泣く声が聞こえてくる。

 隣では、天ノ川さんがハンカチを取り出して涙をいている。

 僕は必至で涙をこらえていたが、そろそろヤバそうである。


「――最後に校歌斉唱です。全員ご起立をお願い致します」


 僕もみんなと一緒に立ちあがる。歌詞は覚えていても、僕が歌うと価値が下がりそうなので、ここはくちパクで乗り切ろうと思う。




  優嬢学園校歌  作詞作曲  更場 蛍

 

1.人里離れ 山の中

  権現様に 見守られ

  幼き頃の 夢に見た

  げに美しき 嫁となろう


2.月輪熊に 日本猿

  登らば登れ 高い壁

  難攻不落の 堅城に

  籠りて今に 嫁となろう


3.炊事洗濯 お手の物

  引く手あまたの 優嬢も

  行き遅れたら 水の泡

  いざ尋常に 嫁となろう




 6年生の先輩方と一緒に校歌を歌うのも、これで最後。

 この状況で泣くなと言われても、僕達には無理な話だ。


 不安定な歌声の中に、泣き声と鼻水をすする音がまざり、音程は滅茶苦茶めちゃくちゃ

 こうなってしまうと、お嬢様方の美しい歌声など、もはや期待できない。


 みんなどんどん周りにつられて泣き出し、最後のほうは歌ではなく、ほとんど悲鳴を聞いているような状態だった。




「――以上を持ちまして、令和3年度の卒業式を終了します。卒業生が退場されますので、拍手で……見送り…………ましょう……」


 司会のヨシノさんも泣きそうな声――というか、完全に泣いている声だ。


 拍手をしながら見送る先輩方の姿がゆがんでいき、何も見えなくなる。

 自分の意思とは無関係に、大粒の涙が止めどもなく、こぼれ落ちる。


 今日で世界が全て書き換えられてしまうような、そんな気分だった。


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