第246話 桜の葉は食べなくて良いらしい。
ひな祭りは、女の子の健やかな成長を願う祭りである。
ごく一部のモテる男子は、親しい女子の家に招かれたりもするという
姉も妹もいなかった僕には、一生縁の無い祭りだと思っていた。
しかし、優嬢学園という女子ばかりの学園に入学が許され、生娘寮という女子ばかりの寮に住む僕は、16歳にして人生初のひな祭りを楽しんでいる。
去年の今頃は、「コロナで世界が滅んでしまっても構わない」とさえ思っていた僕のような罪深い人間でも、生きていて良かったと思えるイベントだ。
「ダビデさん、どぉ、どぉ? 甘くておいしいでしょ?」
食堂のカウンターで草
望田さんは、僕が「草餅が好き」と言った事を覚えていてくれたようで、僕が草餅を受け取る際に「私だと思って食べてね」などと面白い事を言ってくれた。
まさか、僕達の席にまで付いてくるとは思わなかったのだが。
「はい。とっても美味しいです。さすが望田さんですね」
草餅を1口食べ、望田さんに笑顔を返す。
昨日、作りたての
「キャー! ダビデさんが褒めてくれた! じゃあ、私は持ち場に戻るね。アマアマ部屋の皆さん、ごゆっくりー!」
望田さんは、僕が草餅を食べた事を見届けると、嬉しそうに帰って行った。
「この草餅、
「うんっ。昨日、ヨモギ先輩が、お兄ちゃんと一緒に作っていたの」
「ふふふ……それで、ヨモギさんは、あんなに嬉しそうだったのですね」
「マジ? ミチノリ先輩も、和菓子を作れるの?」
「僕は望田さんに教わりながら、餡子を作るのを手伝っただけだから」
僕が草餅を先に食べたからか、ネネコさんもポロリちゃんも天ノ川さんも、草餅のほうを先に食べている。なるほど、これが同調行動というやつか。
僕が指示した訳でも、4人で相談した訳でもないのに、自然にそうなってしまうのは、やはり、この4人の仲がとても良いからなのだろう。
3人が草餅を食べ終わったのを確認し、続いて桜餅に手を伸ばす。
桜餅は、円筒形に餅が巻かれ、1枚の桜の葉に包まれているタイプだ。
僕は、この桜の葉をはがそうとしたのだが、ここで疑問に思う事があった。
生娘寮では「食べ残し厳禁」なのである。
もしかして、これって「食べないといけないもの」なのだろうか。
「お姉さま、この葉っぱって、食べないとダメなの?」
僕が考えていた事を、そのまま、ネネコさんが口に出してくれた。
ネネコさんも僕と同じで「桜の葉は食べない派」らしい。
「それは、食べても食べなくても、ネネコさんの自由ですよ」
「ポロリはね、桜の葉は、はがしてから食べたほうが、おいしいと思うの」
ポロリちゃんも「桜の葉は食べない派」のようだ。
味方が2人もいるというのは、非常に心強い。
「これって、『食べ残しても構わないもの』なんですか?」
念のために、僕も天ノ川さんに確認を取ってみた。
「はい。桜の葉は、魚の皮と同じ扱いですから、食べ残しても許されますよ」
つまり、桜の葉は「食べ残し」には含まれないという事か。
食堂では「食べ残し厳禁」といっても、あくまでも努力目標であって罰則はないのだが、堂々と違反する訳にもいかないので、これはありがたい事だ。
「お姉さまは、どうするの?」
「ご年輩の方々と一緒の時には、同調圧力に屈して、私も桜の葉ごと食べますけど、今日は桜の葉をはがしてから食べる事にします」
これで、僕も堂々と桜の葉をはがしてから食べることが出来る。
魚の皮と同じ扱いという事は、皿の上にそのまま置いておけばいいという事か。
「えへへ、桜餅も、とってもおいしいの」
「こっちも、チョー甘いね」
「ふふふ……、お茶を飲みながら食べると丁度いい感じですよ」
渋い緑茶を飲みながら桜餅を食べ、かわいい妹の顔を見ながら会話をする。
この寮のお嬢様方は、本当に甘いものが好きなようだ。
「失礼します。もうすぐ甘酒の準備が出来ますので、よろしければ、お皿を回収させていただきます」
4人とも桜餅を食べ終わると、今度は甘酒が配られるらしい。
白衣を着た
「ナコちゃん、ありがとう。ポロリも手伝ったほうがいい?」
「ううん、ロリちゃんは、みんなとゆっくりしてて」
「大間さん、お皿なら僕が運びますよ。――ちょっと席を外しますね」
僕は、3人に声を掛けてから、大間さんに協力する。
大間さんがポロリちゃんに気を遣ってくれるのなら、僕は大間さんに気を遣ってあげるべきだろう。
大間さんは桜の葉を集めて袋に入れ、皿は重ねて持っていたので、僕は皿の方を持ってあげることにした。
「ロリちゃんのお兄さま、お昼前に、お姉さまの誕生日を祝って下さったそうで、ありがとうございます。お姉さまは、とても喜んでおられました」
「どういたしまして。
「それでも十分です。お姉さまは、お友達が少ないみたいですから」
「遠江さんは、4年生の教室でも物静かで控え目ですからね。でも、お友達が少ない女性のほうが、きっと男性からはモテますよ」
カウンター横にある食器返却口に、周囲のテーブルから回収した皿を返却する。
大間さんへの協力は、これで完了だ。
「ご協力、ありがとうございました」
「どういたしまして。それじゃ、席に戻らせてもらいます」
僕は大間さんに頭を下げて、自分のテーブルに戻ることにした。
「はいっ! 今日は甘酒が飲み放題だよー!」
アマアマ部屋のテーブルに戻ると、今月から料理部の部長になられたネギマ先輩が、
ネギマ先輩の外見は、髪型がツインテールである事を除けば、先代部長の
「ただし、アルコールが少し残っているかもしれないので、妊娠している可能性がある人は自粛して下さい! ――ここは、3人とも大丈夫だよね?」
「ネギマ先輩、なんで、それを僕に聞くのですか?」
「カノジョと、ヤる事は、ヤってるんでしょ? みんな、生理は毎月来てる?」
「ふふふ……、私は、まだ処女ですので、今のところ何も問題はありません」
「ポロリもね、妊娠するような事は、まだ誰ともしたことがないの」
2人ともネギマ先輩の質問に答える必要はないと思うし、そもそも僕のかわいい妹は、まだ12歳なのだが、この回答であれば僕も安心だ。
「マジ? ボク、今月は、まだ生理が来てないんだけど」
「いやいやいや、今月って、まだ3日でしょ? ちゃんと避妊はしているから」
「でも、ヒニンって失敗する事もあるんじゃね? ボク、甘酒はやめておくよ」
「そんな怖い事、言わないでよ。ネネコさんは単に甘酒が苦手なだけだよね?」
「おー、もし妊娠しちゃったら、ちゃんと産むつもりなんだ? エライねー!」
「それなら、共同責任という事で、僕も甘酒は遠慮しておきます」
僕は甘酒の
これは、ネネコさんに便乗させてもらっただけである。
「甘井さんもエライね! まだ結婚してないのに、もう責任とっちゃうんだ?」
「すみません。実は、ネネコさんも僕も、お酒は苦手なんです」
未成年者はお酒を飲んではいけないはずなのに、お酒入りのチョコレートなら食べてもいい事になっているので、2人ともお酒が苦手な事は分かっている。
甘酒に含まれるアルコールはごくわずかでも、苦手な人にとっては「お酒」なのである。
「そうだったんだ。苦手な人に無理に飲ませたりはしないから、安心して」
「ありがとうございます。ところで、ネギマ先輩は、どうなんですか? 甘酒は、すでに飲んでいらっしゃるようですけど」
「いやー、ネギマは、冬休みに『初エッチ』しちゃったけど、いいものだねー」
「え? 婚約者の方と、ですか?」
「そうだよ。もちろん、避妊はしてもらったし、その後も生理は来たから、甘酒は飲み放題。やったね!」
「ふふふ……、ネギマ先輩は、すでに少し酔っていらっしゃるようですね」
「ロリなんて、もう寝ちゃってるし」
「あははは、それは想定内だけどね」
ポロリちゃんは、お酒が好きなのに、アルコールには非常に弱いので、飲み放題でも、最初の一杯で酔いつぶれてしまったようだ。 (第136話参照)
そのまま眠っていたポロリちゃんは、僕が「お姫様抱っこ」をして、お持ち帰りすることになり、部屋では僕のベッドに寝かせておいた。
その後、僕は102号室の4名に協力し、ロビーに飾ってあった
「お兄ちゃん、おかえり!」
アマアマ部屋に戻ると、僕のベッドで眠っていたかわいい妹が、ちょうど目を覚ましたところだったようだ。
「ポロリちゃん、おはよう」
「えへへ、ポロリ、お兄ちゃんのベッドで寝ちゃってたみたいなの」
「今は僕がいるからいいけど、お酒には気を付けたほうがいいと思うよ」
今日は思い出に残る楽しい「ひな祭り」だったが、ポロリちゃんがオトナになった時に、悪い男に酒を飲まされてしまわないか、かなり心配だ。
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