第245話 気持ちを込めれば伝わるらしい。
3月3日の朝。アマアマ部屋では、今日も朝食後に座談会が行なわれる。
うちの部屋は4人とも成績優秀で、補習期間中であっても、先生から呼び出しを受ける心配は無いので、いつも以上にゆるい雰囲気だ。
「――甘井さん、今日は何の日か、ご存知ですか?」
僕がいつもの場所に座ると、僕の正面でコタツのテーブルの上に大きなおっぱいを2つ載せてくつろいでいる天ノ川さんから、こんな質問をされた。
「何の日か……って、今日は3月3日ですから『ひな祭り』ですよね」
節分の日に、うちの部屋の4人で
「それ以外には、何かありませんでしたか?」
「ひな祭り以外にも、何かあるのですか?」
天ノ川さんは、僕から何かを探ろうとしているのだろうか。
だとしても、僕には何も心当たりがないので、答えようがない。
「ボク、知ってるよ! 3月3日だから『耳の日』じゃん!」
「あー、そう言えば、ネネコさんのお誕生日は『鼻の日』だったね」
これは、どちらもただの
ネネコさんに教わるまでもなく、僕も知っていたが、おそらく、天ノ川さんの期待する回答ではないだろう。
「お兄ちゃん、あのね、今日はナコちゃんのお姉さまの、お誕生日なの」
「はい。私も、その事を甘井さんがご存じかどうかを確認したかったのです」
ポロリちゃんの出した答えを、天ノ川さんが肯定する。
正解は、
遠江
「そうでしたか。それは、初耳でしたけど、今の話を聞いて納得しました」
「ミミさんのお誕生日をご存知でなかったという事は、甘井さんはミミさんとは、それほど親しい関係ではないという事で、よろしいのでしょうか?」
「そう言われてしまうと、そうなのかもしれませんけど、クラスメイトで、僕が誕生日を知っている人って、3人ぐらいしかいないですよ」
4年生で僕が誕生日を正確に知っている人は、天ノ川さんを除けば、8月15日生まれの
他にも、僕に誕生日を教えてくれた人は何名かいるが、みんな違う学年だ。
「そうだよね。ボクもロリとチューキチの誕生日くらいしか覚えて無いし」
ポロリちゃんの誕生日が3月31日で、リボンさんの誕生日が12月1日。
後は、リーネさんが4月3日で、カンナさんが6月24日。
ハナ先輩とハヤリさんが、共に9月16日で、柔肌さんが10月19日である。
僕が知っているのはこのくらいで、かわいい女の子の誕生日なら、一度覚えたら忘れない自信があっても、誕生日を知らない場合は覚えようがない。
「お兄ちゃんもネコちゃんも、お友達のお誕生日は、もっと覚えておいたほうがいいと思うの」
「そうですね。特に甘井さんは、良くも悪くも全校生徒に注目されていますから、もっと周りに気を配られた方がよろしいかと思います」
「ご忠告、ありがとうございます。僕としては、個人情報を聞き出すのは気が引けるので、自分から『誕生日を教えてくれ』とは、なかなか言えないのですが、その場合は、どうしたらいいでしょう?」
「ふふふ……、でしたら、私に便乗してみるというのは、いかかでしょう。今からバースデーカードを用意しますので、一筆お願いしてもよろしいですか?」
「分かりました」
「えへへ、ポロリも、一緒に書きたいの」
「お姉さま、ボクは絵を描いてもいい?」
「もちろんです。
「えっ? 僕が一番上ですか?」
「アマアマ部屋の室長は、甘井さんなのですから当然です。それに、そのほうが、きっとミミさんも喜ぶと思いますよ」
「了解しました」
『遠江さん、お誕生日、おめでとうございます』
僕は最も目立つ位置に、心を込めて丁寧に、お祝いの言葉を書いた。
下手くそな文字だが、きっと、遠江さんなら許してくれるだろう。
「これで、いいですか?」
「ご協力ありがとうございます。では、私も一筆入れさせていただきます」
天ノ川さんは、その下に『みんなで素晴らしい1年を過ごせますように』と書き込んでくれた。天ノ川さんの書く文字は、習字のお手本のような
「わー、ミユキ先輩、字がとっても綺麗なの」
「ふふふ……、ありがとうございます」
続いて、ポロリちゃんが丸くてかわいらしい文字で、『アマアマ部屋一同より』と差出人の名前を書いてくれた。
「ロリは、字までかわいいよね」
「えへへ、ネコちゃんの絵も、とってもかわいいと思うの」
最後にネネコさんがイラストを添えて、バースデーカードは完成だ。イラストはネネコさんが得意な猫の絵で、いつもより猫の耳が長く描かれていた。
「バースデーカードも、4人で書くと、結構にぎやかですね」
僕も誕生日には沢山のバースデーカードをもらったが、みんな、こんな風に心を込めて書いてくれていたのか。ありがたい事だ。
「それでは甘井さん、よろしければ、アマアマ部屋を代表して、これを104号室まで届けて頂けますか? ミミさんも補習はなかったはずですから」
「分かりました。では、すぐに着替えて、行って参ります」
「お兄ちゃん、ポロリも一緒に行っていい?」
「ありがとう。じゃあ、2人で一緒に行こうか」
天ノ川さんからの依頼にも、ポロリちゃんからのお願いにも、僕には「断る」という選択肢がない。バースデーカードは天ノ川さんが用意してくれたものなので、届けるくらいならお安い御用だし、かわいい妹がついてきてくれるのは大歓迎だ。
「いってらっしゃい」
ネネコさんも、それを理解してくれているので、ポロリちゃんに焼きもちを焼くような事はない……と思う。
「ふふふ……、ミミさんは広報部員ですから、甘井さんの評判も上がりますね」
さすが天ノ川さん。政治家を目指しているだけあって、先も見通している。
『マスコミを味方に付けてしまえば怖いもの無し』 (第38話参照)
これは、天ノ川さんから教わった事で、それは、マスコミを敵に回すと最も恐ろしいという事でもある。広報部員の皆様には、嫌われないように注意しなくては。
――という訳で、ポロリちゃんと一緒に部屋で制服に着替えてから、104号室の前まで来た。1人だと緊張するが、かわいい妹と一緒なら安心だ。
【104号室】
【遠江 美耳】 【内藤 冥亜】
【大間 名子】 【倉木 弥美】
――トン、トン、トン。
「……はーい!」
――ガチャッ。
ドアをノックすると、奥から返事があり、すぐにドアが開いた。
「
「えへへ、ヤミちゃん、おはよっ!」
迎えてくれたのは、パジャマ姿の倉木さんだった。寮内ではよく見かける光景ではあるが、かわいい1年生のパジャマ姿は、何度見てもいいものだ。
「ダビデ先輩とポロリちゃん? おはようございます。ナコちゃんなら、調理室ですよ。センパイがお姉ちゃんや私に用なんて、きっと、あり得ないですよね?」
倉木さんは、僕達が大間さんに会いに来たと思ったらしい。
たしかに、
「あり得ないって事はないと思いますけど、今日は遠江さんのお誕生日だそうなので、バースデーカードを届けに来ました」
「えーっ! いいなー、ミミ先輩は。私なんか、1枚も、もらえませんでしたよ」
「それは、さびしいですね。お誕生日は、いつだったのですか? 僕でよければ、今からバースデーカードを贈って差し上げますけど」
生娘寮に「いじめ」はないと思っていたのに、倉木さんが、みんなから無視されていたなんて。僕に出来る事があれば、力になってあげたいところだ。
「すみません、センパイ。それは、個人情報なので、教えられません」
「――え?」
「ヤミちゃん、それじゃ、バースデーカード、もらえる訳ないよぉ! ヤミちゃんのお誕生日はポロリも知らないもん!」
「あははは、たしかにそうだね。でも、僕は倉木さんの気持ちも良く分かるよ」
バースデーカードをもらう為に、わざわざ自分の誕生日を発表するというのは、僕は、とても恥ずかしい事のような気がする。
倉木さんと僕は、考え方が近いのかもしれない。
「じゃあ、誰にも言わないですから、ポロリちゃんにだけ、こっそりと教えてくれませんか? そうすれば、1枚ももらえないという事はないでしょう?」
「うんっ! 教えてくれたらね、ポロリが、こっそりとお祝いしてあげるの」
「ありがとう、ポロリちゃん。今は心の準備が出来てないから、後でこっそり教えてあげるね。じゃあ、ミミ先輩を呼んでくるから。――ミミせんぱーい! ダビデ先輩とポロリちゃんが、遊びに来てくれましたよー!」
倉木さんと入れ替わるように、パジャマを着た遠江さんが姿を見せてくれた。
遠江さんは、倉木さんと、ほぼ同じ身長。大人しくて落ち着いた雰囲気だ。
「遠江さん、突然お邪魔してすみません。今日は遠江さんのお誕生日だと聞いて、お祝いに参りました。こちらが、アマアマ部屋からのバースデーカードです」
「ミミ先輩、お誕生日、おめでとうございます!」
「遠江さん、16歳のお誕生日、おめでとうございます」
「わあっ! ……ありがとうございます。みんな、ひな祭りが優先で、私の誕生日なんて忘れていると思っておりましたのに……しかも、私の誕生日なんて知らないはずの甘井さんが……もう、嬉しくて涙が止まりません……」
遠江さんは、カードを受け取ったまま、ボロボロと涙を流している。
ここまで喜んでもらえるとは、僕も想定外だった。
これは、誕生日プレゼントと言えるようなものではなく、本当に「気持ちだけ」のものなのに、「気持ち」というのは、きちんと伝わるものであるらしい。
僕は、この寮に住む、みんなの事を、ますます好きになった。
遠江さん、僕達の「気持ち」を受け取ってくれて、ありがとう。
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