第243話 暗示にかかりやすい性格らしい。

「ヨモーギ、アイムソーリトゥハヴケプチュウェイティン」


 望田もちださんとアマアマな餡子あんこを味見していると、割烹着かっぽうぎを着た百川ももかわさんが、調理室に入って来た。英語の補習の後の為か、ちょっと様子が変である。


「ツクネ? どうしちゃったの? 頭でも打った?」

「百川さん、お帰りなさい。補習、お疲れ様です」


「センキューソーマッチ、ミスターアマーイ」

「ツクネ、落ち着いてっ! 餡子は完成したよっ!」


 望田さんは試食用のスプーンに餡子を載せて、百川さんの前に差し出す。

 百川さんは望田さんの差し出したスプーンの先を、パクっと口に入れた。


「――あまーい! やっと日本に戻れました」


「英語の補習って、そんなに大変だったの?」

「はい。ライ様と2人きりで、ずっと英会話でしたから。まるで留学生です」


「ライ様」とは地元言葉で雷様の事であり、サンダース先生のコードネームだ。


 余談だが、僕はサンダース先生から「デヴィッ」と呼ばれている。

 これは「ダビデ」の正しい発音らしい。


「サンダース先生のプライベートレッスンですか。それは大変でしたね」

「しかも、日本語は禁止で、2時間もですよ! もうヘトヘトです」

「ライ様は教育熱心だよね。ツクネは部屋で休んでてもいいよ」


「私は料理部の副部長です。休む訳には参りません。それに、今日のお昼は、ポロリちゃんと一緒に酢豚すぶたを作る約束をしていますから」


「そうだったんですか。妹をよろしくお願いします」


 百川さんも僕と同じように、先輩から副部長に任命されたらしい。

 料理部の部員数は管理部の3倍以上なので、サブリーダーでも大変そうだ。






「ツクネ先輩、ヨモギ先輩、よろしくお願いします!」


 数分後、僕のかわいい妹が、割烹着姿で調理室へ入って来た。


「ポロリちゃん、今日もよろしくね!」


 百川さんは、餡子を少しめただけで、だいぶ元気になったようだ。


「ほら、お兄ちゃんが餡子を作ってくれたよ!」


 望田さんに「お兄ちゃん」なんて言われると、嬉しいけど恥ずかしい。


「えへへ、お兄ちゃん、お疲れ様なの」


「ポロリちゃんが来たという事は、もうお昼か。僕に何か手伝えることはある?」


「今日は、イコ先輩も来てくれるから大丈夫だいじだよ。お部屋でネコちゃんが待っているから、お兄ちゃんは早く戻ってあげて!」


「了解。ポロリちゃんは、お仕事頑張ってね!」


「お兄ちゃんは、もう帰っちゃうの?」

「甘井さんは、もともとツクネの代わりに『午前中だけ』という約束でしたから」


「では、皆さん、お先に失礼します」


 僕は望田さんと百川さんに頭を下げ、調理室を後にした。






「ただいまー!」


 自室に戻り、部屋にいるはずのネネコさんに向けて挨拶あいさつをするが、返事はない。

 部屋に入ってもコタツには誰もいないし、ベッドの中も空だった。


 ――ネネコさんは、どこへ?


 そう思ったのは、ほんの一瞬で、僕のかわいいカノジョは、体にバスタオルを巻いた状態で、脱衣所の暖簾のれんの下から、こちらに出てきた。


「おかえり。ボク、またパンツを忘れちゃってさ」


 このような事は、今回が初めてという訳ではない。 (第134話参照)

 お姉さまに見られたら「はしたない」と注意されそうな状態だ。


「僕が代わりに取ってあげようか?」


「いいよ、自分で取るから。そんな事より、ミチノリ先輩も今の内にシャワー浴びておいたほうがよくね?」


「そうだね。調理室で汗をかいちゃったから、僕もシャワーを浴びておくよ」 


 2人で食事をする前にシャワーを浴びるなんて、ネネコさんは相当気合が入っているようだ。僕もネネコさんに失礼のないような状態にしておかなくては。






「ネネコさん、お待たせ」


 僕は下着だけ替えて、その上は制服のまま。

 ネネコさんは、ネコの着ぐるみパジャマ姿だった。


「ボクも制服の方が良かった?」

「いや、僕は、この組み合わせも、なかなかいいと思うよ」


 僕の場合、平日の昼食時は、いつも制服なので、スウェットだと違和感がある。

 ネネコさんは、着ぐるみパジャマでも、特に気にならないようだ。


「今日はロリがお昼を作るって言ってたけど、何を作ってくれるのかな?」

「今日の日替わりランチは、酢豚らしいよ」


 2人で一緒に廊下へ出ると、ネネコさんは僕の左腕に腕を絡ませてきた。

 僕に甘えているというよりは、所有権を主張しているような感じである。


 もしかしたら、僕のカノジョは目立ちたがり屋なのかもしれない。

 だとしたら、天ノ川さんの占いの通りだ。 (第176話参照)






「僕は日替わりランチにするけど、ネネコさんはどうする?」

「ミチノリ先輩が、おごってくれるの?」

「今日は、2人きりだからね」

「ありがと。じゃあ、ボクも同じのにするよ」


 券売機で食券を2枚買い、カウンターに食券を出す。

 配膳はいぜん係は、今日も笑顔のジャイコさんだ。


「ダビデ先輩、今日は、ネネコちゃんと2人なんですね?」

「はい。昨日の件は、ネネコさんに伝えて賛成してもらいましたよ」


 昨日の件と言うのは、ジャイコさんがうちに泊まりに来るという話の事である。


「ネネコちゃん、どうもありがとう。泊めてくれたら、お礼に胸を触らせてあげるから、1週間よろしくね!」


「マジ? ホントにいいの?」


「ネネコちゃんは、おっぱいが大好きなんでしょう? ミユキ先輩から聞いたよ。

 ――はい、酢豚定食大盛を2人前、お待たせしましたー!」 


 ジャイコさんはサービス精神が旺盛おうせいで、定食は今日も大盛だった。






「ミチノリ先輩、お皿をもっと、こっちに寄せてよ」


 いつものテーブルのいつもの席に座り、2人並んで食事をする。


 ネネコさんはタマネギが苦手なので、タマネギが含まれている場合は、僕の皿に載せる事が習慣になっている。


 しかし、焼肉定食や牛丼の時と違って、酢豚だと少し違和感があった。


「ネネコさんって、ニンジンやピーマンは大丈夫なの?」


「うん。どっちも好きだけど、なんで?」

「タマネギが苦手な人は、ニンジンやピーマンも苦手なんじゃないかと思って」


「そうとも限らないんじゃね? ボクは平気だし」

「いや、それならいいんだけど、ちょっと不思議だったから」


 どちらかというと、タマネギよりもニンジンやピーマンを嫌いな人のほうが多いような気がするのだが。まあいいか。


「ネギってさ、ネコが食べたら死んじゃうんでしょ?」

「え? そうなの? それは怖いね」


「ボクが、まだ小学校の低学年だった頃、担任の先生から、そう聞いたんだけど」

「まあ、先生がそうおっしゃったのなら、きっとそうなんだろうね」


「それを聞いてさ、ネギを食べるのが怖くなっちゃって……」

「なるほど。ネネコさんは、先生に脅されて暗示にかかっちゃったんだ?」


「そうなのかも。ボクは、べつにアレルギー体質ってわけでもないし」


 小さい頃に「猫がネギを食べたら死ぬ」と脅された事で、ネネコさんはネギが食べられなくなってしまったという事か。これが事実なら、笑えない話だ。


「ネネコさんは猫じゃなくて人間なんだから、死ぬことはないと思うよ。試しに食べてみれば? 口に合わなかったら、今まで通り僕が引き受けるからさ」


「もし、ボクが死んじゃったら、どうする?」


「そんな事、考えたくもないし、食べても平気だから。ピーマンもニンジンも美味おいしく食べれるなら、タマネギも、きっと美味しいと思うよ」


「ミチノリ先輩がそこまで言うなら、今から試してみるよ」


 ネネコさんは、タマネギのかけらをはしでつまみ、恐る恐る口に入れる。

 さて、どうなることやら。


「どうだった?」


「うん。食べても平気だし、肉と一緒に食べると、チョーうまいじゃん! ボク、今まで損してたかも」


「それは良かった。僕の分も分けてあげようか。『今までのお返し』って事で」


 こうして、ネネコさんはタマネギへの恐怖心を、あっさりと克服した。


 ネネコさんは暗示にかかりやすい性格のようだが、きっと、それだけ純粋な心を持っているという事なのだろう。

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