第234話 世代交代に根回しが必要らしい。

 昨日、3学期の期末試験が無事に終わった。


 学年末試験という事で採点と集計に時間が掛かるらしく、まだ結果は発表されていないが、手ごたえは十分だ。


 発表される成績は総合成績、つまり1学期からの合計だそうなので、今回の試験の結果が少々悪かったとしても、僕の学年トップは、ほぼ間違いないだろう。


 かわいい妹の喜ぶ顔と、大石おおいしさんの悔しがる顔、どちらも楽しみである。


 そして、試験休みの初日となる日曜日。

 今日は午後から管理部の送別会が行なわれる。


 集合場所は売店の奥にある部室ではなく、部長の私室である寮の305号室だ。


【305号室】

【下高 音奈】【針生  練】

【搦手 環奈】【高木 初心】


 針生はりう先輩と高木たかぎさんは、外出して部屋を空けてくれたようで、ここに集まっているのは管理部の関係者8名。正式な部員6名と協力者2名である。


 カンナさんの話によると、ここでラスボスとの最終決戦も行われるという事なので、僕はしっかりと装備を整えて、勝負に挑む事にした。 (第223話参照)


「ミチノリさん、どうして今日はメガネを掛けているのかしら?」

「今日は、これが必要なんですよ。理由は後で説明します」


 僕の左隣で正座しているリーネさんが、不思議そうに僕の顔を見上げる。


 麻雀マージャン卓を兼ねたコタツを8人で囲んで座っており、人口密度はかなり高いが、僕の隣は8人の中で最も小柄なリーネさんなので、それほど窮屈でもない。


「それでは、只今より管理部の送別会を行います。初めに部長のお言葉です。

 ――下高したたか部長、宜しくお願い致します」


 司会は、僕の正面に座る5年生の足利あしかが芽吹めぶき先輩。

 皆さん御存じの通り、管理部の副部長であり、来期の新部長だ。


 足利先輩の隣、僕の斜め前には、同じく5年生の升田ますだ知衣ちい先輩が座っている。

 升田先輩は科学部の副部長であるが、管理部の協力者でもある。


「はい。まずは、1年間ご協力ありがとうございました。私達6年生は、本日を持ちまして引退致しますので、来期に向けて、引継ぎをさせて頂きますわね」


 管理部部長の下高音奈おとな先輩は、僕の左の手前側で背筋を伸ばしている。


 その隣、左の奥側には、管理部の協力者であり、陸上部の部長である鹿跳しかばね存美ありみ先輩が座っていて、僕と目が合うと、にっこりと微笑んでくれた。


「新部長は、当初の予定通り、足利さんにお願い致しますわ」

「はい。よろしくお願いします」


 下高先輩に指名された足利先輩が頭を下げ、皆で拍手をする。


「副部長は、こちらも当初の予定通り、甘井さんにお願い致しますわ。副部長には売店の店長という役割もありますので、しっかりと後輩を指導して下さいませ」


「はい。よろしくお願いします」


 続いて僕が頭を下げ、皆が拍手をしてくれる。


 下高先輩からは、普段「ダビデさん」と呼ばれているので、「甘井さん」と呼ばれたのは、もしかしたら今日が初めてかもしれない。


「カンナは売店の副店長として、甘井さんをサポートして差し上げなさい」

「はいっ! ダビデ先輩、これからもよろしくねっ!」


 僕の右の奥側に座るカンナさんが、僕に向かって笑顔で手を振る。

 先輩方と卓を囲んでいても、カンナさんには緊張感があまりないようだ。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 僕がカンナさんに軽く頭を下げると、皆が再び拍手をしてくれた。


「さて、私達6年生が抜けると、2名欠員が出る訳ですが、根回しは既に済ませておきましたので、来年度は特に部員を募集する必要はありませんわよ」


 管理部の部員には毎月報酬が出る為、予算の都合で、正式な部員は各学年1名と決まっているらしい。


 それでは人手が足りない場合があるので、部外から協力者を2名ほど募って売店を運営しており、協力者にも報酬は支払われているそうだ。


 下高先輩に代わる正式な部員が1名と、鹿跳先輩に代わる協力者が1名必要となるが、既に根回しが済んでいるとは、どういう事だろうか。


「私の妹である浅田あさだチカナに協力を依頼済みだ。私は科学部の次期部長で、妹は広報部の部員だが、来年度は姉妹で管理部に協力させてもらうよ」


「チカナしゃんがいれば、とても頼もしいのでしゅ!」


 升田先輩の説明に、カンナさんの隣に座るアイシュさんが喜んでいる。


 浅田千奏ちかなさんは、「ダビデ先輩ファンクラブ」の会員番号4番。アイシュさんと仲の良い、あの早口の2年生だ。 (第66話、第147話参照)


「チカナちゃんも手伝ってくれるんだ? あの子もマージャン打てるの?」

「ふっふっふっ、私の妹が、カンナちゃんより弱い訳がなかろう!」


 来年度の新たなメンツとなる浅田さんは、かなりの強敵らしい。


「ここで大発表です! 来年度の新入生の中に、私の『実の妹』がいまーす!」


 根回し済のもう1名は、鹿跳先輩の実の妹だそうだ。


「えー! アリミ先輩ってレイちゃん以外にも妹がいたんですか?

 ――私達、受験生を案内したけど、全然気づかなかったよね?」


 これには、カンナさんも驚いて、僕に同意を求めている。なお、妹のレイちゃんとは、3年生の橋下麗はしもとれいさんの事だ。


「そうですよね。鹿跳先輩の妹さんなら、すぐに気付くと思いますけど」


「フランは私と6歳も離れていますし、異母姉妹なので、あまり似ていませんからね。でも、小さい頃から店の手伝いをして育ったから、きっと即戦力ですよー」


「それは、ありがたいですね。とても楽しみです」


「――という訳で、浅田チカナさんの協力と、鹿跳フランさんの入部が内定しておりますので、皆さん、管理部をよろしくお願い致しますわよ」


 下高先輩が最後を締めくくり、大きな拍手が起こる。

 これで、来年度も管理部は安泰らしい。


「来年度の新体制が決まった所で、送別会のメインイベントです。なんと! カンナちゃんが、お姉さまのオトナ先輩に、脱衣麻雀で最後の勝負を挑むそうです!」


 司会の足利先輩の発表に、さらに大きな拍手が沸き起こった。

 これは、カンナさんからの根回しで、みんな知っていたはずである。


「脱衣麻雀って、負けた人が服を脱ぐのかしら?」

「さすがリーネしゃん、しょの通りなのでしゅ!」


「ダビデ先輩、お姉さまラスボスを倒す準備は出来てる?」

「もちろんです。勝てるかどうかは、別ですけど」


「最後の姉妹対決ですかー? 面白そうですねー」

「そうです。残りのメンツはダビデさんと私です」


「部長、私達は観戦しても宜しいのでしょうか?」

「そうですね。では、観戦者の皆さんにも、一緒に参加してもらいましょうか?」


「オトナ、それは、どういう意味ですかー?」

「メンツはちょうど8人ですから、このまま4チームでいかがでしょう?」


「なるほど。オトナ先輩とアリミ先輩、メブキちゃんと私、カンナちゃんとアイシュちゃん、ダビデさんとリーネちゃんでペアを組む――という事ですね?」


「はい。チイさんの説明通りです。観戦者にも服は一緒に脱いでもらいますわよ」


 つまり、打っている人の隣に座っている人も、一緒に脱衣するという事か。

 僕にとっては嬉しいルールではあるが、はたして冷静に打てるだろうか。


「私は、それでいいですよー。オトナが負ける訳ありませんからー」

「アリミさん、勝負は時の運ですわよ。万が一、負けても恨まないで下さいね」


 鹿跳先輩は、下高先輩に全幅の信頼を寄せているようだ。


「メブキちゃんはどうだい? 嫌なら無理しなくてもいいけど」


「送別会のメインイベントで、次期部長の私が逃げ出す訳にはいきません。

 ――ところで、チーちゃんには、どのくらい勝算があるの?」


「オトナ先輩に勝つのは難しいが、メブキちゃんの為にも、精一杯頑張るよ」


 足利先輩と升田先輩も、とても仲が良いように見える。


「カンナしゃんと同じチームだなんて、不安しかないのでしゅ!」

「大丈夫だって! 私、今日は絶対に、お姉さまに勝つから!」


 アイシュさんは、カンナさんを全く信頼していないように見えるが、カンナさんは自信満々である。この2人の会話は、普段からこんな感じだ。


「リーネもそれで構わないわ。ミチノリさんが負けるはずないもの」


 健気けなげなリーネさんの言葉に、僕は感動して泣きそうになった。応援してくれるのはありがたいが、僕が負けた時にリーネさんを巻き込んでしまう訳にはいかない。


「リーネさん、とりあえず、このメガネをどうぞ」


 僕は自分で掛けていたファッションメガネを外し、リーネさんに掛けてあげた。


 このメガネは誕生日プレゼントとして升田先輩から頂いたものなので、念の為、升田先輩と目を合わせると、升田先輩は無言でうなずいてくれた。


「きゃー! リーネちゃん、意外とメガネも似合うねー!」

「ダビデしぇん輩よりも似合っているのでしゅ!」

「そうかしら? 自分では、よく分からないわ」


 カンナさん達がリーネさんに注目している中で、「ダビデさんは、後輩に優しいのですわね」と下高先輩から声を掛けられた。


 リーネさんのほうが、僕よりも着ている服の枚数が少ないと思ってメガネを渡したのだが、下高先輩には全てを見透かされているようで、少し怖い気がした。

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