コウクチ先生の裏話 その10

第228話 男は今後も二極化が進むらしい。

 月曜日の放課後。俺は自分の職場である理科準備室にこもって、学年末試験の問題を作成している。


 今年度の授業も残すところ、あと数週間。学年末試験と試験休みが終わったら、すぐに卒業式で、2年間受け持った生徒達とも、約1名を除いて、お別れである。


「せんせっ、まだ、お仕事終わらないの?」


 理科室へつながっている入口から、その約1名の生徒が、顔をのぞかせる。

 嫁の機嫌を損ねてしまうと、ろくな事がないので、仕事は一時中断だ。


「まだ終わりそうにないが、来てくれたのなら、しばらく休憩にしよう」


 俺は机に背を向けるように椅子いすを回し、嫁と向かい合う。

 3か月後に出産予定である俺の嫁は、もう誰が見ても妊婦と分かる体型だ。


 おなかと胸が大きくなっても、低い身長とツインテールの髪型に地味なセーラー服というところは変わらないので、見た目は、かなりアンバランスである。


「ふふっ、今日はミユキも一緒だけど、いい?」

「天ノ川も一緒なのか、遠慮せずに入ってくれ」

「失礼いたします」


 天ノ川は俺に頭を下げてから、嫁と一緒に俺の前にある2つの椅子に並んで腰を下ろす。嫁の胸が多少大きくなったところで、この爆乳には遠く及ばない。


 天ノ川の胸を見てしまうと、本人ではなく嫁が怒るので、視線が吸い込まれないように細心の注意が必要だ。


「はい、バレンタインのチョコ。今年は、私だけだからねっ!」

「今日はバレンタインデーだったか。ありがとな」


 嫁がくれたのは、どこにでも売っていそうな、ごく普通の板チョコだった。


 去年くれた気合の入ったチョコレートとはえらい違いだが、今は嫁と財産を共有しているので、無駄な出費は削減してくれたほうが、俺としてはありがたい。


「コウクチ先生には、私からも差し上げたいところなのですが、残念ながら、校則で禁止されていますので、ご容赦ください」


「そうだったな。去年は、ありがとな」


 去年は、この2人からだけでなく、大勢の生徒達から、信じられないほど沢山のチョコレートをもらった。俺の人生で最大のモテ期であったと言えるだろう。


 お返しに掛かった費用は約5万円で、素直に喜べなかったが、結婚した途端に、嫁からしかもらえなくなるのは、寂しい限りである。


「ミユキは、ミチノリ君にあげたんでしょ?」

「はい。甘井さんには、ルームメイトの3人で、真っ先に差し上げました」


「ミチノリ君、すごい人気だよね。去年のせんせよりも人気なんじゃない?」

「その話を俺に振られても困るが、甘井君は、今日、どのくらいもらったんだ?」


「そうですね……1年生と4年生からは、朝、教室で部屋ごとに受け取っていたようですし、3年生からは、体育の後、更衣室で一括して受け取っていたようです」


「私が、イコやサラちゃんから聞いた話だと、3年生は全員が贈ったらしいよ」


「そうでしたか。2年生と5年生からは、全員分一括して贈られる事が、事前通達されていましたから、それでしたら、おそらく6年生以外の女子全員からもらっているのではないかと思われます」


「それは、すごいな。嫁がいる俺は全くモテないのに、カノジョ持ちの甘井君が、どうしてそんなにモテるんだ?」


「せんせがチョコをもらえなくなったのは、夫以外の既婚の男性には、チョコをあげちゃダメっていう校則があるからで、モテなくなった訳じゃないからね」


「ふふふ……、優嬢ゆうじょう学園の生徒が、チョコレートを武器に本気で告白してしまったら、おそらく、男性の先生方は、ひとたまりもありませんから」


 たしかに、これは天ノ川の言う通りだ。


 サンダース先生や井手いで先生が、どんなに愛妻家であっても、うちの学園の生徒から本気で告白されたら、心は大きく揺さぶられるだろう。


 俺だって、天ノ川のような生徒に本気で迫られたら、逃げ切れる自信がない。


 オトコとは、弱い生き物だ。「既婚男性にはチョコをあげてはいけない」というルールは、より若い女性に夫を取られないようにする為のルールとしても機能し、それは、とても理にかなっていると思う。


「そうか。では、カノジョ持ちの甘井君がモテる理由を説明してくれ」


 オトコの場合、すでにカレシがいるオンナには、興味を持たない人のほうが多いような気がするが、これは何故だろうか。


「せんせは、『なぜカノジョがいるのにモテるの?』って思っているかもしれないけど、それは逆だからね。カノジョがいるからモテるんだよ」


「そうですね。男子は、男性経験のない女性を好むそうですが、女子でそんな風に考える人は、おそらく少数派でしょうね」


 なるほど。だから、オトコはモテモテと童貞の2極化が進む傾向にあるのか。

 俺も学生のうちに、もっと女性経験を積んでおくべきだったのかもしれない。


「ミチノリ君のカノジョがネネコちゃんっていうのが、すごく効いてるよね。『あんなにかわいい子がカレシに選んだんだから、いい男に違いない』って、なるし」


「妹が鬼灯ほおずきさんっていうのも、いいですよね。『あんなにかわいい子がお兄ちゃんにベッタリなのだから、甘井さんは、いい人に違いない』って、なりますよね」


「うん、それもあるね。私も昔、ポロリちゃんを見て、そう思ったもん」 

「ジャイアン先輩、……それは、どういう事なのですか?」


「あれ、ミユキには教えてなかったっけ? 私、2年生の時にポロリちゃんに初めて会ってね、大学生のカッコイイお兄ちゃんがいるっていう話を聞いていたから」


 この話は、前にも嫁から聞いた覚えがある。 (第110話参照)

 嫁の根回しは万全で、結婚前から俺の姉やめいとは、すでに仲が良かったらしい。


「それは初耳です。つまり、ぽろり食堂がコウクチ先生の家であることを、4年前から御存じだった――という事ですか?」


「ごめんね、ずっとナイショにしてて。敵を欺くには見方からって言うでしょ? せんせを他の誰かに取られたくなかったから」


 嫁がこんな風に俺を想ってくれたのは、うちのロリのお陰で、今、甘井君がモテモテになっているのも、うちのロリが甘井君に懐いているからなのか。


「ふふふ……、鬼灯さんは、まるで座敷童子ざしきわらしのようですね」


 そこに存在するだけで、まわりの人々が幸せになる。

 まさに座敷童子だ。


「まったく、その通りだな。ところで、モテモテの甘井君も、6年生からはチョコをもらっていないようだが、6年生の連中は、旦那だんな様以外には、あげないのか?」


「そう言えば、去年の6年生も、コウクチ先生にチョコを渡していなかったような気がしますが、チョコを贈ってはいけない理由でも、あるのでしょうか?」


「今更それを聞くの? それは、卒業式がホワイトデーより前だからでしょ?」


 嫁ぎ先が決まった6年生達は、俺が思っている以上にしたたかだったようだ。






 ろりねこ【アマアマ部屋のロリと猫】

  第8章 「甘々な学園生活」 完



 ご愛読ありがとうございます。

 最終章「そして、また春は訪れる」へ続きます。

 

 今後もよろしくお願い致します。

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