第227話 お返しは3倍返しが当然らしい。

 101号室のコタツを囲んで、アマアマ部屋恒例の夕食後の座談会。

 今日の話題は、明後日のバレンタインデーについてだ。


「ミチノリ先輩ってさ、バレンタインデーのチョコって、もらったことある?」

「そんなイベントが実在するなんて、僕は今まで信じてすらいなかったよ」


 コタツの中で僕のひざをつつくネネコさんからの質問に、苦笑いしながら答える。


 去年までの僕には無縁のイベントだったので、その存在すら忘れていたのだが、今年はネネコさんからチョコをもらえるのだろうか。


 売店では、チョコレートがバカ売れしているので、発注の目安として過去の販売データを調べてみたところ、去年も相当な数のチョコレートが売れていたようだ。


 男子生徒が1人もいない状況でもチョコレートが売れるという事は、おそらく、女子同士で、キャッキャウフフと楽しんで食べるのだろう。


 僕も、その輪の中に入れてもらえるのなら、是非入れてもらいたいものである。


「えへへ、お兄ちゃんへの初めてのチョコは、ポロリがプレゼントするの」


「えーっ! ロリは毎年、オナにいにあげてるって言ってたじゃん! 初めてじゃなくね? ――っていうか、初めてのチョコをあげるのって、ボクの役目じゃね?」


「ネコちゃんだって、トラちゃんに毎年あげてたんでしょう? だから、お兄ちゃんが初めての相手じゃないもん!」


「トラジには、今年から、あげないし!」

「ポロリだって、今年から、オナ兄には、あげないもん!」


 ネネコさんとポロリちゃんは、謎の理論で言い争いをしている。


 これは、いつもの事であり、決して2人が険悪であるという訳ではない。

 ケンカをするほど仲がいい――そんな感じだ。


「まあまあまあ、2人とも落ち着いて。初めてじゃなくても僕は嬉しいから、くれるならありがたく頂戴ちょうだいするよ。それに、どうせみんなで一緒に食べるんでしょ?」


「そうだよね。ミチノリ先輩は、ボク達以外からも、きっと沢山もらえるし」

「うんっ、みんなで一緒に食べようね」


「ふふふ……、そう言えば、甘井さんに、5年生の『ある先輩』からバレンタインデーに関する『お願い』があるそうなのですが、ご協力いただけますか?」


 こちらは、正面に座る天ノ川さんからの要請だ。


「はい。どんな『お願い』ですか?」


 5年生の「ある先輩」からの「お願い」という事は、何かの根回しだろうか。


「2年生達が『ダビデ先輩ファンクラブ』名義で、甘井さん宛てに全員分一括してチョコレートを贈ろうとしているらしいのですが、まずは、それについての許可が欲しいそうです」


「2年生全員から? ミチノリ先輩、モテモテじゃん!」

「お兄ちゃん、すごーい!」


「それは、もちろん構いませんよ。『無理のない範囲でお願いします』と、お伝えください」


 これが本当に2年生の総意に基づくものなら良いのだが、同調圧力に屈しただけの子が含まれているのなら、申し訳ない。


 悪く思われないように、もらったら「お返し」は全員にきっちりとしなくては。


「ふふふ……、ネネコさんの許可も取るように『お願い』されましたけど、ネネコさんも特に問題はありませんよね?」


「ミチノリ先輩にチョコレートをあげるのに、なんでボクの許可が必要なの?」


「あなたは学園の人気者である『ダビデさん』のカノジョなのですから、優嬢学園におけるスクールカーストの序列は、かなり上位であるはずです」


「ネコちゃん、すごーい!」

「マジ? ボクが上位なら、お姉さまは、さらに上じゃね?」


「そうですね。妹のカレシが『ダビデさん』ですから、立場としては、かなり優位だと言えます。だからこそ、5年生の先輩から根回しを頼まれたのでしょう」


「ミユキ先輩、すごーい!」


 スクールカーストか……、天ノ川さんに政治力があるのは、僕がネネコさんと付き合う前からのような気もするが、まあいいか。


「そこで、甘井さんへの、次の『お願い』です」

「まだ、何かあるんですか?」


「5年生の先輩方も、2年生の妹達に便乗して、全員分一括でチョコレートを贈りたいそうですので、そちらの件についても、許可が欲しいそうです」


「5年生の皆さんからも、チョコをもらえるって事ですね。承知しました」

「ネネコさんも問題はないですか?」

「みんなで食べるんなら、べつにいいんじゃね?」

「では、『ある先輩』には、そう伝えておきます」


 これで、チョコレート36個は確定らしい。

 心の準備は出来たが、まるで実感がかないのは、なぜだろうか。






 そして、バレンタインデー当日。


 朝起きると、枕元にチョコレートが3箱。

 これが記念すべき、初めてのバレンタインチョコだ。


 誰が最初に渡すか――なんてことを気にしないように、天ノ川さんがネネコさんとポロリちゃんに声を掛け、この方法にしたらしい。


 3人とも、ありがとう。




 4年生の教室では、花戸はなどさん、望田もちださん、脇谷わきたにさん、大石おおいしさん、八女やめさん、南出みないでさん、遠江とおとうみさんの7名が僕の席まで次々とやってきて、103号室から109号室まで、それぞれの部屋の4人分のチョコレートを渡してくれた。


 これで、頂いたチョコレートは、もう30個以上である。

 ピンクチーム(1年生と4年生)の皆さん、ありがとう。


 宇佐院うさいんさんからは「ちょっと、ここじゃ渡しづらいから」と言われ、102号室の分は後ほど受け取る事になった。




 4時間目には3年生と合同の体育の授業があり、終了後、カンナさんと高木たかぎさんから更衣室まで招かれ、チョコレートがどっさり入った大きな巾着きんちゃく袋を渡された。


 チョコレートは3年生全員分で、袋は高木さんの手作りらしい。


 受け取る際に、更衣室の入口付近で着替えていた柔肌やわはださんと目が合ってしまったが、柔肌さんは恥ずかしそうに僕に頭を下げてくれて、隣にいたジャイコさんも、いつもと変わらない笑顔だった。


 3年生の皆さん、ありがとう。




 放課後は管理部の部活があるので、売店で仕事をしていると、大きな紙袋を持った姉妹が訪ねてきた。


「ダビデ先輩ファンクラブ」の会長を務める、2年生の尾中おなかクルミさんと、クルミさんのお姉さまである、5年生の乙入おといりチカ先輩だ。


 天ノ川さんが言っていた「ある先輩」とは、チカ先輩の事だったらしい。


 僕が2人に頭を下げて、紙袋を受け取ると、チカ先輩から「お返しは来月でいいからね」と言われた。


 クルミさんの方は「お返しは要りませんから」と言っていたが、そういう訳にはいかないだろう。


 ブルーチーム(2年生と5年生)の皆さん、ありがとう。




 部活の休憩時間には、管理部の後輩達と一緒にチョコを食べたが、クルミさんからもらった袋の中には「チョコアイス引換券」が1枚入っており、売店の冷凍庫の中には「代済」と書かれたラベルの付いたアイスが1つだけ置かれていた。


 これは、チョコアイスを食べたかったアイシュさんが用意していたものらしく、アイシュさんは、「ダビデしぇん輩、みんなに1口ずつ分け与えるのでしゅ!」と言ってから、僕に持たせたチョコアイスを1口かじり、カンナさんとリーネさんも1口ずつかじったら、僕の分は、ほとんど残らなかった。




 部活が終わって寮に帰ると、ロビーで待ち構えていたミハルお姉さまから、高そうなチョコレートを頂いた。「お返しは3倍返し。倍返しじゃ、女子は満足しないからね」と、貴重なアドバイスまでしてくれる、素敵なお姉さまだ。


 ミハルお姉さま、ありがとう。




 自室の前では宇佐院さんが待っていて、なぜか、この前のイチゴ味のコンドームが残っているかどうか確認された。


 僕が「まだ残っていますよ」と答えると、「じゃあ、こっちのと交換して」と、イチゴ味のコンドームの箱と同じデザインで、色違いの箱を見せてくれた。


 部屋に入ってイチゴ味のコンドームを1つ用意し、宇佐院さんに渡すと、チョコレート味のコンドーム5つと交換してくれたのだが、これが102号室の4名からのプレゼントらしい。


 宇佐院さんの話によると、チョコレート味のコンドーム(1箱6個入り)を1つ取り出し、4人で味見した後、リーネさんと有馬城ありまじょうさんがイチゴ味のほうも味見したいと言い出したそうだ。


 宇佐院さんは、ネネコさんと僕の「仲良し」を何度か盗み聞きしているらしく、「今週も頑張ってね!」と意味深な応援をされてしまった。


 102号室の皆さん、ありがとう。




 アマアマ部屋では、1日で大量に集まったチョコレートを4人で食べているが、全部食べ終わるまでには、何日もかかりそうである。


 こんなに甘々な学園生活が送れるなんて、寮のみんなのお陰だ。

 生娘寮の皆さん、初めてのバレンタインデーを楽しませてくれて、ありがとう。




 しかし、お返しは3倍返しですか……。いくらなんでも、タダでこんなにチョコがもらえるなんて、おかしいとは思っていましたが、そういう事でしたか……。

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