第221話 カレシで優越感に浸れるらしい。

 3時間目の授業が終わりに近づくと、僕の前の席に座る横島よこしま黒江くろえさんが、そわそわし始める。おそらく、育児室にいるマー君の事が心配なのだろう。


 育児室には、双子の幼児と一緒に子守こもり先生か長内おさない先生がいらっしゃるはずで、先生が不在の場合は、寮の職員であるミハルお姉さまがいらっしゃるはずだ。


 もしかしたら横島さんは、マー君を長内先生かミハルお姉さまに取られてしまわないか心配なのかもしれない――というのは、僕の考え過ぎだろうか。




「お先に失礼します!」


 授業が終わると同時に、横島さんは周囲の人に頭を下げ、教室を出て行った。

 新妻にいづま先生の代役は大変だと思うが、横島さんは、実に生き生きとしている。


「クロエちゃん、最近、とっても楽しそうだよね?」


 横島さんの右隣の席に残された望田もちだよもぎさんが、斜め後ろの僕に声を掛けてきた。

 望田さんは、横島さんとは対照的に、少し寂しそうである。


「横島さんは、マー君と一緒にいるだけで、楽しくて仕方がないみたいですよ」

「いいなあ、恋人同士みたいで」

「望田さんにも、そう見えますか。本当は、母親代わりのはずなんですけど」

「ふふふ……、クロエさんの年下好きには、下限が無いようですね」


 僕の右隣に座っている天ノ川さんにも、そう見えているようだ。


「年下好きと言えば、甘井さんもですよね?」


 こちらは、天ノ川さんの右側の席から、横島さんの座っていた席に、さりげなく移動しながら会話に加わっている百川ももかわつくねさんからのご質問である。


「僕は1年生と付き合っていますけど、同年齢や年上の女性も普通に好きですよ」


 ロリコン疑惑を持たれている僕でさえ、年齢1桁ひとけたの女性は恋愛対象外だ。

 横島さんがマー君に本気で恋をしているようなら、レベルが高すぎると思う。




「天ノ川さん、そろそろ僕達も食堂へ行きましょうか?」


 しばらく4人で会話をしているうちに、もう寮の食堂が始まる時間だ。


「そうですね。ヨモギさんとツクネさんも、ご一緒にいかがですか?」

「いく、いくっ! もちろんツクネも行くよね?」

「はい。ツクネも、ご一緒させていただきます」

「ふふふ……、それでは4人で一緒に参りましょう」


 今日のお昼のお相手は、天ノ川さん、望田さん、百川さんの3名。


 両手に花どころか、1つ余るような状況だが、これは僕がモテるからではなく、単にクラスメイトが全員女子だからである。


 17名のクラスメイトの内、僕が一緒に昼食をとる頻度は、同室の天ノ川さんが抜けて高く、お互い特に用事が無い時は、いつも一緒に昼食をとっている。


 次に頻度が高いのが、おそらく109号室の横島さんと脇谷わきたにさん。

 もしくは、102号室のヨシノさんと宇佐院うさいんさんだろう。


 続いて、105号室の花戸はなどさんと馬場ばばさんだが、3学期になってからは、教室で席が近い望田さん、百川さんと一緒の事も多い。この2人は共に107号室だ。


 103号室の大石おおいしさん、栗林くりばやしさんと食事をしたのは、ほんの数回くらいで、その他の部屋――104号室、106号室、108号室――の方々とは、残念ながら、まだ一緒に食事をしたことがない。




「ミチノリ先輩!」

「あら、甘井さんのカノジョが来たみたいですよ」


 百川さんを先頭に、4人で4年生の教室を出たところで、めずらしくネネコさんから声を掛けられた。


 昼食時のネネコさんは、1年生の教室で友達と、おにぎりやサンドイッチを食べている事が多く、それは、僕と付き合い始めてからも特に変わらない。


 今日は何かあったのだろうか。


「お姉さま、ちょっとミチノリ先輩を借りていい?」

「ふふふ……、甘井さんはあなたのカレシなのですから、私の許可は不要ですよ」

「じゃ、ちょっと借りていくね」


 ネネコさんは僕と腕を組み、有無を言わさずにそのまま身柄を拘束する。

 僕に拒否権はないらしい。もちろん拒否するつもりなどないが。


「いいなあ、恋人同士みたいで」

「すみません。『みたい』じゃなくて、ホントにそうなんです……」


 僕は望田さんに頭を下げて、4年生のパーティーから離脱。

 ネネコさんに1年生の教室まで連行されることになった。




「ネネコさん、今日はどうしたの?」

「ミチノリ先輩、昨日の夜、椎名しいな若杉わかすぎとチューしたってホントなの?」

「あー、あれね。唇はつけていないから、チューではないと思うけど」

「だよね? ――っていうか、あの2人に何したの?」


「2人のお姉さま方に、縁結びの儀式が終わらないから、手伝ってあげてくれって言われて、食べきれなかった分を僕が引き継いで食べてあげただけなんだけど」


「そっか。ミチノリ先輩は、やっぱ1本じゃ足りなかったか」


「そうそう、僕も、ちょうど小腹が空いちゃって。恵方巻は1人2本だったのに、僕は1本しか食べて行かなかったから」


「ごめん。ミチノリ先輩の分は、ボクが食べちゃった」

「僕が残した分は、ネネコさんが食べてくれたんだ。ありがとう」

「でも、女の子が1人で3本も食べたら太っちゃうじゃん!」


「あははは、ネネコさんは細すぎるくらいだから多少太っても問題ないと思うよ。ところで、このまま1年生の教室に入るのは、ちょっと恥ずかしくない?」


「そうだけどさ、一応ボクがカノジョである事を主張しなきゃいけないから」

「校内新聞の1面を飾った時点で、いまさらな気もするけど……」

「たまには、少しくらい自慢させてくれたってよくね?」

「もちろん、ネネコさんが恥ずかしくないなら、僕は全然構わないよ」


 ――とは言ったものの、このまま1年生の教室に入るという事は、カレシのいない1年生達をあおることにはならないだろうか。


 ネネコさんが喜んでくれるのなら本望だが、そのせいでネネコさんが反感を買ってしまうようなら本末転倒だ。




「キャー! 見て、見て、ポロリちゃんのお兄さまと蟻塚ありづかが腕を組んでるよ!」

「えへへ、お兄ちゃんとネコちゃんは、いつも、とっても仲良しなの」

「そうよね。やっぱり、ネコさんとミチノリさんは、すごくお似合いよね」

「そうかな? 私は蟻塚よりもポロリちゃんのほうが、お似合いだと思うけど」


 1年生の教室に入ると、入口付近では、有馬城ありまじょうさんとポロリちゃんとリーネさんが、3人で会話をしながら、こちらに手を振ってくれている。




「すごーい! ネコって、ホントにダビデ先輩と付き合ってたんだ?」

「元カノの私が、ダビデ先輩はネコのカレシだって、ずっと言ってたっしょ?」

「でも、2人が教室で腕を組んでいるところなんて、初めて見たよ」

「やっぱ、私達もカレシ欲しいよねー? ワカちゃんはどう思う?」

「そんな事、私に聞かないでよー。欲しいに決まっているけど」


 教室の中ほど、窓側には、菊名きくなさん、リボンさん、菅江すがえさん、永井ながいさんの4名。

 105号室と106号室の1年生同士は、仲が良いようだ。




「お待たせ! ミチノリ先輩を連れて来たよ」


 そして、僕が連れて来られたのは、教室の後方、廊下側。

 ネネコさんを待っていたのは、108号室の椎名さんと若杉さんだった。


「椎名さん、若杉さん、昨日はどうも」


「うわっ! 蟻塚、マジで教室までダビデ先輩を連れて来ちゃったよ」

「うそっ! どーしよ。ホントに私達も一緒にお昼を食べていいの?」

「ミチノリ先輩は、ボクのカレシなんだから、そんなの当然じゃん!」


 ネネコさんは、誇らしげな顔で、待たせていた2人に僕を紹介する。

 カレシを連れて来たという事で、完全に優越感に浸っている感じだ。


 どういう経緯でこうなったのか、よく分からないが、僕は1歩引いたところから慎重に見守ってあげるべきだろう。


「じゃあ、ボクがここで、ミチノリ先輩はこっちの席ね」


 4つの机を合わせた大きなテーブルに、食堂と同じように4人で座る。

 僕の正面が若杉さん、左斜め前が椎名さん、そしてネネコさんが左隣だ。


 4年生の3名と一緒にお昼を食べるはずだった僕は、きまぐれなカノジョの誘いで、カノジョを含む1年生の3名と一緒にお昼を食べることになったのである。

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