第209話 説明に天狗のお面が必要らしい。

 アマアマ部屋のコタツでは、引き続き午後のお茶会が開催されている。


 僕の正面で肩を並べている鮫田さめださんとリーネさんは、僕への質問を交えながら、会話を楽しんでいて、お菓子を食べる事には飽きてきたようだ。


 右に座る熊谷くまがいさんは、会話に「うん、うん」とうなずきながら、幸せそうにお菓子を頬張ほおばっており、その笑顔を見ているだけでも幸せになれそうな、温かい雰囲気だ。


 左に座る有馬城ありまじょうさんは、お菓子よりも背後に設置されている乗馬マシンのほうが気になるらしく、会話の合間にチラチラとマシンを見ている。


 今日の目的は、お茶会ではなく乗馬マシンの使用なのだから、それも当然か。


「有馬城さん、そろそろ乗ってみますか?」

「はい! クマちゃんがお菓子を食べているうちに、私からお願いします!」


 僕が声を掛けると、有馬城さんは、待ってましたとばかりに立ち上がり、その場でジャージを脱ぐ。


 僕も立ち上がって、有馬城さんから脱いだジャージを預かる。


 鮫田さんとリーネさんは拍手と声援。

 熊谷さんは、お菓子を頬張りながら、笑顔で見守っている。


「特に難しい事はないですから、そのまま座ってみて下さい」

「はい」


 有馬城さんは、緊張した表情で、ゆっくりと乗馬マシンに腰を下ろした。


「座ったら、後はこのボタンを押すだけです。速さは5段階あって、遅い方から、ウォーク、トロット、キャンター、ギャロップ。最後の『ロデオ』は、しっかりと捕まっていないと振り落とされますから、気を付けて下さい」


 ちなみに、僕が先日、ネネコさんに抱き着いたまま「お漏らし」してしまった時の馬の動きが、ギャロップだ。 (第205話参照)


 天ノ川さんから聞いた話によると、ギャロップとは競走馬の全力疾走を表す言葉で、馬術では基本キャンターまでらしい。


 なお、競走馬の騎手は腰を浮かせて馬に乗る為、股間こかんへの刺激は無いそうだ。


「サクラちゃん、がんばれー」


 鮫田さんの声援を受け、有馬城さんがマシンのスイッチをオンにする。

 乗馬マシンは起動し、有馬城さんの体が、ゆっくりと前後に揺れ始めた。


 ――ゆっさ、ゆっさ。

 ――ゆっさ、ゆっさ。


「これ、思ったより揺れますね」


 ――ゆっさ、ゆっさ。

 ――ゆっさ、ゆっさ。


「その調子で、頑張って下さい」


 ――ゆっさ、ゆっさ。

 ――ゆっさ、ゆっさ。


 天ノ川さんほどではないにせよ、これは健康な男子にとっては目の毒だ。

 おっぱいの揺れはもちろんの事、開脚状態の腰の動きが、実にエロい。




「はいっ!」


 今まで、ほぼ無言でお菓子を食べていた熊谷さんが、さっと右手を挙げた。


「熊谷さん、何か、ご質問ですか?」

「これって、体重制限とかありますか?」


「はい。使用できる上限は、体重100キロまでだそうです。合わせて100キロ以内であれば、2人乗りも可能です」


「ネコさんやポロリちゃんは、いつもミチノリさんと一緒に乗っているのよね?」


 リーネさんには、全ての機密情報が流出している気がするが、まあ仕方がない。


「2人で乗れるの? 面白そう!」


 鮫田さんは、あまり物事を深く考えないタイプらしい。


「私と一緒は、無理ですよね?」


 熊谷さんは、もしかして、僕と一緒に乗るつもりだったのだろうか。それとも、僕をからかっているだけなのだろうか。どちらにせよ、おそらく重量オーバーだ。


「僕の体重は54キロですから、46キロ以下の人でしたら一緒に乗れますけど、やめておいた方がいいと思いますよ」


「はい。やめておきます」


 熊谷さんは即答だった。




「クマちゃん、そろそろ替わる?」

「うん!」


 有馬城さんの呼びかけに、熊谷さんが立ち上がり、騎手を交代する。

 僕は有馬城さんに、預かっていたジャージを返す。


「クマちゃん、がんばれー」


 鮫田さんの声援を受けた熊谷さんがマシンに座り、スイッチをオンにする。

 乗馬マシンは起動し、熊谷さんの体が、ゆっくりと前後に揺れ始めた。 


 ――ゆっさ、ゆっさ。

 ――ゆっさ、ゆっさ。


 熊谷さんは、無言だが、とても楽しそうな笑顔だ。


 ――ゆっさ、ゆっさ。

 ――ゆっさ、ゆっさ。


「いかがですか?」


 ――ゆっさ、ゆっさ。

 ――ゆっさ、ゆっさ。


「お尻が気持ちいいです」


 ――ゆっさ、ゆっさ。

 ――ゆっさ、ゆっさ。


 上下に揺れるおっぱい。前後に揺れるお尻。

 どちらも、まだ13歳とは思えない大迫力だ。


 ――ゆっさ、ゆっさ。

 ――ゆっさ、ゆっさ。


 熊谷さんが通販のモデルだったら、この商品の売り上げが倍増しそうである。




 ――トントントン。


 熊谷さんの騎乗を見守りながら雑談を続けていると、さらに来客があった。


「ダビデ先輩、私達の他にも、まだ誰か来る予定でしたか?」

「いや、何も聞いていませんけど」


 というか、僕は鮫田さんが来る事すら、聞いてなかったのですが。


「いったい誰かしら? リーネが見て来てあげるわ」


 リーネさんは、「はーい!」と返事をしながら、小走りに部屋の入口へ向かう。

 そして、直ぐに戻って来た。


「ミチノリさん、大変! 新妻にいづま先生がいらっしゃったわ!」

「え? 僕に何の用だろう?」


 僕だけしかいなかった部屋に1年生を4名ほど招いてはいますが、これは結果的にそうなってしまっただけで、寮の風紀を乱している訳ではありません。


 かわいい1年生を集めて「ハーレムを作ろう」だなんて思っておりませんし、僕にはネネコさんという、かわいいカノジョがいます。


 やましい考えが一切ないという訳でもありませんが、それは、あくまでも思想の自由の範囲内でありまして……言い訳は、いろいろあるので、とにかく急ごう。




「甘井さん、お楽しみのところ、ごめんなさい。これを渡しておこうと思って」


 新妻先生が僕に渡してくれたものは、真っ赤な顔をした天狗てんぐのお面だった。


「――?」


 どうして、こんなものを担任の先生が、わざわざ持って来てくれたのだろう。


「今日、長内おさない先生にコンドームの使い方を説明してあげるのでしょ? もしかして『本物のエクスカリバー』を使って説明するつもりだったの?」


「――あっ! そういう事でしたか」


 つまり、この鼻を代わりに使えという事か。


「この体だと、3階まで上がって、下りてくるのが大変なのよ。私は、もう使ってないから、甘井さんから長内先生にプレゼントしてあげて」


 使ってない? 「飾ってない」の間違いではないですか? まあいいか。


「分かりました。お預かり致します」


「ところで、赤ちゃんの名前は考えてくれた?」


 新妻先生は、もうすぐ生まれてくる女の子の名前を募集中で、先生の希望される名前の条件は、漢字1文字で読みが3文字との事だった。 (第202話参照)


「はい。『しあわせ』と書いてミユキさんというお名前は、いかがでしょう?」 


「天ノ川さんと同じ名前なの?」

「実は天ノ川さん本人の発案で、僕は、それを推薦する立場ですけど」


「上がミャーちゃんで、下がミューちゃんって訳ね」

「そうですね」


 もうすぐお姉ちゃんになるミヤビちゃんは、まだ自分の名前を「ミヤビ」と発音できず、何度聞いても「ミャービ」としか聞こえない。


 その為、寮のみんなからは「ミャーちゃん」と呼ばれるようになってしまった。

「ミャーちゃん」と「ミューちゃん」なら、たしかに姉妹っぽい気がする。


「前向きに検討させてもらうわね。それじゃ、ごきげんよう」

「ごきげんよう」


 僕は頭を下げて、お腹の大きな新妻先生を見送った。




「リーネちゃん! こっちに、ハダカの絵が2枚も飾ってあるよ!」


 リビングに戻ると、乗馬マシンにもコタツにも誰もおらず、4人とも鮫田さんの呼びかけに応じて、部屋の奥にある僕のベッドの近くに集まっていた。


「ミチノリさんの趣味かしら? 2枚とも上手な絵ね」

「私も、このくらい絵が上手になりたいなー。その前に、このくらいせたい」

「うん、うん」


 有馬城さんの感想に、同じ美術部員の熊谷さんが同意している。


 しかし、僕の基準では、2人とも太っているようには見えないし、絵のモデルになっている柔肌やわはださんと影口かげぐち先輩が、特に痩せているという訳でもない。


 有馬城さん達が、他の1年生達よりも少し成長が早いというだけの話である。


「サクラちゃん、絵のモデルは3年生のサラ先輩と、5年生のユウナ先輩よね?」


「そうだよ。サラ先輩の絵はモエ先輩が描いた絵だけど、ユウナ先輩の絵は、誰が描いたんだろう? クマちゃんは知ってる?」


「それは、きっと、部長さん! ――ですよね?」


 熊谷さんは、急に振り返って、僕に確認をとる。

 僕が戻って来たことが、気配で分かったのだろうか。


「よく分かりましたね。熊谷さん、正解です」


「実は私、部長さんが、この絵を渡すところを、こっそり見ていましたから」

「そうでしたか」


 あの時は、美術部員のみなさんに、僕の体をじっくりと観察されてしまった。

 思い返すだけでも恥ずかしい。 (第161話参照)


「ダビデ先輩っ⁉ そ、そ、そ、それは、いったい何ですか?」

「えっ? あー、これは天狗のお面ですけど、鮫田さんは見た事ないですか?」


「このお面、生娘祭で見たマツタケの絵に、鼻の形がそっくりだわ」

「リーネちゃん、お兄さまのお鼻は、色まで似ていらっしゃいましたよ」

「うん、うん」

「いや、僕の鼻は、ここまで赤くないですよ」


「わ、わ、わ、私には、何の話だか、さっぱり分からないよ!」

「コイちゃん、ミチノリさんの前だからって、知らない振りをしても仕方ないわ」

「もう、いまさら気を遣ってもらう必要もないですからね」

「お兄さまのお鼻は、真横ではなく、もっと、上を向いていらっしゃいました」

「うん、うん」


 4人とも、天狗の鼻には、とても興味があるようだ。

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