第208話 お嬢様方は馬に乗りたいらしい。

 金曜日の夜、夕食を済ませたアマアマ部屋の4名は、いつものように、コタツを囲んで団欒だんらんの時を過ごしていた。


 僕の正面には、背筋をしっかりと伸ばし、正座してお茶を飲む天ノ川さん。


 左側には、女の子座りで笑顔を振りまいているポロリちゃんがいて、右側では、ネネコさんが両手を後ろについて脚をコタツの中に伸ばしている。


 今日の話題は、先日、部屋に運び込んだ「乗馬マシン」の件である。


「お姉さま、アルマジロが、馬に乗りたがってるみたいなんだけど、明日あした、乗せてあげてもいい?」


「ふふふ……、お隣の有馬城ありまじょうさんですね。ご自由に使って頂いて構いませんよ」


 ネネコさんの話によると、102号室の有馬城さんが、乗馬マシンに乗りたがっているらしい。


 101号室に乗馬マシンがあるといううわさは、ネネコさん自身によって、1年生達の間で広められているようだ。


 有馬城さんは、少しふっくらとした感じのお嬢様だが、春と比べて身長も伸び、今では、お姉さまである宇佐院うさいんさんよりも、だいぶ体が大きくなっている。


「ミユキ先輩、あのね、サクラちゃんだけじゃなくて、クマちゃんも乗りたがっているみたいなの」


「ふふふ……、熊谷くまがいさんも、ですか? もちろん構いませんよ」


 ポロリちゃんの話によると、103号室の熊谷さんも乗りたがっているらしい。


 熊谷さんは、1年生としては、かなり大柄なお嬢様で、身長も大間おおまさんに次いで2番目に高く、ネネコさんの見立てでは、1年生の中で最もおっぱいが大きい。


 この件に関しては僕も全く同じ見解だが、これは決して、ネネコさん以外の女子の胸に興味を示しているという訳ではなく、客観的な事実を述べただけである。


「ミチノリ先輩は、明日ヒマなの?」


「そうだね。明日は夕方の5時から予定が入っているけど、それ以外は今のところ特に無いよ」


「じゃあさ、アルマジロ達を明日の2時に呼ぶ事にするから、よろしくね」

「了解。それまでに、部屋を少し掃除しておくよ」


 明日は久しぶりに来客があるのか。


 101号室の中は日頃から整理整頓されており、見られても問題ない状態ではあるが、来客があるというのなら、部屋をいつも以上に綺麗きれいにしておくべきだろう。






 ――そして、次の日の午後。


「甘井さん、私は部活がありますので、部屋の事は、お任せいたします」

「了解しました」


「それでは、行って参ります。有馬城さん達には、よろしくお伝えください」

「はい。いってらっしゃい」


 一緒に昼食をとった天ノ川さんは、101号室の洗面所で歯を磨いた後、簡単に机の周りの掃除を済ませ、制服姿のまま部屋を出てしまった。


 部屋に残された僕は、脱衣所に干してあった4人分の洗濯物を取り込み、続いて床をフローリングワイパーで掃除してから、1年生達の到着を待つ。




 ――トントントン。


 しばらくして、ドアをノックする音が聞こえた。


「ごめんくださーい!」


 この聞き慣れた少し幼い感じの声は、お隣102号室の住人であり管理部の後輩であるリーネさんだ。


 僕は、すぐに部屋のドアを開けて、廊下を確認する。


 そこに立っていたのは、箱入りのお菓子を持ったリーネさんと、袋入りのお菓子を持った有馬城さんだった。


「ポロリちゃんのお兄さま、ごきげんよう」


 有馬城さんは学園指定のジャージ姿で、お下げの髪が良く似合っている。


「有馬城さん、ごきげんよう。リーネさんと、ご一緒でしたか」

「リーネは、サクラちゃんに付いて来ただけよ。迷惑だったかしら?」


 リーネさんは制服姿で、髪型は今日も前髪パッツンのロングストレートだ。


「そんなことは、全然ないですよ。まだ、うちの『ロリ猫コンビ』は部屋に戻っていませんけど、どうぞお入りください」


「お邪魔しまーす」

「お邪魔しまーす」


 とりあえず、2人をリビングに案内し、3人でコタツを囲む。

 僕はいつもの廊下側の席で、正面にリーネさん、左に有馬城さんだ。


「ネネコさんからは『2時に有馬城さん達が来る』としか聞いてないのですけど、ネネコさんは何か言っていましたか?」


蟻塚ありづかは部活だそうです。『お姉さまの許可は取ったので、乗馬マシンは、自由に使っていいよ』と言われました」


 もしかして、ネネコさんは友達を呼んでおいて、おもてなし役は、最初から僕に丸投げするつもりだったのだろうか。


「そうでしたか。天ノ川さんからは『有馬城さん達によろしく』と言われました」


「リーネは、ポロリちゃんから伝言を預かったわ。『5時までには戻るから、お兄ちゃんは、みんなと仲良くしてあげてね』ですって」


「『みんな』っていうのは、リーネさんと有馬城さんの事ですか?」

「クマちゃんも、私と一緒に部活をサボりましたので、もうすぐ来るはずです」


「え? 有馬城さんと熊谷さんは、ここに来るために部活をサボったのですか?」

「はい。お兄さまのおっしゃる通りです」

「ミチノリさんもリーネも、似たようなものじゃない」

「あははは、それもそうですね」


 美術部も管理部と同じで、団体行動が必須ではなく、結構融通が利くようだ。

 陸上部と料理部は、仲間意識が強く、比較的真面目な人が多いような気がする。


 科学部は、かなり緩そうな感じだったが、天ノ川さんは、1年生達と遊ぶより、ジャイアン先輩と一緒にいる方が楽しいのだろう。




「――ダビデせんぱーい! いらっしゃいますかー?」


 今度は廊下から甲高い声が聞こえる。

 どこかで聞いた声だが、これは熊谷さんの声ではなさそうだ。


「クマちゃん達が来たみたいですね」

「『クマちゃん達』というのは?」

「あの声は、コイちゃんだわ。きっとクマちゃんに付いてきたのね」

「あー、今の声は、鮫田さめださんの声でしたか」


 鮫田さんは、熊谷さんのルームメイトだ。

 僕は急いで部屋のドアを開け、103号室の2人を招き入れる。


「鮫田さん、熊谷さん、いらっしゃい。どうぞ、お入りください」

「やった! 潜入成功だよっ!」


 鮫田さんは制服姿で、袋に入った焼き菓子を持っている。


「お邪魔します」


 熊谷さんは、下だけジャージの体操着姿で、水筒を肩から斜めに下げていた。


 スポーツブラがうっすらと透けて見える、素晴らしいπ/パイスラッシュだ。

 これは個人の感想ではなく、誰が見てもそう思うであろう客観的事実である。


 2人をリビングに案内すると、僕を含めて人数は5人。

 小さなコタツは定員4名なので、僕は立ったままで2人にコタツを譲る。


「リーネちゃん、私は、ここにするね!」

「そうね、リーネもそれがいいと思うわ」


 すると、鮫田さんはリーネさんと肩を並べて同じ場所に座り、リーネさんも当然のように、それに応じる。これは、小柄な2人が僕の席を空けてくれたのである。


 熊谷さんは、普段ネネコさんが座っている場所で、持っている水筒を僕に見せてニッコリと笑っている。これは、カップを用意して欲しいという事だろう。


 僕がティーカップを5つ用意し、コタツのテーブルの上に並べると、熊谷さんがカップに紅茶を注ぎ、残る3人が持参したお菓子をテーブルの上に広げる。


「さあ、お兄さまも座って下さい」

「まずは、お茶会からなんですね。よろしくお願いします」


 有馬城さんに促され、僕は普段自分が座っている場所に腰を下ろす。

 おもてなし役だったはずの僕が、逆におもてなしをされてしまっている。


 コミュニケーション能力は1年生のお嬢様方のほうが、僕よりも圧倒的に高く、ただただ感心するばかりだ。


「それでは、アマアマ部屋をお借りして、5人で午後のお茶会を開催します!」

「いただきまーす!」


「僕も、頂きます。――これは美味しいですね。鮫田さんの手作りですか?」

「はい! 生娘祭で評判が良かったので、また作ってみました!」


「コイちゃんは、お菓子を作るのが、とっても上手よね。生娘祭の時は、ニータンもシロタンも大喜びだったわ」


 鮫田さんの焼いたクッキーは、僕がリーネさんと一緒に案内した2人の小学生にも好評だった。 (第165話参照)


「そうでしたね。あの2人も、もうすぐ入学試験ですね」

「2人とも合格できるといいわね」


 入学試験までは、あと2週間ほど。入学式までは、あと3か月も無い。

 本当にあっという間だ。


「サクラちゃんも、もっと食べていいのにー」

「私はもういいよ。クマちゃんと私は、やせる為に来たんだから……」


 有馬城さんは鮫田さんの勧めを断っているようだが、熊谷さんは甘いものに目が無いようで、嬉しそうにお菓子を食べ続けている。


 これが、大きなおっぱいを育てる秘訣に違いない。




「ダビデ先輩は、身長何センチですか?」


 これは、鮫田さんからの質問だ。


「お陰様で、春より8センチ伸びて、火曜日の健康診断では168センチでした」

「すごーい! ナコちゃんと同じくらいかなー?」


「大間さんには、追いつきたいところですけど、残念ながら、まだ少し足りてないみたいです。鮫田さんは何センチですか?」


「私は148センチです。背の順だと真ん中かちょっと前くらいかな?」

「僕とは、ちょうど20センチ差ですね」 


 1年生は身長150センチ弱くらいの子が最も多いようで、ネネコさんを始め、磯辺いそべさん、小笠原おがさわらさん、菊名きくなさん、――この辺りは、ほとんど差が無い感じだ。


「リーネは143センチよ。背の順に並ぶとポロリちゃんの次ね」


 リーネさんは、入学時はネネコさんと同じくらいの身長だったはずだが、ネネコさんに置いて行かれたような形で、リーネさん自身は、ほとんど変わっていない。


「私は157センチで、後ろから3番目です」


 有馬城さんは、高校生女子の平均身長くらいで、1年生では3番目に背が高い。


「私は、ぴったり160センチです」


 そして、指を2本立てている熊谷さんは、大間さんに次いで2番目に高身長だ。


 僕の身長が160センチを超えたのは高校生になってからで、中学1年生の頃は140センチをやっと超えたくらいだったと記憶している。


 僕が、もし今の1年生と同学年だったとしたら、鮫田さんどころか、リーネさんに勝てるかどうかも怪しかっただろう。


 こんなに背の高い熊谷さんに、身長で勝てるなんて。

 僕は3つ上の学年で、本当に良かったと思う。

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