第201話 最初の印象は極めて重要らしい。

 寮の玄関を出て校舎に向かうと、前方に105号室の2名が、ゆっくりと並んで歩いている後ろ姿が見えた。


 2人ともタイツ派なので、スカートの下は黒い脚。2人のお尻の大きさは同じくらいで、脚は花戸はなどさんのほうが、馬場ばばさんより、やや細めに見える。


 こうやって、背後から、お嬢様方のお尻や脚を観察してしまうのは悪い癖だが、おそらく、これはオトコの本能である。


「ダビデ君、おはよーん!」

「ダビデさん、おはよっ!」


 観察を続けていると、昇降口で追いつき、2人から先に挨拶あいさつされてしまった。


「おはようございます。今日も寒いですね」


「そうかなー? ダビデ君は、髪を切ったばっかりだからじゃない?」

「よく似合っているけど、ちょっと、寒そうだよね」


「あははは、そうかもしれませんね」


「今日は、ミユキちゃんと一緒じゃないの?」

「天ノ川さんは『宇宙と交信中』なので、席替えには不参加だそうです」


 花戸さんは、2年生の時に天ノ川さんと同じ部屋だったそうで「宇宙との交信」が何を意味するのかは、僕よりも良く知っているはずだ。


「それなら、しょーがないか。じゃあ、3人で一緒に行こっ!」

「はい。教室まで一緒に行きましょう」


 僕は、花戸さんと馬場さんの後に続くような感じで、隊列に加わる。

 こんな時、女子3人の場合は「3人横並び」が多い気がする。


「ミユキさん、健康診断までに間に合うといいね」

「そうですね。もし間に合わないと、どうなるんですか?」


 馬場さんも状況を理解してくれているようなので、ついでに質問してみた。


「間に合わなかったら2週間後に再検査だけど、生理中の子は、尿検査も含めて、みんな再検査だから、そんなに心配しなくても平気だよ」


 ルームメイト達から聞いた話によると、女子の生理というのは、月に1回くらいの周期で3日から7日くらい続くらしい。


 30日のうち5日間が生理中だとすると、約6分の1の確率で生理中という事になり、今日もクラスで3人くらいは生理中の人がいるという事になる。


「みなさん、いろいろと大変なんですね」


 体はどこも悪くないのに、運が悪いと検便も検尿も再検査で、そんな不条理が当たり前だなんて……。こういう話を聞くと、僕は本当にオトコで良かったと思う。






「ミサちゃん、おはよーん!」

「ミサちゃん、おはよっ!」


 4年生の教室に到着し、隣の席の大石おおいしさんに挨拶しようとしたところ、同行していた105号室の2人に先を越されてしまった。


「大石さん、おはようございます」

「おはよ……陛下には1年生のカノジョがいるのに、なんで『両手に花』なの?」


 大石さんは自分の席で腕を組んで僕をにらんでいる。

 今日は、かなり不機嫌なようだ。


「そうじゃなくてー、ダビデ君とは、たまたま一緒だっただけだよ」

「そうそう、ミユキさんがお休みで、ダビデさんは1人だったから」


 花戸さんが自分の席に座り、馬場さんは天ノ川さんの席に座る。

 花戸さんの席は大石さんの後ろの席で、天ノ川さんの席は、僕の後ろの席だ。


「2人の言う通りですよ」


 最後に、僕も自分の席に腰を下ろし、大石さんの方に体を向ける。


 2学期はずっと大石さんの隣の席で、僕が両手を骨折していた時には大変お世話になった。


 大石さんが不機嫌そうに見えるのは、おそらく「負けたら悔しがるのが礼儀」という信念に基づいた結果で、学年1位が取れなかった事が悔しかったのだろう。


「ふーん、ミユキさんもお休みなのか……みんな苦労しているのね」

「ミユキさんも――って、他にも誰か休んでいるのですか?」

「クロエさんも、まだ来てないでしょ?」


 大石さんが指差したのは、僕の右隣の席だった。


横島よこしまさんも欠席でしたか」


 もしかして、横島さんも「宇宙との交信」が途絶えているのだろうか。

 クラスメイト達が困っているというのに、僕には祈ることしかできない。


 天ノ川さんと横島さんに、ブリットナー星からの電波が届きますように――。






「それでは席替えを開始します。みなさん、席を開けて後ろに集まって下さい」


 いつものように、ヨシノさんの合図で、全員教室の後方に移動する。

 席替えは、これで4回目だ。 (第79話、第127話、第157話参照)


「それでは、学年トップの甘井ミチノリさんから、どうぞ!」


 教室に黄色い歓声と拍手が沸き起こり、クラスメイト達から祝福される。

 やはり、学年トップというのはいいものだ。オトコは2位じゃダメなんです。


「はい。僕は、この席がいいです」


 今回、僕が選んだのは、後列の左端。

 クラスに馴染なじめた実感はあるので、素直に座りたい席を選ぶことにした。

 

「続いて、学年2位の天ノ川ミユキさんですが、今日は欠席という事で、101号室の甘井ミチノリさんが伝言を預かっているそうです。――どうぞ!」


「天ノ川さんは、こちら席がいいそうです」


 僕は、自分の選んだ席の隣の席――後列の左から2番目――を示す。


 天ノ川さんから預かった伝言は「私の希望する席は、甘井さんの隣です」だが、それをみんなの前で言うのはどうかと思い、席を指定することにした。


 それでも、少しクラスメイト達がどよめいたが、すぐに治まった。


「続いて、学年3位! 大石ミサさん、どうぞ!」

「じゃあ、私はここ」


 大石さんが選んだ席は、前列の右から3番目。今まで僕が座っていた席だ。


 成績上位者は、好きな席を選ぶことが出来るのだが、同じ席を続けて選ばないという暗黙のルールがあるらしく、今回は1つだけ右にずれたようだ。


「続いて、学年4位の横島クロエさんですが、今日は欠席という事で、109号室の脇谷わきたにモエさんが伝言を預かっているそうです。――どうぞ!」


「クロエさんは、『甘井さんの近くがいい』って言ってたから、ここかな?」


 脇谷さんは、僕の選んだ席の前の席――中列の左端――を示す。

 教室は再び、どよめきに包まれたが、こちらもすぐに治まった。


「残りはくじ引きです。引きたい人からどうぞ!」


 僕は、後列左端の自分の席で待機。

 脇谷さんが横島さんの代わりに僕の前の席に座り、こちらに振り返った。


「ミユキさんも『宇宙からの交信』が途絶えちゃったの?」

「ミユキさんも――って事は、やっぱり横島さんもそうなんですね?」

「そうみたいだよ。『4年生太り』が原因なんじゃないかな?」


「『4年生太り』ですか……」


 生娘寮では、4年生になると部屋が3階から1階に下りる為、4年生は他の学年の生徒達よりも運動不足になりがちで、太りやすいと言われている。


 1年生の場合、1階に住んでいても、まだ身長が伸びる可能性があるが、4年生になると身長の伸びはストップし、後は横にしか成長しないらしい。


「2人とも、太っているようには全然見えませんけど……」

「それがさ、脱ぐとそうでもなかったりするんだよ」


 天ノ川さんのおっぱいは、何度か拝見した事もあり、何度見てもいいものだ。

 横島さんも、天ノ川さんほどではないにせよ、クラスでは平均以上だろう。

 

「やめてくださいよ。つい想像しちゃうじゃないですか」

「あははは、ところで、ダビデ君って、クロエさんの事どう思ってるの?」


「そうですね……大人しくて家庭的な感じで。生娘祭の時に一緒に遊んだ事もありますし、席替えでは常に僕の近くの席を選んでくれてますから、好印象ですよ」


 横島さんがショタコンであることは、僕にとってはどうでもいい事だし、僕もクラスメイト達からはロリコンだと思われているかもしれないので、お互い様だ。


「それなら良かったよ。ダビデ君が迷惑だったら、私のせいでもあるから」

「えーと、横島さんが僕の近くの席を選ぶのは、脇谷さんのせいなんですか?」


「多分そうだと思う。クロエさんは4月生まれなんだけど、お誕生日のプレゼントに、私が『あの絵』をプレゼントしてあげて……」


「『あの絵』って、もしかして……」

「そう。優嬢ゆうじょう新聞の1面に載せてもらったやつね」


 影口かげぐち先輩が「ヤバイよね。ダビデ君、マジ包茎ダビデ!」と言っていた、あの時の記憶がよみがえった。 (第21話参照) 


「それで、その後どうなったんですか?」


「クロエさんがあんなに喜んでくれるとは思わなかったよ。ハテナやガジュちゃんも感動してくれて、それ以来、あの絵は109号室にずっと飾りっぱなしだよ」


 それで、あのとき小笠原おがさわらさんから握手を求められたのか。 (第38話参照)


「つまり、僕が109号室のみなさんと仲良くなれたのは、全部、脇谷さんのお陰だったんですね。今更ですが、ありがとうございます」


 横島さんの頭の中では、僕はずっと包茎ダビデさんのままなのだろうか。

 もしかして、ショタのカテゴリーに含まれてしまっているのだろうか。


 どうやら、最初に与えられた印象というものは、極めて重要らしい。






「あっ、私、ここでーす! 3学期はよろしくお願いしまーす!」


 僕の斜め前の席には、8番のくじを引いた望田もちだよもぎさんが座った。

 望田さんは百川ももかわさんと同じ107号室で、部活も百川さんと同じ料理部員だ。


「ヨモギさん、ここは私の席じゃなくて、クロエさんの席だからね」

「うん、知ってる。今のはモエさんじゃなくて、ダビデさんへのご挨拶だよ」

「そうでしたか。望田さん、こちらこそ、よろしくお願いします」


 望田さんは夕食担当なので、料理部のお手伝いで顔を合わせた事はないが、この学園では料理部員が最大勢力で、人数も美術部員の2倍くらいはいるらしい。


 ちなみに、107号室は、1年生の2人を含めて4人とも料理部員である。


「私も、そろそろ、くじを引きにいかないと……」


 脇谷さんは、ゆっくりと席を立ち、くじを引きに行った。






 全員がくじを引き終わった頃、天ノ川さんが横島さんを連れて、後ろの入口からこっそりと教室に入ってきた。


「甘井さん、お待たせ致しました」

「天ノ川さん、宇宙との交信は上手くいきましたか?」

「ふふふ……お陰様で、ようやく宇宙から『特産品』が送られてきました」

「それは良かったです」


 ついに祈りは宇宙の彼方、ベンデール星雲まで届いたようだ。


「私の席はこちらですね。3学期もよろしくお願い致します」


 天ノ川さんは、僕の右隣の席に座り、こちらに頭を下げる。


「私は、ダビデさんの前ですか? ヨモギさん、よろしくお願いします」


 横島さんは、僕の前の席に腰を下ろし、お隣の望田さんに頭を下げた。



 心強い味方に囲まれ、今のところ特に不安も無い。

 3学期の教室でも、楽しい毎日が送れそうだ。

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