第200話 宇宙との交信が途絶えたらしい。
1月11日の火曜日。3学期最初の学園行事は、席替えと健康診断だ。
朝6時に目が覚め、今日も自分のパンツの中身が元気である事を確認する。
昨晩は「鎮静の儀式」を自粛した為、いつも以上に元気だ。
これはオトコの生理現象であり、お嬢様方には、お見せしないのがエチケットだと思うので、普段の僕は鎮まってから活動を開始することにしている。
しかし、目覚めと同時に尿意を催した場合は優先的にトイレに行くべきで、今日に限っては「用を足すときの重要な注意事項」もあった。
――それは、健康診断に含まれている「検尿」および「検便」である。
今は便意が無いので、検便のほうは後回しにして、まずは検尿から――これは、「早朝尿」と呼ばれる、目が覚めてから最初の尿を採取することになっている。
あらかじめ各部屋に配られていた「検尿セット」を準備し、いざトイレへ。
ちなみに、天ノ川さんは既に起きて脱衣所で洗濯の準備をしているようで、隣のベッドの下段は空。上段のネネコさんは例によって、まだお休み中だ。
ポロリちゃんは、普段なら朝食の準備で食堂にいる時間だが、今日は健康診断の当日という事で、仕事はお休み。本日は寮生全員が「朝食抜き」である。
では、ポロリちゃんは一体どこへ行ったのだろう?
――正解はトイレだったようだ。
「ポロリちゃん、おはよう!」
僕は、トイレから出てきたかわいい妹に笑顔で
「お兄ちゃん、おはよう。えへへ、ちゃんと両方とれたの」
リスの着ぐるみパジャマ姿のポロリちゃんは、僕の
「おー、エライね。もう両方、採り終わったんだ?」
「うんっ、お兄ちゃんの机の上に置いとくから、後で確認してね」
検体の提出は部屋ごとなので、4人分まとめて提出する必要がある。
この場合の「確認」とは、検体を入れた容器のラベルに学年と名前が正しく記入してあるかどうかの確認であり、決して内容物を確認する訳ではない。
「了解。僕も、今から準備しないと」
――パタン。
トイレに入ると、なんとなく、いい
早速、折り畳まれていた検尿カップを広げ、ズボンとパンツを降ろす。
便座に腰を下ろして、左手でカップを構えるが、角度的に無理がある感じだ。
検尿と朝立ちは、非常に相性が悪いらしい。
僕は体をできるだけ前に倒し、右手で股間の蛇口を限界まで下に向ける。
採取するのは「中間尿」なので、放尿開始後、少し間をおいてからカップに採る必要があり、なかなか難しかったのだが、なんとか成功したようだ。
カップに採れたら、その尿を保存用の容器に注ぎ込めば、採尿完了。
最後に、使用済みの採尿カップを女子専用のゴミ箱であるサニタリーボックスに捨てる。これは天ノ川さんの提案で、ルームメイト達は了承済みである。
トイレから出て部屋に戻ると、天ノ川さんがパジャマ姿のまま、リビングで体操をしていた。不思議なポーズをとっているが、ヨガのエクササイズだろうか。
エアコンの温度は高めに設定されており、コタツの外でも、さほど寒くはない。
「天ノ川さん、おはようございます」
「甘井さん、おはようございます。私も採尿の方は先ほど完了しましたので、どうぞ、ご確認下さい。大きい方は、準備が整い次第、お渡し致します」
「了解しました」
ポロリちゃんが両方とも準備完了で、天ノ川さんと僕が検尿のみ――と。
机の上にあった3つの封筒から検体の容器を出して、それぞれのラベルに学年と氏名が正しく記入されている事を確認してから、それぞれの封筒に戻す。
僕の分は、天ノ川さんにラベルを確認してもらってから、封筒に入れた。
ポロリちゃんは、僕の左隣りで、その封筒を、大きな袋に入れてくれる。
この大きな袋は、101号室の検体提出用の袋である。
「お兄ちゃん、そろそろネコちゃんを起こしてあげてね」
「そうだね。その前に、顔を洗ってくるよ」
ネネコさんを起こす前に洗面所に向かい、手と顔を洗って歯も磨く。髪を切ってもらったばかりなので、鏡をよく見て、寝ぐせが無いかどうかも確認する。
ヒゲを
こうして毎朝自分の顔を鏡で見るようになったのは、この寮に来てからで、身だしなみの重要性に気付いたのは、この寮に来てしばらく経ってからだ。
ネネコさんは「そんなの気にしなくても良くね?」なんて言っていたが、ネネコさんの横に並んでも恥ずかしくないように、最低限の努力はすべきだろう。
それは、自分自身の為であり、僕を応援してくれる後輩達や、僕をかわいがってくれる先輩方、そして、僕を助けてくれるクラスメイト達への礼儀でもある。
「ネーちゃん、朝だぞー」
ネネコさんの子猫のような寝顔をしばらく眺めてから、優しく声を掛ける。
こんなにかわいい子が僕のカノジョで、クリスマスや元日に、2人であんな事をしてしまったなんて、僕は、去年からずっと夢の中にいるような気分だ。
「……ん? ……もう朝?」
「ネネコさん、おはよう。今日は健康診断だよ」
「おはよ。……そっか、朝ごはんは『抜き』なんだっけ?」
「そうだね。僕もお腹は減ってるけど、今日はお昼まで我慢しないと」
「おしっことか、提出するんだよね?」
「採尿なら、3人とも終わってるよ。大きい方は、まだだけど」
「マジ? ボクも起きて準備するよ」
僕が
「おしっこ取るのって、チョー難しくね?」
「うん、ポロリも大変だったの」
「検尿の時は、普段よりも脚を大きく広げて座るのがコツですよ」
ネネコさんの採尿が終わり、4人でコタツを囲んで朝の座談会。
女子の皆さんは、男子の想像以上に検尿の難易度が高いらしい。
「ミチノリ先輩はオトコだから簡単そうだよね?」
「いや、実は、そうでもなかったんだけどね……」
「えへへ、お兄ちゃん、朝はいつも元気だから?」
「あははは、やっぱり、ポロリちゃんには気付かれてたか」
「エロい夢でも見てたんじゃね?」
「残念ながら、夢の内容は覚えてないなー」
「ネネコさん、それは『
「さすが、科学部員の天ノ川さん、よくご存じですね」
何やらカッコイイ正式名称があるらしいが、ただの「朝立ち」である。
「ふふふ……うちの部長が、
「えへへ、オナ兄も、朝は、いつも元気だったかも」
「マジ? コウクチ先生、朝はいつもボッキしてんの?」
「ネネコさん! これは、ここだけの話ですよ!」
先生のプライベートな情報までも、こうして広まってしまうのか。
女子校というのは、本当に恐ろしい場所だ。
「ところでさ、トイレの順番どうする? 済ませたのはロリだけなんでしょ?」
座談会開始後、30分程経過したところで、ネネコさんから質問があった。
「うん、お兄ちゃんたちは、まだみたい」
「僕は、まだ催さないから、天ノ川さんかネネコさんからどうぞ」
「私も、まだ『宇宙と交信中』ですから、ネネコさんからどうぞ」
「お姉さま、『宇宙と交信中』って、宇宙の誰と交信中なの?」
「ベンデール星雲のブリットナー星人です。そこからの電波が無事に届けば、ターメリックによく似た特産品が、こちらの体内に転送されてくるそうです」
「そんな、壮大な設定があったんですね!」
「ミユキ先輩すごーい!」
「ふふふ……全部、私のお姉さまの妄想ですが、4年生になって、ようやく設定の本質を理解できるようになりました」
つまり「お嬢様はウ●コなどしない」という事なのだろう。
きっと、上品でユーモアのあるお姉さまだったに違いない。
「ターメリックって、なんだっけ?」
「えーとね、多分、カレーの材料だったと思う」
「そうだね。『ウコン』とも言うけどね」
「そっか、それで、ターメリックなのか」
「ネネコさんは、そろそろ電波を受信できそうですか?」
「うーん、そうなのかも。じゃあ、ボクが先にトイレ使うね。いってきまーす!」
ネネコさんは、自分の机の上の「検便セット」を持って、トイレに入る。
1年生の2人は、とても健康で「朝のお通じ」も良いようである。
「――お姉さま! 採れたので、確認お願いします!」
ネネコさんは、トイレからすぐに出てきて、天ノ川さんに検便の容器を見せる。
もしかしたら、カレシに見せるのは少し恥ずかしいのかもしれない。
「よろしい! ネネコさんは出席番号1番なのですから、遅刻をしないように」
「はい! 今から着替えます!」
「ネコちゃん、ポロリも一緒に着替えるの」
「僕は、洗濯物を干してきます」
「よろしくお願いします。私は引き続き、宇宙と交信していますから」
1年生の2人が着替えている間に、僕は脱衣所で洗濯物を干す事にした。
天ノ川さんは、コタツから出て再びヨガのエクササイズのようなポーズをとり、天に祈りをささげているようだった。
「ミチノリ先輩、検便の提出、よろしくね。――お姉さま、いって参りまーす!」
「ネコちゃん、もう行っちゃうの? ――お兄ちゃん、ポロリも一緒に行くね!」
「早過ぎる気がするけど、いってらっしゃい」
「ふふふ……いってらっしゃい」
健康診断は、身体測定と同様に1年生からのスタートで、1年生は8時半から。
場所は寮の保健室である110号室なので、8時に部屋を出るのは、かなり早い気がするが、ネネコさんの気が早いのは、いつもの事だ。
「次は、どうします? 僕が入ってもいいですか?」
「そうして頂けると助かります」
「では、お先に失礼します」
そろそろ僕も催してきたので「検便セット」を用意してから、トイレに入る。
便器の浅いところに「採便シート」を敷き、その上に用を足す必要があったが、これは特に難しい訳ではない。容器のフタと一体になった小さなスプーンで、ごく少量だけ削り取れば、任務完了。
使ったシートは、水に流せないため、検尿カップと同様に、サニタリーボックスへ捨てる。これも、ルームメイト達は了承済みである。
「天ノ川さん、ラベルの確認をお願いします」
「はい、確認しました。後は私だけですね。宇宙からの電波が届くまで、もう少し掛かりそうですけど……」
天ノ川さんは、まだ天に祈りをささげていた。
「そろそろ着替えないと、席替えの時間に間に合わないですよ」
4年生の健康診断は10時からであるが、その前に、8時半から教室で席替えを行う事になっている。そろそろ部屋を出ないと遅刻してしまう。
「すみません、実は昨日からずっと宇宙との交信が途絶えておりまして……」
「それは大変ですね。僕に何か協力できる事はありますか?」
「そうですね……でしたら、席替えの際に、私の希望を伝えて頂けますか?」
「天ノ川さんは、部屋に残るのですか?」
「はい。私は期末試験で学年2位でしたから、くじを引く必要もありませんし、私の希望を甘井さんが伝えて下されば、私は必ず希望する席に座れるはずですから」
「分かりました。天ノ川さんは、どこの席がいいですか?」
「ふふふ……私の希望する席は、甘井さんの隣です。2学期は、ずっとミサさんに先を越されていましたから」
なるほど、僕がどの席を選んでも、隣は天ノ川さんという事か。
「分かりました。場所の希望はありますか? もしあれば、僕がその隣を先に選びますけど」
「希望は特にありませんが、甘井さんは背が高いですから、前列の席を選ぶよりは後列の席を選ばれた方がいいと思います」
たしかに僕が前の席を選ぶと、後ろの人が迷惑かもしれない。
2学期の後半は前列だったが、選ぶなら後列の席がいいだろう。
「そうですね。今回は後列の席を選ぶことにします」
こうして僕は、天ノ川さんを部屋に残し、1人で教室へ行くことになった。
天ノ川さんに宇宙からの電波が早く届くことを祈りながら――。
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