第185話 彼女の彼女が遊びに来るらしい。

 ――トントントン。


 金曜日の朝、身支度も済み、そろそろ部屋を出ようかという頃に、101号室のドアをノックする音がした。


「おはよーございまーす! ネコさんを迎えに来ましたー!」


 この聞き慣れた少し幼い感じの声は、お隣102号室にお住いのリーネさん。

 今の僕からみると、「カノジョのカノジョ」という不思議な関係である。


「ネコちゃん、リーネちゃんが迎えに来たみたいだよ」

「ボクも聞こえてるよ。――じゃ、今日はリーネと先に行くからね」


 いつもはポロリちゃんと一緒に登校しているネネコさんだが、今日はリーネさんと一緒に登校するらしい。


「いってらっしゃーい!」


 ポロリちゃんは、リーネさんに遠慮しているのか、2人を見送っている。


 3人とも仲が良いのだから、一緒に行けばいいのではないかとも思うが、ここは2人きりにしてあげるのが、ポロリちゃんにとっての正解なのだろう。


「甘井さん、私は、しばらく宇宙との交信中ですので、お先に行かれて下さい」

「了解しました」


 僕自身は天ノ川さんと一緒に登校する事が多いのだが、天ノ川さんは時々、謎の理由で僕を先に部屋から送り出す場合があり、今日がその日のようである。


「えへへ、今日は、お兄ちゃんと一緒に学校へ行くの」

「そうだね。天ノ川さんは宇宙と交信中らしいから、たまには2人で行こうか」


 今日は、かわいい妹と2人で登校か。

 こういうのも悪くないし、兄としては、むしろ大歓迎だ。


 寮の玄関から外へ出ると、昨日と同じくらい寒く、吐く息も白く見える。


 ポロリちゃんは、ネネコさんやリボンさんと違って、寒い日はタイツを着用しているので、それほど寒そうには見えない。


 歩くときは、僕にピッタリと体を寄せて、すぐ隣から僕の顔を見上げている。

 首が疲れそうな姿勢なのに、僕に見せてくれるかわいい顔は、いつも笑顔だ。


「お兄ちゃん、あのね、昨日、リボンちゃんが、この辺りでカレシさんのコートの中に入れてもらったらしいの」


「えっ? 誰にも見られてないと思ったけど、誰かに見られちゃってたのかな?」


「ううん。そうじゃなくてね、リボンちゃんが、嬉しそうに教えてくれたの」

「ああ、そういう事ね」


 恥ずかしがっていた当人が、周りに報告してしまうのだから、ナイショでエッチな事をしようとしても、ここではまず無理だろう。


「カノジョさんじゃないと、入れてもらえないのかなぁ?」

「あははは、カノジョじゃなくても、ポロリちゃんならいつでも入れてあげるよ」


 僕はコートのボタンを外し、左側だけ開けて、かわいい妹を招き入れる。

 どうやら、ポロリちゃんも、ここに入ってみたかったらしい。


「えへへ、とってもあったかいの」


 かわいい妹の笑顔は、いつだって僕の心を温めてくれる。

 あったかいのは、僕の方だ。






 1年生の教室の前でポロリちゃんと別れ、3つ隣の4年生の教室に入る。


 前列の右から3番目に位置する僕の席には、馬場ばばさんが左を向いて座っており、隣の席に座る大石おおいしさんとおしゃべりをしているようだ。


「ダビデ君、おはよー!」


 僕は大石さんの後ろの席に座っている花戸はなどさんから、元気よく挨拶あいさつされた。


「おはようございます。今日は、皆さん早いですね」

「あっ、ダビデさん、おはよう。ごめんね、勝手に席借りちゃって」


 馬場さんはこちらに振り返り、立ち上がって、僕の席をけてくれる。


「いえ、どうぞ、そのまま使って下さい。授業まで、まだ時間がありますから」


 僕は馬場さんに自分の席を譲り、1つ後ろの、天ノ川さんの席を借りて、そちらに座ることにした。


「おはよう。男子は、ミユキさんと一緒じゃないの?」

「天ノ川さんは、しばらく宇宙と交信中らしいです」


 大石さんからの質問に、天ノ川さんから聞いた通りに答える。


「宇宙と交信中? 何それ?」

「実は、僕もよく分かっていないんですけど、本人がそう言っていました」


「そのセリフ、ちょっと懐かしいかも。それ、ミユキちゃんのお姉さまが良く使っていた言い回しだけど、ダビデ君は、あんまり追及しないであげてね」


「はい。今の花戸さんの説明で、どんな状況かは何となく分かりました」


 かなり遠回しな表現だが、おそらく、トイレの事だろう。

 少し時間が掛かりそうなだけで、特に心配する必要はなさそうだ。


「そうそう、昨日は、リボンが迷惑かけちゃって、ごめんね! あと、プレゼントありがとう!」


「迷惑だなんてとんでもない。プレゼントもだいぶ遅くなってしまいまして……」


「ミサちゃん、ユメちゃんとリボンちゃんが、ダビデさんに下着をプレゼントしてもらったんだってさ。しかも、上下セットのかわいいやつだよ。意外でしょ?」


「えっ? 男子がユメちゃんの下着を選んであげたの? なかなかやるじゃない」


 僕の目の前で、馬場さんから大石さんに最新情報が伝達されている。


「あっ、いや、それは、別れ際にリボンさんにおねだりされただけであって……」


 情報の共有は、お嬢様方の間では当然の事なのかもしれないが、ここまで筒抜けだと、僕が下着をプレゼントした事を隠すのは、もはや不可能だ。


「私の誕生日は8月15日だから、夏休み中で誰からもプレゼントもらえないの。だから、すごく嬉しかったよ」


「喜んでもらえたのなら、よかったです。ちなみに、花戸さんは、どちらを?」

「私はピンクのほうだよ」


「そうなんですか? 僕は、花戸さんが黒い方を選ぶと思っていました」

「どうして、そう思ったの?」


「花戸さんなら、妹さんに黒い方を選ばせないような気がしたのですが」

「リボンはどっちでもいいみたいだったし、こっちの方がかわいいでしょ?」


 花戸さんは、嬉しそうにセーラー服の襟を少し引っ張って、僕に肩のひもを見せてくれた。それは、少し派手だが、花戸さんには良く似合うピンク色の紐だった。


「僕の元カノは黒い下着ですか。中学生にしては、なかなかアダルトですね」

「でしょ、でしょ? 私より先にカレシを作ったから、罰ゲームなの」


「たしかに、1年生であれを着ると、更衣室では、かなり目立ちそうですね」


「リボンは、嫌がるどころか、黒い方が良かったみたいだけど、せっかくカレシに勝負下着を買ってもらったのに、見せる相手がいないって、悔しがってたよ」


「あははは、元カレに下着姿を見せたいというのなら、僕は喜んで見せてもらいますから、リボンさんには、よろしくお伝えください」


 そうか、リボンさんは、まだ1年生なのに黒い下着なのか。


 こんなしょーもない事で喜べるのだから、僕はオトコに生まれてきて良かったのかもしれない。この素晴らしい学園にオトコとして入れて、本当に良かった。


「ダビデさん、私との約束は覚えててくれてる?」


 一昨日、馬場さんとした約束は、もちろん覚えている。


「はい。僕が声楽部の部活を見に行くっていう約束でしたね。それでしたら、明日の土曜日でもいいですか?」


「うん。それじゃ、明日、お昼食べた後、1時半ごろに音楽室に来てもらえる?」

「分かりました。その時間にお邪魔します」


 明日、声楽部に遊びに行く為には、今日の部活で出来るだけ仕事を片付けておく必要がある。あまり続けて部活をサボると、カンナさんたちに迷惑だろう。






 ――という訳で、今日の放課後は、真面目に仕事をすることにした。


 さすがに3日連続で管理部の仕事をサボる訳にはいかない。


「2人とも、昨日はありがとう。今日は僕達が2人で頑張りますから、カンナさんとアイシュさんは部室でくつろいでいて下さい」


「そうね。ミチノリさんとリーネが力を合わせれば、2人で十分だわ」


 今日はリーネさんも仕事をする気満々だ。

 ネネコさんへの告白が成功して、とても機嫌がいいらしい。


「そんなのダメ! それじゃ、私達がヒマになっちゃうでしょ?」


「しょうなのでしゅ! しぇっかく4人いるのでしゅから、とっととお仕事を終わらしぇて、4人であしょぶのでしゅ!」


 カンナさんとアイシュさんも仕事を手伝ってくれるようだ。


「そうですか? それなら、お言葉に甘えさせてもらう事にします」

「ミチノリさんがそう言うのなら、リーネからもお願いするわ」


 優秀な後輩達に恵まれて、管理部の仕事も楽しい。


 それに最近、僕は何をやっても上手くいくような、そんな気がしてしまうほど、気力が充実している。これは、今までの僕には存在しなかった感覚だ。


 やはりオトコという生き物は、かわいい女の子達に好かれると自信がつくものなのだろう。くれぐれも、この優秀な後輩たちに嫌われないように注意しなければ。






「ミチノリさん、明日の午後、101号室に遊びに行ってもいいかしら?」


 管理部の仕事を終えた後、リーネさんから質問された。


「もちろん、いいですよ。僕は声楽部の部活を見に行く予定ですし、天ノ川さんもポロリちゃんも、土曜日は部活なので、部屋にいるのはネネコさんだけですから」


「ネコさんと2人っきりなのね。ミチノリさんは、本当にそれでいいの?」


「リーネさんが男子でしたら、許可できるほど心が広くないかもしれませんけど、女の子同士の付き合いにやきもちを焼いたりはしませんので、安心して下さい」


「さすがミチノリさんね。ネコさんが好きになった理由、リーネにも分かるわ」


「ネネコさんは、僕の事をリーネさんに何か言っていましたか?」

「心配しなくても平気よ。ネコさんは、ミチノリさんの事が大好きなんだから」


「あははは、そうですか。リーネさんがそう言ってくれるなら心強いです。ネネコさんとは、これからも仲良くしてあげて下さい」


 リーネさんも、リボンさんやポロリちゃんと同じようなことを言ってくれた。

 今の僕にとっては、この言葉が最も励みになる言葉なのかもしれない。


『ネコちゃんはね、教室では、いつもお兄ちゃんの話しかしないの』

『ネコなら、センパイに何をされても、多分嫌がらないと思うけどなー』

『心配しなくても平気よ。ネコさんは、ミチノリさんの事が大好きなんだから』


 ――ネネコさん、僕もあなたの事が大好きです。

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