第184話 元の鞘に収まっていないらしい。

 中吉なかよし梨凡りぼんさんと別れた後は、いつも通りに食堂でルームメイト達と一緒に夕食をとり、101号室に戻れば、いつも通りに4人でコタツを囲んでの座談会だ。


 2時間程前にリボンさんが座っていた場所にはネネコさんが座っており、コタツの中にある僕のひざは、ネネコさんのつま先によって、軽くつっつかれている。


「ミチノリ先輩、2日間、チューキチの相手してくれて、ありがとね」

「僕自身も楽しかったから、お礼を言うべきなのは僕の方だよ。ありがとう」


 リボンさんとは、この2日間で、かなり仲良くなれた気がする。

 ネネコさんが、僕をリボンさんにプレゼントしてくれたお陰だ。


「ふふふ……、今日の中吉さんは、朝も昼も甘井さんにベッタリでしたね」


「そうですね。カノジョは、本当にカレシが欲しかったみたいです。僕は1日中、カノジョに押されっぱなしでした」


 付き合う相手は、きっと僕じゃなくても良かったのだろう。

 それでも、僕の隣にいたリボンさんの目は、キラキラと輝いていた。


「リボンちゃんはね、早起きして、カレシさんの為にお弁当を作っていたの」


「うん。あのお弁当は、とってもおいしかったよ。僕の好きな食べ物を完璧に把握している人に、教えてもらって作ったらしいからね」


 左側に座るポロリちゃんに礼を言い、いつものように優しく頭をでてあげる。

 僕のかわいい妹は、こうやって頭を撫でてあげると、とても喜んでくれる。


「えへへ」


 すると、今度はネネコさんのつま先が、コタツの中で僕の股間こかんを攻撃しようとしてくるので、僕はネネコさんの足を両手でブロックし、顔を見ながら話を振った。


「しかも、あのお弁当は冷めたくなくて、よく温まってたから驚いたよ。あれは、ネネコさんのアイデアなんでしょ?」


「ボクは冗談のつもりで言ったんだけど、チューキチはマジで、お弁当をスカートの中に入れて、あっためてたよ。あいつ、ちょっとアタマおかしいよね?」


「あははは、食べた僕が感動したんだから、いいアイデアだったと思うよ」


 アイデアを出したネネコさんも、それを実践したリボンさんも、いい意味で頭がおかしいと思う。僕にとっては、今まで食べた中で、最高のお弁当だった。


「それで、甘井さんは明日から、また元のさやに収まる予定なのですか?」


 これは、僕の正面に座る天ノ川さんからの質問だ。


「一応そのつもりなんですけど。――ネネコさんは、それで、いいんだよね?」

「『モトノサヤ』っていうのが、よく分かんないけど、ボクの事なの?」


「ふふふ……、そうですよ。『元の鞘に収まる』とは男女の関係を刀と鞘に例えていう言葉です。反りが合わないと、刀は鞘に収まりませんから」


「ミチノリ先輩がカタナで、ボクがサヤなの?」

「うんっ。それでね、さっきまではリボンちゃんがお兄ちゃんのサヤだったの」

「それって、なんかやらしくね?」


「天ノ川さん、念の為、正直にお伝えしておきますけど、そういう意味でしたら、僕はまだ刀を鞘に収めた事はないので、ネネコさんは『元の鞘』ではないです」


「……そうでしたか。それは失礼致しました」


 天ノ川さんは、僕とネネコさんが既に刀と鞘の関係にあると思っていたらしい。

 もしかしたら、ポロリちゃんも、そう思っていたのかも知れない。


 2週間ほど前に、ネネコさんとベッドでいちゃついているところを2人に見られてしまったのだから、無理もないだろう。 (第175話参照)


「話は戻るけど、僕はまたネネコさんのカレシって事でいいんだよね?」


「……ごめん。ボク、今日からリーネと付き合う事になった」

「え? ……それって、どういう事?」


 ネネコさんとリーネさんが仲の良い友達同士であることは、僕も前から知っているが、この場合の「付き合う」という言葉の定義はどうなっているのだろうか。


 2人とも正真正銘の女の子で、どちらかが男のという訳ではないし、同性愛者という訳でもないはずだ。


「部活の時間に、体育館でリーネから告白されちゃってさ、あまりに真剣なんで、断れなかったよ。それに、ミチノリ先輩からも許可をもらったって言ってたし」


「いや、それは……」


「それは、おかしな話ですね。でも、本人が甘井さんから許可をもらったというのでしたら、甘井さんにも、何か心当たりがあるのではないですか?」


「……実は、今日の放課後、部室でリーネさんから『自分もお願いすれば付き合ってもらえる可能性があるのか』と質問されたので『それはネネコさんに相談してみて下さい』って答えたんですけど……」


「ふふふ……、つまり、甘井さんは、自分が告白されると思ったのですね?」

「すみません。これは完全に僕の勘違いでした」


 よく考えてみれば、婚約者のいるリーネさんが、婚約者以外の男性と付き合いたいなんて思うわけがない。


「でも、リーネはミチノリ先輩の部活の後輩だし、普通はそう思うよね?」

「ポロリもね、リーネちゃんは、お兄ちゃんの事が好きだと思っていたの」


「これは困ったことになってしまいましたね」

「ミチノリ先輩は、どうしたらいいと思う?」


「分かっていないのは僕だけなのかもしれないけど、女の子同士が付き合うのに、どうして告白が必要なの? 今まで絶交していたという訳ではないんでしょ?」


「あー、それね。昨日の昼まで、ボクはミチノリ先輩と付き合ってたじゃん」

「そうだね」


「だから、リーネも遠慮してたらしいんだけど、ミチノリ先輩がチューキチと付き合ってるって聞いて、ボクがミチノリ先輩に振られたと思ったみたいでさ」


「僕がネネコさんを振るなんてありえないけど、とりあえず、そこは置いといて、リーネさんって、実は同性愛者だったりするの?」


「それはないと思うけど、ボク、ここではなぜか女子にモテるんだよね」

「うんっ、ネコちゃんはね、クラスの人気者なの」


 それは、なんとなく分かる気がする。ネネコさんはサバサバした性格で、考え方も男性に近いし、運動神経も良い。口車くちぐるま先輩や宇佐院うさいんさんが後輩達から慕われているように、ネネコさんもクラスメイト達から慕われているのだろう。


「ネネコさんとしては、どうなの?」

「ボクとしては、もっとおっぱいが大きい子のほうが好みなんだけど」


 そうだった。ネネコさんは普通の女の子ではあるが、おっぱいが好きな人だ。

 これは、初めて会った時に本人から聞いた話だ。 (第2話参照)


「具体的には?」

「一番好きなのは、やっぱ、お姉さまかな」


 やはり、ネネコさんとしては、天ノ川さんが一番好きらしい。


「ふふふ……、アシュリー先輩と本間ほんまさんのように、姉妹で付き合ってみるのも、いいかもしれませんね」


「え? アシュリー先輩って、妹さんと付き合っているんですか?」


「これは『公然の秘密』なので、ほとんどの人が気付いていると思いますよ」

「うん、アシュリー先輩とヤナさんは、とっても仲良しなの」


「仲良しなのは、ポロリちゃんと僕も同じだと思うんだけど……」

「えへへ……そうかも」


 とは言え、ポロリちゃんはまだ12歳なので、もし間違いが起こってしまったら僕は兄失格どころか、即退学処分だ。


「1年生だと、クマかナコかな。アルマジロも結構あるよね」


 1年生では熊谷くまがいさんと大間おおまさん、有馬城ありまじょうさん辺りが好みのおっぱいらしい。

 リボンさんも意外とおっぱいが大きかったが、この3名よりは小さそうだ。


「リーネさんの事は、どう思ってるの?」

「リーネは、ロリと大して変わらないけど、2人とも、ボクよりはあるよね」


 さすがネネコさん。おっぱいの大きさの見立ては、僕とほぼ同じだ。

 僕の場合は、大きなおっぱいも小さなおっぱいも、どちらも好きであるが。


「ところで、ネネコさんとリーネさんが付き合ったら、僕の立場はどうなるの?」

「それはリーネ次第だけど、ミチノリ先輩はどうしたらいいと思う?」


「それだったら、しばらくはリーネさん優先で、僕の事は、あまり気にしなくてもいいよ。リーネさん相手に、僕がやきもちを焼いたりはしないから」


「ミチノリ先輩は、リーネとも仲がいいもんね」


「そうだね。それに僕がリーネさんと仲良くなれたのも、ネネコさんやポロリちゃんのお陰だからね」


「ふふふ……、三角関係になってしまっても、3人とも仲が良ければ、修羅場にはなりようがありませんね」


 こうして、ネネコさんと僕は付き合っているのか、そうでないのか、よく分からないような状況になってしまった。


 それでも、僕がネネコさんを好きである事は今までと変わりないし、ネネコさんとリーネさんがどんなお付き合いをするのかにも興味はある。


 ここはしばらく2人の様子を見守ってあげることにしよう。

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