第158話 呼ばれたのは僕1人だけらしい。

 火曜日の1時間目は音楽。3年生との合同授業である。

 授業が始まる前の音楽室では皆リコーダーの練習をしていて、とてもにぎやかだ。


 僕は先々週まで両手が使えなかった為、リコーダーの授業を自分の席で見学していたのであるが、なんとも表現しづらい気まずさであった。


 怪我けがをしていた間は、いろいろとまっていたので、お嬢様方が唇をとがらせて吹いているものが「リコーダー以外の何か」にしか見えずに悶々もんもんとしていたのだ。


 目の前に座っている信楽しがらきさんの顔は、後ろからでは見えない為、その左に座っている鯉沼こいぬまさんや、右に座っている高木たかぎさんを、斜め後ろから眺めていたのが、過去3週間(ただし先週は中間試験の為お休み)の僕である。


 右を向けば天ノ川さんと目が合い、「ふふふ……どうかなさいましたか?」と、僕の心を見透かしたように声を掛けられてしまうし、左を向けば柔肌やわはださんと目が合い、恥ずかしそうに目をらされてしまう――そんな状況だったのだ。


 5日前に右手の包帯が取れた僕は、ようやくリコーダーの授業にも参加できるようになったので、音楽の時間も一安心だ。


 そして、今日は僕の左に座る柔肌さんのお誕生日だそうなので、声を掛けてみることにした。


「柔肌さん、今日は15歳のお誕生日だそうで、おめでとうございます」

「あっ……ありがとうございます。私も……先輩と同じ……天秤てんびん座です」


 10月の何日生まれまでが天秤座なのかは知らないが、19日生まれの柔肌さんも僕と同じ天秤座らしい。お嬢様方の中には星座占いに興味がある人も多く、柔肌さんもそのうちの1人のようだ。

 

「ダビデ先輩、夜の予定は、ちゃんと空けておいてくれましたか?」


 柔肌さんの左に座るジャイコさんこと藤屋ふじやいこさんから念を押される。

 実は今日の夜、僕は303号室に遊びに行くことになっているのだ。


「もちろんです。夜8時からでしたよね」


 なぜそうなったのかというと、それは甘栗祭の当日にまでさかのぼる――






「お兄ちゃん、この筒はなあに?」


 誕生日プレゼントの仕分けを手伝ってくれていたポロリちゃんが、巻いてある画用紙を見付けて、僕に見せてくれた。


「ああ、それは美術部の脇谷わきたにさんからのプレゼント。部屋に戻ってから見るように言われたんだけど、『とっておきの絵』らしいよ」


 僕にくれる絵なら、きっと僕を描いてくれた絵だろう。だとすると、あの「ヌードデッサン体験会」の時の絵しかないはずだ。 (第19話、第20話参照)


 ――ダビデ降臨。


 優嬢新聞4月号の見出しが、僕の頭に浮かんだ。 (第38話参照)


 自分が包茎である事を、同室の1年生2人に指摘されたときには、ショックで倒れてしまったが、あれは僕がまだ子供だった頃――半年も前の遠い過去の話だ。


「ポロリが開けてみてもいい?」

「いいよ。開けてみてくれる?」


 ポロリちゃんは、画用紙に巻かれたひもを外してくれた。

 天ノ川さんとネネコさんも、ポロリちゃんの横から絵をのぞき込んでいる。


「わー、きれいなお姉さんの絵なの。ヤワハダ先輩かなぁ?」

「ふふふ……モエさんの描いた絵は、上手すぎて写真みたいですね」


「これ、ミチノリ先輩と一緒にシャセイしたときのじゃん。ボクたちは背中のほうだったから、おっぱいがよく見えなかったんだよね」


 ネネコさんの言うシャセイは、もちろん写生であり、射精ではない。


 そこに描かれていたのは、両ひざを抱えて座り、少し恥ずかしそうな表情で、上目遣いに、こちらを見ている女神様だった。


 マシュマロのようなおっぱいの下半分は残念ながら膝に隠れてしまっているが、ぴったりと閉じられた膝の下、内股で細い両脚の隙間の奥には、決して見えてはいけない部分までが、写真のようにリアルに描かれていた。


 単純所持でも逮捕されてしまうのではないかと心配になってしまうほどの、素晴らしい絵だった。僕へのプレゼントに、この絵を選ぶなんて、さすが脇谷さんだ。


「これって、僕が持っていていいものなんでしょうかね?」


「モエさんがくれたのなら、いいのではないですか?」

「ボクもそう思うよ。ミチノリ先輩、そういうの好きでしょ?」

「ポロリがフレームに入れて壁に飾っておいてあげるね」


 僕がハダカの女の子の絵を持っていても非難されないのは、モデルの柔肌さんが綺麗きれいすぎて、女性から見ていやらしくないからだろう。


 こんなにエロい絵なのに、いやらしく見えないなんて、さすが女神様だ。






「ダビデ君、おはよう。あの絵、見てくれた?」


 次の日、試験の前に4年生の教室で脇谷さんから声を掛けられた。


「脇谷さん、おはようございます。それはもう、穴が開くほど見ましたよ。素晴らしい絵ですね」


 ポロリちゃんが、僕のベッドの横の壁に飾ってくれたので、カーテンを閉じて、至近距離からじっくり観察してしまった……というか、昨晩はお世話になった。


 女神様、こんな僕をどうかお許し下さい。

 ネネコさん、これは浮気ではありません。ただの排泄はいせつ行為です。


「穴を開けて使ってくれてもいいけど、サラちゃんとネネコちゃんにはナイショにしておいたほうがいいかもね」


 ――絵に穴を開けて使う⁉


 その発想は僕には無かった。

 既に婚約者のいる脇谷さんは僕が思っている以上にエロスレベルが高いらしい。


「そんな恐れ多い事出来ませんよ。僕にとって、あの絵は『神』ですから」


「そんなに気に入ってくれたんだ。それなら話が早いね。ダビデ君にちょっとお願いがあるんだけど、いいかな?」


「はい。僕に出来る事でしたら、何でもしますよ」

「実は、来週の火曜日がサラちゃんの誕生日なんだよ」


 なるほど、柔肌さんのお誕生日が来週なのか。


 僕は柔肌さんを女神様のように勝手に崇拝しているが、誕生日パーティーで同席できるほど仲が良いというわけではない。せいぜい普通に会話ができる程度だ。


「そうですか。それなら僕も何かプレゼントを用意したほうがいいですよね」


 柔肌さんからは、昨日の甘栗祭でグリーティングカードを頂いているので、少なくともグリーティングカードは用意する必要がある。それに加えて、脇谷さん経由で素敵なプレゼントを頂いたので、柔肌さんには何かお返しをしてあげたい。


「前にサラちゃんと約束してたよね? デッサンのモデルになってあげるって」

「ああ、そうでしたね。それくらいなら、お安い御用です」


「2次会をサラちゃんの部屋でやるらしいから、そっちに参加して欲しいんだ」

「分かりました。僕は何時に行けばいいですか?」


「午後8時からの予定で、部屋は303号室ね」

「ずいぶん遅い時間ですね」


「1次会は美術部員だけで、部活の時間に食堂でやるんだけど、これはサラちゃんの誕生日を口実にして、みんなでケーキを食べるだけだから」


「それで、2次会は夕食後なんですね」


「服装は部屋着でいいけど、一応お風呂は済ませておいたほうがいいと思うよ」

「了解しました」


 ――こんな感じで、脇谷さんに2次会への参加を要請されたのである。






「はい。2次会は夜8時からです。カノジョさんの許可も取れたんですか?」


 ジャイコさんが、ニヤニヤしながら僕に質問する。

 ネネコさんと僕が付き合っている事は、周知の事実となっているようだ。


「あはは、僕のカノジョは心が広いですから、この程度なら何も問題ないですよ」


 ネネコさんは「べつにいいんじゃね?」と一言で参加を許可してくれた。

 独占欲の強いカノジョじゃなくて良かった。


「2次会にはダビデ先輩意外は誰も呼んでいませんから、参加者は5人です」

「えっ? 脇谷さんは参加しないんですか?」


「モエ先輩は部長が苦手なので、もともと参加するつもりは無かったみたいです」

「そうでしたか」


 脇谷さんは口車くちぐるま先輩が苦手なようで、2次会は不参加らしい。


 僕も正直苦手ではあるが、今の僕があるのは口車先輩のお陰でもある。

 それに、口車先輩は柔肌さんのお姉さまだ。失礼のないように気を付けないと。

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