第157話 敗者は悔しがるのが礼儀らしい。
中間試験最終日の午後。
4時間目のホームルームで即日返却の答案用紙を受け取った後、先週の木曜日と同じように担任の
これで右腕が自由に動かせるようになれば、完全復活だ。
今日も、先週までと同じように天ノ川さんが同行してくれて、新妻先生と一緒に待合室で待機してくれている。
治るまでに時間が掛かってしまうと、先生方にも寮の仲間にも申し訳ない。
僕はレントゲンを撮ってもらいながら、寮の仲間の笑顔を思い浮かべていた。
「右腕のヒビも消えたようだね。もう、ギプスも必要ないでしょう」
外科の先生からは、嬉しいお言葉を頂いた。
レントゲン検査の結果、右腕の骨折も完治したらしい。
僕が両手と右腕を骨折してから3週間。ここで最初に診てもらったときには、全治1か月か2か月と言われていたので、予定よりはだいぶ早かった。
これも寮のみんなが手厚くサポートしてくれたお陰だろう。
待合室に戻ると、天ノ川さんが自分の事のように喜んでくれて、まだ指に力が入らない僕の右手を両手で温かく包んでくれた。
「病院へ何度も連れて行って下さって、ありがとうございました」
学園に戻った後、新妻先生にお礼を言って、頭を下げる。
「これで一安心だけど、あんまり無理をしないようにね」
「はい。これからも気を付けます」
先生は校舎のほうに行ってしまったので、天ノ川さんと2人で寮に戻ると、食堂前のロビーには中間試験の成績上位者の名前が既に張り出されていた。
「甘井さん、四天王が発表されているみたいですよ」
「そうですね。確認しておきましょうか」
入り口に一番近いところには、1年生の成績上位者の名前が張り出されていたので、まずはそちらから確認する。
1年生成績上位者
1位 真瀬垣里稲
2位 蟻塚 子猫
3位 畑中 果菜
4位 大間 名子
1年生のトップはリーネさんだった。
リーネさんは1学期の期末試験を体調不良で欠席してしまった為、前回はランク外だったが、その前はトップだったので、これは順当な結果と言えるだろう。
前回トップだったハテナさんが3位で、前回2位だった
そして前回3位だったネネコさんは、今回は2位にランクアップしている。
これは、いい意味で僕の予想を裏切る結果だ。
「ネネコさん、頑張りましたね」
「ふふふ……甘井さんのカノジョとして恥ずかしくないように私が厳しく指導しましたし、素敵なカレシが出来たお陰で、本人のやる気も十分でしたよ」
ネネコさんから告白されたところで、今までと何も変わらないだろうと思っていた僕にとって、これはかなりの驚きだった。
僕の存在が、ネネコさんにとって少しでもプラスになるのであれば、それは僕にとっても嬉しい事だ。
「それは良かったです。僕もネネコさんに負けないように頑張らないと」
一方、僕のかわいい妹は残念ながら四天王から外れてしまったようだ。
今回のポロリちゃんは、僕の誕生日を祝うために全ての時間を費やし、甘栗祭が終わった後も、僕がみんなからもらったプレゼントの仕分けを手伝ってくれた。
つまり、僕が妹の足を引っ張るような状態だったという事である。
これは今回の試験での大きな反省点だ。
次は2年生。
2年生成績上位者
1位 浅田 千奏
2位 安井 愛守
3位 大場 迎夢
4位 本間 耶那
2年生は、今回も
3位以下は混戦のようで、今回は3位が
続いて3年生。
3年生成績上位者
1位 羽生嵐 葵
2位 搦手 環奈
3位 信楽 鼓
4位 高木 初心
3年生は、
四天王に関しては1学期からずっと同じ4名で、2位から4位までの3名は成績にあまり差がないようだ。
そして、僕達4年生。
4年生成績上位者
1位 大石 御茶
2位 甘井 道程
3位 横島 黒江
4位 天ノ川深雪
今回のトップは大石さんで、僕は残念ながら2位に落ちてしまった。
3位と4位は前回と変わらず、3位が
「やはり、大石さんには勝てませんでしたか」
「甘井さんはケガをされていましたから、今回は仕方ありませんね」
天ノ川さんの言葉通り、僕は試験期間中ずっと右手が使えず、解答用紙には左手で文字を記入していた。自分でも読めないような下手な字だったので、先生方も読みにくかったのではないだろうか。
それに、書くスピードも普段より遅かったので、時間も少し足りなかったのだ。
「ちょっと男子ぃ! なんで私がトップなのよ!」
少し落ち込んでいたところ、四天王筆頭の大石さんに、後ろから肩を叩かれた。
横島さんと一緒に、食堂で僕達の帰りを待っていてくれたらしい。
「ふふっ、ふふふふっ……なんだか懐かしいですね」
大石さんは、自分がトップを取ってしまった事に気まずさを感じているのか「男子が
今回の僕は、要点をまとめたノートを見せてもらっていた立場である。
そのノートを作ってくれた人には勝てる訳がないのだが、右手のケガは言い訳にしない約束なので、ここは大石さんを
「学年トップおめでとうございます。今回は僕の完敗です」
僕は大石さんに頭を下げてから、両手を高く上げた。
「なんでそんなに涼しい顔なのよ。負けたら悔しがるのが礼儀ってものでしょ?」
負けたら悔しがるのが礼儀か。
大石さんらしい、面白い考え方だ。
「僕がなんとか2位を取れたのは、大石さんのノートのお陰ですから」
「じゃあ、その手は何? もうお手上げって事?」
「これはお手上げじゃなくて、またハイタッチしてもらおうと思いまして」
「あっ、そういう事ね……ちょっと男子ぃ! 高すぎて届かないんですけどぉ!」
「ふふっ、ふふふふっ……小学校の頃は女子の方が、背が高かったですよね」
大石さんの身長は女子高校生の平均くらいで、決して小柄な訳ではない。
これは、3か月の間に僕の背と腕が伸びていた為だ。
ここは少し手を下げないと。
「ごめんなさい。このくらいでどうですか?」
「もう叩いても平気なの?」
「今日ギプスが取れたばかりなので、お手柔らかにお願いします」
「また骨折しても、知らないからねっ!」
――パチン!
順位が入れ替わって、僕は「陛下」から「男子」に格下げになってしまったが、大石さんとは2回目のハイタッチだ。
「ミサさん、学年1位おめでとうございます」
「ありがとう、ミユキさん。きっと今回だけだろうけどね」
天ノ川さんが大石さんに祝いの言葉を掛けると、大石さんは苦笑いで答えた。
「甘井さん、ご回復おめでとうございます」
横島さんは、右腕が治った僕に祝いの言葉をくれる。
「ありがとうございます。寮のみんなが助けてくれたお陰です」
学年トップから落ちてしまっても、この世界は僕に優しかったようだ。
次の日の席替えでは、学年トップの大石さんが前列の左から3番目の席を選んだので、2位の僕は迷わずに大石さんの右隣の席を選んだ。これは、大石さんが僕のことを「陛下」と呼んでいたのと同じく、自分なりの罰ゲームである。
負けたら悔しがるのが礼儀らしいので、次回は大石さんに大いに悔しがってもらう予定だ。その為には僕自身が大石さん以上に努力しなければならない。
僕が席を選んだ後、通路を挟んだ右隣の席に3位の横島さんが座り、僕の真後ろの席には4位の天ノ川さんが座った。
そして、天ノ川さんの隣、大石さんの後ろの席には、当然のようにくじを引き当てた
「私はやっぱりこの席か。ミユキちゃん、よろしくね!」
「ふふふ……ユメちゃん、お待ちしておりましたよ」
この席は1学期に花戸さんがずっと座っていた「花戸さんの聖地」であり、前回の席替えで花戸さんから「お願い」され、昨日まで僕が座っていた席でもある。
これは、もしかしたら花戸さんに掛けられた呪いなのかもしれない。
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