第19話 美術部の催し物がヤバイらしい。

「ただいまー」


 身体測定を終えて、天ノ川さんと一緒に寮の101号室に戻る。


「おかえりなさい、お姉さま。お洗濯、脱水まで終わりました」


 天ノ川さんと僕が手を洗うために洗面所に入ると、すでに今日の洗濯は終わっていたようだ。


 セーラー服に着替えたネネコさんが脱水まで終わった洗濯物を取り出して、体操着のままのポロリちゃんと一緒に広げている。


「2人とも覚えるのが早いし、気が利きますね。ありがとう」


 天ノ川さんが特に指示を出していた訳ではないらしい。自分達のパジャマが脱衣籠に移されているのを見て、自主的に行動したようだ。2人とも働き者だ。


「はい、お兄ちゃんの出番だよ」


 ポロリちゃんは楽しそうに広げた洗濯物を渡してくれる。


「了解。どんどん渡して!」


 僕は昨日と同じように受け取った洗濯物をどんどん干していく。

 天ノ川さんはネネコさんから受け取った洗濯物を干している。


 すぐに干し終わってしまったが、食堂が開くのは12時なので、余った時間で風呂場やトイレを手分けして掃除しながら時間を潰す。


 12時のチャイムが鳴ると4人で食堂へ。

 ネネコさんだけ制服姿で、3人は体操着の上に学校指定のジャージを着ている。


 食事中にネネコさんが「お姉さまはバスト何センチでしたか?」と本人に直接聞いたのには驚いたが、天ノ川さんは「食事中に何てことを聞くのですか!」としかったあと「そういう話は部屋の中でするものです」と付け加えていた。


「お兄ちゃんのせいは何センチなの?」

「ようやく160センチを超えたよ。1ミリだけだけどね」


 僕は、ポロリちゃんに身長を聞かれたので正直に答えた。


「すごーい。ポロリはね、137センチなの」

「ボクは142センチだよ」


 ポロリちゃんとネネコさんは僕が聞き返す前に嬉しそうに教えてくれる。身長はネネコさんのほうが5センチ高いらしい。


 思えば3年前、中学1年生だった僕の身長は、今のこの2人と同じくらいしかなかった。僕はこんなに小さかったのか。3年間で20センチ伸びたが、それでもまだ同学年の男子の平均身長には遠く及ばない。


「体重はナイショだけど、ネコちゃんよりポロリのほうが少し軽いの」

「ボクのほうがロリより背が高いからね」


 ポロリちゃんの体重は、おそらく30キロ未満だろう。

 そうでなければ僕の力であんな簡単に「お姫様抱っこ」は無理だ。


「でもスリーサイズはポロリもネコちゃんと同じくらいだったよ」


 こちらも見た目通りか。

 2人とも華奢きゃしゃで、体の厚みはほぼ同じくらいに見える。


「アンダーバストはボクの方がロリより大きかったけどね」


 ネネコさんがドヤ顔で自慢している。

 そこは喜ぶべき点ではないような気がするのだが……。


 食後の座談会が終わると、ポロリちゃんは「今日は、みんなでお野菜の種をまくの」といって外に行ってしまい、天ノ川さんもジャージ姿のまま、部活へ行ってしまった。


「ボクはこれから部活を見に行くけど、ミチノリ先輩はどうする?」

「う~ん、僕もそうしようかな」


「じゃあ、これからボクと一緒に見て回ろうよ!」

「了解。僕も一応着替えてから行くから、ちょっと待っててね」


「それなら、ボクが先に行って偵察しておいてあげるね!」


 ネネコさんに誘ってもらい、2人で部活見学に行くことになった。僕は急いで部屋に戻り、制服に着替えてからネネコさんの後を追う。


 天ノ川さんの説明によると、ここには部室棟などというものは無く、それぞれの活動に適した教室を借りて使っているそうで、見学は必然的に校舎内を回る事になる。


 昇降口で上履きに履き替えたところで、


「ミチノリ先輩! ちょっとこっち来てよ! マジ、ヤバいから!」


 普段よりもハイテンションなネネコさんに、いきなり左手を引っ張られる。


 初めてできた友達とはいえ、かわいい女の子にいきなり手を握られたので、一瞬ドキッとしたが、素直にそのまま連行されることにした。


 女の子と手を繋いで歩くなんて、もちろん生まれてから初めての経験だ。

 ネネコさんの手は僕の手よりずっと小さくて、少しひんやりとした感じだった。


 階段を上り、連れてこられた場所は2階の1番奥の教室――美術室だ。


「ほら! アレアレ!」


 ネネコさんの指差すホワイトボードには大きくこう書かれていた。

『新入部員大歓迎! 只今ヌードデッサン体験会実施中!』


 ――これはたしかにヤバいかもしれない。


「一緒に入ろうよ! おっぱいタダで見れるじゃん!」


 ヌードデッサンって美術部ではいつもやっている事なのだろうか。


 それに、ネネコさんはモデルがおっぱいの大きい女性だと決めつけているようだが、仮にそうだとして女の子が女性のハダカをデッサンして楽しいのだろうか。


「たしかにそうかもしれないけど、ネネコさんなら、着替えとかお風呂とかでいつでも見れるんじゃないの?」


「ミチノリ先輩は、分かってないな~。お風呂でハダカなのは当たり前じゃん! 教室でハダカだからエロいのに~」


 美術室の前でお嬢様らしからぬ、よこしまな会話をしながら入るのを躊躇ちゅうちょしていると、ネネコさんが受付の女の子から声を掛けられた。


「もしかして、入部希望なの? 絵を描くのは好き? 見学だけでもどう?」

「うん、ボクは『お絵描き』好きだけど、ミチノリ先輩はどうする?」


 冷静に考えるとモデルはハダカの女性ではなく、石膏せっこうでできたギリシャ彫刻みたいな男性ヌードの像ではないだろうか? きっとそのほうが新入生の女の子も喜ぶと思うのだが。それに、モデルが本当にハダカの女性だったとしたら僕が参加したらまずいのではないだろうか。


「よろしければ、甘井先輩もご一緒にいかがですか?」


 僕が返答に困っていると、受付の女の子からこちらにもお誘いがくる。


 一瞬「何で僕の名前知っているの?」って思ったが、そういえば一昨日、寮でみんなに紹介されたのだった。先輩と呼んでくれているから、この子はきっと2年生か3年生だ。


「いいんですか? 僕なんかがお邪魔しても」


「もちろんですよ。部長から甘井先輩を見かけたら『必ずお招きするように』とまで言われていますから」


「すげぇ! ミチノリ先輩、モテモテじゃん!」


 ネネコさんは素直に喜んでくれているようだが、僕は逆に不安になった。

 もしかしたらヌードデッサンって僕を釣る為の罠? 念のために確認してみる。


「ヌードデッサンっていつもやっているんですか?」

「いえ、いつもってわけじゃないですけど、去年も何度かやっていましたよ」


 僕に対する罠っていうのは考えすぎか。今日だって実際に釣られたのは僕ではなくネネコさんだし。ならばあとは僕自身の問題だ。


「ヌードデッサンって難しそうですけど、誰にでもできるものなんですか?」

「ぜんぜん難しくありませんよ。ただハダカを見てシャセイするだけですから」


 えっ⁉ ……ああ写生ね。デッサンですよね。

 受付の子はとても真面目そうで、言葉には全く他意はないようだった。

 この笑顔を見てしまうと、もう後には引けない雰囲気だ。


「分かりました。それでしたら、僕も参加させてもらいます」

「ボクも参加しまーす!」


 僕の言葉にネネコさんも喜んでくれたようだ。




「それでは、こちらにお名前を書いてください」


 受付票の注意事項に目を通し、署名をする。


注意事項:この体験会は美術部への入部を強制するものではありません。

     写真撮影およびカメラの持ち込みは禁止です。

     美術室内では必ず美術部員の指示に従って行動してください。


アマイミチノリ


 ボールペンをネネコさんに渡す。すぐ下にネネコさんも続く。


アリヅカネネコ


「では、お入りください。只今デッサン中ですので、お静かに願います」


 受付の子の案内で美術室に入る。室内は厳かな雰囲気だ。思っていた以上にガチというか、皆真剣に黙々とデッサンしている。中央にモデルの女の子がいるようなのだが、大きな画板に囲まれていて、ここからではよく見えない。


 実に場違いな感じだ。僕ら2人は間違いなく浮いた存在だ。ネネコさんもそれを感じ取ったようでお互いに驚いたように顔を見合わせた。


「どうぞ」


 と小声で画用紙が数枚挟まった画板と鉛筆を渡され、席に案内される。


 モデルの正面は部員の先輩方が大きな画板を台に固定して陣取っており、案内された席はモデルの背後である。


 こちらに背を向けて体育座りをしているモデルの女の子は本当に全裸であった。


 白い背中、細いウエスト、華奢な肩、そして少しクセのある髪は耳の後ろの上のほうで1つにまとめられている為、うなじもよく見えていた。


 ――これが「美」というものか。


 その白く綺麗な背中の、あまりの美しさに驚き、いつまでも眺めていたいとさえ思った。想像していた……というか、期待していたエロさとは違った感動だった。


「はい、少し休憩ね!」


 合図と同時にモデルの女の子は曲げていた脚を伸ばして深呼吸し、今度は軽い体操のように体を左右にひねった。


「おおっ!」


 ネネコさんが声を出した理由はすぐに分かった。白くて綺麗なおっぱいがチラリと見えたからである。幸いなことにモデルさんには聞こえていなかったようだ。


 皆の前でハダカになるのも大変だが、黙って同じポーズをずっと続けるのはもっと大変そうだ。ストレッチくらいはさせてあげないと体がもたないだろう。


 しばらくしてモデルさんに次のポーズの指示がでる。


「今度は違うポーズお願い! 手は頭の後ろで組んで! そのまま立ち上がって体をひねって――そう、振り返るような感じ」


 モデルの女の子は先輩の指示通りに、頭の後ろで手を組んで立ち上がる。細身だがお尻はふっくらとしており、女の子らしい丸みを帯びている。


 続いて細い腰をきゅっと捻り、わきと胸をこちらに見せつけるように、堂々と振り返る。それは、まるで女神のように神々しく、隣で「お絵描き」しているネネコさんですら声もでないくらい、幻想的な、まさに芸術だった。はずだったのだが――


「甘井……センパイ⁉」


 モデルの女の子と目が合った途端に、僕の頭の中で天ノ川さんの言葉がよみがえる。


『ふふふ……大丈夫よ。柔肌やわはださん、私なんかよりずっとスタイルがいいですもの』


 女の子は、つい数時間前に僕が身体測定した3年生の柔肌さんだった。


「えっ? 柔肌さん⁉」


 先ほどまで堂々としていた女神の顔がみるみる赤くなり、手や足が震えだす。

 そして、柔肌さんはその場で泣き崩れてしまった。


「おい! サラ! しっかりしろ! 大丈夫か?」


 柔肌さんにポーズを指示していた長身の先輩が慌ててそばに駈け寄る。


「キミはいったいサラに何をしたのだ!」

「すみません……多分、僕のせいです。ごめんなさい」


 長身の先輩に詰問され、反射的に頭をさげる。


 何をしたかと問われれば、僕は柔肌さんのハダカを見たということになる。見ていいと許可をくれたのはあくまでも受付の子であり、柔肌さん本人ではない。


 この反応からすると、柔肌さん自身は、僕に見られているとは知らなかったはずだ。目が合って初めて僕に見られていることに気付き、恥ずかしさで泣き崩れてしまった。プロのモデルさんならまだしも、中学生の女の子が異性である僕にハダカを見られたわけだから、それは当然の反応だろう。


 僕のせいであることは明らかだ。


「え~っ? なんでミチノリ先輩が謝るの? なんにも悪い事してないじゃん!」


 ネネコさんは僕をかばってくれている。それは素直に嬉しい。でもこうなってしまったのは、きっと僕のせいだ。


「ごめんなさい、お姉さま……私にはもう無理です……」


 柔肌さんは任務を全うできなかったことを先輩に謝っている。

 泣き止む気配はない。


「……わかった。後のことは私がなんとかするから、今日はもう帰って休め」

「はい……すみません。お姉さま、お先に失礼します」


 柔肌さんは先輩から渡されたガウンを羽織ると、肩を震わせながらゆっくりと退場していく。


 どよめきがおこった会場には何とも言えないイヤな空気が漂っていた。

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