第2話 最初の友達は小柄な少女らしい。
「すみません。お待たせして、すみません……」
まだ集合時間までにはかなりの余裕があったが、先に到着していたややツリ目な女の子に不機嫌そうに
「えっ? なんで謝ってんの?」
女の子は僕の顔を下から
どうやら怒っていたわけではないらしい。
「男の子ってことは、君がドーテークンかぁ」
――ああ、いきなりそう来ましたか。
僕の名前は
でも中学を卒業したばかりなら普通は童貞だろう。むしろ童貞じゃないほうが不健全ではないか。童貞のどこが悪いのだ。
そう思いながらも話を合わせてみる。
「えっ? なんで分かるんですか? 確かにそうですけど……」
「なんでって、ドーテーで女の子だったら変じゃん」
僕が女の子だったら「処女クン」とでも言うつもりだったのだろうか?
なんだか微妙に会話がかみ合わない。おかしな人だ。
「あっ、ごめん! 自己紹介がまだだった。オレは
――オレ?
たしかに髪も長くはないし胸も平らかで、見た目は小学生の男の子に近い感じではあるが、声も高いし肩幅も狭い。すらりとした手足は
「どうしたの? もしかして、かわいいオレに見とれちゃった?」
こちらをからかうような上目使いで、さっきと同じようにニッコリと笑う。
笑顔で僕を見上げる蟻塚さんは、自覚して当然なくらい、かわいい女の子だ。
「……そうですね。お陰で少し緊張が解けました。僕のほうこそ、よろしくお願いします」
僕は慎重に言葉を選び、できるだけ丁寧に対応した。しっかりと頭も下げた。
「席、オレの隣じゃん。あとの2人が来るまでおしゃべりでもしてようぜ」
この部屋での僕の席は、蟻塚さんの左隣だった。僕は荷物をバッグごと机の下に押し込み、上着を脱いでハンガーに掛ける。隣のハンガーには蟻塚さんが着ていたものと思われるグレーのパーカーが掛かっていた。
蟻塚さんとのおしゃべりは、その間にすでに始まっていた――といっても僕はただ相槌を打っているだけだったのだが。
「……それでね、ママがここに入れば少しは女の子らしくなるかもしれないからってさ。もっと弟と一緒に遊びたかったのに、お嬢様学校なんて冗談じゃないよー」
カーチャンじゃなくてママなんですか? と僕は心の中でツッコミをいれる。
「弟はね、
こちらはほとんど
蟻塚さんは弟さんのことが大好きな、いいお姉さんみたいだ。
「ドーテークンは? 何でこんな学校に来たの?」
蟻塚さんに促されて、僕は今までの境遇と、ここに至る経緯を簡単に話した。
「……というわけで、花婿修業ということで東京から逃げて来ました」
「そっかあ、ドーテークンは東京からか。オレは神奈川だからもっと遠いけどね」
蟻塚さんは相槌を打ちながら、僕の話を真剣に聞いてくれる。
「……という感じで、ずっといじられ続けていたので、実は、ここでも少し不安なんです」
「えっ? それって完全にイジメじゃん。うーん、たしかにドーテークンは、うちのトラジと比べるとちょっとさえない感じだもんね。もし、ここでもイジメられるようだったらオレに言いなよ。弱いものイジメは、ネーちゃんが許さないから!」
僕の話を聞いてくれた後、蟻塚さんはこう言ってドヤ顔で自分の平らかな胸をぽんぽんと軽く叩いた。右も左も分からないようなこの場所で、最初にこの人と知り合えたのはラッキーだったと思う。
「そう言ってもらえると心強いです。蟻塚さん、さすがお姉さんですね」
僕はさらに慎重に言葉を選び、尊敬の念をこめて丁寧に対応した。
「ところでさぁ、なんでオレに敬語なの? ドーテークンがそんなだから周りからナメられるんじゃね? オレたちは同じ部屋の仲間だし、この学校での最初のダチだろ?」
――ダチ?
「ダチ」なんて言葉を実際に使う人は初めて見たので、
たしか前にテレビで見た「懐かしの昭和」とかいう番組で、油で固めた変な髪型の高校生が、そんなことを言っていた気がする。高校生なのにオジサンにしか見えなかったし、信じられないくらいズボンが太かったのも覚えている。
だから言葉の意味は理解できた。蟻塚さんは僕を、この学校での最初の友達として認めてくれているのだ。
今までの僕に「ダチ」と呼べるような人がいただろうか。
僕にとって蟻塚さんは「この学校での最初のダチ」というよりは「僕の人生で最初のダチ」かもしれなかった。
こんなにかわいくて頼もしい女の子が友達になってくれるなんて、僕はそれだけでここに来て良かったとさえ思えた。
相部屋で不安だったが、これで孤立してしまう心配もないだろう。
「ドーテークン、なに、ニヤニヤしてんの? ちゃんとオレの話聞いてる? それに、さっきからオレが名前で呼んでるのは、オレも名前で呼んでほしいからなんだぜ! 少しは空気読まなきゃ、ここでもイジメられちゃうよ」
なるほど、そういうものなのか。
僕の呼び名はいつの間にかドーテークンに確定していたが、そんな
蟻塚ネネコさん。この人は僕の人生で最初のダチだ。
「わかった。ありがとう、ネネコさん」
「うん。それでいいよ。でも、トラジみたいに『ネーちゃん』って呼んでくれてもいいんだぜ!」
「いや、姉ちゃんって呼んでいいのは弟さんだけでしょう?」
「えっ? なんで? ネネコだから別にいいじゃん」
どこまでが本気でどこからが冗談なのかはよく分からないが、面白い人だ。
この人、知らないオジサンから「そこのネーちゃん」なんて呼ばれたらどういう反応をするのだろうか。まあ、見た目は「そこの嬢ちゃん」か「そこのボク」なので、そう呼ばれる心配はなさそうではあるが。
「あと2人来ないね? そういえばさ、表札に『なんとかぽろり』って書いてあったけど、どんな子だと思う?
「うん、たしかに僕も読めなかった……なんて読むんだろう? オニビさん?」
実は「
「やっぱり、おっぱい大きいのかな? だってポロリだよ! 絶対巨乳だよ! ドーテークンは大きいおっぱい好き?」
おっぱいポロリ。それは全男子の憧れだ。
もちろん僕も大きいおっぱいは嫌いではない。だが、ここで好きと答えてしまうのは胸のないダチに失礼な気もする。そんなことを考えて答えに詰まっていると、ネネコさんは僕の返答を待たずに自分の見解を堂々と先に述べた。
「オレは好きだな! 大きいほうがエロいし、強そうじゃん!」
見た目や言葉遣いだけでなく、もはや会話の内容までもが小学生の男の子みたいになってきた。
お嬢様学校がこれほど似合わない女の子は、ネネコさんをおいてほかにいないだろう。もちろん、そのお陰で僕はこの人と楽しく会話ができるのだけれど。
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