23.将器


「さあて、どうしよう勝ちすじが見えないぞ」


 開始線につくなり香耶乃かやのが頭を抱えます。


「いきなり士気を下げないでください!」

「だあって一度は棄権きけんでまとまったんだよ? それを四夏しなっちゃんがさあ」

「ご、ごめん」


 顔をあげたその目がニッと細められました。


「いいって。それに勝てないとは言ってないし、ふふん」

「前置きのヒマ、あるの」


 地面を剣先で引っかいてりん

 ないけど、ととぼけて香耶乃は腰に手を当てました。


「しばらくは手探りかな。タイムアウトのフラッグが無限にほしいね。パトリツィア選手の底は見えないし弱点らしい弱点もみあたらない。放置もできないけど幸い四夏っちゃんにご執心しゅうしんみたいだからある程度は誘導できる」


 状況のわりに他人ひとの恋バナでもするような香耶乃へ四夏は自分を指さします。


「わたしがエサになるってこと?」

「どっちかと言えば闘牛士マタドールのマントかな。ちょっと極端なことやって出方でかたを見たい。相手チームがあのお姫様をいさめるのか、それとも好きにさせるのか。戦闘面では専門家から何かある?」


 水を向けられてさくと凛が応じました。


「とにかく間合まあいから外れることです。長柄物ポールの距離で戦うと馬鹿をみます」

「重い武器は使う方も体力を消耗す、る。まずは直撃させないこと」


 うなずきながらかたむいていく香耶乃の頭。肩と耳がくっつく所までいってようやくそれが勢いよく戻されます。


「よっし、じゃあやっぱり様子見でいこう。ただし守備的にはならない。主導権をうばって結果的に安全も確保する。んで、できるだけ多くの情報を」


 身振り手振りでかきこむ動作。都合の良すぎるような方針も彼女が言うとできるような気がするので不思議です。


「作戦名は〈カーテンタッセル〉でどう? 広がった相手をキュッとまとめて……そうだねまずは、首級くびのひとつくらい上げられたらいいかな」



 陣形は古典こてん的な等間隔の横一列が選ばれました。

 右端に向かい合うのは四夏とパティ。四夏が軽く動いてみてもぴたりとマークが離れないのは中華チャイナ戦の香耶乃と趙天祐ちょうてんようを見るよう。けれど固執こしつの度合いでいえば天地の差があるでしょう。四夏とてこの試合、パティから目を切るつもりはありませんでした。


互いの名誉にかけてオン ユア オナー


 何度目かわからない号令。名残なごりを惜しむように長くまばたきをして、白い光の降る戦場へ意識を放ちます。


開始ファイト!』

  

 黄旗がふられ進出する両軍。

 四夏は気取けどられないよう歩調を早めて先行。パティの鎧のぎ目が見えるくらいまで近づいたとき、一気にナナメ前、敵戦列の中央へと切り込みました。

 狙うは司令塔たるナタリア。相手の足並みが戸惑うようににぶくなり。


「シィ――ナツうううう!」


 四夏を追うパティによって押し詰められていました。行く手をさえぎられたレオが遊兵化。同時前線がぶつかります。香耶乃の作戦通りに。


「総員、抜剣ばっけぇええんッ!」


 号令一下、四夏たちはダガーを抜き構えました。


「「っ!?」」


 不意のことに急制動するチームポーランド。四夏は片手に持った剣先を足元へ向け、その影に隠れるように構えます。香耶乃は丸盾の内側にダガーを隠し、朔は長短二刀の切っ先を近づけた円相えんそうの形。

 ヒット即クリティカルのダガーは持つだけで圧力が増すもの。同時持ちは長柄ながえ武器にはない長所であり。


「よぅし引っかきまわすぞ、はいポイ!」


 四夏たちはしました。足元に捨てたダガーをまたぎ、剣身の中ほどへと持ち手を滑らせます。


「ハーフソード……ッこいつら!」

「イッヒヒ、両手剣で二刀流なんてできるのは師範マスターくらいのもんだよ」


 ダガーは相手の大振りを抑止するための見せ。本命は両手剣でポールアームの間合いを潰す超接近戦クロスプレー

 浮かされたレオのぶんだけ余裕のできた四夏と朔でナタリアへと殺到します。


「くっ……トリシャ、自重して!」

「どうして? このために来たって言ったじゃない!」


 唯一、ダガーにも頓着とんちゃくする様子をみせなかったパティだけが大上段。四夏の後頭部に降らせる彗星すいせいのごとき一撃。それを。


「パトリツィア・スヴェルチェフスカ――」


 ハーフソードの代名詞というべき彼女が横撃していました。


「――御首おんくび、頂戴!」


 中央に切り込んだ四夏と入れ替わる変則の〈逃走と突撃エスケープ&オンラッシュ〉。首を締めにいこうとした剣が瞬時に振り向けられたポールの持ち手に阻まれます。


「わっビックリした! すごい殺、気――ッ!」


 勘と反射で防いだパティの喉をぐロングソードの柄尻ポンメル。そこには重ね握られたダガーの刃。


――うそ。最初の技、フェイントじゃなかったわ?

――殺気をキャッチしているなら当、然。私は常にあなたが憎い。


 連環れんかんする剣。攻撃が即次撃の溜めとなる剣戟けんげきの理想。日本アーマードバトルの最高峰たるマスタージョエルに鍛えられたその剣術は両刃剣ダブルブレードなどという奇襲においても十全。

 長柄ポールを抑えつつ回り込み、胸元と兜のはざまをこじ開ける正確な突き。それを。


「そう、アナタ。シナツに一番ができてほしくないのね?」

「っ」


 かき抱くように寄せられたひじとポールがへし折っていました。けれどそれよりも言いあてた言葉こそ凛には衝撃で。


「皆を愛してる彼女が好きで。たくさんの大切の中のひとりで充分なんて健気けなげね、いじらしい」

「――だ……ッ!」


 まるで触れた剣から心が読み取られるような。

 慈母のごとき瞳に激高げっこうしそうになって直後、耳をつんざくような高音に意識を奪われます。



 ほぼ時を同じくして、四夏は朔と二人がかりでナタリアを封じていました。

 ポールアクスの間合いは中央を持っても腕一本より長く、対するハーフソードは肘から先くらいの距離でも取り回しできるもの。とはいえ突きを頼みとした構えであるのでルール内では決定打に欠けるのも事実。


「……?」


 退こうとすれば足がらみが入るものの、奇襲にしては冗長じょうちょうな攻めにナタリアが不審を抱く直前。


「――!」


 声を殺した裂ぱくの気合がその背後へすべり込んでいました。

 香耶乃がアントニー・ミハウ相手に防戦。それによりフリーになったのはただ一人、このためにダガーを捨てなかった杏樹。


(1×1!)


 致命傷クリティカル狙いはフェイントと思わせたうえでの一点奇襲。ここまでをデザインされたゲームメイク。


「っそこ!」

「ぇあ!?」


 しかし腋下へと突きこまれたダガーは不発。シャットアウトするように落とされた腕によって。


(嘘、なんで見えて……?)


 ふと四夏はポーランドキャンプでナタリアと戦った時のことを思い出します。まるで後ろに目があるようなかんのよさ。

 まさか本当に見えているのかと、疑ったところで。


『――戦術的撤退Tactical retreat! タイムアウト!』

「へっ?」


 ホイッスルが鳴り響いていました。戦闘が止まり香耶乃がひたいへ手をあて空を仰ぎます。

 敵陣奥。レオが自陣フラッグを引き抜いていました。





「レオ! どうして止めたの!?」


 ポーランド陣。四半分線クォーターに押し込められた最奥でパティが食って掛かります。レオは柵に腰をへばりつかせて両手をあげました。


「ぃゃいや、なんか相手のペースだったし? お姫だって初撃が横槍よこやりじゃあプライドがねぇって痛い痛いってば!」


 その膝頭ひざがしらをふくれた顔で踏みつけるパティ。


「僕がお願いしたんだ」


 遅れて戻ってきたミハウがこともなげに言いました。


「怒らないで姉さん。チームみんなで勝つためだよ。もう姉さん一人の戦いじゃない、でしょ?」

「ワタシは……っ」

「きっとあの子はまず将器しょうきを比べたいんじゃないかな? 姉さんだってただぶつかって終わりじゃ物足りないでしょ?」

「…………」


 長い沈黙のあとパティはレオをにじっていた足をどかします。


「心配いらないよ。軍勢として戦えば敵も思い知る。小手先の戦術なんて意味ないってことを」

「そう、ね」

「さあ座って。脚を休ませなきゃ」

「ありがとう。ミハウ」


 腰をおろしたその膝をマッサージするミハウ。横でレオがホッと胸をなでおろすジェスチャーをするとナタリアは鼻を鳴らします。

 どちらが年上かわからないほどパティは弟に従順なところがあります。まるで大きな借りがあるかのごとく。ミハウはミハウでそんな彼女の負い目でかげったまなざしを甘受しているフシがあり。


「ふんふん、兄弟愛だな?」

「どうだか。まあ……」


 自分のこれは同族嫌悪かもしれないけど、と口にするかわりに視線を外します。

 パティの中にあるまばゆいまでの無邪気さと残酷さ。そのコントラストに苦しむ彼女の背中を、自分は押そうと決めミハウは支えようとしている。


「ナタリアさん」

「ええ、わかっているわ」


 どちらもきっと彼女には必要で、そう信じるからこそ協力することに迷いはないと。


「完膚なきまでに叩き潰す。〈衝撃突撃Husaria szturm〉で」





 柵に寄りかかるなり脱いだヘルムに額をぶつけた香耶乃。らしからぬ感情的な様子に一同の視線が集まります。


「……ふう、よし。リセットした」


 わざとらしいほどの笑みはしかし、そうさせるだけのマズい状況があるということ。


「まさか撤退するとは思わなかった。あっちの指揮官も慎重だね」

「ごめんあたしっ失敗して、」

「問題は、なに」


 凛がさえぎり、泣きそうな杏樹あんじゅへ朔が肩を組みます。香耶乃は軽くうなずいて続けました。


「情報も戦果もとれないままタイムアウトを使われたこと。私たちは作戦ごとに相手をけずってタイムアウトを挟んでまた作戦……ってカンジでやってきたわけだけど、今からは指揮の通らない長丁場ながちょうばを地力で勝る相手と戦わなきゃならない」


 四夏はやや離れた敵陣奥をみやります。座り込んだパティが膝をミハウにゆだねているところでした。


(足、悪いのかな。今までの試合でも全然そんな感じはしなかったけど)

「四夏っちゃん、聞いてる?」

「えっあっ何?」


 じろりと突き刺さる視線。大きな体をちぢこめた四夏に香耶乃は頭をかきます。


「だから、戦況判断を各自に任せるってこと。具体的には全員が立ち位置チェックの頻度ひんどをふやして、事前に決めたポジションで動いていく」


 それは他チームとの差別化をはかるうえで香耶乃が打ち出した方策でした。身体のトレーニングと並行して全員が共通する戦術観をもつこと。ヘルムの遮音しゃおん性と視野の狭さが連携れんけいをはばむアーマードバトルにおいてそれは大きなアドバンテージになるはずと。


「最初の動きだけ私がハンドサインする。そこからは流れ次第ってコトで」


 四夏がアンドラ救援では口にしなかったもう一つのポジション、鼓笛手ファイファー。五人ともが歩兵フットソルジャー猟兵イェーガー鼓笛手ファイファーの訓練をし均質化したことに〈三つ編み騎士団〉の強みがありました。


「全員鼓笛手はあくまで補助的なポジショニングです。長引くほど形を保てなくなりますよ」

「できれば最初の陣形だけで有利にもっていきたいけど、そう上手くはいかないだろうね。形勢不利になったら私か朔っちゃんの判断で自陣ウチのフラッグを取りに行く。だから最初は深めに下がろう」


 全員の同意を得て状況ごとの作戦が共有されていきます。最後に四夏だけは特別の一策が授けられ。


正念場しょうねんばだけど目と頭の使い方は練習してきたんだ、やれるハズ」


 全員のうなずきが応じます。タイム終了を告げる笛の音が響きました。


 四夏たちは敵陣クォーターラインから再開。ですがその優位を捨て後退します。

 殿軍しんがりは香耶乃。その足行きが何かに気付いたように止まり、すぐにび足に加速。見すえる視線の先。 

 変哲へんてつもない横陣でした。広く間隔をあけたポーランド軍が一歩を踏み出すたび、その密集度と速度が上がっていきます。四夏の脳裏へ蘇る、かつて校舎裏できいた名乗り口上。


 ――クラクフのフサリアが末裔すえ、パトリツィア・スヴェルチェフスカ――


 高く掲げられた五本の長斧が、砂塵を上げる黒山くろやまと化すのをみてゾッと背筋を走る寒気。連鎖して思い起こされる父の言葉。


 ――長槍やマスケット銃を構えた歩兵がどれだけ強固な戦列を作ろうと、フサリアは易々とそれを粉砕した。きらきらしく敵陣をなぎ倒す彼らはときに神の嵐とさえ呼ばれた――


「中止ッ! 散開ぁあああああいっ!」


 がむしゃらに振り向いた香耶乃の大号令。散り散りとなる四夏たちの前方で波濤はとうと化したポーリッシュアクスが香耶乃を盾ごと叩き伏せます。

 前三人、後二人が同時に放つ1対5の集中攻撃。単身しのぎ切る超人が存在しない以上、速度で劣る対手にそれを防ぐすべはなく。


右方撃プラーウォ!」


 後列、ナタリアの号令とともに向きを変える突撃陣形。密集陣の強みは意思疎通の容易さにあるといえましょう。目標は凛。


「上、等……ッ!」


 剣をふりかぶり彼女は突っ込みます。衝撃突撃の出鼻でばなをくじくには加速する前にその頭を押さえてしまうこと。

 黒鎧は低く地をう影となっていました。先頭パティの足を狙うタックル。その鋭さはお城での特訓以上。ただ。


「あはっ」

「――な」


 完全に見切ったうえで上空にかわされるなど想定していなかったというだけ。

 両ひざを曲げてジャンプしたプレートブーツが首の後ろを踏みつけ、はね上がった視界の中で浮かぶ雲が奇怪なマーブル模様を描きます。次の瞬間には凛は地面につっぷしていました。


「りっ、ぃんちぃっ!」

右方撃プラーウォ!」

 

 立ち止まった杏樹に向けられるナタリアの目。我に返った杏樹は転がるように危地を脱しようと走ります。ルール違反ではないとはいえ背を向け逃げるその様に会場からは失笑。


「構わない、そのまま走、れ」


 日本側のベースラインにまでなだれ込んだとき。常人離じょうじんばなれした耳をもつナタリアだけがその異音に気付いていました。あるはずのない場所に現れた鉄靴てっかの足音。


「いいぞ、ドンピシャ!」


 衝撃突撃の後方、ぴたりと張りつくように追随する二つの足音と、横から迫るもう二つ。


方形陣クワドラット! なん……ッ!?」


 指示を飛ばし振り向いた瞬間。防御に構えた長柄を迂回する〈はたき切り〉。たて斬りは捻転し最終的にナタリアの手甲をひしぎます。


「やぁ、あああああッ!」


 溜め込まれ、たった今爆発するときの声。聴覚による察知を越えた変化の剣はその立った刃筋はすじ鋼板プレートのすき間を正確にとらえています。


「セト――シナツ!」


 痛みと嫉妬で沸騰ふっとうする戦意。同じく反転したミハウとアントニーもまたバックアタックをしかけてきた敵へ応戦していました。驚くべきはすでに香耶乃と凛が復帰してきていること。


「そういえば前の試合でもやっていましたね。フェイク、ですか」


 香耶乃のメイスをかわしてミハウ。

 四夏たちの中でも打たれ強い部類の香耶乃。上背とアクターで鍛えられた堅実けんじつな重心移動、何より挙動で相手を誘導する演技力。


後続うしろに踏まれるかどうかは運だったけどねぇ、紳士的で助かったよ」

「いえ、タイミングが合えば踏んだんですが」


 凛とてアメリカSCAリーグの体格差に鍛えられています。予想を超えたパティの動きによってダメージを最小限に、とまではいかなかったものの。


「あの女、顔踏んでや、る」

「ははっ行かせるわけもないな!」


 巨大な壁となって立ちふさがるアントニー。敵は計三人で後方の守りを固めてみせました。一方で。


「ふーっ、ふーっ」


 単身、衝撃突撃という巨大なあぎとを誘導した杏樹はフィールドのすみ。柵に挟まれた角地で迫るパティとレオに対峙します。もはや作戦は割れているものの、それで前衛二人が足を緩めることなどなく。


「いい目ね。臆病おくびょうな子鹿にしては、だけど」

窮鼠キュウソって言葉も日本にはあるんでしょ、お姫」


 忠告するレオも本気で心配してはいませんでした。ただ、あまりにもことわざそっくりな状況だったので口にしただけ。


「ぜんぜん違うわ、レオ」


 ギアが変わったように急加速したパティはしかし、離れぎわにそれを否定。


「あの子は自分で望んであそこにいるのよ」


 猫に追い詰められたネズミとは覚悟の度合いが違うと。たとえはりつけにされ押しつぶされようと彼女は自分に牙をむきつづけるに違いないと。


「ちぇえいあああああっ!」


 パティとの激突にあわせ一歩だけ踏み出される杏樹の足。攻撃の焦点をズラし自身の間合いへと変える攻防一致の歩法。その剣旋けんせんを流し見るようにパティは直前でブレーキ、ターンを踏んでいました。


「アナタがシナツの持ち物で、一番重そうね?」

 

 遠心力とともに叩き込まれる斧刃アクス。武骨な台形に腕甲アームがひしゃげ、杏樹は泣きそうになるのをぐっとこらえます。かわりに雄叫おたけびをはろうとして。


「、」

「――龍殺しザビチエ スモーカ

「ッ……ぁ……」


 ぼろりと目からこぼれた大粒のしずくをとめられませんでした。

 叩きつけられるのはこれまでと段違いの圧力、殺意。絶対に倒れるものかという杏樹の決意と、その結果おとずれるであろう凄惨な決壊けっかいのイメージとがぶつかりあい精神をきしませます。

 絶望的な折り合いをつけるのに彼女の戦士としての底はあまりに浅く。

 それでも。


「あたしだってっ四夏を持ってるんだからぁ……っ」


 訂正させたい言葉がありました。

 親友たる彼女の心の一部を占有するのはとても嬉しいことで。けれど大切に気遣きづかわれるのと同じだけ自分も彼女を思いやらなければフェアじゃない。いずれ彼女が対決する暴威に杏樹を立たせるのはただ、同じ恐怖を直視しようという友人としての矜持プライド


「ァ、ア、ァ、アアアアッ!」

「きぃゃぁあああぁあぁっ!」


 削り滅ぼす嵐に悲鳴がのみこまれ、やがて聞こえなくなります。


「杏樹ちゃ――やぁああああッ!」


 遠目にそれをみた四夏もまた、一段ギアを上げていました。

 薙がれたナタリアのポールを転がるようにスピンしての柄頭ポンメル打ち。鼻面を殴りつけられたナタリアがのけぞりつつ自らも横っ跳び。そこへはかられたように香耶乃が突っ込んできます。


「わっ」

「ととっゴメン四夏っちゃん!」


 同士討ち。ミハウを振り切った香耶乃は完全にナタリアの死角を狙ったにもかかわらず。


「いいアシストね。奇襲のつもりだった? 残念、全部聴こえてる」 


 立て直したナタリア。追ってきたミハウも加わったその向こうでブザーがひとつ。クリティカル判定。

 フィールド角へ押し詰められぐったりとした杏樹の腋下からレオがダガーを引き抜いたところでした。彼はそれでやっと連撃を止めたパティの肩を叩くと、四夏たちのほうへ向き直ります。


(まずい、考えなきゃ、考え――)


 焦りで空回りする頭を冷やそうとやっきになる四夏の肩へ香耶乃が体当たり。


「お願い、四夏っちゃん!」

(……! そうだ、4対5)


 事前に香耶乃から授けられた作戦のひとつ。最悪のパターン。先に数的不利すうてきふりをしいられた場合の善後策リリーフ

 弾きだされるように四夏は敵後衛こうえいを回り込みます。まっすぐパティだけを見据えて。


「あぁシナツ! やっとその気になっ……、……?」


 矢のように突進した四夏は寸前、カットを切りました。援護に加わろうと背を向けかけたレオに向かって。


「は……?」

「ぅごふっ、ちょっお姫ぇ、なぁんでブロックしてくれないのさ!?」


 剣ごとぶつかる突撃につんのめるレオ。その長い手足にもぐり込むように四夏は接撃を重ねていきます。


「っ、~~~! レオ!」

「いや、ちょっ、それどころじゃ」

「どかないとヒドいわよ!」

「つったってこの子、離してくれないんだもの!」

「だまりなさい泥棒猫ドロボーネコ、二人かさねて四つにされたいの!?」

「怖っ、どこのことわざよそれ!?」


 効果はてきめんでした。もしものときの作戦は、四夏がパティに仕掛けるフリをして他のメンバーを攻撃すること。二度もないがしろにされればパティも冷静ではいられないはずと。


 ――もし上手くいかなくても精神的な空白は確実にできるよ。その間に私がもう二人引き受けてあとのメンツで残った一人を狙う。ほんの一時、数的優位は逆転する。れた弱み作戦、みたいな?


 作戦名はともかく。

 あとは動揺するレオと激高したパティを四夏が防戦でどれだけ引き付けられるかにかかっています。ちょうどパティから見てレオの影に入るように立ちまわる四夏。


「背中ごと斬るわ」

「ちょぉいっ! だからヤなんだよお姫とオフェンスやんの!」


 のけぞったレオの向こうから飛んできた斧刃を間一髪でかわして四夏は深く息を吐きました。



 そして――もっとも激しい剣戟は最後の一角から。

 巨大な双腕から発された膂力りょりょくが、仕掛けた朔と凛を同時になぎ倒します。アントニーはほがらかに口を開きました。


「やあやぁ、自由騎士殿の右篭手こてに左篭手がそろい踏みか!」

「っ、カンに障りますね、その呼ばれ方」

「……」


 朔たちが彼に戦力を集中したのはけして倒しやすいからではなく、その逆。たとえ防戦を張ろうがけっして片手間かたてまには相手取あいてどれない体格を有しているゆえ。

 重なって倒れた二人が起き上がるより早く、返す斧は香耶乃の背へと目標を定めています。飛びつくように復帰した朔がその太い腕へとつかみかかりました。


「むぅん!」


 から手を放しての剛拳ナックル。かわして彼の膝裏ひざうらへと足をかける朔。果敢かかんにも試みられた投げは逆にひねり返されて地面へと叩きつけられます。

 凛がハーフソードに構えた剣を殺撃さつげきへと持ち替えていました。一回転し下段とみせての頭部一閃。へこんだヘルムのこめかみを、珍しそうに野太い指がさすりました。


「やられた、なかなかやるな!」

「……!」


 驚くべきタフさにさしもの凛も目をみはります。転がった朔が耳打ちしました。


「二人でかかりましょう」

「心得、た」



 両側から打ち付けられる長柄武器。膝を伐採ばっさいするようなそれを受けて香耶乃が大きく体勢を崩します。


「ぐぁああっ!」


 悲鳴を上げるその頭上を薙いでいくミハウの斧。ふらついた足は力尽きる直前のように一歩、二歩と前へ。

 たまたま手をついたと言わんばかりに視界を塞いだ盾を打ち払ってミハウが告げました。


「ナタリアさん、乗せられています僕ら」

「どうりで、グニャグニャするわりにイヤな位置にばかりいると思った!」


 通常フットソルジャーはその攻め気でもって相手に目を切ることを許さないもの。しかし香耶乃の場合あと一撃で倒せそうなフリをすることで目的を果たしているのでした。体幹をわざとグラつかせる受け方はさながら時代劇の斬られ役のよう。


「ものごとのかなめは同時に最大の弱点でもある。貴女はまちがいなくチームの要だ」


 ミハウの重心がわずかに沈み、合わせて香耶乃も盾を下げます。途端、彼の姿が消失。


「左腰を痛めていますね」

「っ……!?」


 盾の影に這入はいりこまれたと理解したと同時、腰部に鋭い痛み。

 趙天佑ちょうてんようの二丁斧に斬割ざんかつされたプレートの下。応急処置こそしたもののあれだけのダメージが一晩でえるわけもありませんでした。しかし。


(まだ戦って数分だけどなー。数合わせか隠し玉かと思ってたけど後者だこりゃ)


 振りまわした盾でかろうじて斧刃をしりぞけて香耶乃は一歩だけ後退します。


「あんましっ待たせないで、よっ、朔っちゃん……!」



 朔は野太刀のだちによる攻撃を一旦あきらめ短刀を抜いて間合いをはかっていました。

 そうすることで自分にアントニーの注意を集め、ダガーを折られた凛の攻撃機会をも増やそうという算段。ただ。


「っ、こ、の……いい加減!」


 脚裏、頭部、わきの下に手首。急所という急所を打たれてなおアントニーは隙らしい隙を見せませんでした。素の防御力にくわえて痛覚が鈍いのか、あるいは痛みをも楽しんでいるのか。


「さて怖いものだな。だがそのナイフでは俺の間合いに入れまいな?」


 羽虫を払うようにポーリッシュアクスを振りまわしつつアントニー。言う通り、致命傷クリティカルはふつう体勢有利か動きを封じた状況で狙うもの。特攻とっこう覚悟で突っ込んだところで鎧のすき間を正確にこじ抜かねば意味がなく。朔が初戦で決めた飛刀などは相手の油断に幸運が重なったにすぎません。


「どうにか似たような事をやれるかどうか……いえ」


 差した魔をふりはらいます。勝ち目の薄いギャンブルはむしろ相手に好都合。時間がないとはいえ焦れば勝機自体を潰しかねないと。


「はあっはあっ、ィァあッ!」


 横あいから殺撃をふりかぶった凛が柄による打突を受けくの字に屈みます。その様子に朔はひとつの決断をしました。



 てず、崩せず。

 自分の斬撃が、衝撃が目の前の巨影の芯にまったくといっていいほど通らないのを凛は感じていました。

 歯噛はがみし、こちらに正対すらしないアントニーを睨み上げます。


(大きくて、重い)


 単純残酷な壁の名は質量差。たとえば頭蓋骨ひとつ取ってもその分厚さと被甲ひこうするヘルムの面積、重量は凛の倍に届こうかというほど。剣の全質量を遠心力にのせてぶつける殺撃とて鉄塊てっかいに放てば折れるのが道理。


(どうすれば――)


 プレートの隙を狙うもそれすらどれだけ効果があるものか。自分たちはオフェンスで、守勢の四夏や香耶乃がつくった時間を食い潰しているという事実が気をはやらせます。


(――四夏)


 これはまるで前の試合の再現。体格で勝る趙天佑に圧倒され、四夏に文字通り犠牲をいることになってしまったあの。


(四夏、なら)


 手も足も出ずダウンした自分が見続けることになった四夏と趙天佑の戦い。傍目はためには理解がおいつかず死線を遊歩しているようにしか見えなかったその戦闘は、自分と彼女とのへだたりを明確につきつけてくるようで。


「なに不貞ふてくされてるんですか」


 飛び込んだアントニーの斜め後ろで手首が強く引かれました。


「っ……な」


 振り向けば間合いの外縁を回り込んできた朔。合流などすればまた二人いっぺんに薙ぎ払われる危険も承知の上で。きつく肩が抱かれヘルム同士が触れ合います。


「作戦です。陶先輩が頼りの。捨て身で相手のたいを崩してください、助けますから」

「なにを勝手、に――ッ」


 兜ひとつ越しの大衝撃。

 振るわれたポーリッシュアクスが朔の頭部を横打ちにしていました。防御に立てられた野太刀がぐにゃりと曲がり、かぶとの前立てが折れ飛んで地面へ転がります。朔の小さな肉体もまた。


「ぐっぅ」


 凛もまたはじかれずにはいられませんでした、が。


(何を……)


 不貞腐れている? 自分が? 何に対して?

 自問といら立ち、それを年少の朔に指摘されたことへの逆上が思考を加速させます。自分は断じてになどなっていないが、ここで難なく朔の希望にこたえてみせなくては認めたのと同じこと。年長者の威厳いげんにかかわると。


(……私は四夏のようにはできない)


 そもそも上背のある四夏とでは戦型が異なるのは当然のこと。

 甲冑かっちゅうがもがきながら立ち上がる音を背にしながら凛はハーフソードに剣を構えました。


「むうん!」


 振ってくる斧刃。それに掟破おきてやぶりの真っ向勝負を挑みます。持ち手と持ち手の間で受けた斧刃は容赦なく剣を直角より深く折り曲げました。凛は瞬間、踏み込みをアントニーの足の間のへ。


「くお!」


 ほぼ金的に近い腰骨での体当たり。本能的に腰を引いたアントニーのあご下、ヘルムと頭部を繋ぐレザーベルトへ凛は指をねじ込んでいました。

 アントニーの後頭部へかかる凛の全体重。自ら後ろへ倒れこむ捨て身投げ。

 それでもなお。


「はあっ、はっはっはぁ……ッ!」


 宙づりのまま静止する凛。首と背中の筋力でもってもちこたえたアントニーは大笑。


「注文通りです、さすが」


 瞬間、きらめく鎧影が仰向けになった凛の視界をおおっていました。

 すわ砲の着弾かと間違うほどの撃音。グワリと掴まった凛ごと持ち上がるアントニーのけい部。

 かつてキックの鬼と呼ばれた格闘家が得意とした、自身の全質量と脚力・加速力を一点に集中させる人間砲弾。

 ――真空ひざり。


「ばアッ、は……ッッ!」


 決め手は和甲冑ゆえの跳躍ちょうやく力と、頭を引き下げたことで衝撃が逃げなかったこと。

 地面へ落ちた凛にかぶさるように巨体が倒れます。意識を失ったその首級くびを朔の短刀がき取りました。鳴り響くクリティカルのブザー。


「手を貸します、さあ」

「ん……ご苦労」


 下敷きから引きずり出されながら朔の顔を見上げます。


「……?」


 何が作戦か。自分が偶然ぶら下がったから良かったものの、噛み合わなければどうするつもりだったのか。そんなギャンブルを楽観的にうってみせた胆力も含めて。


「どこかの軍師に似てき、た」


 やっかみ半分の揶揄やゆに返されたのは苦笑。


「それは、不本意ですね」


 満更まんざらでもなさそうな笑みすらものろけに見えて凛は閉口しました。


「二人とも、はやーく!」


 香耶乃の悲鳴。言われるまでもなく駆け出していた朔がナタリアへと突っ込み、凛もまた周囲へ目をはしらせたその時。


「凛ちゃんッ!」


 四夏の絶叫。振り向けば目前、パティのポーリッシュアクスが迫っていました。


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