18.虎穴
「ひ……ッ」
仰向けのままにじり
それを
「ッや、あ、あ、アアアアアッッ!」
ヘルムの反響で自分の
「
香耶乃を救おうと
「とっ、と、えぇ?」
(なんでもこい、わたしは――)
上段上向正面、【
視界の真ん中を掲げた剣で真っ二つにするそれは前試合でロデリック選手が見せたもの。
(――ぜんぶ受け止める!)
ごく近くに剣身を置いたことでボンヤリと前方奥へ広がる視野。それは相手をも左右の半身に分けることで動作の
けれどそれ以上に。
(この感じ、前の試合のラストみたいな)
白い光のむこうがわ。無我夢中に飛び込むしかなかった領域に、ストンと引っかかりなく入れそうな感覚が四夏を勇気づけます。流霞が
激突の直前。
「まだだ流霞ァっ!」
「はいっ!? なんですかリーダー!」
下ろされた
「なにやってんですか趙兄さま!?」
「黙れッ!」
――趙天佑。尻もちをついた体勢で、胴回りを背後から香耶乃の両足で抱えこまれています。
状況からみて、四夏へ向いた彼を香耶乃が足でとびついて引き倒した形。
「
「ぅえぇ、どっちぃ?」
(すごい、今の一瞬のスキをついて……?)
ついた後ろ手だけで上体を保持する香耶乃は、立とうとする趙選手を完全なコントロール下においているのでした。
体幹の
「こんな地味な押さえ込み、今日び前座試合でも見ないけどねー」
――ある意味
現役時代それを得意としたのは誰あろう彼女の父。ハッタリ好きな実況者によって“調停者”とも“最終戦争”とも訳されたリングネーム、もっとも周知されたそれは“
「流霞、フラッグだ!」
「あっはは
がちりと、斧を持ったままの腕が香耶乃の足をつかんでいました。
限界まで
「ちょ、ちょちょちょいッあ、杏っちゃーん!」
「えー? 何てー?」
都合70キロ以上のウエイトを引きずり上げるように持ち上がる腰骨。
「流霞フラッグ待て!」
「えー、何ですかもーっ」
逆さ吊りにぶら下がった香耶乃へ、
「……貴様ァアッ!!」
「ごめんこれムリ! ゴーフラッグ!」
「とあーっちぇえいっ」
追いすがる騎士からゴム
タイムアウト。
フィールド端で円陣を組むより先にまず
「三木田先輩、大丈夫ですか」
むんずと掴まれる香耶乃の腰。
「ひぃえっ、なにやめてよヤラシーなぁもう」
「馬鹿いってないで共有してください。続行できますか」
しかつめらしい朔に四夏も同調します。
流霞の攻撃で体勢をくずしたところへ趙選手の二丁斧をくらった香耶乃。そのあとファインプレーこそありましたが、ヒットを
「ヘーキだって。四夏っちゃんなら分かったでしょ、マトモに受けてないって」
「……」
「そうなの?」
ホッとしたような杏樹を尻目に香耶乃は。
「効かせたように殴る技があれば、まるで大ダメージっぽく倒れるテクもあるってこと。いやーワンチャン不意打ちでいけるかと思ったんだけど」
コキリと首をまわして。
「もういいね? じゃそれぞれ感想ヨロシク。リーダーから」
「……さすがにオーストラリアを破っただけあって手ごわいです。簡単には破れません。でもそれは守勢に回っているからだと思います」
朔はいまだ
杏樹がピッと指さします。
「あ、それ思った! こっちが攻撃を待ってたらお見合いみたいになって。だからフラッグもすぐ取りにいけたっていうか」
「数的優位、を待つように統制されて、る」
受けて、凛が相手の意図をまとめました。
「ふうん、正統派な壁役ってワケだ」
うなずいた香耶乃の視線は黙りこくった四夏へ。
「四夏っちゃんは? あの霞々ってコ」
「う、ん。強いよ。前線に出てきてるけどもっと自由に動くタイプだと思う」
「歩兵にみせかけて猟兵ってオチかな。さっきも一人だけこっちに来てたし。防げそう?」
「……たぶん。いや、なんとかする」
実際自分が止めねば誰がという話であり。感知に優れた四夏でも不意をつかれる相手。
「じゃあしてくれる前提で話そっか。次は
広げた両手の指で見えない球体を持ちあげるようにして香耶乃は説明します。
「
胸の前でちぢめた指を最後にフッとゆるめる仕草。
かすれた声で朔が確認します。
「……やるんですか、本当に」
「どう、凛ちゃん?」
「可能、こっち、は」
「じゃあ決行だ、“暗殺”ね」
「承、知」
最低限のやり取りは事前の準備が入念であってこそ。それは『作戦勝ちする』と豪語した香耶乃の仕込みの中でもっとも大掛かりなもの。
「四夏っちゃんは霞々を釘づけにして、また仕掛けてこないとも限らない」
「わかった、けど」
時計を確認。余り時間をみて口を開きます。
「……香耶乃は大丈夫?」
言わないと香耶乃自身が決めたこと。そう考えれば尊重するのが友達かもしれません。ですが友情を失ってもこのまま口を閉ざすことは四夏にはできませんでした。
「だいぶ痛かったでしょ、さっきのアレ」
全員の視線が香耶乃に集中。
「いやいや……」
手を振ったその笑顔がぴたりと止まってから苦笑へとうつろいます。
「なーんで言っちゃうかなぁ。そりゃね。やられたフリっていったってちょっと余計に痛がってみせただけだし。でもキツい無理なんて言ってられないでしょ現状だと」
「三木田先輩……」
ヘコんだ腰のプレートをなぞる指はかすかに震えていました。
「やーアドレナリンってすごいね。今になって怖い怖い。でもそんなの皆同じ、でしょ?」
隠すように下ろした
「あ、あの! あたし、変わろうかっ!?」
誰も予想しなかったであろう言葉が先んじていました。
「杏っちゃん?」
「大きい相手ならあたし、いっぱい練習したし。それにあたしくらい小さかったら逆にやりにくいっていうか、手加減させられるかもしれないじゃん!?」
せわしなく強く継がれる口調は自分を励まそうとしているよう。
さすがに、とよどんだ空気を代弁したのは
「無理。その体格だと質量差だけで骨が折れ、る。
にべもない答えにくわっと開く唇。
「だったらりんちが行ったらいいじゃん! あんな――」
「ま、ま! まあまあ杏っちゃん! ちょーっと待ってよ」
いつもの口喧嘩に発展しそうな杏樹を手刀でさえぎって香耶乃。ガチャガチャとヘルムの頭をかくような動き。
「あー、らしくないな。弱音なんて吐いてみるもんじゃないね。平気だよ、任せて」
「でもぉ」
「一番ちっちゃい杏っちゃんが勇気だしてるのに私がビビッてんじゃ馬鹿でしょ。ありがと、おかげで腹が
タイムアウトの終了を告げるホイッスル。パンと自分の頬をはたいた香耶乃が声を張りました。
「いこう! 私はショージキ必死だからアドリブは各自おまかせで!」
「うっうん」「分かった!」「はい!」「請け負っ、た」
開始線へと向かう五人。
コツ、と四夏の肩を香耶乃が拳で小突いて囁きます。
「エッチ、やらしーなあもう」
「はっ、あ!?」
覚えのない悪口に振り向いたときにはもう離れていくだけの背中。ひらひらと振られる手がこっちの話、と一方的な打ち切りを告げているようで。
「なんなの……」
妙にささくれた気持ちで再開位置につく四夏。
「四夏姐さまー! 今度こそ真っ向勝負に参りますからー!」
「あはは……」
どうだか、と気を引き締め。先のプレーといい油断ならない彼女。思えばウクライナ戦でアレクサンドル選手に
『――
横一列に並んだ四夏たちは合図と同時に後退をはじめました。勢いこんで踏み出したチームチャイナの足行きがとまどうように
「自陣フラッグ前でやるつもりだ、中央で
即座に見抜いた李豪が指示をとばします。あらためて彼が相手の
タイムアウトは自陣フラッグを抜く、つまりは“退却”によってもとることが可能。ある種の抜け道ともいえるそのルールに気付いているということは彼もまた香耶乃と同じ、戦略によって勝利を得ようとするタイプでしょうか。
(判断がはやい……!)
とはいえ背を向けてダッシュなんて危険そのもの。四夏たちは追撃に応じる構えをとりつつ後ろ歩きするほかありません。駆け足できる李豪たちに追いつかれるのは時間の問題。
「ぁ、とっ」
そんな最中、右足に左足をひっかけた香耶乃が隣でバランスを崩し尻もちをつきます。
ひとり隊列からこぼれおちた彼女が、迫る敵軍から見逃されるはずがありませんでした。
「香耶乃!」
予定にないアクシデントに泡をくう四夏。
そこまでやるか、と。
慣性で数歩さがってから足を止める四人。けれどその数歩が運命の分かれ道でした。
相手の前線へのみこまれる香耶乃。三人が彼女を囲むように立ち止まり。その中には趙天佑もいます。
――私は必死だからアドリブは各自おまかせで!
あれは言葉通り必ず死ぬという意味で。アドリブ云々というのはそれでも作戦通りに事を運べということ。
彼女の意図は即座に全員が理解するところとなり。
「やります! 結城先輩、2×10!」
「
なんてベタな。
地面を蹴りつけて相手の部隊へ迫れば、香耶乃を囲んだ三人以外はそれを警護するように四夏たちを向いています。顔ぶれはリーダーの李豪と、流霞。
「四夏姐さまーっ!」
「はいはい、もう」
その場で小ジャンプでもしそうなテンションで待ち構えられるとまんざら悪い気もしません。
「遊ぶな流霞、奴ら動きが早い――!」
本当に妹でもできた気分だな、と緩んだ目元をすぐさま引き締め。
もしかしたら李豪だけは香耶乃のスリップを疑っていたのかもしれません。その警戒を解くために香耶乃はあえて予告なく転んで四夏たちの反応をも遅らせたのかも、と。
【冠】の構えから
「あ、バレました? えへっ」
「こ、のっ、調子いいんだから」
こちらをいなしながら李豪の援護に入る算段だったのでしょうがそう何度もダマされるつもりはありません。
二人の
瞬間、危機察知。
ゴギンッ!
「づぅっく!」
「おや、防ぎましたね」
流霞の進路とは逆サイド、ガラあきだった
(あぶな、かった……!)
包囲にうごく杏樹へ意識をむけなければ無警戒のままくらっていたに違いありません。
ですが、これで。
「
香耶乃を囲んでいた騎士が
腕の痛みをこらえて盾を押し下げ、ふたたび鍔迫り合いへ。
「うぅーちょぉっと重いですよ四夏姐さまぁ!」
ギュンと後頭部へ回り込んだシールドフックを頭を下げてかわします。これだけ密着してかつ仕組みがわかれば予測はつきました。
かわしざまチラリと見えた盾の裏側。その持ち手は
「見切っ、ぅおわっ!?」
さげた頭を下方から打ち抜く右アッパーカット。曲刀をにぎったまま繰り出されたそれをのけぞってかわすとそこへ体当たりが見舞われます。
「ぐぅ」
「まだまだ、一芸をよけた程度で分かったつもりとは笑止!」
芝居がかった口調で構えなおした流霞はともあれ楽しんでくれているようで。
「いいよ、やろう。ふたりで最後まで」
さっきまでの
「四夏姐さま」
ピクリと震える流霞のヘルム。その
「それは
「え、あーまあ、そう」
「はぅ……っ」
そんなものいつ送られたのだろうと思いながら生返事。
くっと胸元を押さえた流霞は次の瞬間、低く踏み込んできます。
朔が区切った杏樹のリミット、10秒まであとわずか。
(これを受け、て――ッ!?)
ざわっと総毛だったのはふたつのものが
一つは、視界から消えるほどの流霞の低さ。それは前プレーラストで香耶乃の
もう一つは。
(凛ちゃんッ!?)
流霞が目前からハケたことで
そこでたたらを踏む
(マズ、い、最悪)
膝を狙った奇襲を地面へ突き刺すほど逆転させた剣で防ぎ。待っていたとばかりに足の間へ突っ込まれた蹴りに息をつまらせます。
四夏たちの作戦はまず相手の〈包囲〉と一人の〈撃破〉があってこそ。仕上げの起点となる〈撃破〉を受けもつのは凛でした。それより手前の前方では騎士ふたり相手に必死に防戦をはる杏樹。
「もう離しませんからね!」
「し、まっ」
グラウンドからの足がらみ。払った足をかつぐように流霞の屈身がすべりこんできます。
このままでは味方のフォローはおろか自分の役割さえ。
(イチかバチか、流霞なら――!)
四夏は一心に想像します。どうにかこうにか生き残り、今まさに救援にかけつける仲間を。
「香耶乃っいま!」
「っ?」
目の前を落下する剣をよけるようにのけぞると足へ取りついた流霞が首から背中をこわばらせます。四夏と同じくらい感知の力に優れる彼女だからこそ視えてしまうであろう実在しない不意打ち。
「だあっ!」
「うぶふっ」
一瞬のゆるみをついたヒザ蹴りが流霞の顔面をクリーンヒット。一回転して起き上がった彼女が
「いっくぞおおおおおっ!」
【冠】構えで前に出た四夏ははたと。
(いや、こっちのほう、がなんか)
流霞の形をみて下段後向【鉄の門】へ。意識の薄いであろう盾側の下段へと切り上げます。
盾にさえぎられ跳ね返った剣をそのまま縦回転の
「くぅっ」
肩のプレート間に
そっか、と
(構えなんて、技なんて、あとから付いてくるんだ)
それは武術におけるひとつの理想。相手を
「まだ――」
「ごめん、もうおしまい」
はたき切りを受け
「――っぁ……!」
四夏の全質量がのった
ここでいう〝暗殺〟とは字のとおり秘密裏に倒すこと。誰にも悟られないことこそ最重要。トドメをさす暇すら惜しんで四夏はすべるように駆け出します。
接近するこちらに気付いた杏樹がさらに反対方向の凛と趙天佑へ走り出し。
杏樹の動きを目で追った騎士ふたりの頭を四夏は
「ぐあッ!?」「がっ!?」
〈
その内実は包囲した相手にチーム全員で行う〈
たったいま四夏と杏樹がやったのと同様のことが連鎖します。杏樹は趙天佑を、さらにそこから抜け出た凛が朔の相手の李豪を奇襲。
仕込みの難しさ、タイミング、どちらもタイトなうえ一度使えば他チームからは警戒必至という文字通りの切り札。本来は決勝で使うため温存していたもの。
ワァアアァッ!
一瞬のうちに三人を倒したビッグプレーに沸く観客席。ですがどうでしょう。四夏たちの表情は浮かないもの。
3対2。
奇襲にもかかわらず一蹴された杏樹へ振られるダウンの黄旗。そもそも彼女の攻撃先が趙天佑だったのが想定外でした。
さらに必殺の策をかわした相手はもう一人。
「退がれ天佑、足場を悪くするな!」
李豪が凛を突き飛ばして叫びます。直前で策と見破ったか、あるいは。
(やっぱり凛ちゃん、どこか調子が……?)
もしそうなら残る戦力は自分と朔のふたりだけ。
「っはああッ」
「
「行こう朔ちゃん!」
「――やむなしですか、ええい!」
いったん自陣までひきあげタイムアウトを取る手もあったでしょう。ですがその
「
「いちいち気にする奴だなまったく!」
まっすぐに飛びかかった凛を斧で切り払う趙天佑。それを引き継ぐように李豪が鍔迫り合いをしかけます。
「三人でのしましょう!」
「おっけ!」
四夏たちもまた李豪に標的を定めました。
「やらせん!」
が、横槍が入るのは当然。
四夏は割り込もうとする趙天佑に応じるべく構え。
「朔ちゃん行って、こっちはなんとかしてみるか、ら――ッ」
低みから押し上げる体当たり。趙選手のガタイでどうすればそんな運用ができるのか。いっしょくたに吹き飛ばされ折り重なるように倒れた四夏と朔。
大きなプレートブーツが四夏の胸を踏みつけます。
「せっ、ンパイ、せぇの!」
「んいっ!」
朔が下敷きになった足を引き抜くと同時、四夏は体をひねってフォールを脱しました。
ふたり左右にわかれ同時に切りかかれば両方を止める双斧のそれぞれ。
「なめるなッ!」
朔が振りかぶり四夏もまたはたき切りに剣を返します。瞬間ひるがえる趙天佑の巨躯。
「がッ」
「ぐ」
180度反転し繰り出される逆腕の斧。
四夏は
打たれた二の腕を抱える朔のヒザは四夏からでも見えるほどわらっていました。
(ダメ、だ、わたしがちゃんとしなきゃ)
グュゥ、と嫌な呼吸音が自分の胸からするのに目をつぶり。
「朔ちゃん、邪魔!」
「っ」
くいっと顎をしゃくって強い口調で告げます。返事をまたず趙天佑の正面へ回り込みました。
面と向かった夜叉面の
「ふん、まだこっちの方がマシだな。
朔が迷いをふりきるように凛の加勢へと動きます。四夏は目前に集中。
強敵に対しては自分の得意な状況に持ち込むほかありません。ですが二丁の戦斧は受け太刀はおろか鍔迫り合いすら容易には許してくれそうもありません。
(斧の刃は小さいから、
正面にぶらさげた両手で剣をつきつけ、四夏は間合いをはかります。
(間合い、を――ッ!?)
どうにか
まばたきの直後。
「は――ッ?」
ブーツのつま先へぶつかる大量の砂利。目と鼻の先、手を伸ばせば相手の胸板へ触れられる距離に趙選手の体がありました。
「つおおッ!」
「ぅぐうっッ」
両手突きを胸にうけてふき飛びます。斬撃とはちがう内臓をにぎりしめるような痛みに片膝が落ち。
(
これまでの大振りな動きとは違う洗練された歩術。日本武術の
今度は長いリーチで振りおろされた斧刃を転がって回避。
(こんなの受けてられない、でも接近戦も怖い!)
大振りをくぐり抜け、短く持ちかえる暇を与えず一撃するのが理想でしょうか。ですが言うは
「センパイ!」
「殺、す」
「っだめ、気をつけて――」
李豪を二人がかりでやっつけた朔と凛が背後から襲い掛かります。直前、四夏には趙天佑の重心が前へ移っているのがわかりました。
コマのように反転する鉄腕。それが打ちつけられる剣をはじくのと左の斧が伸長して二人を薙ぎ払ったのはまったく同時。
ガヅッと鉄がひしゃぐ音。
「ッ」
「うあ゛っ」
押し詰められた朔はその影からとびだし
が、前撃とタイミングを
「がッ」
浮いたその身体よりさきに彼女の
「むぅ、う、ぁ……っ」
曲がった剣を杖にして
「朔ちゃ……っ、やぁああアアアッ!」
二人が捨て身で作り出してくれた一拍。ムダにしてなるかと
(どうかして踏み込む、拳の間合いの内側まで――)
ただひとりになった義務感にせかされるように前へ前へ。斧撃をのけぞってやりすごし
「くっう!?」
突きこまれた三撃目。頭を狙ったそれを首を振ってかわした直後。やりすごしたはずの刃腕がまといつくように後ろ首へと回されます。
ガチリと腕と斧の三角地帯に締め上げられる
「
遠くきこえる香耶乃の抗議の声。きゅぅっと意識が遠のきかけたとき、突き上げるヒザ蹴りが四夏を放りだしていました。
「ぐっ! ふっ、ぅはあっ」
よたよたと後退し尻もちをつき、反射的にさらに後転して立ち上がり。
ヘルム内に反響する自分の荒い息と、
「四夏ぅ! もういいよぉ、ケガしちゃうぅ!」
「無茶しないでくださいセンパイ!」
それでも。悲鳴のような訴えだけは耳に届きました。
(心配させちゃってるなあ、でも、あぁそっか)
どくどくと
――純粋に好きで戦ってるのなんてセンパイくらいですし。
(もう勝ちたいのはわたしだけなの、かも)
悪い考えが脳の片隅をよぎりました。
もちろんチームの奮戦を疑う余地などありません。が、なにをおいても――それこそ身を呈してでも――得たい戦果がまだ得られていないのは自分ひとりなんじゃないか、という気づき。
後ろへ後ろへさがりながら相手の歩法を観察すれば特徴が見えてきます。頭をゆらさない矢のような踏み込みの起点は前半身のヒザ。
(無理しなくていいのかな)
ふ、と肩の力が抜けた気がしました。
相手にならうように踏み込んだ先は、趙天佑の一歩外。隣合った互いの前膝から相手の動きが流れこんできます。
頭への
フルスイングの
「ッむぅ」
(
(あぶな、でもいいやどうせ)
何かがふっ切れる感触が四夏のなかでありました。それはアメリカ戦の最後にもあった優先順位の入れ替わり。その正体をようやく言語化して。
(パティとたたかうまでわたしは負けないし)
負けるものかという決意でも、負けはしないという宣誓でもなく、負けるはずがないという確信。
(もしケガしていってもパティはおこらない)
むしろ喜んでさえくれるだろうと、そんな想像にふける余裕すら生まれます。
かつて道をわかち、たった一日前に再会を果たした彼女のことが今この瞬間は嘘のように明らかでした。
(ずっとそばにいてくれたのは、おかあさんだったけど)
――シレン、っていうの。
(わたしの、かみさまは)
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