12.修繕

 試合後、気がつけば流霞ルウシアの背中はゲートのはるかかなた。


 「武運尽きなば再見またあいましょう! 偉大なる父祖テムジンの名にかけて!」


 呆気に取られて見送った三人と四夏はそれでも、この稀有けうな出会いを固く握手で祝います。


「ありがとう~シナツ、本当に来てよかった~っ!」

「むぎゅ、ウーナ興奮しすぎ」


 握手どころか全身を包まれて、けれどまんざらでもない四夏。覚悟を決めて試合にのぞみ、フタを開けてみれば勝利まであと一歩の大健闘でした。


「あーくっそぉ……あとちょっと踏み込んでればな」

「いつまで言ってんの、けっこう格好良かったでしょ、私たち」


 とはいえその一歩は途方もなく遠く。負けた悔しさも相応なのですが、ほぼ5対1の劣勢をひっくりかえしたアレクサンドル選手の怪物ぶりを見せつけられた後では賞賛と、完全燃焼した心地よさの方が先に立ちます。


「シナツさん、あなたの助力に見合うお礼は持ちあわせがないわ。でも大会中、必要なら何でも言って」

「そんな、わたしもいい勉強になったから」

「遠慮すんな、なんなら補欠で試合だって出てやるよ」

縁起えんぎでもないこと言わないのバカヨン!」

「あ、はは、ま、万が一の時は、ね」


 マリアとヨンの厚意も遠慮なく受け取って――実際【三つ編み騎士団オーダーオブブレイズ】は選手数ギリギリですから――あらためて三人とハグをしたあと戦場をあとにします。そして。


(世界って、広い)


 一人になってようやく噛みしめる思いもありました。圧倒的で機械のような印象を受けたアレクサンドル選手の怖さ。それを目の前にしたときの、まるで自分が物語の英雄になったような高揚感。


(冒険だ。それで、最後はきっとパティと――)


 ぞっと背筋をつたう甘い痺れにはっとしてかぶりをふります。これじゃあパティのことを残念少女だなんだといえたものじゃないと。


(違う、わたしはもっと健全にこう)


 打ち倒して打ち倒されて、そんな刹那的せつなてきな喜びのほかにも戦う理由はあるとパティには知ってほしいと思います。あるいは彼女はもうそれを知っていて、四夏という存在だけが過去に刺さったトゲのようにわだかまっているのかもしれない、もしそうならそれを解消したいと……いや、それは流石にでしょうか。

 先ほどの、そしてこれからの戦いに思いを馳せたその時。


「っ」


 天幕の狭間の暗がりで自分を待ちかまえる四対の視線に四夏は足を止めます。広場と露店エリアの境。

 しまった、と思って何食わぬ顔で歩き出してももはや遅く。


「た、ただいま」

「四夏――」

「センパイ……!」

「四夏ぅ」


 迎えたのは誰あらん、四夏のチームメイト。それぞれが平時の会場用に仕立てたドレスを身にまとい、こんな状況でなければそのきらびやかさにも目を奪われたことでしょう。


「……四夏っちゃんさぁ」


 ですが向けられる感情は剣呑、とはいかないまでも良いものではありません。

 さもあらん、ポーランド救援とてしぶしぶの同意を得てむかったのに次いでチームウクライナとの二連戦。信じて送り出してくれたチームをないがしろにしたと思われても仕方がない状況。

 とはいえ、あの状況で他に道があったかといえば。


「ぇぐっ?」


 グイッと引き寄せられる鎧の胸甲。掴んだ香耶乃かやのは四夏の面覆バイザーを乱暴に押し上げると。


 パシッ


「ひっ」

「――、」

「ちょっと先輩!?」


 乾いた音とともに突きこまれる掌底てのひら。頭を大きくのけぞらせた四夏に、杏樹あんじゅが息をのみりんが目を見開きます。キツくつり上がった香耶乃の表情に四夏は目をぱちくり。


「四夏っちゃんはよっぽど私たちの意見なんてどーでもいいと思ってるらしいね?」


 冷ややかな声。非難の色濃いそれにはっとして四夏は弁明します。


「ちがっそんなことない」

「じゃあ何、チームに不満でもある? 私たちじゃ心許こころもとないから、他のチームで戦いたかった?」

「そ……そんなわけないじゃない! わたしは――」


 二の句をつがせずに香耶乃。


「ふぅん、じゃあアレだ。いっぱいいる強くて可愛い女の子に目移りしちゃってるんだ。好きだもんね」

「ば……っカヤノのバカ! どうしてそんなこと言うの!?」

「もし、」


 申し訳なさも忘れかっとなった四夏を、語気を強めて香耶乃が見詰めます。


「四夏っちゃんがケガでもしてたら、今ごろ私たち全員棄権きけんだよ」

「うっ」


 最悪の、しかし二戦を経た今となっては否定できない仮定に一瞬目が泳ぐ四夏。


「仲良しこよしでチームやってるワケじゃないんだ。特に私やさくっちゃんはね。そんなオチがついて、四夏っちゃんが満足できたからまあいいか、なんてならないわけ。それくらいわかるよね?」


 ひと言も反論できないでいると香耶乃は容赦なく畳みかけてきました。


「自分勝手に感情だけでチームにリスクを押しつけないで。ぶっちゃけ向いてないよ、大勢で何かするのに」


 よみがえる小学生時代の苦い記憶。自分の意見を言えないわりに意固地いこじで、友達とみぞをつくったり独りよがりなケンカをしたり。

 中学でそれも自分の性質だと諦めて、去年アーマードバトルに復帰するきっかけになった【銀月の騎士シルバームーン】との対決では、そんな自分が役に立てると受け入れることが出来たもの。


(でも、ここでも……)


 そうして繋いだえんをも踏みにじってしまうなら、やっぱり自分は。


「言い過ぎです、三木田みきた先輩!」


 うなだれかけた背中に筋を通すようなまっすぐな声。その主は朔。


「そう思う、本当に?」


 叱責に近いその声にもひるまず、香耶乃は感情の読めない目で朔を見返します。


「今回のことはセンパイの暴走に間違いないですけど……そんなよこしまな理由じゃないはずです!」

「そ、そうだよ、四夏に合わせるのはあたしたちが一番。それくらい四夏だって分かってると思うし!」

「お人好しも、モテるのも悪いことじゃ、ない。それくらいで目くじらは立てない。知ったふうなこと、言わないで」


 しかし杏樹、凛も続いた状況にさしもの香耶乃も肩をすくめ。


「……そうだね、私がこの中じゃ一番付き合いが短い。四夏っちゃんのことを分かってないかもだ」


 不承なりにうなずいて見せると、朔がとりなすようにいいます。


「人には一長一短があります。今回だって人助けをしたと思えばマイナスじゃないはずです」

「まあそうだね。今回に限ってはリスク軽視が過ぎたってだけで、実際はプラスに転がったわけだし……結果オーライ?」


 むう、と首をかしげた所へダメ押し。


「とがった部分を潰せばアタシたちには練習量と平均以下のフィジカルしか残りません。お互いの悪い点を良い点でおぎなって優勝までもっていくのがアナタの仕事だと思ってましたけど」

「ぐへぇ、なーんかハードルあがってない? たしかに個性をつぶせば凡庸ぼんようになるだけだけどさあー!」


 わしわしと頭をかいた香耶乃はどこか楽しそうに、踏ん切りをつけるように拳をにぎると、


「よし分かったっゴメン、四夏っちゃん!」


 しゅばっと手刀をきると、さらにメンゴ!と付け加え。


「ぷふっ、ぁ、わたっ、わたしこそ! ごめんね皆……!」


 ふきだした四夏も勢いに流されるまま、一番最初に言うべきだったことを口にしました。

 ほうっと安堵の息を吐いた朔は、それでようやくじとり、とこちらを睨みます。


「頭、さすがにもう冷えてますよねセンパイ?」


 ぶんぶんとうなずいて返します。

 危険な戦いを前にゆであがってしまう気質は小学生時代、パティとの対戦で一度は退しりぞけたもの。けれど彼女との再会をきっかけに、その暗雲は再び心を覆っていました。


(英雄だなんて。自分のことだって精いっぱいなのに)


「ごめん、浮かれてた、みたい、です」


 あらためてつま先へ視線をおとせば、受け止めるのは柔らかい声。


「分かったならいいです。まったく、テンパると思いきりばかりよくなるんですから」


 言葉もない、と反省しきりの四夏。

 それを一区切りに、にわかに騒がしくなる一同。


「り、りんちぃ、なんかあたしたちより幼なじみっぽい空気だよ!?」

「生意気、たかだか2年8ヶ月16日くらいで」

「怖いんですけど!? 知り合い同士の交友期間をそらんじるのはやめてください!」


 凛が発した不穏な空気。それから逃げるように四夏の腕へ触れた朔は、びくりと。


「あ、れ、センパイ、これ……っ!」


 慌てたように四夏のガントレットを持ち上げる手。


「手首のプレートが……剣も曲がってるじゃないですか!? ヘルムだって……!」

「あぁ、うん、」


 四夏自身もすべてを把握できてはいませんが、激戦をへて装備はかなり損傷している気はしていました。

 特に違和感があったのは、アレクサンドル選手の“小さな円”による切り落としを受けた左手首。

 可動のために細かく重ねたプレートがつぶれ、動かす度にかすかな痛みと擦過音さっかおんがします。


「あちゃあ、修理しないとマズいねこりゃ。試合は明日だけど、朔っちゃん、どう?」


 ポールアームのつかで突かれてへこんだヘルムの頬部をぺたぺた触りながら香耶乃が訊ね、それに朔は真剣な表情。甲冑師・赤根谷あかねや翁の孫として答えます。


「……剣のほうはめ木をもってきてますから力づくで戻せます。けど、篭手こてや兜のほうは分解する設備と金床かなとこが……」


チームモンアルバンも最低限の補修用具は持ち込んでいるものの鎧の分解修理となればキャンプではいかにも手狭てぜま


「だ、大丈夫だよこれくらい! ちょっと内側が当たるくらいだし……」

「ほっぺ擦れて赤くなってますよ。問答無用です、たしかフリーの鍛冶スペースがあるはずなので」


 エリアマップを開いた朔は先に立って歩きだします。





 キャンプの中ほどに立った天幕。

 土間にワラ敷きをしたそこに大柄おおがらな男が腰をすえてハンマーを振るっています。天幕を支える柱にはコルク製のツールボードがかかっていて、ペンチや金ヤスリなどの道具がまばらに残っていました。奥には熱された火床がその向こうの景色をゆらめかせています。

 店先らしい男の前には見栄みばえのする剣やよろいの数々。


「フリースペースって、ここぉ?」


 どうみても店主一人の場所しかない辺りを見回す杏樹。

 マップを見る限りそうとしか書いていないのを確認した朔はやがて意を決したように天幕の影へと踏みこみます。


すみませんExcuse me


 じろり、と店主が金色の和毛にこげでおおわれた太い腕をとめてこちらを眺めました。暗い茶色ブラウンの瞳。


「鍛冶場をおかりしたいのですが」

「遊び場じゃないんだ、分かるだろう」


 子供をさとすような、にべもない言葉。朔は即座に反論しようとしてしかし。


「ふぅ」


 一度頭を冷やすように息を吐くと、ちらとこちらを振り向きます。

 んっん、と四夏の背後からせき払い。


「この子を知らないって? オジサン、日本の甲冑には興味がないね?」

「何だって?」


 嬉しそうに割ってはいった香耶乃は、不敵な笑みで間をもたせつつタブレットを開いてみせます。


「これ、この子のお爺さんが作った鎧」


 ギョロ、と店主の目がSNSに投稿された写真をにらむと。


「日本の大鎧オオヨロイだ。知ってるぞ、だからどうした」

「この子はその工匠マイスターの一番弟子だ。甲冑師アーマースミスだよ。彼女の剣と鎧を直したいんだ、オーケー?」


 一気にあつまった視線に四夏はぎくり。


「……騎士見習スクワイアってやつか、まったく最近の子供は」


 ふんと丸い鼻をならしてから、着いた尻で半回転して店の奥へ向いた店主はドスンと店先に万力と西洋風の金床を引き出します。


「壊すなよ、傷をつけてもダメだ。いいな」


 それらとツールボードを見比べた朔は赤いワンピースドレスのそでをからげると。


「交渉どうも」

「いんやぁ、どうもそれが仕事らしいからねぇ」


 ニヤつく香耶乃をうさんくさそうに眺めてから四夏の歪んだ剣を手に取ります。万力のプレートに剣の平を挟み込むと、ギキッと一息で曲がりを戻しました。

 店主があぐらを立て膝へと組みかえます。


「いい道具ですね。はいセンパイ」

「あ、りがとう」


 目前に立てて仕上がりを確認したのち、剣をわたしてくれる朔。よくもこれだけ正確にまっすぐに戻せるものだと感心する四夏。

 壁にかけられたアンティーク調の時計と手元のヘルム、ガントレットを見比べて朔は薄く目を閉じると。


「先に戻っていてください。二時間くらいはかかります。もし予定が前倒しになるようなら連絡を」

「いいけど、一人でダイジョブかい?」


 香耶乃に頷いて。


「……そうですね、センパイだけ着合わせのために残ってください」


 当然否やはありません。それにこんな場所に朔ひとり置いていくのがやはり心配でもあり。


「じゃぁじゃぁお店回ってこよう!」

「んー、私は試合見てこようかと思ってたけど。まあ地理の把握も必要だしいいか」

「練習、してくる……」


 ひとり別方向にきびすを返した凛の首根っこを飛びついた杏樹がつかまえます。


「りんちぃ、一緒に行こうよぅ。あたしたち二人だけじゃ危ないでしょ?」

「うざい」


 ぱっと払いに飛んだ裏拳うらけんをひょいと避けて脇下に頭をつっこむと、凛の体を横担ぎに。


「りんちだって、そんなコワい顔で剣ふってたら絶対からまれるってばぁ、ね?」

「むっ、ば、か、おっ、ろして、行くから……」

「はぁいけってーぃ」


 地面に転がした凛の手を引いて起き上がらせ、そのまま引きずっていく杏樹をながめて香耶乃が満足げに笑います。


「さっすが、太腕マッシヴを拒否するあまり足腰に全振りした女。ウチの狂犬がまるでマルチーズに振り回される飼い主のようだ」

「どっちにも怒られると思いますよそれ」


 んじゃねー、とマイペースに後を追う香耶乃を見送って。

 朔はワラ敷きに置いたヘルムと向き合いました。


「――」


 ポケットから取り出した太い釘のような工具をヘルムの銅鋲リベットへあてがうと、釘の頭をハンマーで打ち込みます。

 カチコン、とはじけとぶリベット。出てきた芯を丁寧に裏側へと押し込んで部品同士の結合をといていく朔。


「……あまり、見ないでください。気が散ります」

「あ、はい、すみません」


 ぷらぷらと手持ち無沙汰ぶさたに視線をそこらへさまよわせる四夏。店主はといえば朔の手元を無遠慮なほどのぞきこんだまま。


(あれはいいのかな、いやでも)


 ふだん背伸びしているとはいえ人見知りぎみな朔のこと、みずしらずの店主には言いだせないだけかもと考えます。香耶乃のいない今、助け船をだせるとしたら自分。


「あっあの、すみません、こっちの鎧を見せてもらっても?」


 とっさに並べられた兜をひとつ取り上げて店主へたずねます。

 ギロ、と朔がそれを返り見ていいました。


「修理、やめましょうか?」

「へ、いやいやいや! 見るだけ、見るだけだから!」


 思わぬ怒りをかってしまい全力否定。朔はふん、と鼻をならすと手元へ視線をもどします。


(わたしが別の鎧になんてするわけないのに)


 しょうがなく他の、明らかに試合用ではないトゲつき分銅鎖フレイル大鎌サイスが並ぶ場所を物色します。


(うわぁ禍々まがまがし……ひ、っ)


 そのさらに奥。

 入り口からの光も届きかねる暗がりにそれは鎮座ちんざしていました。

 一りょうの鎧。青地あおじ金糸きんし刺繍ししゅうは、豪雨の内を暴れ狂うりゅうらしいと窺えます。らしい、というのは肝心の龍の頭が、さらには胴体や背景の天地にいたるまでがズタズタに引き裂かれているせいでした。ちょうど龍頭にあたる肩の部分の破け傷からは、虎頭とらがしらの装飾がほどこされた鉄甲があらわにのぞいています。

 まるで虎が龍をその牙で食い破ったかのごとくに。


(お父さんの本棚で見たことある、たしか、中国の綿襖甲めんおうこう


 もっとも資料でみた鎧はただ鉄小札こざね外套コートの裏地へ貼り付けただけのもので、下地の鉄甲に装飾などなかったと記憶しています。


「その鎧には触るなよ。修理を引き受けたモンだ。まぁ、直せたのはヘコミだけで綿織布キルティングはサッパリだが」


 店主はややバツが悪そうに付け加えるとすぐに朔の手際をその視線で追います。ならってのぞき込むわけにもいかない四夏はごくりと目の前の鎧を見つめました。


(こんなキズ、どうやって。というか大きい……)


 中華風の鎧だからといってチームチャイナのものと断定はできませんが、もしそうだとすれば彼の国はまだ初戦前のはず。いったい何をしたらこうなるのか、それもこんな、胸甲だけで1メートルにもなりそうな大兵が。


「センパイちょっと当てさせてください」


 やおら振り向いた朔がヘルムの頬当て部分を四夏の口元へくっつけます。


「むぷ」

「歪みは元通りですね。あとはベルトを……」


 すぐに背を向け座りなおした彼女にやや違和感。


「朔ちゃん、なんか……怒ってる?」

「は?」


 放った言葉に振り返った朔の眉間みけんにはたしかにシワが。


「いえ、言いたいことは三木田先輩が言ってくれたので。アタシが言うほどでも」

「わたし、何の話でとまでは言ってないけど?」

「…………」

「ねぇ、言ってよ何かあるなら」


 さっきまでの三割増しでそっけなくなった声に確信はより強く。


「……センパイ、本当はぜんぜん頭冷えてないでしょう?」


 長い、無視されたかと思うほどの沈黙のあと朔は指摘します。

 四夏はうっと答えにきゅうしました。


「そっ、んなことはない、と……」


 思う、たぶん、と。それすらも断言できないのは、あの時のくやしさにまみれたウーナたちが脳裏によみがえったせい。

 朔は苦笑して首を振りました。


「もしまた今回みたいなことになったら同じ事をしますよ。べつに怒りません、それがセンパイの良いところだと思うので」


 でも、と合わせたばかりの鋼板をかき抱いた両肩はかすかに震えていて。


「剣や鎧はいくらでも直せます。直します。でも、センパイの身体は一つきりです」


 つらそうな表情は相反するなにかを内側に抱え込んでいるようで。


「カッコ悪いってわかってます。自分がそうやって助けてもらっておいて今さら、なんて。でも……っ」


 強くすくめられ丸く浮き上がった肩の骨が、もともと華奢だった小学生時代の彼女を思い起こさせます。ひいては一年前、ひとりお城で座り込んでいた彼女を。


「誰かのために強くなれるセンパイが好きです。けど強さには対価が必要で……時間とか、苦しさとか――だから、こんなこと本当は思いたくないですけど――」


 伏せられていたツリがちな目が真剣な色で四夏へ向きました。


「――戦いながら強くなるセンパイは、気づかないうちに何か大きな借りを背負っているような気がして」


 ふ、と肩が重くなったような錯覚。朔の言葉にひっぱられたようなそれはけれど一瞬のこと。


「あ、はは、無いない、大丈夫だよ。むしろ体はどんどん軽くなってるぐらいだし」

「それが――!」


 心配なんです、という続きは消えいるように。

 本当に大丈夫なんだけどな、と四夏は肩をぐるんとひと回ししました。


「えっとね、確かにわたし頭に血がのぼってた。後悔……はないけど反省はしてるつもり。だから二度と勝手なことは――」

「っやめてください!」


 ひゅん、とかかとが浮くほどの語勢。

 背筋をのばした四夏に朔ははっとして口をおおいます。


「あの、ですから、えっと……そこは明言せずにのらくら逃げるところでしょうセンパイ的に。出来もしないことを約束しないでください!」

「で、できるよ、それぐらいわたしだって!?」


 せっかく気を遣ってみればなんて失礼な、と憤慨する四夏。

 ぐんと視界が前に引っぱられ、朔のあどけなくけわしい顔立ちが大写しになります。


「空気読みとか協調性とか、求めてないですセンパイに。チームリーダーとして欲しいのはわがままでマイペースで暴走気味で周りも全然見えてなくて……えぇと、あーもう!」


 ごす、と首元にぶつけられるおでこ。頭突かれたと四夏が気づく間もなく、赤くなったそれを再びもたげて朔は。


「騎士が戦場で後ろを振り向きますか? どうしても止めたければアタシだって前に出ます。だから、まっすぐ」


 センパイはセンパイでいてください、と。胸倉掴むなぐらづかみで告げられて。


「……なにそれ。わたし、そんなに前のめりかな?」


 呆気にとられたついでにふっと口元をゆるめます。奥歯がかみしめられる音と同時、つきはなされる胸。


「わっ」

「いくらなんでも、自覚くらいしてくださいっ。まったくもう」


 がっつり背中をむけて作業へ向かいだした朔。その手元をのぞきこむでもなく四夏は背後に近づきます。

 居づらそうによく鍛えられた背中が身じろぎしました。


「……なんですか」

「ううん、えへ、しっかりした後輩がいて恵まれてるなぁって」

「年下に甘えにこないでください、めんどくさい」

「めどっ……!?」


 めずらしくストレートな辛辣しんらつさにのけぞる四夏。

 小さな嘆息たんそくが背中越しに聞こえました。


「そういうの、すえ先輩や結城ゆうき先輩にすればいいじゃないですか。くっつきたがりなんですから」

「凛ちゃんや杏樹ちゃんはなんか、うん……距離感がね、近ごろ妙に近いっていうか重いっていうか……」


 どっちかとベタつけばもう片方がヒリつくような。いや、それを言うなら昔からそうだった気がしますが。


「センパイってエムなんですか?」

「ぇむ……っ!?」


 ノックバックする四夏を振り返る冷ややかな目。


「これくらいでどもらないでください、フツーの言葉ですよ今どき」


 うへえ、そうなんだ。最近の子はオープンだなあと感心半分気おくれ半分な四夏。

 朔はまあ、と。


邪険じゃけんにしていいなら好きにどうぞ。アタシは近くも重くもない人間ですから」

「う、うん、ありがと……?」


 視線を切りぎわの片眼のまなざしが思いのほか穏やかで、誤解をとく気も失せて頷きます。

 それきり会話は途絶え、カチコンカチコンと鉄を打つ音だけがひびきました。


――――。


「――ふうっ、終わりました。センパイ、着けてみてください」

「んあっ?」


 ビクッ、と舟をこいでいた四夏は口元をぬぐいました。

 途中、店主が無言で出してくれた腰かけから立ち上がろうとし、朔の手に止められます。


「そのままでいいです。はい」


 ヘルムとガントレットを着けられ、角度をつけてのチェック。


「変なところが当たったりしませんか」

「うん、だいじょうぶみたい。ありがとね」


 ぺたぺたとあちこちを触った後、納得したようすで朔は作業場へ向き直ります。


「お世話になりました」


 ツールを片付けてぺこり、と店主に礼。

 先ほどからずっと、画面がひび割れたスマホをにらんでいた店主は不機嫌そうに応じ、ハンマーを朔からむしり取ります。

 そして。


「アンタ……本当にこんなもんけて大会に出るつもりか?」


 何十分かぶりに開かれた口が言いました。

 向けられたディスプレイには【三つ編み騎士団オーダーオブブレイズ】のSNSホームが。そして最新に近い記事には赤根谷あかねや翁がこしらえ朔自身が整えた彼女のための鎧の写真が、朔の意気込みとともに載せられています。


「これは武具じゃない。工芸品、美術品のたぐいだろう。ニッポンのサムライはこれを戦場で使いつぶすのを良しとしたかもしれないが大昔の話だ、だろう?」


 下がった店主の眉は怒りというよりもやるせないような。

 朔はひととき目を伏せて、けれどすぐに決然と見上げます。


「そうです、でもアタシはそのために来ました。祖父の最後の作品を、彼の望む形でもっとも多くの人に展示するために」


 両手を空へ向けた店主は大嘆息とともに深く座りなおすと。


「馬鹿なことだ。どこまで勝ち進む気か知らないが、この美しい鎧は戦うたびに傷ついていくぞ。ボロボロになったソレをアンタは誰に誇るつもりだ?」

「祖父と、それからアタシ自身に」


 挑むような答えに脱力して彼は天井をあおぎます。それでも気が済まない様子でスマホの画面を何度も見返して。


「わかったもういい、行ってしまえ。二度と来るな」


 まるで我がことにように消沈した顔でそれだけをしぼりだします。

 朔は申し訳なさそうにもう一度頭をさげると。


しんでくれてありがとうございました。祖父もきっと喜びます」


 静かに告げて目線でこちらをうながします。四夏はあわてて立ち上がりました。


「あの、お邪魔しましたっ」


 二人でテントを出ると真っ赤な夕日が目を刺します。

 少し歩いたところで背後からがなる声。


「おい、莫迦ばかなサムライガール!」


 立ちあがった店主が天幕から身を乗り出していました。


「写真だけでもわかる! あの鎧にはな、敵を倒すための魂なんて込められちゃいない! ただ着手きてを護って鼓舞こぶする、そういう思いだけで造られた物だろう! だから、いいか――」


 手を口横へかざし、大きな体を呼気でふくらませて。


「――倒す敵はお前が決めるんだ! やるなら徹底的に、たとえ鎧が砕けてもそれを万人に誇れる戦いをお前がするんだ、いいな! じゃなきゃ何にも残りゃしない! あんまりだろう、そんな……!」


 こらえきれずといった忠言は感極まったように詰まったきり。

 朔は軽く手を挙げてそれに応じ。


「心配いりません、そういう美談をつくるのが得意な人がウチにはいますから」


 





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