11.英雄
わずかに時計をもどして前線。
四人同士で再開した戦いは、四夏のファインプレーで転んだ相手をウーナが仕留めて4vs3。しかし優勢かというとそうでもなく。
(まず……きっちり対策されちゃってる)
マリアは敵の視界を盾でふさぎつつ歯噛みします。
【
たがいに作戦会議を終えての第二戦。
(ウーナが援護に入ったとたんに守備的になる。その間にこっち、が――っ)
チームウクライナ
「っ、ぁ……ぐ!」
前方で四夏がアレクサンドル選手に
敵の体当たりをいなせずバランスを失うマリア。
もともと彼女がメイス&シールドという
かかとの後ろへ踏み込まれ、否応なく空を見上げながら思考します。
(もう無理。死体になるまでに何ができる? 考えろ考えろ――)
それだけが得意なのだから。友人ふたりの美質には及ぶべくもないささやかなずる賢さ。
壮大な夢も愚直な正義感もワリに合わないと手放して。それをバカバカしい子供っぽさと思いながらも、いつしか彼らなしでは不充実感を言葉にすることもできなくなっていて。
姉弟のごとく育ったその相手が、自分に好意らしいものを向けていると気づいたときはほのかな優越感をおぼえたりもしたけれど。直後にあったのはやっぱり申し訳なさで。
(バカになりたい、バカになりたい――なのに、ああもう!)
足でガードする間もなく、胸上にまたがられた完璧なマウントポジション。
マリアは相手の
(けっきょく開き直れないのが私だ)
針の穴をとおすような
「マリア! ッうおおおお!」
(ば……っ!?)
指示をまたず持ち場も
(左翼がガラ空きになっちゃうでしょうが! アレクサンドル選手だってフリーに……?)
いきなりヨンが抜ければ
いきなり背を向けられた相手は当然、ヨンと彼が目指すマリアに視線をうばわれたことでしょう。事実、盾の横から見えたのはそんな位置関係。けれど。
「やるぞ、ウーナ!」
「ええい~!」
瞬間、相手騎士のまったく意識外からぶち込まれる落石のごとき一撃。
よこっ面を
――ピレネーの
その起点となったのは〈
(あの一瞬でアイコンタクトもなしに……どうして?)
少しでも
(……バカだなあ、本当)
どうしてそうまで誰かを盲信できるだろうと、やり場のない疎外感に目を細めるマリア。自分にまたがっていた騎士がヨンの体当たりでもろともに転がり。ウーナはまっすぐに最奥のアレクサンドル選手へと突撃します。
「おらッ、こんの野郎、よし! マリア、死んでないな!? 立て!」
もみあいダガーで敵を制したヨンが立ち上がって手を差し伸べ。はっとしてそれを掴めば。
「そうだ、まだやれる!」
(ぐ)
ああもう、と。不覚にも跳ねたハートをなだめつけて冷静に、その上に彼らを真似たがむしゃらな仮面をかぶって笑います。
「オーライ、勝つわよ、さっさと行く!」
「おう!」
恥ずかしげもなく、せめて今だけは仮面が本物になるようにと。
(私だって――!)
離れたなら追いかける。それが頼ってくれた友達へのせめてもの義理。誰しもに個別の騎士道が認められるというなら、これこそをマリア・サモーラの信条に定めようと。
目指すは敵軍主将アレクサンドル。道を塞ぐただ一人の敵歩兵はヨン、マリア、流霞の同時攻撃にひとたまりもなく。
ゆえにいわく、ピレネーの山津波。大祖国ウクライナ歩兵隊を破った起死回生の電撃戦。
「4対1! だっ!!」
◇
アレクサンドル選手の背中が衝突の勢いで大きくもり上がります。
ザリザリと地面をかんだプレートブーツが深い
突撃したウーナは腕をからめられるより先に密接した体を離していました。
「やぁ~あっ!」
さらに間をおかずの連打。長身のアレクサンドル選手すら見越すような高さから繰り出される
(手加減されてたのは、わたしの方?)
砂塵うずまく光景に四夏は喉をならします。
気遣いがちなウーナのこと。
(でも――)
全開となったウーナのパワーはまさに必殺。しかしその全てはアレクサンドル選手から皮一枚はずれた空を切るのみ。一合ごとに切り結ぶ剣の音は缶切りを十倍耳ざわりにしたよりまだ
どうして。
「……ぁ」
死体となって
(円が小さいんだ、すごく)
両手首のねじりから放たれるのがロングソードの斬撃。その軌跡のえがく
(離れてみても直前までわかんない)
その鋭さに加えて技を出す予備動作や力の溜めがほぼ見えない速度特化ぶり。
さらにそのうえ。
「っはあ、っ、ふ! うぅんっ!」
ウーナの剛撃は外側へはじかれ、上がっていくのは彼女の吐息のみ。
(どうして強い攻撃にあんな小さい円で対抗できる……?)
四夏がその秘密へ目を凝らすより速く。ウーナの切り上げがアレクサンドル選手の
「うっ!?」
伸びあがったウーナの体幹をかちあげるような低空タックル。倒されまいとアレクサンドル選手へしがみついたウーナの腕を今度は引き落としての回転投げ。
横
ともに地面へ転がったアレクサンドル選手は即座におおいかぶさってのダガー。判定ランプが点灯するも彼はすぐに跳ね起きようとして。
「お、ら、アアアッ!」
突きこまれたヨンの槍にその
三人がかりでフォールしてその技を封じる一斉攻撃。けれど。
「っお、ウオ、オオオオッ!」
獣のような
「なっ、ぐあッ!?」
さらに驚くべきことに彼はそのまま槍をさかのぼり。腕と
つづけ、直前にヨンの腰から抜き取ったダガーを背後に構え。まさに叩きつけられようとしていたマリアのメイスを防御。質量差から剣身はぐにゃりと曲がりますが十分でした。頭ではなく肩に着弾したそれを力ずくでねじり取り。
「ぐっ、まだぁッ!」
悲鳴のようなマリアの絶叫。
「こ、のぉ!」
大ぶりの盾によるシールドパンチをかわして潜り込みざま、短く
「ヨン兄さま、私の剣をつかってください!」
「任せろ! てめええええッ!」
背後ではもつれあっての転倒から復帰したヨンがからくも
「今です!」
ピタリと歩調を合わせたヨンと流霞はアレクサンドル選手の目前で左右へ。腕をムチのようにしならせたヨンの喉切りをロングソードが一刀に叩き落とすと。
「む……!」
ひざを着くアレクサンドル選手。目線の高さを合わせられ、ダガーをふりかぶった流霞がビクリと硬直。
「あれ。ぁ、しまっ」
もし彼が耐えて踏ん張っていたならば内もも、脇下など隙はあったでしょう。しかし膝立ちとはいえ正対すればプレートメイルの防御を
その刹那。
「っ」
ふりむいた頭上には、しなるほどの加速で叩きつけられる槍の
「潰れろッ
パァアンッ!
砂煙に隠れて四夏からはぼんやりとしか二人の姿は見えません。膝を着き見上げるアレクサンドル選手と、それを打ちすえた格好のヨン。
「……なるほど。最初から狙いは落とした槍か」
「……あぁ、ははっ。なんだよそれ、ちっくしょう」
その両手には真ん中で折れ果てた槍。
しなるほどの細い柄は取り回しと弾力にすぐれるかわり、耐久性が犠牲になるのは当然のこと。ましてやあんな、大人一人をぶらさげるような想定外の使われ方をすれば。
『――
すなわちそれは戦いの終わり。たった一人の騎士が
「ぐすっ、っふ、あ゛ぁ~~っすっごく、たはぁっ楽しかった……ぁ~っ」
「…………んっ、ずすっ、強いね、流石に」
大の字とうつぶせで倒れたウーナとマリアが言い合うと、四夏にも熱いものがこみ上げてきます。
少し離れた決着の場ではその主役となった男二人が握手をかわし。
「立つときに手くらい貸させてくださいよ、ったく」
「……そうか。すまない、意地が先に立った」
「……っはは!」
その答えをヨンは心底満足げに笑いとばすと。
「気にしないでください。応援します、決勝まで」
「――あぁ、改めて礼を言おう。やっと俺たちは呪いを断ち切れる」
「……?」
真意を問うようなヨンの視線には答えずアレクサンドル選手は整列に向かいます。その行く手のさらに先、退場ゲートに待つのはジャマル選手と。
◇
「よう英雄様、うまくやったな」
フィールドを出た直後、すごすごとキャンプへ向かうアレクサンドル以外のメンバーたちに変わって迎えたのはジャマルと他三人の騎士。彼らはいずれも去年、ともに大会を戦い辛酸を味わった仲間。
「これで
「うまく、というのは適切じゃない。力を尽くし強い方が勝った、それだけだ」
「ヒュウ、言うねぇ」
上機嫌にその肩を叩くジャマルと対照的に、アレクサンドルは内面へ沈むようにぶつぶつと。
「最初のラッシュにはもっと早く対処できた、フラッグを奪わせることはなかった、二本目の猟兵は無視させるべきだった、前線の連携を……」
「あーあー、そういうの後にしろって。そういうとこだぜリーダー」
「――五秒、盗まれた」
「あん?」
最後にぽつりとつぶやいたその言葉にジャマルが片眉を上げ。
「二人目の猟兵をあと数秒早く無力化できたなら。いや、
「アイツか。そういやお前がマウントを返されるなんて珍しいこともあるってよ……おいまさか、去年の決勝以来ってこたぁねえよな?」
アレクサンドルは答えず、今や戦闘の
「楽しかった、か」
先ほどまでの強敵の言葉を
それがよほど珍しかったのか、他四人は顔を見合わせました。
「ふん、ま、いいさ。これで俺たちは戦場に戻れる。“大”でも“祖国”でもないただの、最強の【チームウクライナ】としてな」
◇
会場の端の、
馬の放牧地からもほど近い、巻き
かたわらには拳を手のひらで包む礼をとった流霞。
「……もういいです?」
びょうと弓が逆さにしなり、飛んでいく鷲羽の矢。その矢じりはマトの端を
「……」
青年は大きなため息とともに振り向きました。切れ長の目と高い頬骨が
「気が乱れた、話しかけるなと言ったはずだ」
「ごめんなさいリーダー
悪びれもせず小首をかしげた流霞に青年は
「いい、それより報告を聞かせろ。チームウクライナは?」
「強いです。それはもうすっごく、やたらめったらに」
「…………おい、それが進んで
「どうせメンバー替わるんですよ、次からたぶん。それより一緒に助っ人に入った日本選手が格好良くてですね!」
「待て待て待て」
「もう一人の助っ人はフランス人のハズじゃ……日本、日本だと?」
袋から分厚いノートを取り出しそれをばらばらとめくります。指はトーナメント表のページで止まり。
「詳しく聞かせろ」
「はいリーダー
「
青年は長い黒髪をねじりながら考え込むしぐさ。
古くは
「お前の
聞いた青年に流霞はふんと胸を張ると。
「リーダー
食ってかかる流霞を青年はわかったわかったと
「ならもし当たったときのマッチアップはお前を候補に入れる。アメリカ相手ならあっちに偵察に行った
「約束ですよ!
「いいだろう、ただし外すなよ。見てきた相手の
台に脱いであった虎頭の兜をかぶり、その赤髭をひとしごきしてノートを閉じます。
「我々中国はアーマードバトルにおいて新参だ。だがすぐに追いつく。人口も、資本も。まずは情報だ、圧倒的情報戦で俺たちがその火付け役になるのだ!」
「ですねですね。リーダー
「お前ッ語呂が面白くてワザとそう呼んでいるだろうッ?」
しかつめらしい青年から顔をそむけると、流霞は曇りかけた空を見上げ。
(外しませんよ。だって貴女はまだ見てないハズですから。ね、四夏姐サマ)
天幕に立てかけた盾をひろうと、クルリとそれを弄びました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます