9.傭兵

 チームポーランドの広大なキャンプとはうってかわって。小さな天幕がささやかな領地を主張するようにぽつぽつと並んでいます。

 キャンプ区画を囲うさくの向こうではどこのチームの持ち物か、大小さまざまな毛色の馬たちが思い思いに草をはんでいました。


「ぅうっ」


 人影を追ってきた四夏は、遅まきながら先の試合を思い出して身ぶるい。

 まざまざと、壁の高さを見せつけられた戦いでした。気が付いた時には多くが終わってしまっていて、収穫といえばパティの一撃を間近で見られたことくらい。小学生時代以来に見たそれはあまりに圧倒的に様変わりしていて、自分はどう相対したらよいのやら。

 ゴール目前にしてさらなる課題をつきつけられた気持ちであてどなく馬々に視線をさまよわせます。


「ぁ」


 柵の上へ白栗ぶちの首をのばした一頭。その頬にひたいをくっつけるようにしてチームアンドラ〈山熊騎士団オッソ ダ ピレネーズ〉リーダーのウーナが大きな体をしおれさせていました。


「だからっ、一人で勝手に決めるなって言ってんだ!」


 隣にはヨン。昨日ぶりの二人の距離感は特に変わっていないようで、別れ際のピリピリした空気を知っている四夏としてはともあれホッとします。


「棄権なんて……!」


 けれどそれはまたすぐ緊張にかわりました。とっさに手近なテントの陰に身をひそませる四夏。


「戦わずに帰るのかよ、ここまで来て! 昨日あれだけ大口叩いて――!」

「もう~静かにして、この仔が驚くでしょ~!」


 ウーナの長髪に鼻先をうめた馬はぴくりと耳を震わせます。ふさふさしたしっぽが気ぜわしげに左右。


「あんなケガじゃ助っ人にきてほしいなんて言えないわ、仕方ないじゃない~」

(怪我……?)


 嫌なひっかかりを覚える四夏。馬のおでこに頬擦りするウーナの言葉に。


「本当にタンカで運ばれた選手がそうか? ユニフォームは同じだったし人違いかも……」

「本人よ! ワタシ、ヘルムを被る前から観てたもの!」

(やっぱり、わたしとパティが……!)


 三人組のウーナたちは出場のため傭兵フリーランスを頼んだと話していました。四夏がポーランドチームへ参戦したように。五人に満たないチームにとってはそれが唯一の団体戦への道といえます。

 立ち聞きした話をまとめるに、ウーナたちがそれを頼んだ相手というのが先ほど四夏とパティが倒したフランスチームの選手らしく。

 けれど彼が今どんな状況かは試合記録の通り。


(どうしよう……わたしのせいで)


 自分があのときトドメをさせていれば、もう少し注意を払っていれば彼はパティと戦うことなくウーナたちの助っ人にも行けたかもしれません。後悔と焦りが頭をめぐります。


「たとえ四人だろうと出りゃいいだろ。ルールだっていうなら形だけの代役を立てればいい。それなら、」

「そんなムチャにほかのチームの選手をつき合わせられるはずないでしょ~!?」


 ウーナはぶるりと振るわれ離れていくたてがみを一瞬惜しむように手を伸ばしかけ、その手を握りしめてヨンと対峙します。


「じゃあどうすんだよ? 頑張ったけど戦いませんでしたじゃ、街を出なかったのと一緒じゃねえか!」

「仕方ないじゃない!」


 すぱんっと肌が弾ける音とともにヨンの頭が前のめりに。


「ってぇ、なにすん――」

「このバカヨン、ウーナに八つ当たりしないの!」


 平手を振りぬかれたのは目を三角にし、トレードマークの三つ編みお下げもわななかせたマリアの平手。


「だってよ、こいつが」

「……ヨンはマリアの言うことならちゃんと聞くのね」


 そんな光景にも暗く沈んだウーナは目をすがめ。


「あぁ? どういう意味だそれ」

「べつに、お似合いの二人だって思っただけ」

「なんっ……!」


 ぺぺんっと今度はウーナも平手打ちの対象に。横回転ぎみにスウィングしたそれを払うとマリアはそれを両腰へ。


「二人とも、いろいろ言いたいことはあるけどまず一つだけ。私の好みは体重100キロ体脂肪20%~30%のホッキョクグマ系よ」


 ふんっと鼻の穴をふくらませての宣言に一瞬静けさがあたりを支配します。


「だから悪いけどヨンはそういう対象として見れないの。ごめんなさい」

「なっな……!」

「ギリギリそうね、ウーナが男の子だったら好きになってたかもしれないけど」

「え、え~~!?」


 真面目くさってまじまじとのぞき込まれてたじろぐウーナ。一歩よろめいたヨンが冷たさを求めるように自分の顔をさわり。


「――ぷっ」


 物陰にかがんだ四夏の背後、ごく間近で吹き出す音。


「へっ……むぐ――っ!?」


 顔の下半分を覆う革と鉄の感触。後ろから抱きすくめられるように口をふさがれ四夏は軽いパニックに。

 そんなことはお構いなしに目の前の状況は進んでいきます。


「――だからチームフランスのジョルジュ選手が怪我をしたのは私としても残念だけど。ついさっき正式に断りと謝罪のメールがきたわ。騎士の誓いを果たせず申し訳ない、って」


 マリアは淡々と告げるとぽんと手を打ちました。


「はい、現状確認は終わり。これからどうするかを考えましょう。ここでみっともなくケンカして帰るのか、少しでもこの機会を活かしてできることをやるのか」


 ばつが悪そうな二人を代表してヨンが口を開きます。


「……出場しないってのは確定なのかよ」

「まあ、そりゃあね」

「せっかくここまで来たんだぞ。あと一人なんだ、急いで探し回れば」

「私たちの試合、次よ。ほとんどのチームが初戦前のこのタイミングでマイナーチームの助っ人に入ろうとするモノ好きなんているとは思えない。それにお互いの呼吸もわからず組んでも混乱するだけじゃない」


 呆れたように嘆息するマリア。ヨンが手近な柵を強く叩きました。


「したっていいだろ! カッコつけて逃げようとしてんじゃねえよ。負けようが笑われようが小さな町でくすぶってるオレらじゃねえってことを見せつけたくて来たんだろ! ちょっと上手くいったらもうそれが惜しくなんのかよ!?」


 挑発する言葉にさしものマリアもピクリと眉をふるわせます。


「あのねぇ――」

「落ち着いて~二人とも~」


 四夏の拘束が解けたのはそれと前後して。


「よーく言ったものです!」


 一迅の風が吹き抜けていきました。あとに残るのは革と鉄とわずかに草の匂い。

 突然おどりでた第三者にウーナが目を丸くし、けれど思い当たったように息を吸い込みます。


「あなたは~」

「待って! せっかくなので名乗りましょう!」


 口を開きかけたウーナを手のひらで押しとどめ首を振る闖入者。

 背の高い少女でした。四夏よりわずかに低いくらい。周囲に白茶けたファーをあしらったはち型の兜はてっぺんが鳥の尾羽根で飾られ、和鎧の面頬めんぽおに似た人顔型のバイザーにはたっぷりとした黒い付け髭。


わたしルウシア、太祖テムジンの鷹番シバゥチ末裔すえ。そのとおり、助っ人を買って出た第一の戦士! です!」


 軽く反った片手剣に勾玉というか三日月というか、奇妙な形をした盾をたずさえて、少女はくるりとターンを踏みながら急停止。その際四夏へむけて流し目まで放ってみせるサービスっぷり。なめし皮風の長胴衣の下に白いズボンを履いたその装いは。


(中華風……というか遊牧民族風?)

「安心してよいですおのおのがた、わたしが二人分の働きをしましょうとも!」


 自信たっぷりに胸を叩いた彼女に、ウーナは言いにくそうにもにょもにょ。


「えっと~流さん、本当に申し訳ないんだけどワタシたち出場は……」

「待てよ、ムチャに付き合ってくれるって人間が来たんだぞ」


 その言葉をさえぎってヨン。その肩をマリアが掴みます。


「ヨン、だからアンタは――」

「お待ちを、心当たりならないでもないのです。頭数あたまかずならそちらに」

「へ」


 突然水をむけられて思わず立ち上がる四夏。


「シナツ!? どうしてここに?」

「え、ぇえっと、試合のあとウーナとヨンを見かけた気がして、なんだか気になって」


 盗み聞きという形になってしまった後ろめたさからしどろもどろ。

 そんなことをまるで気にした様子もなく流霞と名乗った少女は続けます。


「ポーランドが勝ったさっきの試合を観ました。ご自分の試合前にほかのチームに助太刀するなんて、よほどの義侠心ぎきょうしんか勇武のかたに違いないのです。彼女に頼んでみるというのはいかがです?」


 いやいやそんな、成り行きですというより先に、さっきから薄々浮かびつつあったそのアイデアが頭の中を駆け巡ります。


「わたし、が」

「ダメよ!」


 大きな、きっぱりとした声がそれを遮断。


「彼女はこのあと大事な初戦があるの! ただでさえ連戦なのにわたしたちの手助けなんて……!」

「おいウーナ、試合をしにきたのか気を遣いにきたのかどっちなんだ!?」


 いい加減しびれを切らせたようにヨン。けれどウーナはまったく迷わずに。


「戦いにきたのよ、ね! 助けられたくて、護ってもらいたくてきたわけじゃない!」


 四夏は、というより皆がはっとさせられる言葉だったことでしょう。我に返って口を指先でふさぐウーナの前に流霞が片膝をつきます。


「どうやら貴女の誇りを軽んじてしまったようです」

「い、いえそんな、誇りなんて~」


 四夏も同じ思いではありました。でも、それでもと。


「あの! ルウシアさんは――」


 このまま棄権に話が流れてしまうのがどうしても口惜しく、何か取っ掛かりがないかと頭より先に口を動かします。


霞霞シァシァ、でいいですよ。おねえさま」

「し、霞霞はどうしてウーナたちの助っ人に?」


 姉、という人生初かもしれない敬称にちょっと戸惑いながらもパンダっぽい愛称の彼女へ。

 流霞は遠く空をあおいで詩でも吟ずるように声をうかばせます。


「傭兵の募集を見たとき思ったんです。痛快だろうと。小国ながら熱意ある士と力を合わせ、ともに勝ちを喜べたなら。それは同じく騎士不足に悩む他の国々の希望にもなる意義のあることだと」

「でも、わたしたちの次の相手は~……」


 四夏は思い出します。ウーナたちCブロックの組み合わせ表。そのマッチングを見たとき、気持ちが少しも哀憐あわれみに寄らなかったと言えばウソになります。


「チームウクライナ、ですね」


 四夏とウーナたちが放浪者たちの島アダ・ツィンガリアで出会った、アレクサンドルをリーダーとする優勝候補の一角。砂浜に残されたおびただしいトレーニングのあとに四夏たちは圧倒されたものでした。

 流霞は地上へと視線を戻すとくるりと曲剣を回転させ。


「たしかに勝ち目は無いくらいのものです。が、勝てないからとふるわない勇気なんて最初から勇気でもなんでもないとわたしは思うわけです」


 下へ向けた切っ先で地面を突くと、不敵に笑ってみせました。

 まるで自分の胸を突かれたようによろめく四夏。


「それは蛮勇っていうんじゃ……」

「蛮勇も勇気! です!」

「……!」


 戸惑うマリアへの答えに、さらに根拠のない発奮が湧いてくるのを感じます。彼女が一言しゃべるたび、場の空気が前向きに軌道修正されていくよう。


「あとはせっかくのお祭りです。一試合でも多く楽しみたいというのも本音ですが。なに、負け戦ならそれ相応の楽しみ方があるものですよ」


 そして励ますだけ励ましておいてそんな突き放し方をするのですから、


「……言ってくれるな」

「まったくね、私たち、やるなら勝つつもりで来てるんだけど?」


言われたほうは堪ったものではありません。


「これは失礼。ですがそれならなおさら、遠慮なんてしている場合ですか?」


 もちろん、四夏も。


「ウーナ、」

「ダメ、だめよシナツ、わたしは~」

「ウーナ。わたしね、言われたことがあるんだ。日本を出る前に」


 ――四夏は誰かにとっての神の愛であり、試練にもなりえる。人の身でその全容を知る事は不可能だけど、どんな行いにも神は宿ると信じること


「何かをするのがプラスかマイナスかなんて誰にもわからないって。でもわたしは、これまでした事のひとつだって無ければ良かったとは思わない」


 痛みも恥ずかしさも、いっそフタをして心の二度と開けない場所に放り込んでしまえればと思うことがありました。けれどそんな積み重ねの上に今のお姉さんとの関係や、仲間との繋がりがあるなら。


「だからこれもきっと必要で、大切なこと。わたしにウーナと一緒に戦うほまれを頂戴」


 自分の気持ちに従うほかないと思います。とはいえ子供のころほど素直にはもうそれが出来そうにもないのが寂しいところではありますが。


「そっそんな言い方~、ズルい……」


 踏みこんだ四夏にウーナは両頬をおおって目をうるませます。ヨンが握ったこぶしを突き上げ踵を返しました。


「よっし、決まりだなぁぐっ」


 その首根っこを引き戻すウーナ。片手でやれてしまうあたり、ウーナも充分とびぬけた可能性をもつプレイヤーであることは間違いありません。


「待ってちゃんと言うわ。シナツ、わたしたちと戦って。もちろんシナツのチームと当たるまでで構わないから」

「……! うんっ!」


 こういうところが好ましく、放っておけないんだなと四夏は思います。いろいろなことを知るにつけ自分が持てなくなった、ほどほどなんかじゃない向こう見ずな勇気と野望。


(蛮勇だって悪くない)


 少なくとも、あれこれ考えて踏み出せないよりはずっと。

 焚きつけた当の流霞は一転してむずかしい顔。


「勝つ気ですか。ならせめてわたしを遊撃におきなさい。総崩れを防ぐくらいはできるでしょう」

「なんだ、さんざ大口叩いといてその程度かよ?」


 お返しとばかりのヨンの挑発にその口端がわずかにつりあがります。


「もし万が一、前線が崩れずにあるなら討って見せましょう。王を。ウクライナNo.1スクワイア、アレクサンドル・シュトルーベを」





 アンドラのテントへ向かう道すがらスマホを確認した四夏はうっとうめき。


さくちゃん、香耶乃かやの、杏樹ちゃんまで、ぜんぶ無視しちゃってる……)


 交友範囲のせまい四夏にとってはちょっと見ない量の着信履歴。おそらく退場ゲートをつかわず反対側に出てしまったせいですれ違ってしまったのだと思われます。

 ピコピコ光るメッセージアプリのアイコンにふれると。


  〔Rin. 試合お疲れ様。どこにいるの。〕


 添付された写真にはついさっき見た、チームポーランドのキャンプの風景が。


「ひえ」


 慌ててとすたすとキーボードをタップ。


〔瀬戸四夏. 大丈夫だから! そこは関係ない、荒事禁止!〕


 ものすごい速さで既読がついたあと通話着信のバイブレーション。

 ややこわごわと受話器のボタンを押したとき。カシャンと二の腕に絡みつく手甲ガントレット


「四夏姐さまはどこのポジションが得意なんですかぁ?」


 たすんと切断ボタンをタップする四夏の親指。けれど一拍遅く即座に二度目の着信が入ります。


〔Rin. だれ、今の声〕

〔瀬戸四夏. ごめん、偶然ウーナたちの助っ人に入ることになって。終わったらすぐ戻るから、心配しないでってみんなにも伝えて〕


「四夏姐さま?」

「ああ、うん。えっと、ポジション?」


 心の中で静かな抗議の視線をとばしてくる幼馴染に手を合わせながら携帯をバッグにしまいます。わけを話せばきっと許してもらえるはずと言い聞かせて。

 またそれとは別に、立てた人差し指を唇へあてた香耶乃が思い出されます。


「どこ、っていうのはないけど。しいて言えば歩兵フットソルジャーかな。背、高いし」

「なるほど、日本じゃそれくらいで高いほうなんですね。確かに、さっきの〈崩し〉はお見事でした!」


 四夏とほとんど変わらない身長の流霞は感心したふうにうなずき。


「見てたの?」

勿論もちろん、昨年の優勝チームですからね。チェックしないチームなんていないんじゃないですか」


 有名人ですね、とからかうように歯を見せて笑います。


「それにしてもよくもぐり込めましたね。私たちだって……んんっ、いえまあ、あそこは助っ人なんて必要とないほど選手層が厚いはずですが」

「あー、うん。なんでかな、パティ、あのチームリーダーの子に誘われて」

「ですか、へぇ、ふんふん」


 濁した言葉を打ち消すように流霞は四夏のうなじや腰回りをのぞきこみ。


「な、なに?」

「いえ、思わぬ縁がつながったものだなと。それじゃあ貴女が――」

「二人とも、こっち、こっちですー」


 呼ばう声に振り向けば、少しはずれた方角のキャンプサイトに小ぶりの天幕と、それに比べれば犬小屋のようなテントが一張たてられていました。そこでマリアが手招きをしています。やや行き過ぎた二人はそちらへ足を向けました。

 ――――。


「っ痛ってて、くそっ、また引っかかった」


 小さいテントから全身をかがめたヨンが鎧姿であらわれ。


「ふうっ時間ギリギリ、なんとかなりそうでよかったわーもうまったく」


 天幕のほうからマリアと、


「シナツ」

「ウーナ……よく似合ってる」


ややチグハグな鎧で隙間なく固めたウーナが続きます。四夏は素直な気持ちで言いました。


「ありがとう」


 昨日のような、自分のかっこうを恥じるそぶりはもうありません。堂々とすべてを受け止めようと挑むその立ち居姿に、四夏は一度長く目を閉じ。


「……うん」


 あごの固定をゆるめ、プチンと腕鎧のベルトを外すと、その下のパッディングを引っ張り出します。


「シナツ?」

「いいから、フィールドに向かいながら話そう」

「え、ええ」


 パティの要請をうけてキャンプを出る前、朔やりんちゃんがお守りにと詰めてくれたプラスアルファの緩衝材パッディング。ダメージを大幅にカットするものの体の動きを鈍らせるそれを取り除いて手の内にまとめていきます。


「それで、作戦ですけど。いちおう私が鼓笛手ファイファーということになっています」


 先を歩きながら合流したばかりの四夏へ向けてマリアが説明。


「シナツさんにはジョルジュ選手が入るはずだった歩兵の穴を埋めてもらえればと。作戦は――」


 口頭での伝達に逐一ちくいちクエスチョンを飛ばしながら四夏はそれをかみくだいて頭にたたきこみます。


(全体的に、くらいに――)


 最後の了解ラジャーを返すころには周囲の喧騒けんそうはいや増し、互いの声も聞こえにくいほどになっていました。

 いまだ開かれてはいない入場ゲートを前に四夏は外した腕鎧のベルトを留めるのに苦戦。


「そのまま、腕あげてて」

「ぁ、ありがとう」


 手を貸してくれた流霞は防護された二の腕をつかんだままその場でぴょんぴょんと飛び跳ねます。


「どうしたの?」

「いいえ、楽しい戦いになりそうだと思ったのです」

「ん……そうかもね」


 少なくとも自棄やけや悲壮な気分でのぞむよりはそのほうがずっと良いだろうと同意。たとえ相手がパティたちと同じくらい高みにいる強者だとしても。


(誰かを助けたくて戦うのは、これで二回目)


 一度は忘れもしない一年前、【BLADE!】騎士見習スクワイアトーナメントで。その時は力及ばず思い通りにはならなかったけれど。


(今回もたぶん、でも、きっと)


 未来の自分が後悔するとすればただひとつだと今なら分かります。四夏はこれからの十数分だけは子供に戻らせてほしいと強く念じました。ウーナの隣に立てるように。誰の目にも頼らず、自分は自分のままだといえるように。

 

(ムチャ、無謀でいい。馬鹿っていわれてもいい。これが一番強くていちばんキレイなわたしだから)


 まとめたパッディングを柵の上へ。ぐんと軽くなった関節をほぐすと、四夏は開くゲートをワクワクとした表情で見据えます。

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