9.選抜大会(中)
『――【
特訓を前に
『なかでも
弱気じゃん、という
『
うへぇ、と肩をすくめる香耶乃。
四夏は確認しました。
『えっとじゃあ、わたしは――』
◇
鋭い『はたき切り』の連打が四夏の顔横で火花を散らします。
いの一番に相手を選んで突っかけた四夏は、犬塚と切りむすんでいました。
『――
フェイントで
小柄ながら重心を低く落とした犬塚の剣はムダがなく正確で、確かにライトバトル、ポイント制で戦ってきた選手という感じがしました。
(本当に鉄の剣で戦ってるんだなぁ)
軽くしびれるような衝撃にあらためて感動する四夏。一部関節をのぞいて隙間のないプレートメイルは、生身なら大怪我するような打ちこみにもびくともしません。
すばしこい相手に応対するため選んだロングソードも、犬塚の打ちこみを余裕をもってさばけていました。
(これくらいなら……!)
正面への斬撃を受け返し、さらに押し込んでバインドに持ちこみます。互いに
瞬間、四夏の両手の間につっこまれる犬塚のガントレット。
「やっぱり、せ、瀬戸さんならそうくると思った」
「うぇっ?」
グンと引き込まれる両腕。重心が大きくかしぐ感覚に四夏は慌てて剣を片手持ちに切りかえます。
つんのめりながら振り回して犬塚へ斬り付け、その勢いで体勢を復帰。
構え直した犬塚の声が耳に届きました。
「や、やっぱり、良いセンスだね、せ、瀬戸さん。昔からか、変わってない」
眉をひそめる四夏。そういえば初めて会った時も向こうはこちらを知っている風でした。
「お、覚えてないかな、オレも瀬戸さんがやめる前からい、居たんだけど、覚えてないよな……」
「……ええっと」
「い、いいんだ、話したこともなかったし……み、見てるだけだったから」
ギャキィン!
思わず切りかかる四夏。自意識過剰でしょうか、首の後ろがぞわっとしたのですが。
左右の面打ちを犬塚は二合とも弾くと逆に懐へ潜り込んできます。
「速さにせ、正確さ、それにこ、怖さが段違いだった。一人だけみ、見てる世界が違うみたいで」
粘りつくようなバインドはスキあらば四夏を窮屈な体勢に追い込もうとしてきます。
上手い、と四夏は一時の感情で仕掛けたことを後悔しました。
「同じクラスでも大人と子供だった、けどあ、赤根谷さんだけはそれに付いて行こうとしてて」
懐かしむような口調とは反対の鋭い仕掛けに応対しつつ、そんなふうに見られていたのかと四夏は意外に思います。
内股へ掛けられた犬塚のブーツを逆に踏みつけて体当たり。犬塚は巧みに体を入れ替えてそれをいなし。
「完璧超人の瀬戸さんと、一生懸命それを追いかける赤根谷さんが見ててすごく、尊いなってお、思ってて……」
ギャキィン! ギャキィン!
唐竹割りに二連撃。しかし高くなった重心を下からかちあげられ後退します。
「……わざと言ってる?」
どうも不穏な発言にペースを乱されているような。少なくとも朔が聞いたら大爆発不可避の勘違いです。
「ほ、本心だよ、瀬戸さんがやめる前、け、喧嘩してたみたいで心配だったんだ」
じっとその目を見据える四夏。犬塚のそれがキョドキョドと左右へ流れ、やがて観念したように低くこちらを睨めあげます。
「……ほ、他の二人は分からないけど、お、オレは瀬戸さんを今も怖いと思ってる。ほ、本気にさせたら足止めできるかわからな――ッ!」
四夏は強烈なつばぜり合いを仕掛けていました。
どうしてもっと早く気付かなかったのか。こちらの勝機が「四夏が犬塚を倒す」ことにあるなら、向こうはそれさえ防げばこと足りるということに。
(どうりで深追いしてこないと思った!)
バインドを一気に押し上げて犬塚の腕を吊り、突進の勢いのままその膝を正面から踏み蹴ります。
「ぐうぅ」
ガクンと体勢を落とした犬塚の背中へ、寝かせた剣を押しつけて引き倒し。
膝を抱えて転がった犬塚を見下ろして四夏は即座に目をはしらせました。
「――四夏っちゃん、ごめ、あと任したっ!」
声に振り向きます。盾を取り落とし無防備となった香耶乃へ、ポールアクスを大上段に振りかぶった良悟が迫っていました。
「っ」
とっさに飛びだす四夏。けれど鋼のブーツは重く数メートル先の背中にもすぐには追いつけません。
振り下ろされた長柄斧は、頭をかばった香耶乃の腕ごとその正面へ命中。
「あぐ……ッ……」
大きくのけ反ったあとガックリと膝を着きうつぶせに倒れる香耶乃。まるで時代劇のような迫真のダウンに大きな歓声が良悟へと向けられます。
間に合わなかった四夏はがむしゃらにロングソードを振り上げていました。
「やあああッ」
肩当てと胴鎧のすき間へめりこむ刃。
その瞬間、良悟がまるで条件反射のように首を傾げていました。
「んがっ……浅ぇえッ!」
ヘルムと肩で挟まれ止まる四夏の剣と、ブンとうなりを上げて薙ぎ払われるポールアクス。
『武器を離すと敗北』のルールがある以上四夏にそれをかわすすべはなく。
(しま……っ)
激しい衝撃と同時に体が浮き上がり、くの字に折れ曲がります。胴鎧とスカート状の腰鎧を繋ぐベルトの金具が一部吹き飛んで鉄柵を打ち鳴らしました。
「あ……っぐ……ぅ!」
痛みの中、練習時の朔の言葉がよみがえりました。
『遠心力の乗ったポールアームを長剣で受けるのは無謀です。体幹をてこにしての押し込みも体重差がもろに出ますし。盾で受け流せば隙になりますけど』
初戦はそれでソードアンドバックラーを採用したのでしたが、今回は犬塚との相性問題からロングソードに持ちかえています。むろん、こうなった想定もしていないわけではないのですが。
「センパイ、しっかりしてください!」
「っ大丈夫ごめん!」
少しはなれた位置からの叱咤に気合を入れなおす四夏。
香耶乃は死体となったていでリングに倒れ、朔はまだ俊直と睨み合っています。
数をたのめない戦況な以上、ロングソードでポールアクスに対処するしかありません。
(大振りをさばく、大振りをさばく、――ッ)
「オラぁあああッ!」
ポールアクスの持ち手の間隔を肩幅程度に、刃と石突きを両用する構えで突っ込んできた良悟。避けようとして四夏は思うように足が動かずはね飛ばされます。
鉄柵に背中からぶつかって息が詰まりました。そこに覆いかぶさるように左右から打ちこまれる連撃。
(さ、ば、けないっ!)
斧刃も石突きも、ともに握りから先端までが短くそらしにくい『重い』打撃。わきをがっちりと閉めて腰の回転で繰り出されるそれは隙がなく弾き払うことも困難で、さらに詰められた距離ではロングソードが自在に動かせません。
腕や脇腹に加えて、不意にヘルムの中身を揺さぶる横面が強烈でした。
(意識、が――)
もっと首の筋トレをやっておけばよかったと今更ながら後悔。
想定される最悪の位置関係。でも。
「ふっ、んっ!」
連撃の隙間をぬって担ぐように剣を振りかぶった四夏は、その
ガシンと震える良悟のヘルム。
「さよならっ」
四夏は宣言するなりわずかに開いた体の隙間から横へ抜け出そうと試みます。
想定される最悪は、想定内ゆえに対策もあり。
「逃がすかよッ!」
半歩おくれで同じだけ横へ踏み出す良悟。その浮き足を。
(今!)
ギリギリまで残っていた四夏の寄せ足が巻き込んでいました。少しでも大きく動こうとする相手の飛び足をさらに後ろから蹴り飛ばす足払い。
「おおァッ、て、めぇ!」
(踏ん張られた……!)
ガシャンとぶつかった鎧と鎧、けれど二つは倒れることなく拮抗し停止します。
逆に腕下から背中へ投げ手を回されそうになり四夏は大きく距離を取りました。
「やるなぁおい! けど残念だったな、二度はかからねえ」
ポールアクスを長く持つことなく、あくまで隙のない連打の構えのままズシズシと詰めてくる良悟。
リーチはないものの、かといってこちらから打ちこめばゴリ押しで距離を潰されることでしょう。
起死回生の一手を堪えられ、打つ手なく四夏は追い詰められていきます。
(ライトバトルなら隙だらけなのに!)
ウェポンが相手の重心と意識を揺るがす道具でしかないこのルールではおよそ小手先の剣技が意味を成しません。
ルール内でギリギリ狙える急所はもも裏とわき下くらいのもの。そことて相手の意識の外から打たなければ我慢されて終わり。
体の大きな選手が
(でも、それでも、わたしは――)
これ以上さがれば鉄柵に背がつく、そんな状況で四夏は足を止めます。
上段前向『雄牛』の構え。
切っ先を良悟の目窓へまっすぐ向けて。元来『雄牛』は角を振りたてる牛の形象であると同時、その突進を抑止する防柵の構えでもありました。
ビタリと生まれる均衡。
「……ハッタリだ、突きは禁止だろォが!?」
四夏は無言。ただ、もし無理押しされても狙いは外さないと思い定めて。
(わたしは、わたしのやってきたことを信じるだけ)
ふっと口元におかしさがこみ上げます。もうやらないと遠ざけてきた剣術に、どうしてこんなこだわりを自分は残していたのだろうと。
「ちっ、ヘルムがぶっ壊れても恨むなよ!」
しびれを切らしたように良悟。ポールアクスが高く振り上げられたとみた瞬間、四夏はあらん限りの力で飛び込んでいました。
斧刃の間合いを越え、懐へ。そう思ったのもつかの間。
スルスルと滑るポールアクスの握り手。二つの手の感覚がみるみる開き、先端までの距離が短くなっていきます。
上段から横へと変化する打ち下ろし。面を狙うとみせて誘い込み、直近の胴を薙ぐ変化の妙。
「んいぃっ!」
四夏は顔前に構えた長剣をとっさに反転して滑り込ませていました。
無理に返した手首がきしみをあげます。もし受けたのが剣の刃でなく
それでも。
(まだ……届く!)
受けた剣から数十センチ先。そこには良悟の握り手がありました。
渾身の力で剣のポンメルを振り下ろします。ヘルムを揺らすことはできなくとも、可動性を重視した指装甲を砕くには充分。
「がぁッ!」
体を引く良悟。指四本分、確かな手ごたえがありました。
四夏はさらに大きく踏み込み。打ち下ろしと同時、横に寝かせた剣を水平に、奥の持ち手を叩き切ります。
ガランと音を立ててポールアクスがリングに転がりました。
「マ……ジかよ」
「――
握力の消えた手を呆然と見つめる良悟と、差し出される審判の黄旗。
「ぷうぅっ」
集中でせき止めていた呼気を吐き出して、四夏は肩の力を抜きました。
まだ。まだです。一番の難敵が残っています。
ぎゅっと一瞬目をつむると、四夏は剣を持ちあげ首をめぐらせました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます