8.選抜大会(前)
真っ白に照らされたリングに、なお目を焼く閃光がひらめきます。
鈍色と黒紐のシンプルな和甲冑に身を包んだ
「ぅぐっ」
分厚い布の
朔はすかさず横合いからその胸元へ腕をつっこむと巻き込むように投げ倒します。
地響きのようにリングが揺れ、死に体となった騎士が動きを止めました。
「クリアー!」
朔の叫びと、
それを確認して四夏は、即座にそちらを左手の盾で塞ぎます。直後、ものすごい衝撃が腕から肩へ。
四夏が対する長柄武器、ポールアクスの騎士による強撃。背丈ほどもあろうかという棒の先端についた斧刃が、木の
(パティ、より、こわく、ない!)
全身をぎゅっと
小さな呻きとともに引いた相手の上体を見逃して、四夏は盾に接したままのポールアクスに右手を絡みつかせます。
ぐるんと背を向けるように身体をねじり、
判定負けとなった相手を放置して背後を見渡すと、リングの角にひときわ大きな騎士の背中が見えました。
「ぐえぇーたぁすけぇてぇー」
その向こうから押し潰されたような
四夏は同タイミングで敵を倒した朔と目配せし合いました。
「せーのっ!」
二人がかりで騎士の両脇を抱え込み、香耶乃からひきはがします。
巨体の騎士は何とか足を踏ん張ってもがいたものの脱出できず。
「くそっ、これまでか……殺せ!」
ヘルムでこもった声で喚くとうなだれます。
「香耶乃!」
「うえっ、わ、私ぃ?」
両手でそれぞれ騎士を押さえた四夏と朔。残るは今しがた解放された香耶乃だけ。
「戦いで死なせてあげるのが情けです、先輩!」
「マジかぁー」
朔にもうながされ、香耶乃は握りしめたメイスを振り上げます。
強烈な叩きつけが軟鋼のヘルムをへこませました。
「えいっしゃあー!」
「ぐふっぅ無念んん……」
抗うことなく膝をつき敗北を示す騎士。
カンカンカン、とゴングが高く打ち鳴らされました。
『ウィナー、モンアルバン女子チーム! 美しい友情です!』
バイザーを上げ、ようやく耳に入ってきた実況のマイク音声に四夏は首を傾げます。
「友情はともかく美しいの、これ?」
「勝ち方については言ってないです、友情「が」美しいって話ですよ」
しれっと返した朔が表情をゆるめて息を吐きました。
「とにかく一勝です。あと二回勝てば優勝ですけど、次は――」
◇
数時間前。『甲冑格闘アーマードバトル選手権≪BLADE!≫』当日、舞台となる多目的ホール。
大会会場の設営に駆り出された四夏たち三人は、ホール中央にあるリングの確認をして回っていました。
二百人くらい入りそうなホールは四方に階段状の座席、二階席には多数の照明機材が据えられものものしい雰囲気です。
「思ったより大きな
四夏の後ろを歩くのは香耶乃。前には朔。
「たしか、マスタージョエルが剣技の監修をやったゲームがあって。そのプロモーションとのタイアップらしいですよ。普段はもっと小さいです」
三人はそれぞれがリングの鉄柵の上中下段をチェックしています。過去に柵が破けて騎士が飛びだしたことがあるとかないとか。
「おっ何それ何それ、そういう話大好き」
「詳しくは知らないです。興味もないですし」
何かに食いついた香耶乃と、すげなく話を打ち切る朔。この二人は相性が悪いというか、朔が一方的に距離を取っている印象です。
「ふーん、ここが埋まるなら大したもんだね。そっか、そういう需要もあるのかぁ」
気にした様子もなく感心する香耶乃。
朔がふんと小鼻をならしました。
「どうせ競技のことを知らない人ばかりですよ」
チチチ、と香耶乃は指をふります。
「分かってないなー朔っちゃん。今の時代、スポーツで人が呼べるってだけでも相当恵まれてるんだよ。お金がなきゃ団体だって運営できないんだから」
確かに、と四夏は内心頷きます。
いくつものマイナー運動部を渡り歩きましたが、その多くが関係者のみの公式戦でした。日本で高校生の試合に観客がつくスポーツ、ときいて浮かぶのは野球くらい。
そう考えるとすごいことに思えます。たとえ他の娯楽とくっついた結果だったとしても。
「それは分かってますけど……。賑やかしのコスプレイヤー扱いされるのはいい気がしません」
「真剣だねぇ」
ふふんと笑う香耶乃へ振り向く朔。その形相に四夏はまた自分が何かやってしまったかと背筋を張ります。もちろん違いましたが。
「三木田先輩もやるなら真剣にやってください!」
「わっと、分かってるって超シンケンだよ私」
かわりに噛みつかれた香耶乃が降参のポーズをとったのと、会場の入り口からお呼びがかかったのは同時でした。
「そこの三人組! ちょっと来てくれる!」
よく通る甲高い声。普段はあまり見かけないその人物に四夏はおやっと思います。小走りで向かった朔がペコリと頭を下げました。
「
「急で悪いけど、合わせてほしい衣装があるの。
かっちりとした白のハイネックシャツにスーツパンツ。総まとめにした長髪をうなじへ流した痩身の女性。その身ごなしはむくつけき重装騎士が行き来する廊下にあって次元から違いそうなスマートさです。
早足で歩きながら朔の背後に寄った香耶乃がひっそりと訊ねました。
「えっと、誰?」
「……モンアルバン会計事務、通称『金庫番』の野木さん。お城の全騎士が足を向けて眠れない超えらい人です」
しゃきっと伸びる香耶乃の背筋。
向かった先の更衣室は大きく、楽屋のようでもありました。いつも肩を触れ合わせながら着替えているお城の更衣室にくらべて物が無くスッキリとしています。服屋の試着室みたいなカーテンスペースが奥に二つと、大きな
「あの、それで――」
四夏が用件について訊ねると、野木さんはテーブルから大きめの紙袋を取りあげました。中には何やらテカテカした生地。
「タイアップしたゲームのキャラ衣装なんだけど。鎧の上から着られる仕様になってるから、オープニングに着て出てほしいの」
「はあ」
それはつまり、コスプレというヤツでは。
トン、と背中に衝撃。ふり向けば見慣れたツインテールがくっついています。
「朔ちゃん?」
「センパイすみませんがお願いします。アタシそういうの苦手なのでっ」
「わ、わたしだって得意じゃないよ!?」
朔のつむじと紙袋のあいだで視線をさまよわせた四夏は、活路を見出すように香耶乃へ顔をむけます、が。
「私パスねー、一番新参だし。おこがましーおこがましー」
ひらひらと手のひらで追い払われて唇をかみます。そこへさらに野木さんの言い添え。
「マントとアクセサリーなんだけど、丈があるから背が高いほうがいいわね」
「くっ、身長なんて……!」
ほぼ決定した人選にがっくりとうなだれる四夏。
やむを得ないかと顔をあげたとき、その手を朔が握りました。
「お願いしますセンパイ、助けると思って」
「四夏っちゃんてユーザビリティ高いよねぇ」
「分かったけどなんか馬鹿にされた気がする!」
しぶしぶと試着室に入って鎧から装備しているうちに、観客の入場開始を告げる放送が流れはじめました。
銀の
「いいわね、動きにくいところはない?」
「おーファンタジーっぽい」
深緑のマントをひるがえした姿に素直な称賛を投げてくれる野木さんと香耶乃。
「まぁ、歴史的とは言えませんけど」
「だ、だよね! うん……」
いっぽう朔は知識からか冷めた眼差しを向けてきます。四夏もどちらかといえばこっち側。
布地は妙にキラキラしているし、
四夏は鏡に向かって構えたロングソードを上げたり下げたりしました。
「……センパイ?」
「なっ何でもない! カッコよくないよね、うん!」
分かってはいながらもくるりと回ったマントの
「それじゃあ騎士様、
野木さんの言葉にこくりと頷いてドアへ向かいます。
「四夏っちゃんてホント乗せられやすいよねえ」
「まぁ、それがいいところなので」
呆れ口調の香耶乃にまじめなトーンで返した朔。
「ふぅん?」
「……何ですか?」
「いやぁ、私もそう思うよ、うん」
◇
――そして今。
さざ波のような拍手のなか、観客席が暗闇になるほど真っ白に照らされたリングへ四夏たち三人は登っています。
オープニングに参加しなかった朔と香耶乃にとっては一試合目からかぞえて二度目のリングイン。
対するのは。
「……正直、勝ち進んでくるとは思っていなかった」
バイザーを上げたその顔はメガネを外しており、いっそう不機嫌に見えます。
照明を反射して光る鎧をまとった俊直は見下ろすように言いました。
「寄せ集めにしちゃあ上手い目くらましだったぜ、はっ」
対照的に面白がるような良悟。長身の二人に比べやや小さな犬塚はヘルムをかぶったまま無言。
四夏たちが大会でもっとも警戒し、対策のため練習にはげんできた相手。
モンアルバン騎士見習クラス男子代表、チーム名『
半月におよぶ因縁の戦いが始まろうとしています。
「初心者一人が逃げまわる間に、経験者二人のどちらかが打開し数の利を生む。なるほど合理的な作戦だ」
「けどよォ二度目は通用しねえぜ。少しでも
ポールアクスの柄でマットを突いて香耶乃に歯をむく良悟。返して香耶乃は、
「うふ、それは困るなー。私、よそ見した相手の弱点って後頭部以外知らないんだけど」
ひゅっとメイスを持つ手を返して口端を吊り上げます。
ジャッジの黄色い旗が二つの陣営をリングの両端まで引き離しました。
「……いいハッタリです。実際にやってくれるとなおいいんですけど」
「まーやるだけやってみるけどさ。でもなー転ばない練習しかしてないからなー」
口元を手で隠して応じた香耶乃がチラと四夏へ向きます。
「いっひひ、早く助けに来てね、四夏っちゃん」
「出来るだけね。やってはみるけども」
ジャコンとバイザーを下ろした四夏は、周りの音がぼうっと遠くなるのを感じました。
かわりに大きくなるのは自分の呼吸音と、不規則な
ふー、と息を吐いてその音を一定に近づけていきます。止まるでも揺らぐでもないそのあいだへ。
「――レディ?」
審判によって差し出される黄色い旗。
両手に持つロングソードが、体の延長としてピタリと
「――
親指の先ほどの幅しかない目窓で
「
誰よりも早く四夏は一歩目を踏み出しました。
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