第62話 8月のデート
[17歳・・・8月12日]
2人ずっと笑顔だった。
地元の商店街のアーケード街を2人でブラブラ歩いた。
本屋に入ると、奈津はK-POPのコーナーをのぞいた。BTSが特集されている雑誌の後ろの方のページに、少しだけBEST FRIENDSが載っているのを見つけた。奈津はページをめくり、ヒロが紹介されてる箇所を見た。長めの金髪にパーマのヒロ。『天使の歌声と力強いダンス。アンバランスさが魅力』『セクシー度100%』などと書かれている。奈津は雑誌を開けたままコウキの姿を探す。いた!コウキは漫画コーナーでお目当ての漫画を一生懸命探している。凛太郎も大好きな、少年雑誌に連載されている漫画の単行本を両手で持って、真剣な顔で見比べていた。
奈津は雑誌のヒロを見てから、もう一度コウキを見る。
「セクシー度100%って・・・うっそ!」
奈津は思わず可笑しくなる。漫画を探しているその姿は小学生の凛太郎と変わらない。コウキは出会ったときのまま・・・セクシーとは無縁の印象で、変わらずそこに居る。
奈津の気配を感じたコウキが、手にしている漫画から奈津に視線を移す。視線がぶつかると、コウキはクシャッといつもの笑顔をした。何度見ても・・・、奈津はその笑顔にドキッとする・・・。
カジュアルな服が置いてある店を見つけると、奈津はコウキの手を引き、中に連れて入った。夏物のバーゲンが始まっていて、店内は何人かの若い女性たちで賑わっている。
「ね!お互いのTシャツ選ばん?」
奈津は、売り場の熱気に目をキョロキョロさせているコウキに、楽しそうに言った。
「レディース、あっち!」
奈津に行く場所を指定されて「選んできて。」と促される。コウキは「ハイハイ。」と笑いながら、奈津に言われるがままにそちらに向かった。
奈津はメンズの棚の前に立った。色とりどりのTシャツ。「どれが似合うかな。」悔しいけど、色の白いコウキはどんな色のTシャツでも似合うような気がした。
奈津はめぼしいのを何枚か広げてみた。
そして、何枚目かのTシャツを広げたとき、一目惚れする。
「あ、かわいい。」
奈津はそれを嬉しそうに背中に隠して、コウキのところに向かう。そして、同じく、Tシャツ物色中のコウキに近寄る。
奈津が近づいてくるのに気づくと、コウキは手にしていた一枚のTシャツをパッと広げた。
「ほら、これ可愛い。このひまわり色、奈津に似合う。」
と奈津の体の前で合わせた。
それは、右下に可愛いキャラクターの入った黄色いTシャツだった。奈津の口が思わずポカンと開く・・・。そして、思い出したように奈津は後ろ手に持っていたTシャツをゆっくり差し出した。
キャラクターの場所は左下、ポーズはちょっと違う・・・。でも、同じ黄色、同じキャラクター。
「あ、いっしょ!」
2人は顔を見合わせる。それからハハハと笑う。
「この子の顔が間が抜けてて可愛くて、一目惚れ。ちょっと似てない?」
奈津は笑いをこらえながらコウキを指さす。コウキは一瞬眉間にしわを寄せたが、すぐ笑顔になった。
「やっぱなあ。奈津に一目惚れされちゃうよなあ。」
と言った。その言葉に、奈津は教室で初めてコウキを見た日を思い出す・・・。
5月のあの日、あの時のわたしは、もう知っていたのかもしれない・・・。この人に恋をするって。とってもとっても好きになるって・・・。
「まさかのペアルックかあ。」
コウキがTシャツを手にしながら、はにかんで笑った。
2人は横にかけてある大きな鏡の前に並んで立ってみた。こうやって並んだ2人を見るのは初めてだった。
どこから見ても、どこにでもいるような高校生のカップル・・・。ごくごく普通の。
「わがまま言うね・・・わたし、ペアルックにしたい。」
奈津は鏡の中のコウキに向かって言った。コウキは鏡の中の奈津を見る。
「うん。ペアがいい。」
そして、優しくうなずいた。
鏡に映った2人の後方・・・店の片隅では、秋物のディスプレイたちが「夏はもうすぐ終わりだよ。」とそんな2人に告げていたけど・・・。
「ヒロの雑誌買ってもらったでしょ。ペアルックにしてもらったでしょ。抹茶ソフト食べてるでしょ。わがままってこんな感じ?」
奈津がウーンというような顔で言った。2人は、ソフトクリームを食べながら歩いている。正確には、奈津が抹茶ソフトで、コウキがほうじ茶ソフト。
「コウキはわがまま言わないの?」
奈津の言葉に、コウキはソフトクリームを食べながら笑うだけだった・・・何も答えない。
奈津が「なんか言いなさいよ。」と言わんばかりに、ソフトクリームを持っている方の手の肘で1回コウキをつつく。つつかれてコウキは、
「後出しするの嫌だから、もう言った。」
とサラッと意味不明なことを口にした。そして、
「抹茶ソフト、ひと口!」
そう言って、首をかしげている奈津にはお構いなしに、その手に持った抹茶ソフトの頭をガブッとかじった。
「あ~!!」
結構かじられて、奈津は思わず大きな声を出す。
「ズルい!わたしも!」
奈津がコウキのほうじ茶ソフトを取ろうと手を伸ばした。コウキはそれをヒョイッとかわす「あげない。」と言って。奈津はほうじ茶ソフトを追って走る。・・・いつの間にか2人はアーケードの切れ目に出た。今まで屋根に隠されていたた空が広がる・・・。太陽が傾きかけた空。
2人は立ち止まり、空を見上げた。
しばらくぼんやりして、奈津が口を開く。
「そうだ・・・花火行かなきゃ・・・。花火。」
それは、今日の最後の予定。
山に隠れようとしている太陽を見て、突然、奈津の心がザワザワする。鍵をかけて心の奥に閉じ込められている何かが騒ぎ始めていた。カタカタ、カタカタ、頑丈に鍵のかかったその重い蓋を下から押し上げようと・・・。
奈津は、心の鍵を確認する。絶対開けちゃダメだ。
そして、気づく・・・。
そっか・・・。これか・・・。
コウキが叶えにくい。ううん。きっと叶えられない・・・。
この中に厳重に閉じ込めているのが、「わたしのわがまま」なんだっていうことに・・・。
[27歳・・・5月]
「ほんと!よくがんばった!」
まなみが突然、しゃがみ込んでる奈津の背中をバシンと叩いた。
「今・・・どんな顔していいのか、よく分からん・・・。」
奈津がソロッと顔を上げて、目だけ出した。
「食堂からずっと鉄仮面してた。」
奈津のその言葉に、
「わたしだってよ!まあ、鉄仮面するの、もう慣れっこだけどね!」
まなみがもう一度、奈津の背中をバシン!と叩く。
奈津はイテッと言うと、ムクッと起き上がる。泣き笑いのような顔・・・。そして、その表情のまま、ゆっくりまなみに抱きついた。まなみもそんな奈津を抱きしめる。
ようやく2人・・・鉄仮面の表情を解いた・・・。
そして、二人きりでないとできない表情をする・・・。
しばらくそのまま・・・。
しばらくすると、
まなみの耳元で、奈津は何かを思いだしたように、小さく独り言をつぶやいた。
「今も・・・後出しが嫌・・・とか?」
青い車が駐車場に停まった。
「少し、早かったかな?」
悠介はエンジンを止めると車の時計を見た。
『駐車場に着いた。』
一応、ラインを打つ。多分、時間通りじゃないと出てこれないだろうな・・・そう思いながらも・・・。
椅子に座って久々にゆっくりと過ごしていた。そして、その時間は心躍るような時間だった。さっきまでごった返していたこの場所も、今は人気(ひとけ)が少なくなり、静かになっていた。眼鏡を外し、それを手に持ったままウ~ンと背伸びをする。すごく気持ちがいい。
その時、ピロン・・・スマホが鳴った。なぜだか、嫌~な予感がした。恐る恐る画面を開くと、メッセージが目に飛び込んできた。
『驚くな!お前たちに会いに行く!ヨンミンも一緒!』
思わず画面を閉じて、スマホをしまう。
「ハアー。」
太陽が射し込むその広い空間に、大きなため息がひとつ響き渡った・・・。
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