第47話 8月の黄金色の稲たち
~【 】は韓国語で話しています。~
4人の横の車道を車がどんどん行き交う。『ハアー。』コウキはもう一度、上を向いてため息交じりに
「ここでは、目立つよなあ」
と言った。
「この2人、家に連れて帰ろうと思うけど・・・、奈津も一緒に行こう。」
コウキが奈津を見た。
「えっと・・・。でも・・・。」
奈津がコウキと2人を交互に見ながら言葉を濁していると、
「行こ。」
コウキは、迷っている奈津の手をとった。それを見た2人は同時に目を見開く。
【ヒロ兄さんから女の人と手をつないだ!!】
【え!こいつ、意外と大胆!!』
韓国語でコソコソ話す。
【ここじゃ、目立つから、2人とも一緒に帰るぞ!】
コウキは振り返ると、なにやらコソコソ盛り上がってる2人に言葉をかけた。2人はお互い顔を見合わせると、奈津とコウキの後に続いて歩き始めた。奈津はコウキに手を引っぱられながら振り向くと2人を見た。まず、柄の洋服の人と目が合う。『この人がジュン』心の中で確認する。そして、次にスウェットの人と目が合う。『こっちがまなみが大好きなヨンミン』同じく心で確認したが、途中で、奈津は空いてる手で口元を押さえ、慌てて前を見た。
【な・・・!今、あの人、ぼくの顔見て笑いませんでした?】
ヨンミンがジュンに怪訝そうに訊いた。
【え?そうか?気づかなかった。】
【確かに笑いました!なんか可笑しいですか?ぼく?】
【ん~、今日は、全体的にすべてが可笑しい。】
心配しているヨンミンにジュンは容赦ない。ヨンミンは不服そうにマスクをした。
奈津は少し歩みを早めてコウキの横に並んだ。そして、そっと歩いているコウキの横顔を見た。『「期間限定で、しかも子どもっぽい相手なんかに、どうせコウキは何もしたりしないんでしょ。そうじゃない人にはするんだろうけど!」・・・あんなこと言っちゃったけど、怒ってる?呆れてる?』そんなことを心配しながら・・・。奈津の視線を感じてコウキも奈津を見る・・・。4人は車通りから右に曲がって、田んぼ道へと入って行った。目の前に急に田園風景が広がる。
【どんな子なんだろう?】
ジュンがつぶやいた。
【人のこと見て笑うなんて性格悪いですよ。きっと。さっき、ヒロ兄さんとも喧嘩してたみたいだし!】
ヨンミンは笑われたダメージで厳しい。
コウキは奈津の手を握っている手に力を込めた。
奈津はきっとあの写真のこと。そう、スキャンダルのことを言ってる・・・。
コウキは遠くまで続く田んぼの方に目をやる。出会った頃は田植え前の水を張っただけの田んぼに、今は緑が薄れ、うっすら黄金色に色づき始めた稲たちがサワサワと揺れている。
全くの事実無根とはいえ、あんな写真を撮られておいて、コウキは言い訳する気はなかった。ただ言えるのは・・・。
「ぼくにとって、奈津とあの人は全然違うよ・・・。」
それだけだった。
コウキは下を向いた。それから、奈津とは反対側の遠くの方に目をやった。
【何話したんだ?】
【日本語だからぼくにもわかりません。】
コウキはいつも多くを語らない。女の子が喜びそうな軽い答えも言わない・・・。
奈津の手を引きながら、奈津の歩幅に合わせながら歩くコウキ・・・。奈津は、一步先を歩くそんなコウキの背中を見た。
出会った頃、コウキの背中は・・・、高校最後の試合に負けて泣いている先輩たちの背中とどこか似ていた・・・。そうだった。コウキの背中はいつも泣いていた・・・。消えてしまいそうだった・・・。
そして、今も、そんな背中をしている・・・。
奈津は自分の手をしっかりギュッと握っている、コウキの手を見つめた。
散々拗ねておいて・・・今頃気づく。
コウキを好きであることに理由なんてなかったことに。
ただただ好き・・それだけだった。
誰かとキスをしたから?アイドルだから?・・・そんなことは、コウキを好きじゃなくなる理由になんかにならなかった。わたしの「好き」に理由なんてない・・・。
それなのに、わたし、何を拗ねてたんだろう・・・。
コウキの背中に重くのしかかって、彼を怖がらせていたものたちと同じようなことしてる・・・。
奈津はコウキの手を自分のおでこに当てた。
コウキは奈津を振り返る。
目をつぶってコウキの手をギュッと握っている奈津・・・。奈津を安心させてあげたいと思いながらも、韓国に帰っていく自分がそんな立場にないってこと・・・コウキは知っていた。
『好きなのは奈津だよ。キスしたいのも奈津だけだよ・・・。』
どれだけそう言いたいか・・・。
たまらず、コウキは奈津の頬に触れようと、自然ともう片方の手を伸ばした。手が奈津の頬に触れようとした、まさにその瞬間。すっごく見られている視線を感じた。そしてコウキは気がついた!!そうだった!あいつらがいた!!
【ヒロの手掴んでおでこに当てた!!】
【ヒロ兄さん、振り向きました!】
【あ~!!ヒロがあの子の顔にさわろうとしてる!!】
【ゴクッ・・・】(二人の固唾を飲む音)
【何見てんだよ!!】
コウキは二人の方を向いた。その声を聞いて、奈津も2人が後ろにいたことを突然思い出した。思わずそちらを見る。『そうだった!忘れてた!』奈津は急に恥ずかしくなる。2人は目の前で繰り広げられるラブシーンに釘付けで、変な形のまま固まっていた。
【な・・・、お、おまえが勝手にオレたちの目の前でしだしたんだろ!】
ジュンは体が動くようになると、まるで自分のラブシーンを見られたかのように、顔を真っ赤にしながら言い返した。
【えっと、えっと・・・。とにかく帰りましょう!ここじゃ、ダメです!あ・・・帰ってもしちゃダメです!ぼくには刺激が強すぎます!】
年下のヨンミンは更に顔を赤くして慌てて言った。
「もお~!!」
行き場のない照れくささと、奈津とちゃんと話したかったのに!というやりきれなさをどうにかしようと、コウキは上を向いて声をあげた。そして、今日3回目の大きなため息をついた。奈津も慌ててキョロキョロすると、恥ずかしそうにはにかんだ。
【ほんと、びっくりした~!いきなり何が始まるのかと思った!!】
ジュンのおどけた話し方が場を和ませた。言葉は分からなかったが奈津もホッと胸をなで下ろす。そんな奈津をコウキとジュンとヨンミンは囲むように位置につくと、ゆっくり歩き出した。そして、三人はいつものソウルの宿舎でしてるように賑やかに話したり、ふざけ合ったりし始めた。いたって普通に。少しでも長く・・・奈津が笑顔でいられるように・・・。
『7時までにコウキの家に絶対来て。住所は野々宮下○○○ー×××!』
『今から塾行くから、終わったら行く~。6時半くらい!』
今日はプライベートだから、不公平にならないようにファンには会わない!というヨンミンに必死にお願いして、もう・・・じゃあ、今日だけ特別・・・と、やっと了承をもらい、奈津はまなみに連絡を入れた。でも、ここまでは既読になったが、それ以降は未読のままだし、電話をしても繋がらなくなった。どうやら、塾に行ったらしい。6時半じゃ少ししか会えないのに!
「いっつもサボってるくせに、まなみのどアホ!!」
奈津はスマホに向かって思わず怒鳴った。
「それも通訳する?」
コウキが笑った。奈津は「ダメダメ!」と手を振る。ヨンミンはキョトンとしている。
奈津とジュンとヨンミンは改めて自己紹介をした。コウキの通訳入りで。
「これ、訳したくないなあ。」
【奈津がおまえのこと綺麗ですね!って。社交辞令だからな!真に受けんなよ!】
とコウキはムスッとして、ジュンに伝えた。それを聞いて、ジュンは
「ッシャー!!」
とガッツポーズをする。
【そうだ!なんでさっきぼく見て笑ったのか聞いてもらえます?】
ヨンミンがちょっと不機嫌そうにコウキに言った。通訳を聞き、奈津はあ~あ~という顔をしてから、もう一度、まじまじとヨンミンの顔を見た。
「まなみの話しぶりから、ヨンミンは、すっごく年上の大人の男性って勝手にイメージしてたんだけど、実際見たら、こんなにあどけなくてほんとに可愛い少年だったから、自分の中のギャップがなんか可笑しくて・・・。ごめんね。」
と申し訳なさそうに言った。
【ほんとに可愛い】
という部分を聞いて、そこが気に入り、ヨンミンは満足そうに、ウンウンとうなずくと、
「やった~!」
とアンパンマンポーズをした。そして、
【ジュンヒョン(ジュン兄さん)奈津さんいい人でした!】
とコロッと現金に態度を変えて笑った。
今日、2人は最終の8時過ぎの新幹線で大阪に帰る。だから、7時にはタクシーでここを出てしまう。「日帰り」というのがマネージャーとの約束だったそうだ。明日はスタッフ達と一緒に、ジュンとヨンミンはヒロより一足先にソウルに帰る。他のメンバー4人も思い思いの休暇を過ごし、13日の夜には宿舎に帰ってくる。大阪に残っているマネージャーが一人、13日ヒロと合流してソウルに帰ることになっているらしい・・・。
ヨンミンが【花火をしたい!】と言い出したので、コウキは自転車で買いに出たところだった。【暗くなる前に大阪に帰るくせに!】とブーブー言いながら。奈津はコウキが帰るのを待ってる間、縁側に座って待つことにした。ジュンとヨンミンがそれを見て、自分たちも縁側に座った。ジュンが奈津側に、ヨンミンがそのジュンの横に。奈津のスマホの時間はもう6時前を表示していた。奈津は横を向いて二人を見る。やっぱり二人とも整った綺麗な顔をしている。アイドルなんだ・・・と改めて思う。そして、その仲間であるコウキもやっぱり・・・アイドルのヒロなんだ・・・と実感する。その時、
「ヒロ、けんか?ナツ、怒る。」
心配そうな表情で、ジュンが知っている片言の日本語で話しかけてきた。もしかして、田んぼの道でのことを言ってる・・・?奈津はバツが悪そうに微笑むとゆっくりと単語で話してみた。英語も混ぜて。
「ヒロのキス。ピクチャー(写真)。アイ ワズ アングリー(わたし、怒った)アイム バッド(わたしが悪い。)」
あ~、あれか!という顔をしてジュンがスマホの画面を開いた。そして、それをわたしに見せる。いつも見るあの写真だ。接近した二人の顔。ピンクに染まった長めの髪。女優の頭に隠れていない方の目だけが見える・・・涼しげなヒロの目。思わず、その写真から目を背けてしまう。誰とキスをしていたとしても、それは、コウキのことを好きじゃなくなる理由にはならない・・・。でも、それでもやっぱり見たくない。ジュンは写真から目を背けた奈津を見る。言葉は通じないが、奈津の心を察する。
「目・・・。ヒロ、目。怖い。」
ジュンは写真を大きくして、ヒロの目だけアップにした。そして、ヒロの目を指さす。『怖い・・・?』たしかに、涼しげだが鋭い目をしてる。怒っているようにも見える・・・。そして、ジュンは奈津を見る。そして、奈津の顔を指さす。
「ヒロ。ナツ見る。目。う~んと・・・」
ジュンはしばらく考えて、ぴったりの日本語を探そうとする。そして、思いつくと、嬉しそうに、
「やさしい!!」
と言った。ジュンの向こうから顔をのぞかせているヨンミンもスマホを指さして、嫌そうな表情をすると、
「キス・・・ない。」
と手を振って言ってから、
「ヒロヒョン(ヒロ兄さん)」
今度は奈津を指さすと、ニコッとした可愛い笑顔で、
「好き。」
と言った。奈津の曇っていた表情が笑顔に変わる。奈津は唯一知っている韓国語を使ってみた。通じるかな・・・?
「コマウォ。(ありがとう。)」
ジュンとヨンミンは顔を見合わせると、
「やあ!」
と言って、まるで大手柄でもたてたかのように縁側から飛び降りると飛び跳ねた。
花火を買い終わったコウキは、自転車を走らせて、野々宮小学校のグランドの横を通った。行くときは、スポ少野球の小学生たちが後片付けをしているところだったが、今は、もう、小学生たちの姿は見えず、代わりにコーナーキックの練習をしている一人の少年の姿が見えた。右のコーナーから蹴ったボールには鋭いカーブがかかっていて、そのボールは直接ゴールに突き刺さった。その技術力の高さにコウキは思わず見とれる・・・。
「中山悠介・・・。」
コウキは自転車を停めた。悠介はボールを取りに行き、コーナーに戻っては、またキックをし、ボールにカーブをかける。それを何度も練習していた。今、蹴ったボールのカーブが甘くなり、コウキの見ている近くまでボールが転がってきた。悠介がこっちに来る。そして、柵を挟み向こうとこっちで目が合った・・・。
悠介には、立っているのが誰だかすぐ分かった。ゆっくりと堂々とボールを拾いに行く。停めてある自転車の籠の中に花火が入っているのが見えた・・・。そして、唇に指を当てた奈津の顔を思い出す・・・。悠介はコウキの近くまでくると、悠介らしくない皮肉っぽい口調で言った。
「ぼくは、ロングヘアで、色が白くて、背が低くて、優しいタイプの女の子が好きです・・・って、これ、誰の好きなタイプか、おまえ知ってる?」
悠介はいつかの駅でそうしたように、サッカーの対戦相手に向けるような鋭い眼差しをコウキに向けた。そう・・・悠介の眼差しは、いつだって真っ直ぐぼくを突き刺す・・・。
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