第41話 8月の赤い光
体と体がつかる。頬が肩に触れる。もう片方の手に背中から抱きしめられる。
「奈津・・・。」
頭の上で声がした。それは一瞬の・・・そして永遠の出来事だった・・・。
背中に回した手を外し、ゆっくり体を離した。握った手はそのままに・・・。彼は、静かだがしっかりした声で悠介の名を呼んだ。
「中山。」
「ん?」
悠介が蜜のボトルを手にしたまま笑顔で振り向いた。後ろ姿の奈津が誰かに手を握られている・・・1番にその光景が目に入った。悠介の顔から笑顔が消える・・・。そして、自分の名前を呼んだその誰か・・・を認識した。
「おまえ!!」
悠介の顔は真っ赤になった。その悠介に向かって彼がまた、意思のこもった声で伝える。
「奈津、連れてく。」
そして、奈津の手を引いて、ふいっと背を向けた。彼は奈津に承諾など求めなかった。もうその答えは分かっているかのように・・・。悠介は蜜のボトルを乱暴に台に置くと、体ごと二人に向かって行った。
「ふざけんな!奈津!行くな!」
名前を呼ばれ、奈津が振り向く・・・。奈津と目が合う・・・。その途端、悠介の足は電池がきれたように止まった・・・。
二人の姿が人混みに消えていく・・・。悠介はそれをただ佇んだまま見送った・・・。
「何してんですか!早く追いかけなきゃ!」
呆然と立ち尽くす悠介の背中を両手で力任せに押したのは詩帆だった。
「先輩、奈津先輩行っちゃいます!早く!」
悠介の鍛えられた体は詩帆が押したくらいではビクとも動かない。それでも、詩帆は足を踏ん張って押す。まなみと壮眞も駆け寄った。
「何なんだよあいつ!行けよ!悠介!なんで、あのまま行かせんだよ!」
壮眞も悠介の腕を掴んだ。
悠介がゆっくり3人の方を向いた。
「ごめん・・・。オレ、帰るわ。」
虚空を見つめ、悠介は、奈津が消えていった方とは別の方向に歩いて行った。
「ちょっと!どうしたんですか!!」
いつもほわんとしてる詩帆が、目をつり上げ、怖い顔をして悠介を追いかけた。まなみと壮眞もそれに続く。残されたサッカー部員たちは、かき氷を食べるのも忘れ、ただただ唖然とした・・・。まなみは悠介を追いながら、奈津が消えていった方を振り返った・・・。『奈津!来た!なんか昨日のステージと全く雰囲気違うけど・・・。会いに来た!!』まなみはなぜか小さくガッツポーズをしていた。なんでこんな状況でガッツポーズなんかできるのか、自分でも意味が分からなかったが・・・。
二人になれる所・・・と思って手を引っぱってきたものの、知っている場所はあそこしかなかった。勝手に体は、蛍まつりの日、奈津と偶然出会った河原の方に向かっていた。やっと、人も少なくなった路地に入ると、自動販売機の前でコウキは振り向いた。大切な大切なものを見るために・・・そっと・・・。自販機の明かりが奈津の姿を照らす。
「うわ!」
奈津の顔を見て、思わずギョッとする。涙なんだか、鼻水なんだか、汗なんだか、いろんなものが入り交じってグショグショの顔をしている!
「・・・手、持たれてるし・・・引っぱるから・・・ハンカチ取れない・・・。」
鼻をすすったり、しゃくり上げたりする合間に奈津が懸命に言葉を出す。
「あ、ごめん!」
コウキは握っていた手を思わず離した。そして、あたふたすると、慌ててポケットからハンカチを取り出し、奈津の顔を拭き始めた。コウキは、迷子になった子どものように大粒の涙を出す奈津の顔を丁寧にハンカチで拭いた。
「デジャヴだ。前にもこんな場面あった。」
あの優しい細い目をして、コウキが奈津の顔をのぞき込む・・・。
「急に・・・いなくなった・・・。」
「ごめん・・・。」
「・・・電話もなかった・・・。」
「ごめん・・・。心配かけた・・・。」
その時5,6人の若者の集団が二人の近くを通ると、二人を冷やかした。
「おいおい、彼氏!何泣かしてんの!」
こちらをジロジロ見て通り過ぎる。でも、コウキはそんな冷やかしは一切無視する。
「まだ、涙出るでしょ?」
コウキが、ハンカチで奈津の鼻をポンとつついた。コクン・・・奈津は頷くのが精一杯だった。
「蛍のところ行こ。」
コウキは、奈津の持ってる巾着を代わりに持ち、その空いた左手にハンカチを持たせた。そして、奈津の右手にずっと握られていたひまわりの髪飾りをとると、形を整え、奈津の右耳の上にそっとつけた。そして、奈津の空いた右手を自分の左手でしっかり包んだ・・・。
コウキはゆっくり歩き始めた。奈津もそれに合わせて歩き始める。奈津はハンカチから目を出し、横を見た・・・。コウキもそれに気づいて横を見る。目が合う・・・。照れたようにコウキは微笑むと、握っている手に力を込めた・・・。
「先輩が行くのは、そっちじゃないです!!」
詩帆は悠介の腕を掴むと懸命にその腕を引っぱっていた。悠介は詩帆が引っぱるのもおかまいなしに、歩みは止めない。詩帆は浴衣でよろけながら、それでもあきらめないで引っぱる。
「悠介、止まれ。詩帆ちゃんよろけてるだろ!」
壮眞が悠介の前に立ちはだかり、悠介を止めた。
「帰るから、どけよ。詩帆ちゃんも手離してくれる?」
抑揚のない投げやりな声で悠介が言う。
「先輩が奈津先輩を追いかけるまで離しません!」
悠介はため息をついて下を見る。
「なんで、あのまま奈津行かせた?なんで、あんな奴に持ってかれてんだよ!奈津、おまえといたんだろ!ちゃんとつかまえとけよ!」
壮眞が、下を向いている悠介に、強い口調で半ばまくし立てた。
「振り向いた奈津が泣いてたんだよ!!」
吐き出すように、悠介は大きな声で言い返した。思わず、詩帆も手を離してしまう。悠介は一息つくと、
「奈津が泣くの初めて見た・・・。奈津は・・・オレの前では泣かない・・・。オレは・・・しっかり者で明るくて強い奈津しか知らない・・・。」
静かな声のトーンで、悠介は言った・・・。
「でも・・・、あいつの前では・・・いつもオレの知らない奈津なんだよ・・・。」
赤いちょうちんのぶら下がる道を、悠介はゆっくり歩き始めた・・・。
祭りの賑やかな音楽が会場の方から聞こえてくる。手を握ったまま二人で歩くこの時間がとても穏やかに幸せに流れていく・・・。でも。でも。奈津は不意に立ち止まった。そして、鼻声で名前を呼ぶ。
「・・・ヒロ。」
コウキが止まった。そして、振り向いた。等間隔で並ぶ赤いちょうちんがコウキの顔をうっすら照らす。
「うん・・・。」
そう、返事をすると、コウキはゆっくり眼鏡を外した・・・。
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