第三話 ~雷龍の湖~
神発暦3512年 夏
「さぁ坊ちゃん、剣の稽古のお時間ですぞ」
「わかってるよ。ウル爺」
ぼくは昼過ぎまで休みなく続いた貴族としての勉強(ダンスや礼儀所作)が終わった後、昼食を済ませて今、敷地内の庭で虫の観察をして暇を潰していた。
敷地から抜け出して遊びに出かけたりするのは午前中だけにしている。というのも、ぼくの父、ドナー・マルクが毎日行っている領内の見回りを終えて帰ってくるからだ。
前世の僕は、本当に運がなかったと日々運命を呪っていた。というのも、別に高校に入って癌が見つかったことだけじゃない。僕は祖父母に育てられて育った。聞いた話では、僕の両親は僕がお腹にいる時に事故にあったらしく、父は即死、僕を生んだ母は最後の力を振り絞って僕を生んで亡くなったそうだ。
だが、ある意味その話を聞いたとき僕は強運の持ち主だと思った。だって本当ならその事故で赤ちゃんなんて真っ先に死んでしまいそうなのにってね。
まぁ、そんなこともあって、実の親に育てられること自体初めての経験で、初めはなんとも不思議な気分だった。
だから、出来るだけ迷惑をかけないように、いつも、午前の時間に抜け出して午後父が変える前には帰ってくることにしていた。
今日は失敗してしまったが。
「まずは、いつも通り基本の型をやっていきましょうぞ」
ウル爺にそう言われぼくは、いつもゲビィター流というスピード随一といわれるぼくのご先祖様が起こしたとされる流派の型をひたすら習った通りに素振りする。
もともとぼくの家計は、戦の神クリーグの加護を受ける者が多く、その加護の特性は魔力で、身体や物の性能を向上させたり、変化させたりする
「なかなか、良い動きができるようになりましたなぁ坊ちゃんは」
「ありがとう。ウル爺。でも、まだまだ兄さん達やウル爺には程遠いや」
「はははっ、それはもちろんですぞ。こんな幼子に追いつかれたとあっては、立ち直れなくなってしまいます」
「それじゃぁ、すぐにでもそうして遊ぶ時間を増やさないと」
「その意気で頑張ってくだされ」
数刻後、ぼくはウル爺と打ち合いの稽古しているときに聞いた。
「ねぇ、ウル爺」
「何ですか」
「ぼく、そろそろ雷龍の湖に行けるかな?」
雷龍の湖とは、ゲビィター流の創始者ゲビィターが雷龍との死闘を繰り広げられ、その戦闘の後遺症よりできたクレーターに雨水が溜まりできた湖で、今では、戦闘の余波で蔓延した高濃度の魔力により、多くの魔獣が住まう魔境とかしている。
「まだ、坊ちゃんには早いですかな。いく途中のマルクの森に出てくる。魔獣程度でしたら十分退治できると思いますが、さすがに、雷龍の湖となると、もっと強くならねばいけませんね」
「そうか、わかったよ。教えてくれてありがとう」
「いえいえ、ですが、そこに行くとなるともっと厳しく稽古をつけねばなりませんな」
「うん、僕もっと強くなりたい」
「はははっ、それは心強い。将来は有望なきしさまですかな?」
「ううん、ぼくは世界中を見て来たいんだ。だから、いつか3等級冒険者になって旅をするんだ」
「そうですか。冒険者ですか。かのゲビィター様も世界中を旅してまわったといいます。坊ちゃんならきっとなれますよ」
「ありがとう、ウル爺」
「それでは、お話はこの辺でやめて本格的に稽古を始めますぞ」
「はい」
*
鳴りやまぬ雷雨のなか、一匹の立派な2対の角をはやした高さ4メートルはあろうトナカイのような魔獣が森を駆け抜けていた。
その前方には、冒険者と思わしき格好の4人組が全速力で駆けていた。
「くっそ、なんだってこんな森の中にライトニング・レンティアなんているんだよ!ここは、8等級の森だぞ」
「文句言ってる暇があったら、全力で走りなさいよ。マチのエンチャントが切れたら一巻の終わりなのよ」
細身の男女二人が小競り合いしながら走っているなか、残りの大柄な男とその背に背負われている女が答える。
「あと、どれくらい持つんだマチ?」
「せいぜい10分、それまでに森を抜けてエンハンにたどり着けるかは五分」
「くっそ、こんなことになるなら、無理して、花なんて取りに行くんじゃなかった。」
「あんたが、宿代ちょろまかして短剣なんか買うからでしょうが」
「なっ、あれは必要経費だ。麻痺のナット文字が刻まれた短剣だぞ」
「じゃぁ、それでなんとかしなさいよ」
「無理に決まってるだろ。相手は4等級で俺たち7等級だぞ。半径10メートルでも近づいたら丸焦げか串刺しだ。ああ!ちくしょー、無事に帰ったらこんなとこ出てってやる」
その森は本来8等級の森といわれ、最も強い魔獣でも8等級の冒険者ほどの強さしかないワイルド・ウェンと言われるイノシシに似た魔獣しかでない森のはずであった。
この森の場所は、雷龍の湖からマルクの森を見て反対に位置する場所ではあるが、不吉な予兆が表れ始めていた。
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