第327話 メイリールと


 二人きりで話したいというメイリールの申し出を受け入れて、隆也は彼女とともにベイロードの街へと繰り出した。


 ミケたち他の同居人も黙っていなかったが、そこはなんとかお願いして引き下がってもらった。


「ごめんね。危ないかもしれんって時に、わがままやったよね」


「いえ。家にずっと籠っていてもよくないですし、ちょうど気分転換をしたいと思ってたところですから」


 皆は襲撃について心配していたが、まさか約束の期日前に『やっぱり来た』とはならないだろう。那由多の思考回路は謎だが、それだけはきちんと守ってくれる。そんな予感があった。


 ゼンヤはわからないが、あの男は那由多に逆らえない。那由多という枷がある限り、彼は首輪につながれた狂犬だ。


「なんかさ、久しぶりやね。こうして隆也と歩くの」


「ですね。何か月ぶりでしたっけ。確か、あの時はミケと一緒で……」


 まだ知り合ってそれほど経っていなかったころだったと思う。今はもうすっかり成長し、大人の体つきになりつつあるミケも、あの時は手のかかる甘えん坊だった。


 隆也のそばを離れようとしないミケでも、メイリールにはすぐに懐いた。


 ミケからも見ても、メイリールは信頼してもいい人物だと感じ取れるほどの、優しい女性だった。


「そうだ。久しぶりに、あの時と同じような感じで歩きませんか? あれも結局途中で余計な邪魔が入っちゃいましたし」


「そうやったね。隆也が昔の仲間に連れ去られて、私が助けに行って――あれからそんなに経ってないはずなのに、二年も三年も前の話に感じるよ」


 それだけ隆也もメイリールも、ともに内容の濃い生活を送っていたということだ。


 その話はともかく、今、ベイロードで、いや、異世界において隆也を襲うような輩はそうそういないはずなので、今日は平和に過ごすことができるだろう。


 それに、メイリールにもきちんと伝えるべきことが隆也にもあるわけで。


「では、行きましょうか。今日は二人で目いっぱい楽しみましょう」


「……うんっ」


 メイリールの手をとって、隆也は、彼女とともに久しぶりのデートをすることとなった。


「じゃあ、必要ないかもしれんけど、一番街から順に回ってこっか」


「そうですね」


 ということで、メイリールに案内を任せて、隆也は数か月ぶりのベイロード散策を楽しむことに。


 久しぶりにじっくりとベイロードの街並みを眺める。最初にここを訪れた時は漁業が盛んな漁師町という印象だったものの、隆也がいなかった数か月を経て様変わりしていた。


 大通りに面した店だけ見ても店構えが立派になり、以前よりもさらに多くの人であふれかえっている。隆也の所属するシーラットが都市代表ギルドとなって王都との取引が増え、それに伴って観光客だったり、元は違う場所に拠点がある会社の支部などがこぞってこちらにきた結果だった。


 メイリールによると、隆也が都合によりベイロードを留守にしていた間は、王都からのギルド職員が交代で仕事を担当していた時、都会に比べてのんびりとした働き方だったり、海沿いということで食事が美味いという話が、戻った職員の話をきっかけに徐々に評判が広まった結果という。


 現在は、移り住む人が増えてきたので、王都から人を借りる形で新たに六番街も建設する予定があるという。また、開発のために貧民街だったスラムの人々を雇用することになった影響で、少しずつ五番街の治安も良くなりつつあるとか。


 なんだか、いいことずくめな気がする。


「私たちも給料がどんどん上がって、シーラットの皆がちょっとだけ贅沢な暮らしを送れるようになって……それもこれも、全部タカヤのおかげだよ。ありがとう」


「そんな、俺がやったのはちょっとした手伝いだけで、シーラットが大きくなったのは社長や副社長、その他の皆のおかげですよ」


 その証拠に、隆也がいなくてもシーラットは順調に規模を拡大し、ラクシャが担当する二号店も出来、隆也が知らない社員の人たちも出始めてきた。


 外での仕事がメインのメイリールやダイクも今やそれなりの位置にあるし、ロアーに至ってはフェイリアと同じ副社長として、部下の皆をまとめている。


 皆、この数か月でそれだけ変わったのだ。


「……この街は、きっともっともっと良くなっていきます。今はまだ小さい地方都市ですけど、いずれはきっと、王都にも負けないぐらいのすごい都市になる」


 だからこそ、隆也はこの街の明るい未来を、隆也自身の我儘で台無しにしたくない。


「タカヤ……」


「っと、すいません。せっかく二人きりなのにしんみりしちゃって……さあ、気を取り直していきましょうか。えっと、次は三番街ですよね」


「う、うん――」


 その後はいつも通り、メイリールと二人きりのデートを存分に楽しんだ。


 出店にあった肉串を両手に持って、食べながら雑談しながら今までなかった新しい施設や、シーラットの得意先でもある小さな道具屋など、思いつく限りに歩いて回る。


 途中、取引先の人たちに冷やかされたり少々恥ずかしい思いもしたが、それをメイリールと共有できたのは内心嬉しかった。


 やはり、隆也にとってメイリールは特別な存在である。仲間としても、そして、気になる異性としても。


 だからこそ、彼女にはきちんと伝えなければならない。


 四日後、隆也はこの街から別れを告げることになる、と。

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