第326話 決断の日
数か月ぶりに隆也がベイロードに戻ってきて、三日が経った。
その間の隆也はというと、ずっと自宅で何もせず休養をしている。数か月間のサバイバルやその後のことなど、疲れ切った心身を少しでも癒してもらうおうと、社長や副社長から命じられたのだ。
隆也が離脱している間は、鍛冶仕事は隆也の弟子(一応)であるラクシャが、ポーションその他治療薬の注文はロアーが頑張ってくれたおかげで、すぐに隆也が対応しなければならない仕事はないとのこと。
なので、お言葉に甘えて仕事場にはいかず、久しぶりの我が家でゆっくりとした日常を過ごさせてもらっている。
「おはよう、ご主人様」
「おはようっス」
「昨日は眠れたか?」
「おはよう皆。ちょっと寝付けなかったけど、まあ、それなりに」
隆也が部屋から出ると、リビングにいた同居人が出迎えてくれた。ミケ、ムムルゥ、それにアカネ。
本来は三人ともそれぞれ仕事に出ていなければならないのだが、那由多が予告なく隆也のもとへ来るかわからないということで、護衛と身の回りの世話も兼ねて、彼女たちも休暇をもらっている。
「……あのさ、皆にお願いが」
「だめ」
「ダメっス」
「却下だ」
まだ何も言っていないのだが、隆也が何を考えているのかはお見通しのようだ。
「でも、三日ずっとゆっくりさせてもらったわけだし、それに能力が使えなくなったわけでもないのに……」
もう二度と能力が使えなくなってもいいという覚悟で、島クジラからの脱出時と、那由多たちと対峙した時の、都合二回ほどゲッカを生み出した隆也だったが、やはりレベルアップによる影響か、酷使による痛みも一日二日であっという間になっている。
おそらく今すぐに仕事に復帰しても、過去最高の品質のものが出来上がるだろうという確信はあるのだが、それでもシーラットの面々は隆也の復帰をよしとしなかった。
「ダメだ。本人が大丈夫だと思っていても、疲労というのは思わぬところに蓄積しているものだ。こちらが完全に大丈夫だと判断するまでは、一か月でも二か月でも休め」
「一か月二か月って……」
シーラットに戻って、隆也の雇い主であるルドラやフェイリアには真っ先に『一週間後』のことについて伝えたはずだが、それでも二人は隆也に『長期休暇』させる考えを曲げることはなかった。
隆也がここにいれるのは、あと四日しかないのに。
「ご主人様は心配しなくていい。もしあいつら二人がご主人様のことを連れて行こうしても、私たちが守ってあげるから」
「そっスよ。ここだけの話ですが、魔王様も、
「そうだぞ。エヴァー殿たち六賢者やラルフ殿たち王都の冒険者たちも万全だから、隆也はこの部屋で時が過ぎるのをじっと待っていれば――」
「……無理だよ、そんなの」
隆也をできるだけ不安にさせまいと三人がしているのはわかるが、その心遣いが隆也には辛かった。
三人も薄々は感じているはずだ。
そんなことをしても、あの二人――いや、那由多にはこの世界の全員でかかっても、絶対にかなわないと。
どんなに用意周到に準備をしようが、那由多は、この世界のものならなんでも思い通りにできるという、転移者に与えられた能力にしては明らかにチートすぎる能力を持っている。
能力の及ぶ範囲は異世界人のみのため、そこに攻略の糸口があるのかもしれないが、戦闘能力に乏しい隆也だけでは、戦えない。なにせ、那由多のそばには、ラルフや光哉さえ手玉に取ったゼンヤがいるのだ。
自分の受けたダメージをそっくりそのまま相手側にお返しする彼の異能は、転移者である隆也にも容易に襲い掛かる。なので、ゼンヤが傍にいる限り、隆也は那由多に傷一つつけることはできないだろう。
「俺だってこの三日間ずっと考えたし、期限が来るまで足掻くつもりだけど……でも、さすがにこればっかりは無理だよ」
島クジラの時は脱出前提で、ある意味では色々なお助けアイテムがあったが、彼女たちに関しては能力の情報が少なすぎるし、下手をしたら本当に無敵の能力かもしれない。
もし、四日後に隆也が彼らの仲間入りを拒否し、全面戦争になったとしたら――夜寝る時に何度も想像した恐ろしい光景が、今も頭の中でリフレインしている。
今の仲間たちを捨てて、那由多とゼンヤの
だが、拒否した瞬間、那由多は躊躇なく仲間たちを全員を死に追いやるはずだ。
四条那由多という人間は、自分が楽しい思いをするためだけに、隆也のことを追いつめ、親友の幼馴染に姿を変えて、その様子を傍らで楽しむような人間なのだ。
そんな人間の娯楽のために、隆也の大事な人々の命を消費させるなど絶対にさせたくない。
「皆の気持ちは嬉しいし、出来れば俺だってこのままずっとここで過ごしたいけど……でも、」
隆也は、すでに覚悟を決めていた。
「ご主人様……」
「タカヤ様……」
「タカヤ……」
「……ごめん」
せめてこの一週間でも明るく過ごそうと思っていたのに、逆効果になってしまった。
――コンコン。
と、リビングが暗い雰囲気に包まれようとした瞬間、玄関のドアがノックされた。
「っと、いったい誰だこんな時に……」
「アカネさん、俺が出るよ」
家事中の三人にはそのまま作業を続けてもらって、来客は隆也が対応することに。
「はいはいどちら様――」
「……おはよ、タカヤ。今、時間ある? ちょっと話出来んかなって思って、来たんやけど」
「! ……メイリールさん」
寂しそうに笑って立っていたのは、隆也にとっての最初の仲間であるメイリールだった。
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