第281話 二人旅
すでに旅の準備を整えているというラルフを待たせて、隆也が早速支度にとりかかった。
アンブレイカブルのある場所へ行って帰ってくるまで、順調であれば最短で三日~四日ほど。今回の目的は素材の採掘のみだが、果たしてラクシャの時のようにうまく行ってくれるか。
「師匠、もう行かれるのですか?」
そんなことを考えていると、ラクシャが顔を出した。
入社当初はキャラの強い女性陣たちに遠慮していたものの、それもすっかり慣れて仲良くやっているようだ。隆也がいない間、できる仕事は彼女にやってもらうことになっている。
「ラクシャ、どうしたの? 心配しなくても、今回はすぐ帰ってこれるから大丈夫だよ」
「いえ、その点は心配してないのですが。……実は、ぜひ師匠に使っていただきたいものがありまして」
「! これは……」
隆也に手渡された包みの中に入っていたのは、星空の刃――ラクシャの相棒であるセイウンだった。
確かに、シロガネがない今、今回の旅にもっていく相棒役は必要だが。
「いいの? 大事なものなのに」
「ええ……自分で打っておいて申し訳ないのですが、まだまだ自分の手には余るものかな、と。普段の仕事で使う機会も少ないですし、であれば、師匠の冒険に付き合ってもらったほうがこの子のためにいいだろうと思いまして」
きらきらと青い星屑の煌めきを放つセイウンの刃に触れる。毎日大事に手入れされていて、わずかな汚れや埃一つ見当たらないが、セイウンは観賞用ではないから、この状態はそれでそれで寂しい。
「……わかった。じゃあ、大事に使わせてもらうよ」
「ありがとうございます」
鞘もあわせて受け取って、腰の定位置にそれを納める。
せっかくだから、役にたってもらおう。
その他、旅で必要になるであろう道具を一通りそろえてから、ラクシャに見送ってもらって、ラルフとの待ち合わせ場所へと隆也は向かう。
待ち合わせ場所は、港だ。
「よ、タカヤ。ションベン済ませてきたか?」
「おかげさまで。ところで、交渉のほうは大丈夫だった?」
「おう、途中までなら乗せてってくれるってよ」
隆也たちがこれから向かう予定の目的地は、海のど真ん中にある。そこまではどうしても船が必要なので、これから漁に出るという船にいくらかお金を払って、同行しようというのだ。
「いや~、いつもは海は海でも雲の海だし、その上潜りこむのはバケモンの巣窟ばかりだから、たまにはこういう場所もいいな。ガキのころを思い出す」
「へえ。ガキのころ、って……ラルフ、もしかして港街の出身?」
「海沿いの小さい漁村だけどな。……もうなくなっちまったが」
水平線の向こうを眺めるラルフの横顔は笑っているはいるが、どこか寂しそうでもある。
なくなった、ラルフはと言ったが、実はこの世界ではまれに起こることがあるという。普段は海底奥深くにいることが多い海の魔獣たちが、海中の環境変化などをきっかけに海上へと浮上し、近くの島や海岸の街を襲うのだ。
ベイロード沖では、運よくまだそのようなことは起こっていないものの、もしものために、漁師たちと冒険者たちが手を組んでいつでも対応できるよう準備している。
なので、もし魔獣が現れるようなら、ベイロードの冒険者ギルド総出て対応することもあるかもしれない。海の魔獣は押し並べて巨大なものばかりだそうだ。
「さ、昔話はこの辺にして、そろそろ出港だぜ。目的地までは暇だから、竿でも借りて釣りでもしてようぜ。大物釣ってやるから調理のほうは頼むわ。得意なんだろ?」
「まあね」
ベイロード付近で獲れる海の魚やその他生物たちは、さばくのに『毒抜き』のスキルが必要なものの、調理の仕方によっては一時的に能力の底上げが可能だから、採掘前の食事にこれほど適したものはない。
漁師たちののる大型の船に乗り込んで、隆也たちはベイロード沖へ。気持ちいい風を受けながら、船は順調にベイロード沖を進む。まだ出港して一時間か二時間そこらだが、すでにベイロードの街並みはわずかに霞むほどしか確認できなくなっている。
「おーい、タカヤぁ、今しがたでっけえ魚釣ったから捌いてくれ――って、なにやってんだ?」
「うん? 一応、この後のための準備」
「? これ、潜水具か?
「まあ、万一のためにね。海は何が起こるかわからないって言うし」
アンブレイカブルはとある海底付近にあるので、目的地付近からは海の奥深くを潜っている。潜水のための魔法はあるものの、何かがきっかけで魔力切れを起こす可能性もあるし、水圧のこともある。
備えはいくつあってもそれに越したことはない。
「ふうん……まあ、嵐ならともかく、潮の流れも穏やかだし、空を見てもあれそうな雰囲気すらねえから問題はないと思――」
「――お、おい、アンタたち、ちょっとこっちに来てくれ!」
隆也とラルフがこの後のことについて話し合っていると、船長をしている漁師が慌てた声で二人のことを呼んだ。
「どした、おっさん?」
「アンタら、冒険者なんだろ。大変なんだ、網の中にアレが、仲間が巻き込まれて――」
「行くぞ、タカヤ」
「うん」
船長がこの慌てようだから、おそらく相当なイレギュラーのはずだ。それに、仲間が巻き込まれた、ということは。
ラルフの後を追いかけて、隆也も急いで船主側の方へと向かう。
――ギィィッ……!!
「ラルフ、もしかしてあれが海の魔獣ってやつ?」
「ああ。デビルクラーケンだな。サイズは小型~中型ってとこか」
「やっぱり」
海面から姿を現したのは、大型船に匹敵しようかという巨大イカのような姿をした海の魔獣。仕掛けた網に偶然紛れこんでしまったのか、十本の触手を動かして怒りをあらわにしている。
「なあ、そういえばアイツって、食えたりすんの?」
「食べたことないからなんとも。捌けるとは思うけど、ああいうのって、新鮮でも大味なことが多いから」
「そっか、残念だな」
だが、そんな危険な海の魔獣に相対していても、隆也とラルフは落ち着いた様子で、食えるか食えないかという他愛もない話をしている。
「――お、おい! アンタたち、なに呑気に突っ立ってんだ。ヤバそうなら、さっさと脱出を……」
「あ、そうだ。一応素材にできそうな部位はありそうだから、それだけお願いできる? 墨袋とか、なんか使えそうだし」
「りょーかいっ! 追加料金は、こいつの磯焼だなっ」
船長の危機感をよそに、隆也の願いを聞き入れたラルフが、単身デビルクラーケンに向かって飛び込んでいく。
魔獣に遭遇したのは不運だが、この程度で動じる二人ではない。
運が悪いのは、『大剣士』に遭遇してしまった魔獣のほうだ。
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