第274話 逆修行


 すぐさまラクシャに荷物をまとめさせて、隆也、ラクシャ、エヴァーの三人はまず館へと向かった。他のメンバーは仕事があるので不参加。


 アカネが出て、エヴァーが出て、管理するものがしばらく誰もいない状態だったが、意外にも綺麗になっている。あの二人がやったのだろうか。


 門のほうだが、やはり壊されている。エヴァーの魔法の効力が失われている状態なら、これもただの古い鋼鉄でしかないから、やろうと思えば破壊することは十分可能だ。


「どうするつもりだ? まさか、館で生活させるなんてわけではあるまい?」


「当たり前ですよ。そんな時間もないですし」


 ラクシャに訊いたところ、ツリーペーパーできっちり測定はしたことはないが、鍛冶以外ははっきりいってからっきしとのこと。


 ということで、やらせるのはそれだけだ。


「お、おお……すごい絶景ですね……! こんなところがあったとは、私、知りませんでした……」


 丘から森の様子を眺めるラクシャを見ていると、どこか昔の隆也と重なる。


 まだ数か月しか経っていないはずだが、隆也にも、あんな時代があった。


 いや、むしろ度胸が据わっている分、彼女のほうが幾分か上だろう。


「え~っと……ラクシャさん」


「ラクシャでいいです。私は教えを乞う立場なのですから」


「わかった。ラクシャ、これから君には俺と一緒にとある場所に行ってもらう。そこで何をするかはその時に説明するけど――」


「弟子入りを認めてくださるんですねっ!??」


「……その時に説明するから、とりあえず荷物持って」


「はいっ!!」


 底抜けに元気だ。ちょっと脅かすつもりでこの場所を選んだが、失敗だったかもしれない。


「……大変だなあ、我が弟子よ。まさか、私の弟子になってから一年と経たず自分の弟子を取るとは。まったく、いつまでもお前は私を楽しませてくれる」


「まだ取るなんて一言も言ってませんけど……」


「そうか? まあ、私は自分の仕事を全うするよ」


 くつくつと笑って、エヴァーの姿がみるみるうちに盾へと変化していく。


 本来、生命核がはまっている状態だと盾にはなれないはずなのだが、隆也の処置がよくなかったのか、それとも情報源が曖昧だったのか……とにかく、いつでも人から盾、盾から人へとフォームチェンジできるようになったらしい。


 やってみたらできたとエヴァーが言っているが、まあ、盾フォームのほうが防御能力は高くなるし、生命核がはまっている状態なので、魔法も使えるようだ。


 サイズの変化も思いのままだ。


 なんだか魔改造みたいになってしまって申し訳気持ちの隆也だったが、エヴァーは自分の変化を面白がっているようなので、よしとしておくしかない。


 マスコットサイズまで縮小してもらったエヴァーに周囲の監視を任せつつ、隆也はラクシャを引き連れて森の中へと入っていく。


 森の植物たちは相変わらずの様子で隆也を出迎えるが、隆也はそれをなんなくいなしていく。


 問題は、ラクシャのほうだが――。


「っと、ほっ、やっ!」


『ほう……あの娘、初めてにしてはやるな』


 ラクシャはこの場所は初めてのはずだが、勘がいいのか、初見殺しともいえるような植物たちの罠を危なっかしい動きながらもしっかりと避けて走っている。


 鍛治以外はからっきしではなかったのだろうか。


「ラクシャ、平気?」


「は、はいっ! なんとか! すいません、すぐに追いつきますので!」


 さすがに息は上がっているが、それでも先を行く隆也の後ろをぴったりとくっつき、そして、そのままの状態を維持したまま、四時間ほどで目的の場所へと辿りついた。


「洞窟……ですか?」


「うん。……よかった。ここは無事みたいだ」


 頂上が崩れたことで何か影響が起こっているかもと思ったが、崩落の危険性もなさそうだ。


 ということは、もちろん『あそこ』も残っているはず。


 念のためエヴァーに索敵をお願いして、魔石燈で辺りをぼんやり照らしながら進んでいく。エヴァーの魔法で照らしてもいいが、それだとここを住処にしている魔獣たちを刺激してしまう。


 自分たちは、ここの主ではない。しっかりと中の住人に配慮して進んでいく。


「……ここ、ですか?」


「うん。……懐かしいな、ここに来るのはあれ以来か」


 天井に淡い青色の光が漂うその場所は、以前、隆也がアカネやミケと過ごした洞窟のちょうど中間部で、今も隆也の相棒となっているシロガネを作製した場所だ。


 もちろん、アカネたちと協力してつくった簡易型の炉も、しっかりと残っている。


「おお、本でしか見たことがない鉱石素材がたくさん……! ここが私の試験場所ということですか?」


「……そういうこと。ちゃんとわかってたんだ」


「はい。ある程度は、覚悟してきていますので」


 移動でかなり疲れているはずだが、瞳のほうが爛々と輝いている。やる気のほうはむしろ高まっているらしい。


「わかった。じゃあ、早速始めようか」


 そう言って、隆也は腰から、木の鞘に入った相棒を手にとって、ラクシャへと差し出す。


「師匠の大事にされているナイフ……」


「自分が誰かを試すなんて、本当は柄じゃないんだけど……一度やるって決めたんなら、こっちも真剣にやらないとね」


 仕事でも度々お世話になっている短刀を石の上に置いて、隆也はラクシャへと弟子入りの条件を宣言する。


「俺の使っているシロガネを折れるものをここで作製すること。それが、弟子入り……というか、シーラット入りの条件ってことで」

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