第273話 弟子入り志願 2
※※
私の名前はラクシャ。
鍛冶職人たちの集落であるコッコンという村で武器や包丁などを作っている鍛冶屋の娘だ。
裕福ではないが、毎日ご飯をいっぱい食べられるくらいの生活は出来ている。
それもこれも、全てはお父さんのおかげだ。お父さんの作る剣や包丁は、まだまだ修行中の身の私から見ても素晴らしい出来で、私の目標だった。実際、評判も良くて、隣街の都市や、ちょっと遠いところからも、ひっきりなしに注文が入ってきていた。
あと、詳しくは教えられないけど、ちょっと名のある冒険者の武器を特注で作っていたりもする。
正直、えっへんである。お父さんが自慢しないので、かわりに自慢しておいてやろう。えっへん。
まあ、過度な自慢をこの辺にしておいて。
しかし、二、三か月ぐらい前からだろうか。そんな状況に変化が訪れる。
もちろん、悪い方だ。
隣の港街であるベイロードからの注文が減り始めたのだ。人が多く集まるベイロードからの売り上げは、私たちの工房の収入の約半分を占めている。
これまでの付き合いもあるので、さすがにすぐにゼロという事態にはならないが、このまま一年、二年と経てば、限りなくそこに近付いていくだろう。
注文に来た仲のいい漁師さんと世間話をするついでに探ってみた。
すると、どうやら最近になって、漁師さんたちの間で、評判になっているブランドがあるというではないか。
訊けば、それなりに高い値段はするものの、モノによっては、どんなに大きな獲物でも、溶けたバターのように魚や肉を捌くことができるのだという。
感覚としては、自分の体に
申し訳ないが、ちょっとモノが違いすぎる、と言われてしまった。
お父さんはそのことについて何も言わなかったけど、内心、悔しいはずだ。
ぽっと出の人の作ったものに、あっさりとお客さんを取られたのだから。
私も、最初は信じられなかった。もちろん、父さんの作ったものは素晴らしいけど、王都やその他の大都市など、もっと才能の集まる場所に行けば、きっと父さんだって霞んでしまうことも。
父さんは余計なことはするなと言っていたけど、商売敵の情報収集は大切なのだ。
それまでウチがほぼ独占していた需要を、数か月であっさり自分のものにする道具。
私はすぐさまベイロードへ向かった。
衝撃を受けたのは、それからすぐのことだった。
目的のものは意外に早く見つかった。高かったが、道具屋で普通に売られていた。
私が買ったのは、包丁と呼ばれる片刃の家庭用の刃物。東のほうでは一般的な調理道具だ。
こっそり溜めていたお小遣いがそのせいで吹っ飛んでしまったが、手に持った瞬間、その価値は十分にあるだろうと私の直感が言った。
なに、これ。
ものが違いすぎるんですけど。
握った瞬間、あの漁師さんが言っていたのと同じ感想が私の口から漏れた。
使っている素材はそう変わらないはずなのに、性能は段違い。
試しにこっそり家で使ってみたが、父さんが作ってくれたものと較べても使いやすく、切れ味もいい。料理用に特化している商品で、他の用途では役に立たないが、活躍する場所が限定されているのであれば、これに勝るものはないだろう。
道具屋の人の話によれば、今は日用品や漁師さんたちの仕事用にしか作っていないようだが、今後、依頼に応じて武具のオーダーメイドも始める予定だというではないか。
まずいでしょう、それは。
狩り用の道具や純粋な武具まで作り始めるとなったら、もし、そのブランドの名が広まってしまったら、残りの半分すらなくなってしまうのでは。
そうなれば、私たちは鍛治仕事から足を洗わなければならなくなる。
まずい。それだけは絶対に避けなければならない。
最近になって、収入減が家庭にも影響が出始め、すでに食卓から一品分、姿を消しているのだ。すでに腹八分目すら満たせなくなっている。
探らなければ。そして、あわよくばその技術を盗んで我が物としなければ。
私の将来の夢は、お父さんの仕事を継いで、立派な鍛冶職人になること。
それを、こんなところで終わらせるわけにはいかないのだ。
※※
そうして、それまでの取引先の伝手を頼ったラクシャは、最終的に隆也のところまでたどり着き、そして、そのまま隆也に土下座して弟子入り志願したというわけだった。
新しい商売を始めるのだから、同業他社との競争になるのは当然のことだ。値段、品質、サービス。
競争だから、勝つこともあれば、負けることもあるだろう。それによって商売の規模を縮小したり畳んだりするのは、その結果でしかない。
商売がうまく行っているのは、社長や副社長の事前の根回しもあるが、最終的には運の要素も大きいと隆也は思っている。
特に、ここの持つレベルが全てになりやすいこの世界だと、なかなか品質のいいモノにはお目にかかれない。そういったものは、基本的にお金が集まるところにいくわけだ。王都などがいい例だろう。
そんな状況で、隆也たちの作った、品質が頭一つ、二つ飛びぬけ、そして都会に出回る高級品よりを仕入れるよりも購入費用が抑えられるとなれば、ベイロードの需要に十分割り込んでいけるわけだ。
そして、隆也たちシーラットは高級品カテゴリの需要を全てかっさらった。それまでそこで商売をしていた人間たちにとっては、利潤の大きかった所謂『おいしい』部分を取られて歯がゆい思いをしているわけだが、
「――お願いしますっ、師匠! 教えてくれとはいいません。近くで仕事のお手伝いをさせてくれるだけでもいいんです。なんでも、なんでもやりますから、私をおそばに置いてくれないでしょうかっ!」
というわけで、それから数日間、毎日に押しかけては土下座してギルドの玄関先で受付のミッタたちを困らせているというわけだ。
「どうするんだ、『師匠』? この勢いだとこの娘、しまいには客を人質にとるかもしれんぞ」
「アカネさんまで……そう言われても、悪い子ってわけじゃないですから」
ラクシャの事情を全て知ってしまった以上、隆也としても非常に断りづらい。
やんわりと断っても、時にはエヴァーに言って強めに脅してもらっても、ラクシャは同じ時間になると、必ずシーラットを訪れて、昨日と同じように頼み込む。
あまりに粘るものだから、エヴァーあたりは『弟子? とれとれ』と言ってくれなくなってしまった。彼女にそこまで言わせるのだから、かなりの根性である。
さて、どうしたものか。
土下座するラクシャの前でしばらく考えて、隆也は口を開く。
「……わかったよ」
「っ……あ、あの、本当ですか?」
「うん。住み込み……は女の子だからさすがにダメだけど。家から通うなら」
「大丈夫ですっ! 師匠の都合のいい形であれば、私はなんでもっ!」
また都合のいい女を作って……というアカネの言葉が刺さるが、これはあくまで仕事の話で、同居人がどうとかという話ではない。
「師匠、賢者の森って、今どうなってます?」
「大氷高はぶっ壊れたが、麓の森は正常だ。生態系もそうは変わっていない」
大氷高の住処を追われた魔獣たちが森の麓や洞窟に棲みついて危険だと聞いたが、おそらく、レオニスがうまくまとめてくれているのだろう。
あとは逃亡したクラスメイトたちのこともあるが……館の周辺なら、動いても問題ないだろう。エヴァーの魔法や委員長と末次の二人による警備が強化されている状況で、わざわざ戻るような愚かな人間はいない。
「なら……まあ、いけますかね」
「……タカヤ、お前、何をするつもりだ?」
「それはですね……あ、副社長、一週間後ぐらいからしばらく休みをとりますけど、構いませんか?」
そう言って、隆也はフェイリアからもらった休暇願の用紙に色々と書き込んでいく。
「まあ、休みはいいが。何をするつもりだ?」
「やるからにはきっちりやろうと思いまして。……この子と館で修行してきます」
「えっ!? いいのですかっ?」
「うん。まあ、詳しいことはあっちで話すよ」
早速弟子らしいことができそうで嬉しそうな顔を浮かべるラクシャだったが、果たしていつまでもその元気でいられるだろうか。
普段はお人よしでヘタレな隆也だが、仕事に関しては、誰よりも厳しいのだ。
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