第271話 館の地下にて
数日後、エヴァーの体調が回復し、先の戦闘の際に『ほぼ空っぽになっていた』という魔力が元通りになったタイミングで、賢者の館へと様子を見に行くことになった。
あくまで状況を確認しにいくだけで、隆也としてはエヴァーが傍にいればそれで十分だったのだが、アカネやミケ、ムムルゥなど、結局はいつものメンバーがついてくることに。
クラスメイトたちが捕らえられていた牢へ行くのは、なにげに初めてだったりする。
「……確かに、ほぼもぬけの殻だ」
携帯型の魔石灯で辺りを照らしつつ、隆也はそう呟く。
エヴァーの話によれば、この狭い地下室の中に、捕えた三十人のほか、人間の魔力を餌にする魔法植物を放していたらしい。
好奇心で、エヴァーにどんなものかミニチュアサイズで出してもらったが……生理的嫌悪感増し増しの風貌であったことだけ伝えておく。
「――やあ、久しぶりじゃないか」
「……お前は逃げずに残ったのか」
クラスメイトたちはほぼ逃げ出したが、その中で、二人だけ、逃げずに残っている人間がいた。
一人は委員長の春川。そして、もう一人は隆也をこれでもかと痛めつけた末次。
二人とも随分とやせ細ったが、しっかりと受け答えできるぐらいには、精神を保っている。
「……ちっ、何人も女侍らせやがって。いいご身分だぜ」
末次は隆也を見て舌打ちをするが、あの時のように襲ってくる気配は微塵も感じない。であれば、無視しておいて問題ないだろう。
「話を聞きたいんだろうけど、俺たちに訊いたところで意味ないよ。なんせ、俺たちが気が付いた時には、俺とそこの脳筋バカ以外、もう残ってなかったんだから」
この二人は隆也襲撃の主犯格と実行犯の中心ということで、特にエヴァーからの怒りを買っていたから、正気を取り戻すまでに、他とは大分タイムラグがあったのだろう。
元々クラスをまとめていた春川なしに、彼ら以外の全員がここから消えるということは、新たに集団のリーダーが生まれた可能性が高い。
春川や末次以外にあと数人残っていれば、当時の様子を聞き出せると思ったのだが、あてが外れてしまった。
「心配するな。逃げ出したからといって、ここは賢者の森……そう簡単にここから抜けられるほど、この秘境は甘っちょろくない」
館に直で連れてこられた隆也は体感したことはないが、本来、転移魔法以外の全うな手段でこの場所に行こうとすると、冒険者としてはかなりのレベルを要求されるらしい。
賢者の森は、中心部よりも入口付近に厄介な魔獣が生息しているようで、ここ最近、外からの侵入者は皆無。
なので、逃げ出しても早々に戻ってくるか、森の魔獣たちの餌食になるかがせいぜいだとエヴァーは言った。少なくとも、隆也のもとに辿りつく可能性は極めて低いと。
放っておいてもいいとは思うが……どうしようか。
「……師匠」
「どうした?」
「この二人を解放してあげませんか?」
「「っ……!?」」
隆也の提案に驚いたのは、春川と末次の二人。
だろうな、と彼らの反応をみて隆也も思う。
自分に明確な危害――それもかなりの重傷を与えた相手を許そうと言っているのと同義なのだから。
「……へ、へっ、いいのかよ、名上。そんなことしたら、またいつかテメエのこと、襲っちまうかもしれないぜ」
「そのセリフをわざわざ言ってくる時点で可能性は低いと思っている。……というか、解放するって言っても、牢から出してあげるだけで、無罪放免にするって言ってるわけじゃない」
そう言って、隆也はとあるものを二人に投げ渡した。
一個一個がずしりと重い、黒い金属でできた輪っか状のもの。
それは、枷だった。
「二人には、これから逃げたやつらの捜索を頼みたい。師匠には無理をさせたくないし、俺も仕事は忙しいから」
しかし、だからと言って、このまま逃げた元クラスメイト達を放置しておくのも心配だ。詩折のような、隆也にとって脅威となる異能を、今ごろになって発現させている可能性もある。
「……いいのか? 敵に塩を送るような真似をして」
「末次はともかく、春川なら全員の顔と名前覚えてるでしょ? なら、知ってる人間にやらせたほうが早いと思って」
それに、二人の実力はそれなりだ。本来なら檻に繋ぎっぱなしにしておくべきだが、こういう状況なら、使うのも一つの選択だろう。
だからこその枷なのだ。
「その枷、ちょっとした細工がしてあってね。約束を破った場合に、針が飛び出るようになってるんだ」
枷を首に装着し、もし契約に違反するような行動をとった時は、即座に首付近か毒針が飛び出して、装着者を死に至らしめる。
魔界庫にあった拷問器具をそのままアレンジした形だ。
隆也は魔法が使えないので、この場合の契約者はエヴァーになる。命令違反に対してはシビアだし、隆也もそれに文句を言うつもりはない。
「なるほど。つまりはお前の奴隷になれってわけだ」
「そういうことになる」
「言い切るか……変わったな、名上」
「俺もそう思う」
しかし、でなければ、隆也もここまで逞しく生き抜いてこれなかった。
隆也が自分で出来ることは多くない。だからこそ、使えるものは何でも使わなければならない。それが、自分にとって多少の毒であっても。
「その代わり、この館を自由に使ってくれて構わない。大体の部屋は怨霊が住み着いて呪われてるらしいけど、それでもこんな臭い牢よりはマシだろう?」
「……だそうだ。どうする?」
「……どうもこうも、」
隆也を睨みつけながらも、末次は首輪を装着する。
「こうしなきゃいけねえんだろうが。ソイツはともかく、隣の奴はもうやる気満々みたいだしな」
「わかっているじゃないか、クソガキ。いや、これからはワンコかな?」
「っ……てめえら、覚えてろよ」
「その度胸もないくせに。悪態をつく暇があるなら、嘘でも尻尾を振って見せろ」
「……クソがっ」
虚勢を見破られた末次が、エヴァーとの契約を交わす。これで彼は本当にただの犬と化した。これまで何でも一番だったヤツには屈辱だろう。
その後、春川も契約に応じ、ひとまず二人で逃げたものの捜索は任せることに。
これでひとまず、隆也が消化しなければならないことのうち、一つが終わった。
※
後のことをエヴァーに任せてベイロードへ戻った隆也とアカネの会話。
「さて、これで後一つなわけですけど……アカネさん、『あの子』、あきらめて帰ってくれると思います?」
「どうかな……ただ、なかなか意思は固そうに見えたから、あれを納得させるのは一筋縄ではいかないと思うが」
「ですよね……」
その後、すぐに転移魔法で仕事場に戻った隆也たちだったが、もう一つだけ、彼らには処理をしておかなければならない案件があった。
それは、ちょうどエヴァーの修理をした直後にさかのぼる。
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