第270話 六賢者のはじまり 3


 主である少年の体調がおかしくなり始めたのは、七人で世界を旅して回ってから三年ほど経った時のこと。


 それまで何の問題もなく『創造』の能力を思いのままに操っていたが、ある日を境に、物忘れがひどくなり始めたり、視力や聴力が落ち始めたのだ。


 毒を飲んだわけでも、呪いを受けたわけでもない。外見に変化はなかったものの、体の内部では少しづつ老化が進んでいたのだ。


 そして、気づいた時にはもう手遅れだった。


 彼女たちが気づく以前から少年は自分の体内の変化に気づいていた。しかし、少年はずっと黙って無理をしていたのだという。


『能力が使えなくなって、みんなの足手まといになってしまうのが怖かった』


 問い詰めた彼女たちに対して、少年が絞りだした言葉である。


「能力が使えることを自覚するまで、主はずっと独りぼっちだったと言っていた。親兄弟、親戚、知人にいたるまで『お前は使えない』、『無能』だと言われ蔑まれていたと」


 せっかく異世界で発現した能力によってできた繋がり。それが使えなくなることによって足手まといになることが嫌だったのだろう。


 少年の気持ちは、隆也にもわかる。というか、境遇も似ているところがあるかもしれない。


「そこからほどなくして、主は寿。その後、私たちは大氷高の頂上に主の遺体を埋葬し、その後は、主の命令によって離れ離れになった。……六賢者と私たちが世間から呼ばれ始めるようになったのは、それからだ」


「じゃあ、師匠があの森に棲み始めるようになったのは」


「少しでも主のそばにいたいと思ってな。私は六人の中で末っ子だったから、主にはよく甘えていたよ。風呂の時も寝る時もべったりでな。そのことでよくシャムシールと喧嘩になっていた。優しい主を独り占めするな、と」


 よくよく考えてみると、賢者の館での生活の時からエヴァーはわりと隆也に甘えっぱなしだったことを思い出す。


 もしかしたら、隆也に在りし日の少年の面影を重ねていたのかもしれない。


「その話はまた後でいいとして……死ぬ間際、主たちは私たちにある命令をしたの。そこが今回の発端につながっていくわけだけど……」


 主が彼女たちにした命令はごく単純なものだった。


 ――今後は自分たちのやりたいように生きて欲しい。


「だから私は今も雷雲船に乗って冒険を続けている。また見ぬ遺跡、まだ見ぬ強敵、まだ見ぬお宝たち……主が見たかっただろう景色を私が代わりに見て、彼への土産話にするためにね」


「わ、わたしは、その、ぐーたらしたかったので、そうしました。コウヤさんには、はたらけこの『にーと』? って言われて、叩かれちゃうんですけど。あの、タカヤさんからも、あんまりお姉ちゃんをいじめないで、って言ってくれませんか?」


 ミリガンからのお願いはスルーとして、そして、それはシャムシールとエヴァーにもあったということだ。


「四人には秘密だったが、私とシャムシールの目的は一緒だった。まあ、なぜかエルニカに気づかれてしまったわけだが」


「それが才能についての研究ってことですか?」


 詩折との戦いの中でも感じていたが、あれだけ無茶なことをしても、結局この世界の『素質』や『レベル』についてはわかっていないことが多い。


 ロアーや詩折が聞いたという声の正体は不明のままだ。


「いや、それはあくまで目的のために必要だったというだけのこと。……本当の目的は、主を生き返らせることが出来るか、だ」


「……じゃあ、主の遺体を氷漬けの状態にしたのは」


「燃やしたら、骨しか残らないだろう?」


 そんなこと出来るはずがない、と否定したところだが、かと言って断言しにくいのもこの世界であることを隆也はよく知っている。


 現に、少年のように、能力さえあれば無から生命、もしくはそれに類するものを創造することが出来ているのだ。まだ知られていない異能、見つかっていない素質だって存在する可能性は十分に残されている。

 

「まあ、結局やり過ぎたせいで、情報を掴まれたエルニカに阻止されたうえ、シャムシールもやられてしまったがな。エルニカが何をしたかったのかも、結局はわからずじまいだしな」


 それについては光哉が何かを知っていそうだったが、今のところ、隆也もまだじっくりと話を聞けていない。


「それで、どうするんですか? まだ、研究のほうは続けるつもりですか?」


「――いや、」


 隆也の問いに、エヴァーはゆっくりと首を振った。


「どうやら私ごときでは触れてはいけない世界だったようだ。あの少女の変わり果てた姿を見て思い知った。目が覚めた、とも言っていい。あんな姿にしてまで、主にもう一度会いたいとは思わない」


「俺もそれがいいと思います」


 隆也が見た氷の中の少年は、とても穏やかな顔をしていた。短い生涯だったかもしれないが、きっと幸せだったはずだ。それを残らされたもののエゴで無理矢理起こすのは、彼に悪い。


「ああ、そうだ。タカヤ、お前にひとつ伝えておかなければならないことがあるのだが、いいか?」


 エヴァーからの唐突な情報に、隆也の眉が顰められる。


 もう嫌な予感しかしていない。


 せっかく、詩折のことが終わってめでたしめでたしとなっていたのに。


「……それは、いい知らせですか? 悪い知らせですか?」


「そんなの悪いほうに決まっているだろう? 地下に拘束していたお前の元仲間たちの大半が逃げた」


「……最悪な知らせ、まことにありがとうございます」


 しかも、また側の話である。


 詳しく訊くと、どうやら『盾』になっている間は行使している魔法も完全に解除されるらしく、その隙をついて逃げられてしまったらしい。


 まあ、彼らに関してはほぼほったらかしの状態だったし、拘束が解ければ、そうういう選択になるだろう。


「まあ、心配するな。これからは私が『盾』となり、お前のことを守ってやる。なにせ、私のことを甦らせてくれた『新たな主』と過言ではないからな」


「確かに、また襲うようなバカなことをするとも思わないですけど……」


 彼らも今の隆也(というかその仲間たち)の恐ろしさは嫌というほど味わっているはずだし、また襲いかかるようなバカな真似はしないだろうが。


「まったく、本当に退屈しない世界だ」


 そろそろ穏やかに暮らしたい――そんな隆也の願いが叶うのは、まだまだ先なのかもしれない。

 

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