第263話 けじめの時 4
「ぎっ……! この、私の体を壊すなんて……アナタ、いったいなに? 私の名上君のなんなの?」
「 私 の ? いつからご主人様が貴様のような汚物の所有物になったというのでしょう。……ご主人様は『私の』です。勘違いなさらぬよう」
隆也にしてみればどちらのものでもないのだが、この間に割ってそれを訂正するのはなんとも憚られる。
レティの横顔は――やはり怒っている。顔には出にくいが、レティは怒りが言葉に出る。
「ありがとうレティ……でも、よくあの触手を壊せたね。なにをしたの?」
「魔界庫の武器を新たに加工させたものを用いました。一回限りの使い捨てなのですが、威力は折り紙付きです」
それは、詩折の触手をいとも簡単に破壊したことからもわかる。
使い捨てる代わりに、武器の性能を格段に向上させる。以前、レティたちと協力した
魔界にも、数は少ないものの専門の職人はいる。光哉が命令して造らせてのだろうが、魔界庫の貴重な武具をこうもあっさり使い捨てるとは。
やはり魔王、やることが違う。
「め、メイド長さま~!」
と、ここでもう一人、おそらくレティと同じ魅魔族であろうコウモリ羽の少女が急降下してきた。肩の前で揺れる淡い桜色の二つのお下げに、紫の瞳。
レティが隆也のもとに出現したのは背後だったので、そう考えると、さきほどの武器を投擲した人物がもう一人いるのは当然か。
「ど、どうでしたか? モルルの仕事ぶりは」
「50点」
「!? は、半分……そんな」
「当たり前です。ご主人様の救出はできましたが、しかし、最初の指示である相手の撃滅には至りませんでした。モルル、あなた、さっきの投擲で何本の武器を使用しましたか?」
「え、と……10本ぐらい、ですね」
「使い過ぎです。魔王様は『自由に使え』とのことでしたが、魔界庫の武器はそのすべてが貴重品。加工するのだって、多大な労力がいるのですから。もっと精進するように」
「うう……はい」
少女が全身をだらりとさせて、しゅんとしている。隆也にしてはよくやったと褒めてやってもと思ったが。
「レティ、この子は?」
「モルルです。退職したレミ、ヤミに替わるアザーシャ様の新しいメイドになってもらうため、今、私の下で鍛えさせています」
「あの、モルルですっ。よろしくお願いします、ご主人様っ」
なんども頭を下げて、モルルが自己紹介してくれたのだが。
「……なんでこの子まで『ご主人様』?」
「現状、モルルは私に仕えている形ですので。師のご主人様は、その弟子にとってもご主人様。当然のことですが」
当然……なのだろうか。将来的にアザーシャに仕えるのだから、モルルのご主人様はアザーシャでいいのでは。
レティは基本的に優秀なのだが、隆也が絡んだ途端、思考回路がちょっとおかしくなる。
「ま、まあ、とりあえず今はよろしくってことで。……レティ」
「まだこれから、でございますね。……モルル、許可します。全力でいきなさい」
「はい」
前をモルルに任せ、隆也を抱えたレティは後ろへ。同時に、後から追いかけてきたセルフィアたちと合流する。
詩折のほうも、今は壊れた触手の再生に専念しているようだった。当然、空いているほうの触手での警戒と牽制は怠ってはいない。
「レティ、本当にあの子にまかせても大丈夫なの?」
「実力的にはまだまだ修行中の身ですが……能力を踏まえれば、多少は戦えるはずです」
「大丈夫です、ご主人様。このモルルにお任せくださいっ」
本人はやる気のようだが、どれほどやれるか。
少し様子を見て、押されるようならセルフィアたちにも加勢をしてもらうことに。
「――どきなさい」
「もちろん、お断りですがっ!」
「そう。いい返事ね」
ヒュン、という音ともに詩折の触手の先端が閃く。
隆也の目では追えない速度――だが、モルルにその攻撃が届くことはなかった。
「……ありゃ、もう壊れた。まあ、いっか。魔界庫にはまだいっぱいあるし、私は無傷だし。問題なし」
どこから取り出したのか、モルルの手には盾が装備されていた。先ほどまでそのような準備はなかったはずだが。
「空間操作系の能力です。魔王様が使うそれとは別のルートで、魔界庫から武具を取り出しています」
「『アイテムボックス』みたいな能力ってことか。でも、それだと泥棒し放題じゃない? 今は魔王の許可があるからいいけど」
「数は倉庫番のゴーストが逐一確認しておりますので。許可時以外で数字が合わなければ、私が責任をもってモルルを『
その時点でモルルはやられてしまうのか。光哉にちょっとした悪戯心が芽生えないことを祈る。
「すごい攻撃ですけど、殺気が丸見えですよ。どこを狙うかまでわかっちゃえば、見えなくても関係ありません。いつも本気で『指導』してくださるメイド長さまに感謝です」
「黙れっ!」
「――っと!」
触手、魔法。
四方八方から繰り出される詩折の攻撃を防ぎつつ、モルルは徐々に間合いへと入っていく。
装備は一度で壊れるが、モルルの能力で魔界庫から再び防具を呼び出し、そして防いでは使い捨てる。
質で劣る分を有り余る物量で補う、を地でいく戦い方が、モルルのスタイルか。
なんとお金のかかる戦い方だろう。破壊され、破片となって地面へ落ちていく魔界庫の武具を眺め、隆也は、つい金勘定をしてしまった。
「こんのっ……調子に乗るなっ! 『イクスレイ』――!」
「おわっ……えっとえっと、あ、あった――って、げっ!?」
詩折の全力を受け止めるべく盾を取り出したと思われたモルルが慌てたような声を上げた。
それもそのはず、盾を取り出そうとしたはずのモルルの手に握られていたのは細身の黒い魔剣。
「あのっ、すいません、ちょっとだけ待ってもらって……!」
「お断り」
「ですよね――」
新たに盾を取り出すも、待つはずもなく繰り出されたイクスレイが、盾で防御しきれなかったモルルの上半身を焼く。
「モルル――!」
まともに喰らっている。あれで無事なはずがない。
取り出すアイテムを間違えるという、そんな初歩中の初歩でやられてしまうとは。
やはり、まだ未熟なモルルに任せるのはダメだったのではないのか――。
「ふん。舐めた戦い方をするから、こういうコトになるのよ。バカめ」
力なく落下していくモルルを一瞥し、詩折の注意が隆也たちに向いたところで、
「魔剣デイルブリンガー改……引っ掛かりましたね」
やられたはずのモルルが、詩折の懐に入り込んでいた。
「なに――づっ……!?」
一瞬で元の姿に戻ったモルルが詩折の顎先へ向けて思い切り振りぬいた黒剣。
魔界での事件の後で作り直されたのだろうか。
デイルブリンガー。使用者と剣を同時に破壊しない限り復活し続ける能力をもった魔剣。
隆也たちを苦しめた剣が、今度は隆也たちに守る盾となっている。
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