第264話 けじめの時 5


「ん、ぐぅ……!」


かたっ……試作品のデイルブリンガーに、未熟者の私。それじゃあやっぱり斬れなかったけど、でもっ」


 だが、まともに顎先を捉えた衝撃は、意識を飛ばすまでには至っていないものの、間違いなく詩折に伝わっているはず。


「こん、のっ……!」


「――っとぉ!」


 苦し紛れに横薙ぎされた詩折の腕を、初めてモルルが防具ナシで避けた。


 やはり効いている。


 とにかく相手を近づけさせないために攻撃を乱発する詩折だったが、そのような状態で、モルルに攻撃を当てられるわけもなく。


「好機は、逃しません!」


 デイルブリンガーをアイテムボックスの中へ戻したモルルは、無秩序に荒れ狂う攻撃を防具で守り、時には躱しながら、さらに詩折との距離を詰める。


「よい、っしょ!」


「っ!?」


 モルルの鎚による脳天への一撃。


 瞬間、鎚は壊れるものの、詩折の額に小さな亀裂は走った。


「まだまだ!」


「こっ……!」


 追い打ちをかけるように、その場で一回転したモルルが、メイリールを彷彿とさせるようなかかと落としを浴びせる。もちろん、容赦なく、先程の亀裂へと叩き込んだ。


 ガキッ、と金属の砕けるような音とともに、詩折の額から赤い血が噴き出した。


「逃がしませんよ――もういっちょ!」


 まともに蹴りを受けて、その勢いのまま力なく地面へと落下していく詩折へ、モルルはさらに弓で追撃をかける。三発、六発、九発……次々と矢が撃ち込まれ、そのたびに、大きな爆発が起こる。


 しかし、こう見ると、モルルはすべての武器の扱いに通じているようだ。レティの話によればまだまだ未熟らしいが……武器さえあれば、今の四天王とも互角に戦えるだろう。


 というか、武器に違いはあるが、戦い方は光哉とかティルチナのそれである。


 彼らの武器である『変幻七在』を持たせても、モルルならわりと簡単に操れるのではないだろうか。


「そして、とどめは……あ、これはゼゼキエル様からの借り物だから、大切に使わないと」


 手を緩めないモルルが取り出しのは、ゼゼキエルの愛用している重力操作の杖、スターバンカー。まさか、そんなものまで借りてくるとは。というか、ゼゼキエルが貸してくれるとは。魔王命令だからか。


「レイズっ!」


 自分に重力レイズをかけたモルルが、同時に取り出した魔剣を構えて、詩折が落下した地点へと突貫していく。


 重力場は広範囲に設定されているから、おそらく、詩折もその影響を受けて満足に動けないはずだ。


 スターバンカーによる超重力で自ら一本の槍となったモルルが、標的を完全に貫かんと垂直に落下していく。


「っ……ああ、もう、動かない……!」


「とどめです。大人しくやられてくださいっ――たあああッ!!」


 棒立ちになるのがやっとの詩折目掛けて、モルルの剣が迫る。針の糸を通すようにして、切っ先がひび割れて露出した詩折の頭蓋骨へ。


 これが完全に壊れれば、いくら詩折とて――。


「――よし、できた」


 だが、その瞬間、詩折以外の全員が目を疑うような出来事が起こった。


「?? え、なんで???」


 モルルは驚愕の表情を浮かべている。


 それもそのはず、モルルはいつの間にか、詩折の後ろをすり抜けていたのだ。


 もちろん詩折は攻撃を受けていない。


「――本当、嫌になるぐらいの綱渡り状態ね。まあ、より困難なほうが、それを乗り越えた時の喜びはひとしおなんだけど」


「あなた、いったいなにを――」


「しばらく寝てなさい」


「か――」


 直後、モルルの頬に詩折の裏拳がめり込んだ。重力の効果が切れていないこともあって、力が真っすぐに伝わらなかったが、それでも彼女を気絶させるのには十分な威力だった。


「水上さん、アンタ、どうしてメイリールさんの力を」


 寸前で戦況をひっくり返したのは、モルルの剣が詩折に接触するというほんのわずかな事象を省略するメイリールの異能。


 メイリールのことを良く知っているロアーがそれを『真似』できたのは、なんとなくわかるが、詩折はメイリールのことをそこまで知らないはずだ。


「? へえ、これ、名上君の知り合いの能力なの? 当てずっぽうで創ったから、わからなかったわ」


「! 当てずっぽうって、そんなこと、」


「できるわけがない? そう、普通に考えればね。でも、推測ぐらいはできると思わない? ねえ、名上君、私はいくつ異能を持っていると思う?」


「それは」


 クラスメイトから奪った能力もの、そして、それ以外の人たちから奪った能力もの


 使えるもの使えないもの含めて、詩折は、隆也では数えきれないほどの素質を保有しているはずだ。


 そして、各人のもつ素質を樹木の絵であらわしたツリーペーパー。つまりは素質の設計図。


「名上君、私のこの体、見て? 私、もうこんなになっちゃった」


 詩折が両手を広げて、変わり果てた自分の姿を隆也へと晒す。


 一部触手化した腕、金属化した骨や皮膚。異形の翼。人間らしい面影は、未だ美しい面影を残す顔と、そして、額から滴らせている赤い血ぐらいか。それも、今は乾燥してどす黒くなりつつあるが。


「だから、今更素質の改造に失敗したところで、私には、もう怖いものなんか何もないの」


 賭けに負けたところで、詩折はすでに『水上詩折』であることを捨てている。


 失うものなど何もない。


「……つくづく悪運だけは強い人だ」


「そうね。まるで名上君を手に入れろって、神様が言っているみたい」


 そんな神様などいるものか。


 もしこんな悪趣味な神がいるとしたら、今すぐぶん殴ってやりたい。


 そのために、まずはここを乗り越えなければならない。

 

 ここで詩折を倒さなければ。


「レティ、お願いがある」


「ダメです、いけません。ご主人様を危険に晒すわけには」


 何かを決心した隆也の表情に、何かを感じ取ったレティがすぐさま拒否した。


 だが、それでも隆也は一歩も引かない。


「でも、俺じゃないと彼女を止められない。皆も、なんとなくわかっているはず。彼女の能力を『加工』できるのは、多分、俺だけだって」


 もし、この後救援が来たところで、おそらく彼女はそれすら乗り越えて強くなるだろう。


 勝てないのなら、勝てるまで自分を作り変えればいい。実際、モルルとの戦いで、詩折はそれを証明してみせた。


 それを食い止めることができるのは、同じ能力を持った存在だけ。


 出来るかどうかは関係ない。隆也も、詩折と同様、賭けに勝つしかない、乗り越えるしかないのだ。


「レティ、時間がない。重力魔法の効果が切れる前に、早く」


「……かしこまりました」


 あきらめたようにため息をついて、レティは隆也を地面へと降ろした。


 仲間たちには悪いが、ここで勝負を決める役割は隆也しかいない。


「ふふ、やっときた……! 待ってた、待ってたわ名上君」


「俺はさっさとくたばって欲しかったと思ってたけどね。……でも、こうなった以上は仕方ない」


 仲間たちを従えて、隆也は先頭に立って詩折と対峙した。


「――水上詩折、決着をつけよう」 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る