第259話 けじめの時 1
「ッ……手首が使えなくなったからって……!」
詩折が自分の髪を数本抜き、紐のようにしてすぐさま腕へと縛りつけ止血する。
氷塊にぶつかり削れながら落ちていった彼女の両手は、穴の底で蠢いている魔獣たちの中へとのみ込まれていった。
おそらく、すでに骨も残らず魔獣たちの餌となってしまったはずだ。
回復魔法で傷を塞ぐことはできるが、自分の手首を元に戻すことはできない。
この時点で相当不利な状況に追い込まれるはずの詩折だが、逆にそれが闘志に火をつけたのか、体から溢れる魔力がどんどんと膨れ上がっていた。
「どうやら、謝罪する気もないらしい。……おい、アルエーテル」
「わかってますよおっ!」
セルフィアの指示に、アルエーテルの体が二つに分かれた。確か、エリエーテとエルゲーテだったか。
分身の魔法らしいが、以前、雷雲船で話したときによれば、彼女だけが使える魔法とのこと。思考の独立したもう一つの個を作り出すらしい。
固有魔法というらしいが……まあ、異能といっても差し支えないだろう。
「シオリ、アンタのせいなんだから、死んでも化けてでたりとか、そういうのやめてよね!」
「私は死なないわ。名上君以外、ここで全員皆殺しにするから」
アルエーテルたち(とここでは言っておく)の放った雷撃を、詩織は体をわずかに捻っていとも簡単に回避する。
冷静さを取り戻している――いや、ただ単に怒りの感情を通り越して、ただ純粋な殺意のみが残っているだけか。
雷撃を全て躱しきった詩折が、アルエーテルのうちの一人に迫る。
「手がないのなら、無理矢理にでも作ってしまえばいい――」
「!? シオリ、アンタ……!」
「一、」
そういって、詩折は鞘に収まっていた銀剣を引き抜き、横に一閃する。
詩折の手首の先にあったのは、氷の粒を集めて加工したと思われる透明な義手。
光の魔法との合わせ技で、特に目立たなくしたのだろうか。隆也も、直前までまったく気付かなかった。
「手首が落として、ちょっと痛い演技をして見せた時に、名上君の能力で作ってみたの。関節が動かないのが難点だけど、剣を固定して振るぐらいなら全く問題ないわ」
「っ……結構ずるいこと、やるじゃん……!」
「不意打ち、先手必勝は殺し合いの基本でしょ? 今回ばかりは、私も本気ってこと」
横に真っ二つにされたアルエーテルの一人を回し蹴りで遠くへ飛ばし、その勢いでさらにもう一人へと迫る。
「――だね。それは確かにその通りだ」
「! へえ」
しかし、詩折が二人目のアルエーテルを仕留めようとした瞬間、仕留めたはずのアルエーテルが詩折を羽交い絞めにしていた。
そして目の前にいたはずの二人目は、姿を消している。
いや、一人目の中に戻ったといういうべきだろうか。
「あれ? 言ってなかったっけ? 分身状態の私って二人同時、しかも寸分違わず始末しないといくらでも復活し続けるんだよ?」
「知らないんだよ、この頭ピンク……!」
「だよね。だって、シオリは『仲間』じゃない『赤の他人』だし」
似た性能を上げるとすれば、以前隆也が戦った四天王が操った魔剣になるだろうか。
片割れが存在し続ける限り、半永久的に再生を繰り返すことができる。これなら、魔法は必要ない。
「まあ、この能力のおかげでいっつも面倒な役やらされるから、正直嫌いなんだけど……ほら、封じたよ『大弓士』さん!」
「ああ、囮役ご苦労。……これでもうどこにも逃げられん」
わずかの時間稼ぎの間に、セルフィアが準備を完了させていた。
力を限界まで入れて弓を引いているようで、矢を持つ手が小刻みに震えている。狙いのほうは、傍らのもう一人が補助していた。
「……最後に言いたいことがあるか? ここにいるタカヤやその仲間たちに謝罪の言葉は?」
「……名上君は私のものだ。くたばれ、この邪魔者ども」
「そうか」
そうして、セルフィアは全力の一撃を放つ。
「けじめの時間だ……償え。
直後、フェイリアの手から放たれた幾本もの弓が、渦を巻きながら轟音を唸らせて、詩折の体の中心目掛けて迫る。
周囲の氷塊をいとも簡単に粉雪のごとく削りとりながら進んでいく様は、旋風というよりは、風を纏った龍といった印象が強い。
「ぐっ……この、このォッ……!!」
なんとか力づくでアルエーテルの拘束を解いた詩折が、立て続けに魔法を放つものの、セルフィアの放った龍の勢いは止まらない。
詩折の魔法を弾き飛ばすのではなく、自らの旋風の中に巻き込み、さらに推進力を得て突き進む。
「ちっ、ならエクスレイでまとめてぶっ飛ばして――」
だが、詩折が両手をかざしたところで、一本の光剣が、エクスレイの発動術式に突き刺さった。
魔法の発動を妨害したのだ。
「封印の魔法が、なんで私に……あれは私かエルニカしか使えない結界魔法のはず……!」
「――ほう? そうなのか? にしては、あまりにも『真似』しやすかったぞ。お粗末すぎて、子供だましにすらなっていないパズルのようだった」
その答えを持っていたのは、セルフィアのそばに佇む仮面の男。
雷雲船のメンバーの、最後の一人。
「大道化……!」
「そう睨むな。恨むなら、この魔法を開発した光の賢者を恨め。恨み言なら、きっと地の底でたっぷりぶつけられるはずだからな」
「! なるほど、ラルフがここにいないのはそういう――」
「さようなら、レディ。……君は見込みがあると思ったんだがな。せめて綺麗に潔く散りたまえ」
「っ……名上君ッ!! 私は、絶対にあなたを――」
言い終わる前に、詩折は龍の顎に飲み込まれて完全に姿を消した。
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