第258話 雲からの助け


「アンタたち、なんで――」


 詩折がかつての仲間たちを睨みながら言う。


 ラルフ以外は全員揃っているが……これは隆也にとっても予想だった。


 助けを求められたから来た、らしいが、そうした覚えなどない。


 だが、詩折の仲間であるはずメンバーたちは、明確に彼女との敵対の意思を示している。


 つまり、リファイブたちは、ここで起きた大まかな出来事について把握しているということだ。


「ふっ……よかった。、どうやらちゃんということを聞いてくれたみたいで」


「! ロアー、もしかして虫にお願いして、リファイブさんたちに……」


「ああ。ちょうどあの女に踏みつぶされた中に、生き残りがいてな。でやってみたが、話を聞いてくれた。仕返ししたかったみたいだぜ?」


 助けを求めたのは、ロアーだった。


 ロアーは、虫を操る詩折の(正確には他人から奪った)異能を自分の目で見ている。もちろん、詩折のように自由自在とはいかなかったようだが、虫たちも、詩折にいいように扱われて腹に据えかねていたのだろう、そのうちの一匹がロアーの願いを聞き入れ、空にいるリファイブに救援を送ったのだろう。


「ったく、タカヤたった一人をものにするためにエルニカまで巻き込んでこんな面倒くさいことして。久しぶりに無理しちゃったじゃん」


 エルニカの施した結界を力づくで突破でもしたのか、ローブの袖からのぞく彼女の腕に火傷のような跡が。その脇のアルエーテルも、目立った傷はないが、魔法衣の袖や裾はボロボロになっている。


 ここに来るために、大分無茶をしてくれたようだ。


「アンタたちには関係ないことでしょ。六賢者同士のいざこざには、なるべく手を出さないスタンスだったんじゃないの?」


「そうだったんだけどねえ……タカヤが危ない、しかもそれをやったのはシオリだって聞いた途端、ラルフのヤツ、まあ切れちゃってさ。友達ダチを助ける助けるって、話し聞かなかったのよ」


 ラルフがそこまで気にかけてくれていたのは、隆也にとっても素直にうれしい。


 しかし、その当人が不在なのはどういうことだろう。


「――アイツは別のところに『おつかい』に行ってもらった。一緒にきたら、この氷山が巨大な細切れになってしまうからな」


 隆也の疑問に答えてくれたのは、風を身にまとわせながらゆっくりと降りてきた背の高い女性。

 

 金髪に白い肌、長くとがった耳。多分エルフだろう。


「あの、あなたは……」


「始めまして、タカヤ君。私はセルフィア。うちのバカが、色々と迷惑をかけたそうだな。あとは……そう、いつもウチの妹が世話になっている」


「妹……?」


 隆也はセルフィアの顔を見つめる。


 そういえばなんとなく面影があの人に似ているような――。


「もしかして、フェイリアさんの」


「姉だ。不本意ながら」


 姉。なるほど。


 確かに、そう言われてみれば、フェイリアをそのまま大きくしたような感じがする。


 装備も、フェイリアと違ってかなりの重装備だ。腰に幅広の剣もあるし、弓師というよりも、弓の扱いにも長けた戦士という感じか。


 遅れてアルエーテルと、それからもう一人、仮面をつけた背広姿の男がやってきた。


「タカヤ、ひどくやられたね~。まあ、アタシら来たからには安心しなさいって!」


 すぐさま隆也のもとに駆け寄ったアルエーテルが治癒の魔法をかける。


 興奮状態で気づかなかったが、隆也もロアーも、ダイクやメイリールも詩折の魔法によって肌が露出している一部に火傷や裂傷が見られる。


「アルエーテル……助けてくれるのは嬉しいけど、いいの?」


「なにが?」


「その、アルエーテルって、仲良かったでしょ?」


「! ああ、シオリとね。こうなっちゃたのは……まあ残念っちゃ残念だけど。でも、大丈夫。そんなにあの子に情があるわけでもないしね~」


「そう、なの?」


 王都で会話してるときの様子を見るに、随分仲良くなっていたように思っていたが。あれは、演技だったのだろうか。


「タカヤなら、わかるでしょ? 真に信頼できる仲間っていうのは、そう簡単にできるもんじゃない。損得勘定で入ってきたのなら、なおさらね」


 アルエーテルがウインクしたのを見て、気づく。


 彼女たちは最初から詩折の中の本質に気づいていた。


 自分にとって都合がいいか、目的のために使えるかどうかで、詩折は彼らと一緒に行動をともにしていた。リファイブのもとにいたことから、おそらくエルニカの魔法の弟子であるという事実すら隠していたはずだ。


「もしかしたら、と思って、うちの師匠の命令で様子見してたんだけどね。……でも、アレはもうダメだ。完全に自分にのまれちゃった」


 立ち上がり、アルエーテルがセルフィアの隣へ。


「タカヤはそこで見てて。アレは、私たちが始末がつけるよ。……師匠、いいですよね?」


「お前たちに任せるよ。生命核のせいで、私はポンコツだし」


「じゃ――」


 許可を受けて、パチン、と青い電流が、アルエーテルの全身から迸るように発生する。


 大きく息を吐く、彼女の決意に満ちた表情。


 本気だ。


「ふうん、アンタたちこの私とやろうってんだ? 言っとくけど、私は強いよ?」


「ほう? なら、せいぜいそれを私たちに証明してみせろ、ガキめ」


 買い被りでもなんでもなく、詩折は強い。エルニカの教えを受けて、エヴァーすら圧倒する魔法に数々の異能。アルエーテルが本気の表情であることからも、三人で全力であたらないと勝てないと踏んでいるからだろう。


 だが、それでもセルフィアは大人の余裕を崩さない。


「そ。じゃあ、まずはセルフィア、アンタから特別に灰にしてあげ――」

 

 すぐさま魔法の発動体勢に映った詩折だったが、その瞬間、


「気をつけろ。その手首、もう


「え――?」


 セルフィアへ向けたはずの彼女の両手首が、まるで何かに切断されたように、ずるん、と穴の底へと落ちていった。


「――――!!!!」


 自分の手首がない――そのことを認識した瞬間、詩折から声にならない悲鳴があがった。


「風を感じた瞬間、我々の勝利はすでに決まっている……そんなことをいう未熟なヤツもいるが。本物の森の戦士は、感じさせずに仕留める」


「こんのっ、大人ぶって……! 殺す!」


「ふん、またそれか。だからお前はガキなんだ」


 腰の剣を引き抜いて、セルフィアが冷たく告げる。


「さあ、お仕置きの時間だ。……私たちは、厳しいぞ」

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