第236話 複数もち


 ミケの居場所を目指す道中は、特にこれといったトラブルもなく順調に進んでいた。


 念のため時折立ち止まり、周囲に魔獣の気配などがないか確認するが、聞こえてくるのは自分たちの息遣いと、それから先を案内する甲虫たちのわずかな羽音のみ。


 あれほどド派手に立ち回ったのというのに、様子を見に来る魔獣たち、特に同じ種族である神狼たちがいないのは不思議だ。


「・・・……~”””」


「――みんな、ちょっと止まって」


 先導していた虫たちが、突然飛ぶことを止めて地面へ。そのままもぞもぞと降り積もる雪の下へと姿を隠す。


「なにかみたい。こっちを狙ってるって」


「さっきのヤツの仲間かな?」


「虫たちに勘付かれるぐらいだから、大したことはないと思うけど。……確認するから、しゃがんでもらっていていい?」


 隆也たちにそう指示した後、詩折はくるりとその場で回って――途中でぴたりと止まった。隆也たちにはなにも見えないが、彼女は何かに気づいたようである。


「あそこね。ちょっと行ってくるわ」


「……一人で大丈夫?」


「ええ。魔法があれば、狙撃で一瞬だったんだけどね。本当、嫌になっちゃう――『ラビットフット』」


 そうぼやいた瞬間、足跡だけを残して、突然、彼女がその場からふっと消え失せた。


「ねえ……」


「あ、ああ」


「シオリちゃん、どこにいったんやろ……」


 きょろきょろ辺りを見回して彼女の行方を追おうとしたところで、


「ギッ――!?」


 っと、魔獣と思しき悲鳴が響いた。直後、下った斜面あたりで、赤い血が白の絨毯を滲ませた。


 しばらくして、何食わぬ顔で詩折が戻ってきた。今度は普通に歩いて登ってきた。


「お待たせ。……どうしたの、名上君?」


「いや、いきなり消えたからびっくりして。もしかして、さっきのも……」


「ええ、異能ね。『ラビットフット』っていって、移動の仕方にちょっと条件というかコツがあって恥ずかしいんだけど……移動中はほぼ気配を消すことができるの。暗殺とかに便利……っていっても、いつもは使わないけど」


 敵じゃなくて本当によかったと思う。


 乾いた笑いしか起こらない。メイリールやダイク、光哉など、これまでの仲間たちのことを考えて『異能力は一人につき一つ』だと勝手に思っていたが、どうやらそういうわけではないらしい。


 もしかしたら、まだ見せてないだけで、その他にも持っている可能性もありそうだ。


 そうでなければ、魔法を封じられてこれだけの余裕を保っていられないはず。


「どうしたの? 私の顔に何かついてる?」


「あ、いや……」


 わずかな返り血すらない、白く綺麗な頬。本当に血が通っているのかと心配になるが、彼女の顔つきだけは、良くも悪くも変わっていないように思う。


 隆也の頭の片隅にわずかに残っている詩折と、それから今の詩折はまったく同じに感じる。隆也ですら変わることを余儀なくされたこの世界で、唯一、一切変わることなくこの世界に立っている。


 今も変わらず着用している制服に、それが表れている気がしていた。


 どうやって、彼女はこれまで生き延びてきたのだろうか。行動をともにしていた仲間たちとはぐれ、独りぼっち。


 そんな状態で、どうやって雲の賢者のもとまでたどり着き、そして他者を圧倒するほどに強くなったのだろう。


「名上君、気になる?」


「え?」


「私のこと。……後ろからずっとじろじろ見て」


「いや、そんなことは」


「あ、別に見るなって言ってるわけじゃないの。人から見られるのは、もう慣れてるから。それに――」


 歩くスピードを落として隆也と肩を並べると、詩折は隆也の耳元で囁く。


「……名上君にだけだったら、教えてあげてもいいよ?」


「っ……」

 

 舌をちろりと出して笑みを浮かべた詩折に、隆也は思わず動揺してしまう。


 これまでとは打って変わって、妖艶な雰囲気を纏っているような気が。


「――私が、どうやってここまで生き抜いてきたか。どうやって、女のコたったひとりでお金を稼いで、拠点も作らずに旅を続けることができたのか。……ねえ、名上君は、何を想像した?」


「そんなの、俺なんかには想像もできないよ。大変だったんだろうってことぐらいしか」


「……嘘。今ちょっとだけ想像したくせに」


「な、なにをさ」


「ふふ、しらばっくれちゃって。カワイイ」


 くすくすと笑って、詩折は再び隆也の先を歩き出した。横顔はすでに、これまでの冷静な表情に戻っている。


「……タカヤの節操ナシ。バカ」


「おいおいまたかよ」


「お前は後何人手元に置けば気が済むんだ」


 後ろからの集中砲火がすごい。……あちらから勝手に近づいてきたのに、ひどい言われようだ。


 思えば再会したときから、隆也は詩折に心を乱されっぱなしである。敵対されてるわけではないので、悪い気はしていないのだが。


「……そろそろね。ほら、あそこ」


 十分ほどだろうか。急な斜面を乗り切ったところで、ぽっかりと口を開けた洞穴のような場所を発見する。虫たちの話によれば、どうやらあそこにミケがいるということらしいが。


 案内を終えてもぞもぞと地面の中へと戻っていった虫たちに心の中でお礼を言って、隆也は中へと侵入した。


「くっせえな……コウモリか」


「そうみたいだね。でも、ここなら避難場所としてはちょうどよさそうだ」


 だが、油断はしていられない。


 ミケがここから戻ってこないということは、この奥に何かが潜んでいることは明らかである。魔法が使えれば詩折あたりが探知でもなんでもできそうだが、結界の効力は今も続いている。


 ともかく、今は進むしかない。


「行こう、皆」


 隆也の音頭に全員が頷き、すぐさま次の作戦が開始された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る