第235話 結束する五人


 新たに詩折を仲間に加え、隆也たちは雪山を登っていく。


 正直、これほどの軽装備で険しい大氷高を歩くのは自殺行為に等しいが、現在置かれている状況から抜け出すためには動くしかなかった。


「名上君、一つ確認なんだけど、まずはミケちゃんを探し出して合流することを優先して行動するってことでいいのね?」


「うん。を考えると、ミケが無事なら、戦力的に邪魔になることはないし」


 この状況で、隆也たちがやらなければならないことは、二つ。


 一つはもちろん仲間であるミケの救出、そしてもう一つは、現在、この大氷高付近に展開されている結界魔法の解除だ。

 

 大標高からの脱出を果たすためには、詩折が使役する転移魔法が不可欠だ。ミケとの合流を果たしても、結局はここから離脱する方法がなければ意味がないからだ。


 もちろん順序を逆にして、結界魔法の術者を倒した上で、より安心できる状況でミケを捜す選択肢もあるが、術者が単独なのか複数なのか、どのくらいのレベルの術者であるかなど、わからないことが多い。


 詩折の実力がとんでもないことは、先程の戦闘……というか一方的な蹂躙で十二分に証明されている。しかし、それはあくまで魔法が自由に使役できる状態が保証されていればの話だ。


 こちらは魔法を使えず、そして、逆に相手は自由に使ってこちら側を追い詰めることができる――であれば、単純にミケという強力なコマを加えたほうが、より勝率を高めることができるのでは、という判断だった。


「ごめんなさい、名上君。肝心なところで役に立てなくて」


「そんな、気にしないでいいよ。悪いのはこの状況を引き起こした『誰か』なんだから。……水上さんには本当に感謝してる」


 詩折の登場は本当に想定外の出来事だったが、彼女がいたおかげで、まだ、この場に生きて立てている。


 何か企んでいるのでは、という疑念をまだ完全に拭い去ることはできないが、もう少しだけ彼女のことを信用してあげてもいいのかもしれない――そう隆也は思い始めていた。


「そう……やっぱり名上君は優しいね。そういうところ、前からちっとも変ってない」


「え? 前から、って……」


 詩折とクラスメイトになったのは今年のクラス替えからで、それまで特に接点などなかったはずだが。


「あっ」


 そのことを指摘された詩折の頬がほんのりと赤く染まる。


「ごめんなさい、つい。実は、同じクラスになった時からずっと名上君のこと見てて。それでその……ちょっとだけいいなって」


「そ、そうかな? あの時の俺って、ただただ皆に情けない姿を晒してただけのような気もするけど」


 あまり思い出したくないが、学校にいる時の隆也はいじめに耐えるばかりで、詩折の言う『優しさ』を見せる機会などなかったはずだが。


「そんなことない。ただ傍観しかできなかった私だけど、名上君がいい人だっていうのはわかってた。こっちでみんなと頑張ってた時だって、なんとかみんなの役に立とうって、努力してたじゃない」


 この世界に転移した後のことだ。戦闘の適性がなく、クラスの足手まといになっていた隆也だが、なにかできることはないかと、もがいていたのは事実だ。


「……まさか、そこまで見ててくれていたから、水上さんはあのグループから抜けたってこと?」


 詩折は力強く頷く。


「当然。自分なりに懸命になって頑張っている名上君を、その場のノリみたいな感じで、面白半分で捨てるような奴らだよ? ……そんなの、絶対に許せるはずがないよ」


「そうよね! あんなクズ野郎どもと一緒にならんで、シオリちゃんは大正解やったよ! ねえ、みんな」


「ああ」


「まったくだ」


 詩折の言葉に、メイリールたちが賛同する。


 誘拐され瀕死の重傷を負わされた隆也の痛々しい姿は、仲間たちの脳裏に今も深く刻まれている。それを引き起こした隆也の『元仲間』に対する嫌悪感というのは、相当に強い。


「ありがとうね、シオリちゃん。タカヤと、それから私たちのことまで助けてくれて。本当、いくらお礼を言ったらいいかわからんぐらい」


「……そう言ってもらえるのなら嬉しいです。絶対、ベイロードに戻りましょうね」


「うん。無事帰れたら、街を案内してあげる」


 そうして、メイリールと詩折は固い握手を交わした。続いて、ダイクやロアーとも同じように。


 三人のほうは、詩折のことを『隆也の友人』として、完全に信用しているようだった。


「では、挨拶はこのへんにしておいて、早くミケちゃんと合流しましょう。……出てきて、虫さんたち」


 気を取り直して詩折が地面に向かってそう呟いた瞬間、降り積もった雪の絨毯の下から、小さな甲虫数匹が顔を出した。


 おそらく、【バグズ・ノイズ】という虫を操る彼女の異能の一種……ミケの捜索に彼らの力も借りるということのだろうか。


【……―――……、。。。、……~~~~】


 唇に人差し指を当てて、何事かを虫へ向けてしゃべりかけている。種別としてはテイム系の能力ということだろうか。


 六賢者並みの魔法の素質に、神狼とも張り合う戦闘能力、そして異能……いったいどんな『素質』の形をしているのだろう。


「……仲間の中で、見覚えのある子を見た子がいるみたい。ちょっと危ないところにある洞窟らしいけど、」


「すぐに行こう。洞窟を見つけて帰ってこないってことは、絶対に何かあったはずだから」


「わかったわ。じゃあ、案内してもらうようにお願いしましょう」


 詩折が再び呟いた瞬間、甲虫が羽を広げてミケがいるらしき方向へと飛んでいく。詩折の通訳の通り、見たところ傾斜のきつい所だが、持っている道具をうまく活用すれば難しいところではなさそうだ。


『元クラスメイト』という共通の敵がきっかけとなって結束を深めた隆也たちは、後を追うようにして、ミケがいるという洞窟へと足を踏み込んでいくのだった。

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