第227話 はりぼて



「え、え~?? い、いきなり、なにを、そんな~、え~?」


 弟子から急にそんなことを問われて、ミリガンは訳が分からないといった様子でわたわたと慌てている。


 下手な誤魔化しをするような人ではなさそうなので、単純に、元仲間であるシャムシールの死も合わさって、ただ頭の容量がいっぱいいっぱいになっているような印象だ。


「光哉、どういうこと? ハリボテって、シャムシールさんの体が作り物だってこと?」


 六賢者、とりわけ師匠であるエヴァーとは師匠と弟子の関係というにはいささか過剰なスキンシップがある隆也だったが、それまでの感触でいうと、光哉の推測に対しては戸惑いしかない。


 どれだけ年月を経ても衰えることのない肌のつや、内包する暖かさは、どう考えても人間のそれだとしか思えないのだが。


「レグダさん……」


「師匠が……? いや、そんなはずは……」


 弟子であるレグダですら戸惑っている。


「そうか? なら、これ見てみな」


 そう言って、光哉は、息絶えたシャムシールの体に腕を突き入れて、一部を引きちぎった。


「ちょっと、光哉! いくらなんでもそんな乱暴……!」


「いいんだよ、別に。……ほら」


「うえっ……!」


 光哉から放られた肉塊を、隆也は受けとるしかない。感染症の可能性などが頭をよぎったが、だからといって避けるのは、シャムシールに対して失礼な気がする。


「!? え、」


 しかし、そんな考えは、それを手に取った瞬間に霧散する。


「そんなバカな……いや、でも、」


「タカヤ……お前まで、師匠を作り物だとでもいうつもりか」


「俺だって、そうは思いたくないです。でも、これは、」


 隆也は、恐る恐るその肉塊――いや、『ただの土のかたまり』を握りつぶした。


 赤い血で汚れていた塊が、みるみるうちに、ただの赤茶色の物体へとその姿を変えていく。


「……粘土です、これ。『鑑定』もしてみましたから、間違いない」


 しかも、特別な素材でもなんでもない。世界中のどこにでもあるような、ちょっとでも地面を掘れば見つかる赤土だ。それに水と、少しの魔力を配合されていた。


 おそらくシャムシールが死んで、体の内側から魔力の安定供給が絶たれたことによって、元の粘土に戻った、と考えられる。


「ほれ、隆也もそう言ってんぞ? 師匠、いい加減素直になったらどうだ?」


「え~!? そ、そう、言われましても~、私、そういうの、すぐ、忘れちゃうので~」


「じゃあ、ここにあるシャムシールは偽物だってのか? 誰かが俺たちを欺くために用意したって?」


「それは、違う、です。シャムシールさんです、それは、保証します。死んじゃったの、残念だし、ショック、ですよ?」


「なら、師匠も同じことになるんじゃねえのか?」


「それは、どう、ですかね~?」


 ミリガンは傾げた首の角度を深くするばかりである。


 とにかく、光哉が抱いている疑問は一つだろう。


 ――六賢者は、全員何者かに作られた存在なのではないか。


 内包する異常な魔力によるところがあるかもしれないが、時を経ても若々しさを維持している(と思われる)肉体や、六賢者同士が近くに居るとなぜか魔法が強制的に封じられてしまう点など、疑問点はある。


 今までは、六賢者が健在だったことにより、その疑問は、なんとなく有耶無耶になっていた。


 だが、シャムシールの死によって、そうはできない事態になりつつある。


 

「師匠は嘘はついてないように聞こえるし……ここでこのヒトの体をいじくりまわすのもなあ」


「っ!? え、ちょ、光哉さん、それはつまり、」


「冗談だよ、冗談。……ってか、なに赤くなってんだよ」


「え? いや~、それは、その~、いじくりまわす、っていうからあ」


「……そんなんじゃねえっての」


 緊迫した空気でもどこか空気の抜けた二人のやり取りは放っておくとして、隆也の気がかりは自分の師匠のことだ。


 隆也個人の考えで言えば、たとえ師匠が人間でなくても、さほどもう驚かない。ゲッカや、もしくは王都での『七番目』の件もそうだが、人や魔獣以外で、意思を持つ『物体』に関しては経験済みだ。


 それに、今はエヴァーの正体のことなどどうでもいい。


 とにかく会って、真実を聞きたい。隆也が思っているのは、ただ、それだけである。


「隆也、俺はひとまずこのポンコツ師匠と魔界に戻るけど、お前はどうする? まだ残るか?」


「いや、ベイロードに戻るよ。多分みんな心配してるだろうし」


「……俺たちはそういうわけだが、レグダ、お前さんはどうする?」


「師匠のそばにいるさ。……この人がなんであろうと、私はこの人の弟子だ。それは変わらない」


 無表情でレグダは答える。師匠が死んで、精神的に不安定かもと思ったが、今はもう元の仏頂面に戻っている。隆也の仕事場に殴りこんできた時の狼狽ぶりからは考えられないほどだ。


「レグダさん、その……」


「私はまだ森の賢者のことを許してはいない。もし、会うことがあるならば、覚悟していろ、と伝えておけ」


「……わかりました」


「んじゃ、先に送るぜ」


 隆也が頷くと同時に、光哉が転移魔法を発動させた。


 光哉に簡単なお礼と別れを告げて、隆也は元の仕事場へともどった。



「――タカヤ!」


「ご主人様っ」


 転移の光が消え、いつもの職場の風景が戻ってくると同時に、メイリールとミケが隆也に抱き着いてきた。まわりにはダイクやロアーといった他のメンバーもいる。


「いきなりいなくなったから心配したぜ、どこに行ってたんだ?」


「……ちょっと野暮用で、ウォルスに」


「ウォルスに? なんでまた?」


「んー、ちょっとね。大した用じゃないよ」


 ダイクからの問いを、隆也ははぐらかすように答えた。


 火山の賢者の殺されたから、その現場検証に――とは、やはり言えない。


 また、言えないことばかりだ。ダイクの後ろにいるロアーが、不機嫌そうな顔で小さくため息をついた。


「……ねえ、ご主人さま」


「? ミケ、どうかした?」


「ポケット、光ってるけど、なにかいれてるの?」


「ああ、これは師匠が知り合いに――」


 光哉から突き返された手紙があったことを隆也が思い出した。


 指定の時間になると、自動的に指定の場所へと強制転移する細工の施された手紙が――。


 ――ドンッ!


「え――?」


 瞬間、視界を白く焼くほどの眩い転移の光が、隆也へと襲い掛かった。


 

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