第222話 夜明けの二人 2
話がある、とロアーが隆也に切り出すのは最近では特に珍しいことだ。
メイリールやダイクが突っ走って、その二人をさりげなくフォローする。それが隆也の持っている印象である。自分の考えをそれほど表には出さないタイプだ。
そんなロアーが、二人きりで隆也と話をしたいという。
結局、隆也も朝風呂に付き合うことになった。
「真面目だと思ってたけど、ロアーもたまには手癖の悪いことをするんだね。驚いたよ」
「それはお前が昔の俺を知らないからそう言えるんだよ。……といっても、メイリールやダイクも詳しくは知らないんだが」
ロアーが握りこんでいた拳を開くと、そこには隆也の銅貨入れ用の財布があった。小銭入れだが、それをいつの間にか抜き取られていたのだ。
脱衣所へ行く際にすれ違ったときだろうか……まったく気づかなかった。
「昔の経験ってやつかな。といっても、見様見真似で、ボスの技に較べればへなちょこなんだがな」
ロアーの言う『ボス』は、多分、ルドラのことではない。ここでは別の誰かだ。
「ガキの頃は俺も結構アホなことやっててな。五番街にある悪ガキどもの集まりに、よく顔を出してた。スリも、そこで覚えされた。今となっては良い思い出だが」
ベイロード五番街、つまりはベイロードでも貧しい人々が住む場所だ。治安はやはり悪く、隆也も極力そちらには近寄らないようにしている。以前、隆也は犯罪行為を主な仕事とする闇ギルドを仲間とともに潰したので、一応、警戒していたのだ。
「小さいころ、俺はわりとなんでもできた。勉強もそうだし、魔法も。仕事の手伝いだって。お前は器用な子だね、って親からよく褒められてな」
「……聞く限り、悪の道に染まる雰囲気はこれっぽっちも感じないんだけど」
「まあ、聞いてくれ。なんでもできると言ったって、それはあくまで子供のお使いレベルの話だ。素質さえあれば、いずれは逆転する」
個人差はあれど、どんなに素晴らしい素質があっても、スタート地点は同じ。レベル1から始まって、それぞれの分野で経験なりを積んで、個々のもつ極限までレベルを伸ばしていく。隆也もそうやって異世界で成長を遂げた。
「なんでもできたけど、一番になれなかった。学校でも、仕事でも、ある程度までは出来る。でも、そのすべてが半端だった」
頑張っても頑張っても、この世界は持っている素質が全ての場所である。どんなに努力しても、素質がなければレベルは絶対に上がらない。ゲーム的に言えば、経験値がカンストしている状態とでも表現すればいいだろうか。
「考え付く限りのことは全部試したよ。それこそタカヤ、お前が大得意にしている『生産加工スキル』だって。……それでも大抵一芸に特化したヤツがいて、やっぱり勝てなかった」
「だからこそ、悪いほうに進んじゃった?」
「それも無駄だったけどな」
ロアーは苦笑しながら頷いた。ちなみに当時のベイロードにおけるツリーペーパーは貴重品で、貧しい家庭だと素質などを計らないこともままあったという。
「いくつになっても何者にもなれないままずるずると時だけが過ぎて、このままじゃ闇ギルドの下っ端として人生終わるな――って軽く絶望してた時に現れたのが今の社長だった。依頼者が俺の両親でな……こっぴどく説教されたよ」
今はそうでもないのだが、実はシーラット、まだ社長が若かった時は、たまにそうやって悪ガキ集団を解散させるような仕事も引き受けていたのである。
社長室の資料を整理していた時に発掘したものだが、その当時、どんなことをしたのかが記されている。字が汚いので読むのに苦労したが、副社長に踏まれて喜んでいる姿からは想像もつかない。
「で、『根性を叩きなおしてやる』って無理矢理入れられたのが
しかし、そこがロアーにとっての転機だった。
「もしかして、実は今もそう思ってたり?」
「いや、それはないな。というか、もし俺がここからいなくなったら、メイリールとダイクのまとめ役はお前だし、社長や副社長がいなくなった時の代理、それに受付の仕事もやらなければだが、それでもいいか?」
「……遠慮させてください」
今の仕事でさえ結構大変なのに、それに加えてロアーの仕事がすべてのしかかってくると思うと憂鬱でしかない。
それだけ、ロアーはシーラットになくてはならない存在なのだ。
一番でなくても、何かの才能に突出してなくても、必要としてくれる場所はどこかに絶対ある――ルドラはロアーにそれを教えたかったのだろう。
「ちょっと自分語りが長くなったが、ここからが本題だ。……タカヤ、お前はいったい何をしてるんだ?」
「…………それは、」
すばり切り出され、隆也はただ俯くしかない。
ロアーに打ち明けるにしても、どこまで言ったらいいものかわからない。少しでも答えてしまったら最期、いずれは全てを打ち明けることになるかもしれない。
この世界のこと、そして隆也のもと居た世界のことも……だからこそ、答えられるはずもない。
「言えないのなら別にいいさ。……メイリールにせがまれてお前を拾った時点で、何かあるだろうなとは思ってたからな」
「……ごめん」
「だから気にすんなって。話したくない過去ぐらい、誰にだってある。ちっぽけな俺だってそうだからな。お前ならなおさらだ」
「じゃあ、どうして、」
「信用して欲しかったから、かな」
隆也に過去を打ち明けてくれたのは、それが理由だった。
「一応、俺もお前たち三人のリーダーって立場だしな。困っているなら出来る限り協力してやりたい。……ミケやムムルゥ、アカネちゃんに較べれば戦力にならないかもしれないがな」
「……ロアー」
「タカヤ、忘れるなよ。お前の後ろには、ちゃんと俺もいるってことに」
そう言って、ロアーは風呂から出、皆が寝静まる部屋へと戻っていった。
「……ごめん、本当に」
離れていく彼の背中がわずかに怒っているように見えて、隆也は思わずそう呟きを漏らした。
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