第207話 落とし穴
慣れない飛竜での移動、そして雷雲船との遭遇を経て、ようやく隆也は地面に降り立つことができた。
空から見える地上の景色……もちろん息をのむほどに綺麗で新鮮な体験ではあったものの、やはり地に足がついている安心感のほうが勝る。
帰りはなんとか別の方法を模索したいところだ。
「じゃ、俺はロアーと先に実家に戻る。部屋の確保は三つでいいんだよな?」
「は? なんで? 男部屋と女部屋の二つで十分やろ? そんな迷惑かけられんよ」
「いや、必要だろ。俺とロアー、ミケとムムルゥちゃんとアカネちゃん、それにお前とタカヤの……って冗談だよ、冗談。わかってるからちゃんと」
隆也のシロガネを手にメイリールが無言で微笑みかけているのを見て、ダイクは慌てるようにして飛竜を駆って火口付近の街へと逃げた。
「もう、みんなして……ばか」
隆也とメイリールの関係は今も特別な進展は見せていない……というかアカネが隆也の助手としてベイロードに住み着いてからは、自然と話す機会も少なくなっている。
話すときはなるべくいつも通りになるよう努めてはいるが、互いに気をつかって微妙な空気になるため、ダイクやロアー、それにルドラなどはことあるごとに彼女のことをいじり倒し、そのたびメイリール本人やフェイリアに咎められ、時にはどつかれていた。
そうなる原因を作っているのは、もちろん、その隣で目をそらしつつ苦笑いを浮かべているしかできないヘタレ男。
名上隆也、という名前なのだが。
「と、とにかく私ん
方言なまりがいつもより酷いメイリールを追いかけるようにして、隆也たち四人は早足でついていくことにした。
メイリールの実家があるという場所は、彼女が以前にも話していた通り、数多く点在する集落の中では火口からもっとも離れているところにある。
空から見た感じでは、やはり温泉が主に吹き出しているのは火口付近なようで、大抵の住人はそこに集まるようだ。
実際、メイリールの実家へと向かう道は、のどかそのものだった。
見渡す限りの緑。時折二つ三つほどの民家が集まっているところはあるものの、基本は田畑だったり、または馬や牛だったり、羊や山羊といった動物たちが風景の中心だった。
火口やその付近から吹き出していると思しき独特なガスの匂いも、いまはその自然の匂いによって上書きされていた。
「ご主人さま、私、ちょっとねむい」
「ほら、おぶっててやるから、しばらく俺の背中で寝てな」
「ん。ありがとう、ご主人さま……」
そう言って、隆也の首に手を回したミケはすうすうと寝息を立て始めた。自宅の寝室や宿以外で眠りこけるのは珍しいが、彼女にとっては初めての空の旅なので、ちょっと疲れが出てしまったのかもしれない。
「ごめんね、ミケちゃん。でも後もうちょっとやけん」
メイリールが指さした先、畑に囲まれた中心に、二階建ての木造の家が建っているのが見えた。
「ほら、あそこがそう。タカヤたちも連れてくることは手紙に書いといたけど……大丈夫やろか?」
視界に移る家が徐々に大きくなっていくものの、メイリールが首を傾げたとおり、なんというか静かすぎる気がする。
家の周辺の土地は家族が所有しているとのことで、日中はそこで農作業をしているらしいのだが……そのための道具は、片付けられることもなくあぜ道に雑に置かれたままだ。
何かあったのだろうか、と隆也がさらに一歩踏み出そうとしたところで、
「タカヤ」
「ご主人様、ちょっと待つっス」
アカネと、それからムムルゥが同時に呼び止めた。
「どうしたの、二人とも?」
「タカヤ、ちょっと一歩先のところを足で触ってみろ。もちろん、体重はかけるなよ」
アカネに言われた通りにつま先で触れると、確かに微妙な違和感があった。
ちょっと力を入れてみると、異常に足が沈み込んで――。
「物騒なんで、一応ふさいでおくっスか。――ほい、ストーンブラストっと」
槍を持たずにムムルゥが魔法を唱えると、中空から発生した大きめの石が重しとなって、隠されていた大きな穴があらわになる。
人一人きれいにおさまろうかというほどの、明らかに人工的に作られた落とし穴だった。
なんていう古典的ないたずら……と隆也が穴の中を覗き込んでいると、ふと、遠くのほうにある牧草が集められた場所ががさごそと動く。
「ほい、そこ。逃がさないっスよ?」
もちろん、それを見逃すムムルゥではなかった。
「う、うおっ――べげっ!?」
遠距離より放たれたムムルゥの陰縛りによって両足首を拘束された男が、鼻から土にむかって思い切りダイブするように倒れ込んだ。
そして、それまで隆也の背中にかかっていた重みが、ふと軽くなったと思うと、
「おまえ、ごしゅじんさまに、なにする……!!」
「ひ、ひいいいっ……!」
その男に向かって、より成長して巨大化しつつあるミケがとびかかっていた。
あごに無精ひげを生やした中年の男性……多分、あの人が落とし穴を掘った張本人なのだろう。
ちなみにアカネのほうも、右手親指を鯉口に添えている。何かあれば抜刀する準備万端のようで……普段は穏やかな三人だが、スイッチが入ると特にヤバい三人組だる。
「も、もう……いい大人のくせしてまた子供みたいなこと……お父さんっ!」
「メ、メイリールっ……こ、これはだな、その……」
「言い訳せんと! このアホ、バカオヤジっ!」
羞恥に顔を真っ赤に染めたメイリールに怒られてシュンとした男の正体は、メイリールの実の父親だった。
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